第二十二話「ホワイト・トリオム・ディフェンス後編」
レンジャーキャンプ周辺の樹上でレンジャー達が待機する。
ビクトルは周辺4箇所にある矢倉の一つに登ってヘビークロスボウを構えた。
それぞれの矢倉にはバリスタと呼ばれる設置式の巨大クロスボウが備え付けてあり、それぞれに射手が二人ついている。
「グオォ! グオォォォッ!」
地鳴りがして街道からこちらに巨大なモンスターが進んでくるのが見えた。
毒を浴び、絶え間なく矢が降り注いでいるがものともしない。
体高6メートルはあろうと思われる巨大で筋肉質なオークのお化け。
ミュータントオークである。
頭部にはモヒカンの飾りが付いた人が入れそうなほどのフルヘルムを被っていた。
「来るぞ! 全員ありったけの矢をぶち込め!」
ミュータントオークに無数の矢が降り注ぎ、バリスタの矢がいくつも突き刺さった。
だがバリスタの矢で一瞬体勢を崩しかけるものの前進は止まらない。
その背後には多数の重装オーク兵が続いているのが見えた。
「まずい! まずいぞ! 道中の攻撃を全てあの化物が全て集中して受けたせいで後続のオークへの攻撃が足りてないんだ!
大量に生き残ってしまっている!」
「倒せそうか?」
「ここまでの道中の攻撃を全て受けてあの状態だ。俺達で倒しきれる保障は無い」
「このままここを抜けられればホワイト・トリオムの門が破壊されて後続オークが雪崩れ込み、ホワイト・トリオムが陥落する!」
ビクトルはしばらく目を閉じて神に祈る。
(神よ、我らの祖先達よ、森の精霊よ、我らを守り給え)
そして矢倉から眼下を見下ろす。
そこにはスヴェンとシェイドとリンがミュータントオークを見守っていた。
ビクトルは苦渋の決断を行い、声を張り上げる。
「全員! 化物への攻撃を全て停止せよ!
後続の重装オーク達を壊滅させるぞ!
一匹たりとも残すな!」
レンジャー達は何を言っているんだという表情でビクトルに一斉に顔を向けた。
「オマール剣士隊! スヴェン! シェイド! リン!
オークの化物にホワイト・トリオムの門を通らせるな!
お前たちが止めるんだ!」
レンジャー達の矢、バリスタの矢が一斉に重装オークへと降り注ぎ始めた。
「オマール剣士隊! 行くぞ!」
あちこちに包帯を巻き、全員手負いの状態でオマール剣士隊が剣を手に飛び出した。
「スヴェン! 行くぞ」
「おう!」
「ちょっ、まっ! なんで私も……」
オマール剣士隊はミュータントオークの右足、スヴェン達は左足に斬りつけた。
だがまるで大木に剣を打ち付けるようなものである。
ミュータントオークは怯む気配すらなくスヴェン達など眼中に無い様子で前進を続ける。
スローの魔法でその動きが鈍いことだけが救いである。
ミュータントオークの目線まで飛び上がったリンが呪文を詠唱する。
いつもより若干長い詠唱である。
リンが両手を前に突き出すと、オークの巨大なフルヘルムの隙間から燃え盛る炎が吹き出した。
中はおそらく炎の地獄であろう。
「グウウォオオオオ!」
ミュータントオークはしゃがみ込み、重装オークを1匹手づかみで捕まえた。
重装オークは慌ててジタバタしている。
ミュータントオークはリンに向かって重装オークを勢い良く投げつける。
「きゃあぁ!」
リンは頭を抱えて急降下し、間一髪回避した。
重装オークは大木の幹に打ち付けられて緑の血しぶきを散らせながら死亡した。
全員で何度も攻撃を試みるがオークはそれを完全無視して黙々と前進を続ける。
ついにホワイト・トリオムの門が見える場所までたどり着いてしまった。
シェイドが叫ぶ。
「スヴェン! このまま足を斬りつけても無意味だ! 何か別な策が必要だ!」
「……オマールさん、フック付きロープを貸してください!」
オマールはスヴェンにロープの束を背中から外して投げた。
スヴェンはフックをクルクル振り回して投げ上げる。
ミュータントオークの背部アーマーの首元の隙間に引っかかった。
スヴェンは背中側からロープを登っていく。
その姿を見ていたシェイドも何かに気が付いたのか、横に生えていた真っ直ぐな2メートルほどの木に剣を振り下ろした。
スヴェンはオークの肩の上で呪文を詠唱する。
オークは無視してゆっくりと前進を続けていた。
詠唱が終わるとスヴェンの両手が光を放つ。
そのままフルフェイスヘルメットの顔面部分にスヴェンは張り付いた。
ヘルメットの隙間の金網越しに巨大な目が光るのが見える。
「ラピッド・スクラッチ!」
ヘルムに掴まるスヴェンの両手の光りが消えると同時に、無数の小さなかまいたちが発生した。
ミュータントオークの眼球に次々と切り傷が刻まれる。
ラピッド・スクラッチ
低級魔法、エリィに教えてもらった中では最高位魔法である。
無数の斬撃で敵を切り刻むが、射程距離はほぼ密着状態の距離である。
距離が離れると急激に威力を失う。
はっきり言ってこれを戦闘で使う魔法使いは居ない。
一部の例外を除いては……。
「グゥォォオオオオ!」
ミュータントオークは足を止めると両手で顔を覆った。
スヴェンは素早くヘルムの裏側に回り込んで張り付く。
直後、シェイドが枝を落として槍のようにした木をオークの尻に突き立てた。
「グォオオオ!」
「大事な場所にアーマーを付け忘れてるぜ!」
木はオークの肛門に深々と突き刺さり、緑の血が木を伝って垂れ落ちていた。
オークは今度は慌てて両手を尻に持っていき、うめき声を上げながら木を引き抜く。
「あっはっはっは! シェイド! なんて残酷なことするの?」
リンが腹を抱えて笑う。
オークは足を完全に止めた。
巨大なナタを掴み、シェイドに向かって振り回す。
「やべっ! こいつキレやがった!」
シェイドは身をかがめてナタをかわす。
ナタは大木2本を一気に切り裂き、大木は音を立てて倒れた。
スヴェンはオークの後頭部に掴まったまま、食料生成の魔法を連続詠唱していた。
オークのかっちりと防護された隙間のないヘルムの内部にリンゴやチキン、ハムやマフィンが次々と詰め込まれていく。
オークは2、3度シェイドに上からナタを振り下ろす。
シェイドは全て回避し、ナタは地面をえぐって土埃を上げるのみである。
スロウの魔法はまだ効いているので回避は容易である。
「プオオオオオーーーーーーーーーーーーーーー!」
ミュータントオークは空を向いて大声で叫び、悔しそうに何度も誰も居ない地面にナタを叩きつけた。
そして頭のヘルムに両手を当てて、ヘルムを破壊しながら強引に脱いだ。
頭から多数の食料が地面に落ち、まだ張り付いているブドウなどを手で払う。
スヴェンは地面に投げ出されて体を強打し、しばらく呻いていた。
オークはナタを振り上げて横たわるスヴェンに狙いを定める。
突如門が音を立てて開き、ミュータントオークは振り返る。
門からは2匹の傷だらけの巨大なドラゴンと、馬にのったロックが歩み出た。
「a、b、攻撃だ!」
2匹のドラゴンの口から凄まじい放射熱とともに炎のブレスが吐き出され、オークの上半身を焼いた。
ドラゴンはこんどはドシドシと歩きながら魔法を詠唱、今度はオークの全身から発火、間髪入れずに稲妻、衝撃波、数々の魔法が集中する。
オークはナタを振り回し、一匹のドラゴンの顔に命中するが、鋼より硬い鱗を持つドラゴンにとっては殴られた程度のダメージである。
ドラゴン達はオークの右腕と左太ももに食い付いた。
ロックは馬上で冷静に弓を構えて矢を放つ。
矢はオークの目玉の隙間から脳に突き刺さる。
緑の血しぶきを上げながらミュータントオークは倒れた。
ロックが冷静に言葉を放つ。
「反転攻勢に出るぞ! 付いて来い!」
ドラゴン2匹とロックを先頭に、オマール剣士隊とスヴェンは街道を再び進軍した。
ドラゴンの力は凄まじく、重装オークですら食い千切っては投げ、食い千切っては投げで、相手にならない。
「ドラゴンは凄いね」
「ドラゴンは確かに強い、だが操るのがロックさんだからこそ強いんだ。
そしてロックさん一人で大軍に相当する戦力なんだ。
だからオークのムタ将軍は姑息にその留守を狙ったんだよ」
スヴェン達は遂に一番最初の前線にまでたどり着いた。
2匹の巨大狼が引く戦車(チャリオットと呼ばれる)に乗ったオークがロックとドラゴンを見て青ざめる。
護衛のオーク4匹に指示してスヴェン達を襲わせると、反転して一目散に逃げ出した。
スヴェンとシェイド、オマール剣士隊がムタの護衛の相手をする。
ロックは馬上から弓を構えてムタ将軍を狙った。
しばらく黙ってその姿勢を保っていたが、弓を下ろした。
護衛を倒し終えたスヴェンが言った。
「なぜ見逃したんですか?」
「ムタ将軍はどんな戦況でも常に最悪の手をうってくる、類稀なレベルの無能将軍だ。
オークの中でもあれほどの馬鹿は居ない。
敵将軍として生かしておいた方が我々にとって有利だ」
オーク軍は撤退し、オマール剣士隊に死者が3名ほど出たものの、それ以上の被害もなく戦いは終わった。
道に転がるオーク兵の死体は1000に届く勢いであった。
レンジャー達の技、知恵、そして勇気と努力が最高峰のものであったのはもちろんである。
だがロックの言うとおりムタ将軍の采配は最悪だったと言わざるをえないだろう。
祝杯の場で、スヴェンとシェイドとリンの勇気と力が皆の前で讃えられた。
ロックが皆に言った。
「彼らの力がなければホワイト・トリオムの門は破られていただろう。
感謝の印として彼らに馬を与えようと思う」
「おおおお」
「スヴェン君にはわしの飼っているセキトバ号を譲渡しよう」
「ではわしはシェイド君にカンケツバ号を渡そう」
「リンちゃんはどうするんだ? 馬に乗れるサイズじゃないし、そもそも馬は要らないぞ?」
「女の子だし、化粧品のほうがよかろう」
「よし、わしの隠蔽用ボディペイントセットをあげよう」
馬をもらったスヴェンとシェイドは上機嫌である。
黒や茶色のペイントセットを貰ったリンは苦笑い状態であった。
「さらにミュータントオークが魔法のリングを持っていたんだが、これはヨハナ婆さんによると透明化の魔法が掛けられているらしい。回数は限られているが指にはめると透明化するそうだ」
ヨハナお婆さんが笑顔でグッと親指を立てた。
「これは功労者達でサイコロ抽選しよう」
オマール、ロック、ビクトル、スヴェン、シェイド、リンの6人に番号が割り振られてサイコロが投げられる。
サイコロは4で止まった。
「おめでとう。スヴェン君、君のものだ」
「ありがとう」
酒盛りの次の朝。
スヴェン達はレンジャーキャンプを出た。
入り口でドラゴンとともにロックに見送られる。
「気を付けてな。お前たちと共に戦う日を楽しみにしているぞ」
「ありがとう、ロックさんもお元気で」
「次合うときはロックさんにも負けないくらいに強くなってみせます」
「期待しているぞ」
スヴェン達が立ち去り、見えなくなるとロックにビクトルが囁く。
「ウシャドナまでゲートを出してやれば良かったんじゃないですか?」
「それは彼らが相応の力を持つようになってからだ。
スヴェン達はスタグランドに居た時よりも強くなっていた。
ここまでの旅が彼らを育てたんだよ。
彼らはまだ学ぶべきことがある。
そう森が告げているように感じるんだよ」
【スヴェンは名声が上がった】
【シェイドは名声が上がった】
【リンはカルマが僅かに回復した】
「あ、まだオークの死体が残ってるわ」
リンが死体に駆け寄る。
しばらくゴソゴソしていたが銀貨一枚を手に入れてニンマリとした。
オークの軍資金をこのオークはまだ使っていなかったようである。
【リンのカルマが再び最低に戻った】




