滅びを望む者
二話連続投稿です。
レナトゥスはピアから少し離れた所で立ち止まった。オルクスが亡くなった場所よりも少しピアから離れている。
「ピア、私はオルクスに己の欲望を託したと言える。だから……君には希望を託したいと思う」
ピアは限界に近い体力と気力を振り絞り、必死に考える。
希望を託すとはどういうことか。
レナトゥスは自分を殺すつもりではないのか。
「殿下、あなたは私を殺すつもりではないのですか?」
「そのつもりなら、とっくの昔に他の皇族と共に処刑してるよ。オルクスは君が邪魔するなら殺せって言い張っていたけれど。確かに他に聖職者となった皇族はいる。君が死んでも教皇となれる者はいるわけだ。オルクスはその方が御し易くてよいと思ったみたいだね」
信徒からの反発は想像されるが、無理ではない話だ。
ではなぜこの期に及んでもレナトゥスはそうしないのだろう。
オルクスもいなくなってしまったのだ。ピアを殺し、自らの手で指揮をとって帝国を変えればよい。
何もピアに希望など託す必要はないのだ。
「何故私を殺さないのです?」
ピアの問いにレナトゥスは寂しげに微笑んだ。何故彼がそんな顔をするのかピアには分からない。
「君は……本当に鈍いんだな。それは私が君のことを好きだから、だよ。君には生きていて欲しい。ただそれだけだ」
ピアは何も言えずにレナトゥスの顔を見つめた。
「何度も夢見たよ。君と共に理想へと向かう未来を。でもそれは今となっては無理な話だ。所詮私は罪人。大いなる革命の為とはいえ、罪は変わらない。親をはじめとする親族、その他の多くの者を死に追いやり、のうのうと自分だけ生きることは望まない。もうこの世には我が友でもあり理解者であったエルアザルもいない。……私も共に旧き時代に骨を埋めようと思う」
「ここまでの事を起こしておきながらずいぶん無責任なこと! 私があなたの理想を引き継ぎ、それを果たすとは言えないでしょう」
そうだ。
もしピアがその話にのるような者ならば、違う未来があった。いずれ皇帝と皇后として取り組めばよかっただけの話だ。二人でいつかその改革に手をつけられると思っていたならば、レナトゥスもこんなことはしなかったはずだ。
ピアの言葉にレナトゥスはゆっくりと首を横に振った。
「今回の犠牲。私の思い。その全てを知ってしまった君は、何もなかったようには出来ない。それをしてしまうと全てが無駄になってしまう。だから君は私に託された希望を無視出来ない」
ピアは思わず黙り込む。
この後生き残れたとして、自分はどうするだろうかと思ったのだ。
「だから……——」
レナトゥスの言葉にピアは顔を上げた。
彼はいつになく穏やかな表情をしている。
「だから、ピア。私のことを……」
「やめて!」
レナトゥスが言おうとした言葉がたやすく想像できたピアは叫んだ。
「頼む、ピア。私は最後まで己の理想の為に生き、理想の為に死にたい」
ピアは激しく首を横に振る。
それに構わず、レナトゥスがピアに一歩近づいた。その時のことだ。
なんとも言えない嫌な音がその場に響き渡る。
一瞬何が起こったのか分からなかった。足を止めたレナトゥスもそれは同じであっただろう。
彼はゆるゆると視線を落とす。
そこ——彼の胸からまるで腕が生えてきたかのようだ。
レナトゥスは緩慢な動きで己の背後を振り返る。そこにいたのはレヴィだった。
いつの間にやらレヴィはレナトゥスの背後に現れ、その胸を腕で貫いたのだ。
レヴィの姿を認めたレナトゥスは驚きに目を見開く。
「あなたは……あなた様は……」
無表情のレヴィは黙ってレナトゥスの背から腕を引き抜いた。レナトゥスはよろめき、そしてその場に倒れ伏す。
倒れた彼の体はやがてドロドロと溶け始める。
彼はあっという間に血肉の塊となり、そしてそれはオルクス同様砂のようなものへ変化した。
ピアは最期にレナトゥスがピアの名をつぶやいたのを聞いた。
レヴィが足早にピアに近づいてきた。そして倒れ込んでいるピアの傍に膝をつく。
「大丈夫か?」
しかし答えることができない。なんと言って良いか分からないのだ。
何も言えずにいたピアにレヴィは尋ねた。
「あいつがお前を殺そうとしていると思って手を下したが……。私の勘違いだったら、すまない」
「いいえ……ありがとう」
ピアはレヴィを見上げる。
なぜ彼は自分を助けてくれたのだろう。
聞いたら答えてくれるだろうか、と思い彼の顔を見つめた。
レヴィは何故か父親が娘を案じるような目でピアを見ている。
彼のいつもは赤黒い瞳、今は光の加減で赤く見える瞳を見て気づく。
皇族の赤い瞳は原初の人の赤。
そしてレナトゥスの言葉。
原初の人は魔人の子。我々は魔人の末裔。
不死に限りなく近い魔人。
——まさか。
レヴィは手のひらでピアの瞼を閉じさせた。
「迎えが来る。それまで眠れ」
そういわれて、改めて体の痛みを思い出す。今までは気力で耐えていたものだ。
ほぼ魔力を使い果たしたことが原因による、脱力感、眠気、全身の痛みに耐えながらピアは問う。
「あなたは……何者?」
「私はレヴィ。……——」
それに続く言葉は深い眠りに落ちていくピアには聞こえなかった。
※※※
レヴィは薄暗い中、長らく留守にしていた玉座に座る。
久々に始祖が戻ったとあって、東大陸の面々はホッとした顔を見せていた。
しばらくぼんやりと宙を見つめていた彼は、ふと思い出したように懐に手を入れる。
彼が取り出したものは指輪だった。
そこかしこが歪んでいる何とも見た目の良くない指輪だが、大切なものだった。
かつて『リリス』が手づから作り、くれた指輪。今の世ではリリスの輪と呼ばれているそれを左手の薬指にはめる。
彼女とは遠く離れ、二度と会えないとしても、その気持ちは変わることがない。
レヴィは深々とため息をついた。
歪んでしまった『我が子』、それに巻き込まれた『我が子』、全てのきっかけを作った己の家族にも等しいエルアザル。
そのエルアザルを普通の人間から魔人へと変えたのは他ならぬ自分だ。
最も罪深いのは己だろうと思う。
レヴィは誰もいない部屋でひとりつぶやいた。
「神よ」
「私の最期の願いを」
「どうか叶えて欲しい」
「呼んだ?」
思いがけない返答にレヴィはギョッとする。
いつの間にやら目と鼻の先に神が現れていた。神の眩い金髪と赤い瞳は己の愛する女を思い出させる。
「この間ぶりだね、レヴィ」
「そうですね……」
神が本当に現れたのは想定外のことだ。しかしこれは僥倖というべきだろう。
「で、なんか用?」
「私の最期の願いを叶えて頂けませんか? ……っ!」
レヴィは突然頭を神に掴まれた。見た目からは信じられない程の力で、だ。相手が神なのを考えれば人外の力も当然である。
一体何を、と言おうとしたレヴィに神が呆れたように言い放つ。
「何、最期の願いって。好き勝手なこと言うのいい加減にしたら? 大体私はあの島で例の娘を眠らせてまで忠告したよね。人間の間のことに干渉してはならないと」
そこでやっと神はレヴィの頭から手を離す。
もう少しで頭を握り潰されるところだったとレヴィはため息をつく。
いや、それこそが自分の望んでいる結末なのだろうが。
レヴィは玉座の前に立ち呆れたような目で自分を見下ろしている神に言った。
「今回の件は人間の間のこととは言い切れないものです」
「へぇ。その自覚はあるわけだ」
「その責任を私は……」
「逃げだよね、それも。そもそもはるか昔エルアザルを人でなくしたのもあなた。エルアザルとアロンの間で不穏な空気が流れているのに、疲れたからといってグーグー何千年も眠っていたのもあなた。その間にエルアザルは暴走した。やっと目を覚まして、少しは収集に動いたかと思えば、最後は死に逃げようとする。忘れてはないでしょう。未だ魔人は滅んでいない。眷属たちへだけでない。世界への子孫らへのあなたの償いも死をもって果たせるものではない」
「しかし……」
レヴィが何か言おうとするのを、神は厳しい表情で首を横に振り押し留めた。
「責任を取りなさい」
「責任……」
「そう。あなたは人間界の管理者には向いてない。だからあなたは今日から天界の私の元で働く。徹底的にこき使ってやるから、覚悟しなさい」
神の言葉にレヴィの顔が引きつる。
創世の際に散々言ってよいほどこき使われた過去を思い出したのだ。あれは本当にひどかった。
「言っておくけど、最低賃金しか払わないからね。だから……」
ふっと神は笑った。
一体神は何を言うつもりだろうか。
「だからあなたはリリスに養ってもらいなさい」
「リリス……。しかし彼女は……」
「未だにあなたと再会できる日を待っている」
レヴィは先ほどはめた指輪をじっと見つめた。
会いたい。
しかしこの世界に残り、彼女と別れる道を選んだのは自分だ。
「しかし」
「ああ、もう。さっきから女々しいことこの上ない。あのオルクスやらレナトゥスの女々しさはあなたに似たんだろうね。いいから来なさい。ヒモ亭主!」
ヒモ亭主、とは散々な言われようだ。
しかし神について行けば待つのはヒモ亭主、もしくは兼業主夫な日々である。
神はレヴィなどお構いなしに、天界へ戻るため空間を開き始めていた。
レヴィは空中に現れた銀の渦巻きを見つめた。それは徐々に大きくなる。
それを見ながら、自分には拒否権はないのだろうと諦めた。
天界への門を潜ろうとした神が、ふと何かを思い出したかのようにレヴィを振りかえる。
「そういえば……なぜあの娘にあんな嘘を?」
「嘘?」
「嘘でしょう。レナトゥスがあの娘を殺そうとしてると思ったから手を下した、なんて。ずっと見てたくせに」
「ああ……」
レヴィは思わず苦笑した。そこまでしっかり神に見られていたらしい。
「これ以上あの娘に何も背負わせたくなかっただけですよ」
神はしばらく黙ってレヴィを見つめていた。
なんとも居心地が悪い。
彼女は何かを考え込んでいる風にも見えた。しばらくそうしていたが、やっと神は口を開いた。
「あなたが留守にしている間、私はアロンと会って話をした」
アロンはエルアザルと並びレヴィの片腕だった。エルアザルはかなり前に亡くなったが、アロンはまだ生きている。しかし彼ももう長くはないだろう。
「アロンと?」
「そう。これからどうしたいか聞いたよ。そうしたら彼は『我々はこのまま終わりを迎えます』と言っていた。アロン以下の者も賛同しているらしい」
神の言葉にレヴィは瞳を伏せた。
「だから私は彼ら『神の民』を転生させることにした。勿論、この世界の人間として、ね」
驚きのあまり何も言えない。
「当然、魔人としての特別な力は失う。寿命だってそう。完全にこの世界の人間として生まれ変わるんだよ。その代わり、その魂も他の人間同様に永遠。輪廻転生の中、その魂は永遠に生き続ける」
だから死は終わりではない、と神は言った。
それを聞き、レヴィは思う。
特殊な生命体として生まれた自分。
孤独に耐えられない己に、人間としての生から魔人としての生へ引きずりこまれた者たち。
その歪められた生は神の手によって正しいものへと戻される。彼らに救いが与えられたのだ。
安堵すると同時に、しかし自分の罪が消えたわけではないと思う。
眷属に、今回の一件に巻き込まれたものたちに対して、自分なりの償いをしなければならない。
「いくよ、レヴィ」
「はい。……心から感謝致します、神よ」
己はこれから神の管理下に入る。
自由にこの世界を訪れることも出来なくなるだろう。もうあの娘に会うこともない。
レヴィは心の中でピアに別れを告げる。
そして天界へ戻る神の後に続こうとした。だが神はその場から動かない。先ほどと打って変わり、いつになく厳しい視線で窓の外を睨んでいる。
レヴィはどうしたのかと尋ねようとし、神の視線の先を追う。
「なっ……!」
あまりの光景にレヴィは言葉を失った。
窓の外。空はありえない赤に染まっていた。
※※※
誰かが自分のことを呼んでいる。
ピアは重い瞼をゆっくり開いた。
「猊下!」
目の前にはハムの顔があった。
どうしてここにハムがいるのだろう。
レヴィはどこへ行ってしまったのだろうか。
何度か喋ろうと試し、やっと声が出た。
「何故ここに?」
「将軍閣下が」
どうやらレヴィが彼をここへ連れてきてくれたらしい。
ピアは酷い脱力感に目を再び閉じた。
生命保持にまわしている魔力をも使ってしまったのだ。仕方ない。
ただ自分はどうなってしまうのだろうか、と疑問に思う。過去にここまで魔力を使った者の前例がないので分からない。
時が経てば回復するのだろうか。
それとも……。
「わたくしは本来ならば使ってはならない魔力までも使ってしまいました。回復するかもしれないし、しないかもしれない。もしかしたら最悪の場合……」
その時ハムはピアの言葉を遮るように首を横に振った。
ピアは言葉を止めて、彼の顔を見た。いつになく彼は毅然としている。
ハムはもう一度首を横に振り、きっぱりと言った。
「あなたは死にません。絶対に死にません。何があろうとも、私が必ず守ります」
ハムはそう言うと、未だに一人で起き上がることのできないピアを抱き起こす。
そして己の背にピアを担ぐと立ち上がった。ハムからは花の良い香りがした。
彼はピアを背負って歩き出す。
ピアはレナトゥスの『君が好きだった』『私の希望を託す』という言葉を思い出した。
思わず涙がこぼれる。
何故もっと早くになんとか出来なかったのか。
機会はあった。かつてただ一度だけ、レナトゥスが己の思想を打ち明けてきた、あの夜会の帰り。
あの時ピアが彼の言葉にもう少し耳を傾けていたら。その心に秘めているものを少しは共有できたら。
また別の道、別の未来があったかもしれない。
いずれ皇帝と皇后になった二人が、今はまだ完全に彼の理想を実現出来ずとも、その方向へ向けて帝国内の体制を整えていくことができたはずだ。
何も、親や親族、大切な国民の多くを死なせるような道を選ばせずに済んだかもしれない。
その上彼は唯一の友であり理解者であったという魔人エルアザルが死んだことが原因だろう、自暴自棄になっていた。少なくともピアにはそう見えた。やっと己の理想に着手できる状況になったにも関わらず、ピアに全て託し、自らは死を望むなど自暴自棄と言わずして何というのか。
エルアザルとやらがいつ亡くなったのかは分からない。だがいつからレナトゥスは喪失感を抱え生きていたのだろう。
自分はやはり彼の心に寄り添ってなどいなかったのだ。
ハムはピアが泣いていることに気づいているだろう。だが何も言わずに黙って玉座の間の出口に向かっている。そんなハムにピアは問いかけた。
「私はあなたの心に寄り添っているか? いいえ……そうあろうと努力していると思えますか?」
ハムの足が止まる。泣いているピアを気づかってだろう。彼は振り返らずに頷いた。
「ええ、猊下。私はそうして下さっていると思っています。私も猊下に対しそうありたいと思います」
ハムの言葉にピアは涙を拭った。
「ハ……いえ。あなたの名前は何だったか……」
「ローレンツです、猊下」
「そう、行きましょう」
『ローレンツ』と彼に呼びかけかけたその時。強い殺気にピアは背後を振り返った。
ピアの様子がおかしいことに気づいたのだろう。ハムが『猊下』と呼びかけてくるが、ピアは答えることが出来なかった。
先ほどオルクスが消えて残った砂と、レナトゥスが消えて残った砂が赤く光っている。その禍々しいひかりにピアはぞっとなった。嫌な予感がする。
その光景から目を離せずにいると、レナトゥスのほうの砂が動いた。その先にあるのはオルクスが消えた後に残った砂だ。
瞬く間に二つの砂が混ざり合う。
混ざり合ったそれは更に赤さを増し、また姿を変える。ピアが固唾を飲んで見守る中、赤く光る砂はドロドロの血肉へと変化した。
それはあっという間に真紅の液体へと変わり、信じられない速度でピアたちに肉迫した。
「危ない!」
とっさにピアが叫んだが間に合わない。赤い液体に背後から襲いかかられハムが体勢を崩す。二人は揃って床に転がった。
そこへ更に赤い液体が追い打ちをかけるかのように襲いかかる。
「猊下!」
ハムの叫びと共にピアの身体を衝撃が襲う。勢いよく床に倒れたピアは自分がハムに突き飛ばされたのだと気づいた。
どうやらあの赤い液体の攻撃から守ってくれたらしい。だが彼は武術に関しては全く不得手であったと思いだす。
大丈夫か、と慌ててハムを見たピアは凍りつく。
赤い液体は消えていた。
そのかわり、倒れこんだハムの背後にオルクスが立っている。
「何故……」
あなたは死んだはずだ、と思うが声が出ない。
「何故? 知りたいか。教えてやろう、娘」
オルクスの口から発せられる声を耳にしたピアの背中に冷たいものが流れた。
誰だ、これは。
確かにオルクスの声もする。だが別の男の声が混ざっていた。レナトゥスの声ではない。恐らくピアのしらぬ男の声だ。
「オルクスとレナトゥスに与えられた薬。その中にあった私の血。そしてオルクスと私の絶望と怨みの念。この3つが揃って融合を果たし、再度肉体を得たというわけだ」
「誰だ……?」
ピアの問いにオルクスの姿をした何かが笑う。
「私はオルクスでもあり、エルアザルでもある。強いて言うならば滅びを望む者」
彼は手を伸ばしハムの首根っこを掴んだ。
ハムの身柄を抑えられたことに、ピアはしまったと思う。
だが平静を装い、言い返した。
「滅びを望む者? 我が兄君の望みは愛しいディラエさんを蘇らせることだと思うけど?」
それが可能かどうかは別として、とピアは心の中で付け加える。
「ディラエ……。ふふふ、ふはははは……」
ディラエの名前をつぶやくと彼は心底おかしそうに笑いだした。
「何がおかしい?」
「いやいやいや……。元はレナトゥスであった身と融合して、オルクスは『真実』を知った。ディラエという女の裏切り……。いや、裏切りですらないな。もともとあの女はレナトゥスの計画を遂行すべく近づいてきた存在。全ては偽りだったのだから!」
己の身分にはあるまじき行為だが、ピアは思わず舌打ちをしたくなった。
よりにもよって、この場面で兄にそれを知られるとは。最悪としか言いようがない。
ただでさえ人間不信をこじらせ人嫌いに近かった兄だ。唯一無二の存在すら自分を騙していたと知ればどうなるか。愛情が深かった分だけ憎悪も深いだろう。
その上、その対象となる存在はもうこの世にはいない。
行き場をなくし、持て余した憎しみは世界へと向かう。結果、エルアザルと一つの肉体に共存し、『滅びを望む者』として復活したのだろう。
「娘、まだ死ぬなよ。神の代理人として、全て見届けて死ぬがよい」
そう言うと彼は身動き一つ出来ずにいるハムを見下ろした。そして何か思いついたかのように笑顔になる。
「面白いな。これはもらっていこう」
「まて……!」
「じわじわと迫り来る滅びを堪能しろ、娘」
ではな、と言うと眩い光に彼とハムの二人が包まれる。
ピアは思わず叫んだ。
「ローレンツ!」
一瞬の後、光がおさまったそこには彼らの姿はない。転移門と同じ種類の魔法を使って、どこかへと去ったのだ。
ただ一人になった空間でピアは呆然と座り込んでいた。
明日から更新は少しお休みです。次回更新予定は決まり次第活動報告にてお知らせします。




