第二十一話「ホワイト・トリオム・ディフェンス前編」
レンジャー・キャンプに来てから一週間程が経つ。
スヴェンとシェイドは馬の世話や雑用の合間にビクトルに乗馬を教えてもらっていた。
「よし、まずはスヴェン、君からだ。来い!」
「はい!」
スヴェンは馬を勢い良く走らせる。
膝ほどの高さの倒木を越えた先に、馬に乗ったビクトルが待っている。
スヴェンの乗った馬は勢い良く倒木の前まで走り、左に急旋回して倒木を避けた。
「どわぁっ!」
スヴェンは投げ出されて落馬する。
「スヴェン! 姿勢が崩れているぞ。ちゃんと真っ直ぐ前を向いて加速しろ!
君達が馬を走らせるのは平坦な競技場じゃないんだ!
あちこちに障害物が横たわった場所で全速力で命のやりとりをするんだぞ。
この程度で落馬していては生きていけないぞ!
次! シェイド、来い!」
「はい」
シェイドが馬を走らせる。
馬は倒木にまっすぐ向かい、ジャンプして飛び越えた。
しかしシェイドはふっ飛ばされて落馬した。
「いててて……」
「こら! 障害物を飛び越えるときは腰を浮かせろと教えただろ!
もういい。今日はここまで。
馬を馬小屋に戻して掃除だ」
「はい! ビクトルさん」
スヴェンとシェイドは馬を並べて歩かせて馬小屋へと向かった。
二人が来るのを待っていたかのように藪からリンが飛び出してスヴェンの前に向き合うように馬に跨った。
「二人共だいぶ馬の扱いが上手くなったんじゃないの?」
「そうだね。こうして普通に馬を歩かせているだけでも、最初の僕達からしたら信じられない光景さ」
「初日は何回も振り落とされたよな」
「シェイドなんて馬に嫌われてるって嘆いてたよな。はは」
「……あ、魔法の夜、ちょっと掴まらせて貰うわ」
リンが突如馬の側面に移動し、スヴェンの右足にしがみついて無言になった。
ほぼ同時に左の森の藪から老齢のレンジャーが顔を出す。
「シェイドくん、それにスヴェンくん。リンちゃんを見なかったかね?
こっちへ向かったと思ったんだが……。
また逃げ出してサボってるんだよ……」
老齢のレンジャーは手を額に当てて注意深く地面や周囲を観察する。
リンは完全に気配を消していた。
「まったく最近は隠れるのが上手くなってワシでも苦労するようになったよ」
「スヴェン、右足が重いんじゃないのか?」
「んん?」
レンジャーはスヴェンの右側に回りこみリンを捕まえた。
「ホラホラ、お仕事をサボるんじゃない」
「シェイド! あんた覚えてなさい!」
シェイドは舌を出す。
キャンプに到着するとレンジャー達が慌てて走り回っていた。
レッドドラゴン2匹を従えて馬に乗ったロックに矢や補給品を渡している。
「どうしたんだ?」
「赤猫旅団が出たらしい。ARCCへ救援要請が出たのでロックさんが出撃するんだ」
スヴェン達がロックに駆け寄るとロックは二人を制するように言った。
「お前達はまだヒヨッコだ。味方を危険にさらす。ここで待機していろ」
「……」
ロックは魔法を詠唱して異次元の門を開くとドラゴン2匹を引き連れてレンジャー達に見送られながら入っていった。
異次元の門が閉じるとビクトルが二人のほうへ近づく。
「おい、お前らは馬小屋の掃除だ」
突如遠くから角笛を吹く音が鳴り響いた。
キャンプに走ってきた斥候をレンジャー達が不安げな表情で取り囲む。
「オーク軍の将軍ムタが率いる大隊がホワイト・トリオムに向けて進軍して来るぞ! 早く迎撃体制を!」
「ロックさんが居ない隙を突いたのか?」
「赤猫旅団は多分陽動だ! こっちが本命だ! やばいぞ!」
輪に混ざっていたビクトルが顔を出して声を張り上げる。
「至急弓と矢をありったけ集めろ!
そこのお前、ホワイト・トリオムに馬を走らせて援軍要請を!
オマール! お前の剣士隊はここに何人居る? 5人か?
スヴェン、シェイド!
オマール達と共に今すぐ武器を持って最前線に向かえ!
迎撃体制が整うまで何とかして時間を稼ぎ、食い止めるんだ!」
スヴェンとシェイドは自分のテントに戻り、武器を取るとオマール率いる剣士隊に混ざった。
剣士隊はすぐさま森の中の街道を疾走する。
数分走るとすぐさま体中に矢を受けたオークが2匹フラフラしながら駆けて来るのが見えた。
剣士隊の隊長オマールが叫ぶ。
「オーク将軍ムタはいつもオーク兵を弱い順に、少しずつ突撃させる。
まだ元々防衛していたレンジャーがある程度撃退しているようだが、どんどん攻撃が激しくなるぞ!
心しておけ!」
剣士隊は弱ったオーク兵2匹を取り囲んで打ち倒すとさらに進んだ。
次は5匹のオークが走ってくるのが見える。
3匹は矢だらけで重症。
2匹は盾に矢を受けているが軽症である。
「かかれぇ!」
スヴェンとシェイドはオマールの剣士隊に混じってオークに斬りかかった。
まだ優勢である。
傷を受けること無く撃退させてさらに進む。
次は7匹のオーク兵が疾走してくる。
遥か高い木の上からは絶え間なくオークに矢が放たれ続けていた。
「かかれぇ! 何としても進軍を止めて迎撃体制を整える時間を作れ!」
オマール剣士隊とスヴェンとシェイドはオーク集団に斬りかかる。
数で負けており、戦線は膠着した。
シェイドは盾とショートソードでオーク2匹からの攻撃を捌いている。
スヴェンは矢が刺さって弱りかけたオークにロングソードを突き刺してとどめを刺すと、素早く剣を抜いて隣のオークに斬りつける。
「ぐああぁ!」
「ぐふっ!」
オマール剣士隊の一人がオークの斧を受けて倒れる。
シェイドも腕に切り傷を受けた。
スヴェンは眼の前のオークを切り捨てると魔法を詠唱する。
グレートヒールの魔法をシェイドに掛けた。
「スヴェン、ありがとう助かった」
オマールが最後のオークの首に剣を食い込ませて倒すと、倒れた剣士に駆け寄る。
「……手遅れだ! 進むぞ! 街の人々の命は俺達に掛かっているんだ!」
オマール剣士隊の生き残りとスヴェン達は更に進んだ。
更に樹上から何本もの矢を受けながら10匹ほどのオーク兵が走ってくるのが見えた。
「食い止めろぉぉぉ!」
もはや明確な勝ちイメージは消え去った。
極限の集中力で無心になりながら全員がオーク団に切り込んだ。
全員が複数のオークを左右交互に相手している。
スヴェンは緑の血しぶきのはるか後方にさらに3匹ほど駆けて来るオークを見て気が遠くなる思いをしていた。
「くそっ! 多すぎる!」
「ぐあああ!」
剣士が一人倒れた。
スヴェン達は半ば包囲されかけている。
そのときスヴェンの背後から稲妻のボールが飛び、弱ったオークをなぎ倒した。
「リン!」
「えらいことになってるじゃないの!」
「剣士たちを回復してやってくれ!」
リンの加勢による後方からのヒールと攻撃魔法によりスヴェン達は優勢へと転じた。
オマールの指示によりその場を維持する。
後方を見ると駆けつけたレンジャーが次々とフック付きロープで巨木へと登って行くのが見えた。
「はぁ! はぁ! なんなのよこいつら! 数が増えてきてない?
マナが枯渇して追い付かないわ!」
オーク兵12匹が目の前に迫る。
「新手だ! かかれぇ!」
「うぉぉぉおお!」
スヴェンもシェイドもヤケクソでオークに斬りかかる。
息を整えているリンに斬りかかろうとするオークをスヴェンが切り捨て、横でシェイドはオーク3匹相手に戦っていた。
もうカイトシールドはあちこちに穴が空いて向こうが見える状態である。
スヴェン達の背後からローブを着て手ぶらの女性二人が走って向かってきた。
二人はフック付きロープを使って樹上に登る。
それを見たオマールは声を上げた。
「よし! 後方へ引くぞぉ! 取り残されるなよ」
スヴェン達はオマールに従って街道の元来た方へと引き返す。
30匹以上のオークが押し寄せるのが遠くに見えた。
突如前線の地面に緑の霧が立ち込める。
樹上のローブを着た女性が毒霧の魔法を詠唱しているようである。
オークの集団は毒霧に突っ込み、咳き込みながらも真っ直ぐ前進してくる。
スヴェン達のすぐ後を追っていたオーク達には、樹上から無数の矢が降り注いだ。
あっという間に壊滅である。
最前線とレンジャーキャンプの中間辺りまで来るとオマールは言った。
「よし! ここで残党狩りを行う!」
「オーク達は樹上の人達を襲わないんですか?」
「オークのムタ将軍はドアホだ。部下に真っ直ぐ前進することしか許さない。
部下のオーク共は何があっても真っ直ぐ街道を進み、街を目指すのさ。
ここに来る頃には毒と矢でほぼ壊滅しているはずだ。
……いつもならな」
オマールの言うとおりふらついたオーク兵がこちらへ向かっているのが見えるが、バタバタと倒れていた。
稀に運のいい奴とちょっと強い奴が辿り着くのを狩るのみである。
しばらく残党狩りを続けていると遠くで笛の音のなる矢が打ち上がった。
オマールは顔色を変える。
「重装オーク兵の集団が居るらしい。気合を入れて敵に備えろ!」
遠くから一回り体の大きい、黒尽くめの鎧を着たオーク兵の集団が突撃してくるのが見えた。
矢は降り注いでいるが生存率が桁違いに高いようである。
後方から鳴る角笛の音を聞きながらオマールが叫ぶ。
「ここをしばらく死守する! 備えろ!」
重装オーク兵5匹が目の前に迫る。
身長180センチほど、既に巨漢の人間ほどはある。
「おおおおぉぉ!」
スヴェンに迫ったオークは蛮刀を振り上げ、振り下ろす。
スヴェンは素早くかわすと鎧の隙間に剣を何度も突き立て、切り下ろす。
シェイドは最早自分の盾が使い物にならず、重装オーク兵の剣を防げないと見ると、盾を捨ててオークの背後から組み付いた。
強引に鎧の隙間を広げて喉を掻き切る。
隣では剣士がまた一人オークの斬撃で倒れて動かなくなった。
リンは息を上げながら必死で回復魔法を連射している。
剣士隊が死闘を繰り広げる中、街の方角からさらに二人ローブを着た男が駆けつけた。
二人はフックつきロープで樹上に登る。
「よし! レンジャーキャンプまで撤退するぞ!」
スヴェン達はオマールに従い、キャンプへと走った。
重装オーク兵達が後を追う。
だがオーク兵達の動作が緩慢になった。
樹上の男たちがスロウの魔法を掛けたようである。
重装オーク兵達はスヴェンに追い付く事はかなわず、矢でハリネズミのような状態になって次々と倒れた。
レンジャーキャンプに到着し、息を上げながら切り株にオマールが座る。
弓で完全武装したビクトルが歩み寄り、水の入ったコップを渡した。
「奴ら本気で街を落とす気だ。ここまでの攻勢は初めて……」
遮るように遠くから角笛の音が聞こえた。
ビクトルが周囲のレンジャーに叫ぶ。
「得体の知れない化物が来るらしいぞ! 全員配置に付け!」




