告白
「何故私がここに、って顔をしているね、ピア。まあそれも仕方ないか。でも驚いたよ。まさか君がここに、障壁に守られたここに入ってこられるとは思ってなかったから」
そこまで言うとピアの婚約者であったかつての皇太子レナトゥスは周囲を見渡した。
「いつの間にやらいなくなってしまったオルクスの元部下の彼がやったのかな? 色々と話せば長くなるけど、久々の再会だ。ゆっくりと話そうか。君にとっては不本意かもしれないけど、ね」
ピアは思ってもみなかった彼の登場に一言も発することが出来ずにいる。そんなピアの様子も構わずにレナトゥスは続けた。
「なにから話せばいいのかな。……ああ、そうだ。今回の一件は君の想像通り、すべて私が企てたことだ。私の唯一の理解者であり、唯一の友の遺志も関わっているけれどね。……すべてを打ち明けるには、その私の友について語らなければなるまい」
※※※
「我が友の名をエルアザルという」
レナトゥスが語るにはエルアザルとやらに出会ったのは、彼がまだ十か十一の頃だ。
ピアが生まれるか生まれないかといった頃である。
レナトゥスはその頃には既に、皇帝家の存在に疑問を持っていた。
それだけにとどまらず、数多くいる教師たちに、その件でよく議論をふきかけていた。もちろん教師たちは皆困っていたという。
それはそうだろう。場合によっては異端と言われかねない思想だ。
そして彼が疑問を持ったのは皇族の存在だけではない。貴族についても同じだ。
なんの美点もない者たちが、ただ貴族というだけで庶民たちのうえにいることが不思議で仕方なかったらしい。
「まあこれに関しては貴族ばかり責められないか。皇族ですら、かつてのオルクスのような皇族としての義務を果たさぬ者が、民の税でのうのうと生きている。そんな誰も取り合おうとしない思いを抱えた私に、ある日理解者が現れたんだ。それがエルアザルだ」
「エルアザル……」
ピアがこれまでに一度も聞いたことのない名前だ。
「エルアザルは魔人——神の民だった」
「魔人?」
「そうか、そこから説明しないといけないな。ピア、君も知っての通り、この世界は一万年前に神に創られた。信じられないかもしれないが、我々の祖となる原初の人が生まれるより前に、この世界に移り住んできた者たちがいた」
それが魔人。彼らは別名、神の民ともいうとレナトゥスは説明する。
魔人たちこそが沈黙の大陸と呼ばれる東大陸の住人だと。
「彼らがどこから来たかって? 君も知っているだろう。神話でも語り継がれている通りだ。世界は一つではない。私たちが住むこの世界。そしてそれより前からあった旧き世界」
レナトゥスは続いて説明する。
魔人たちは旧き世界の人類を大きく超える力を持っていたという。そして己の血で、全く違う生き物である人類を自分たちの眷属に変えることができる、そんな存在だった。
そんな彼らは魔人たちの始祖である一人の男に従い、神の導きの元、旧き世界からこの世界にやってきた。
「エルアザルは、その始祖の片腕ともいえる存在。そんな彼が私に近づいてきたんだ」
「なぜ、あなたに?」
「確かに疑問にも思うだろうね。東大陸は一万年も昔から沈黙を守ってきたのに。……当初は始祖の考えもあり、まだ未熟な人類が成熟するまで、距離を置き見守る方向性だったらしい」
だが、そんな魔人たちにも時とともに変化が訪れたという。
最初、魔人は不死もしくはそれに限りなく近いと言われていた。正確に言えば、殺されれば死ぬが、寿命はないか、ないに等しいほど長いと。しかし彼らの繁殖力は人間と変わらない。つまり、どんどん数が増える一方で減ることはない。
「人数が増えるに従って、彼らの間では争いも増えた。それに拍車をかけたのは、始祖の右腕と呼ばれたエルアザルと、左腕と呼ばれたアロンという男の不仲。二派の争いは、長い生に疲れた始祖の一時的な眠りによって更に悪化した」
自分の右手左手が睨み合って揉めてる時にのんきに寝るな、と思う。ついピアは会ったこともない魔人の始祖とやらに対し、胸の内で毒付いた。
「今会の一件はその二派の争いが大陸外にまで広がったものなのですか?」
「違う、違う。話を続けても良いかな。焦らなくても時間はあるよ。どうせ外の連中はここに入ってこられないし。君もその程度で死ぬほど、根性なしじゃないだろ」
思わずムッとしてピアは黙る。
レナトゥスの話は続く。
続いていたエルアザルとアロンの二派の争い。それにある時期からストップがかかる。魔人たちの体に異変が起こり出したからだ。
それまで不老で、寿命もないとも思われていた魔人たち。突然、そんな魔人たちの肉体が崩壊をはじめた。それもちょっとやそっとの数ではない。
ものすごい勢いで減っていく魔人たち。
「エルアザルはそれが自分たちの『寿命』だと気づいたんだ」
「生ある者には普通のことでしょう」
「まあ……そうかもね……。エルアザルが言っていた。魔人たちの中で特別なのは始祖だけ。他の魔人たちは元は旧世界の人間。もしくはその子孫」
そんなかつて人間であった己らの肉体に限界が来たのだろうとエルアザルは考えたらしい。
そこで彼は己とその同胞の延命を考え、この世界の人間に手を伸ばし始めた。
「そこでまた人間を利用しようとしても同じことの繰り返しではありませんか」
ピアの指摘にレナトゥスは頷く。
「なるほどそういう考えもあるかもね」
ピアは兄が力尽きた床を見つめた。
先ほどまで血肉の水たまりがあったそこは、それすら消え失せ、砂のようなものが広がっている。
レナトゥスは笑った。
「ねえ、ピア。旧き世界の人間とこの世界の人間は違うんだそうだ」
「違うとは?」
「その世界の人間は魔人の末裔」
思いがけないレナトゥスの言葉にピアの思考が止まる。
構わずに彼は続けた。
「我々の祖先、原初の人は魔人の子に神が手を加えられた存在」
己の中にも魔人などという訳のわからない存在の血が流れているのか。しかし手を加える、とは一体何を神はしたのだろう。
「だから分かるよね? 何故エルアザルが私—— この帝国の皇族に接触してきたか。我が一族は原初の人の血を未だに色濃く残している。つまりこの世界のどんな人間よりも魔人たちに近いんだ」
「なおさら意味がわかりません。エルアザルとやらが、己とその同胞の延命のために接触してきたなら……たとえあなたの唯一の理解者になったからといって、何故協力するのです? 彼らの延命のためなどといって、その者らに体を乗っ取られたりするかもしれないのに」
ピアは信じられない思いでレナトゥスを見つめた。だがレナトゥスはそんなピアの様子に構わず口を開いた。
「もちろん私も最初それを疑ったよ。だが違った。エルアザルは私のことを同志とみなし、全て包み隠さず教えてくれたよ」
旧き世界の人間たちは魔人たちの手で眷属とすることが可能だったらしい。だがこの世界の人間は違う。神の手により改良されていて、眷属化は出来ないし、体を乗っ取るなんて更にとんでもない話だそうだ。
彼らにできるのは、原初の人から受け継がれてきた、その者の奥深くに眠る魔人の能力を少し目覚めさせることだけ。
能力を目覚めさせるの一言にピアは例の薬を思い出し、それを指摘した。
「あの薬? ああ、君はやはり察しが良いね。そうだ。想像の通りだよ。あれはエルアザルが作ったものだ。魔人の血を使ってね。適合すれば先に言った通り眠れる力を目覚めさせる。不適合ならば肉体が崩壊する」
「兄もあの薬を使っていたのでしょう。ということは……。どうやら適合者でも力を使いすぎれば肉体が崩壊するようですね」
「それは私も知らなかったことだよ。……エルアザルはあの薬でこの世界の人間を魔人の力に目覚めさせ、その者の肉体を参考に自分たちの身体を作り変えることを考えた。それで延命が可能となるのでないかと考えたんだ。」
「そのようなこと、神を冒頭する思いつきでしょう!」
「神を冒頭? そうなのかな? まあ、今となってはどうでも良い話だよ……。エルアザルが亡くなった今となってはね。間に合わなかったんだ。何もかもが。でも私には志が残されていた」
そう言うとレナトゥスは俯き黙ってしまった。その目はどこか虚ろだ。
沈黙に耐えかねたピアは、疑問に思っていた彼と己の兄の関係についてたずねた。
「あなたは兄を操り利用していたのですか?」
「私がオルクスを操って利用? そうだね……。最初はそうだったかもしれないけれど、最終的には互いに利用しあっていたよ。確かにディラエという女を彼の元へ送り込んだのは私だし、シュバルツも私の手の者だ」
やはりディラエはレナトゥスの手の者だったかと納得する。
本来厳しいはずの身辺調査をくぐり抜けて、偽物のディラエがピアの住む宮に勤められたのは、背後に皇太子であったレナトゥスがいたからなのだ。
しかしピアにはまだ解せないことがある。そこまでしてレナトゥスがわざわざオルクスを動かした理由だ。
「そもそも、なぜ兄を使ったのです? あなたがご自分でクーデターを起こすことだって出来たでしょう。いいえ。もっと言うならば、いずれ帝国はあなたのものとなった。多少は改善されたと言っても、未だ短命な我々皇族です。近いうちに帝位はあなたに譲られたはず!」
ピアの言葉にレナトゥスは首を横に振った。
「私自らが動かずオルクスを動かしたのにはそれなりに理由があるのだよ。私とエルアザルの間には約束があった。当初の予定では、皇族全員をエルアザルの実験に利用する予定だった。その為にクーデターで全員処刑という形をとりたかったんだ。私が内通者として帝国側にいれば、計画の確実性は増す」
しかし、とレナトゥスは苦笑した。
「オルクスを出奔させたのは良かったけれど、その後彼を思い通りに動かすのが一苦労だったんだ。もし彼が我々に、帝国に復讐心を持っていてくれていれば楽だった。その復讐心を煽って、クーデターを起こさせれば良いだろ?」
だが残念なことに彼はディラエの存在だけで満足し、帝国になど何の未練も遺恨も抱いていなかったらしい。これはピアの想像通りだ。
元々兄は権力欲も薄い人間だったのだ。唯一の理解者であり、愛する者がいれば満足だったことだろう。
「これでは思うようにオルクスを動かせないと頭を悩ませていた私の元へ吉報が届く。ディラエの死だ」
「兄は言っておりました。自分が彼女を殺した、と」
「それは……ある意味正しいし、ある意味で間違ってる。彼女は襲ってくるジャボン兵からオルクスを庇い、死んだんだ。一人になったオルクスに残されたのは絶望と後悔と愛だけだ」
「最悪の結末ですね」
「そうだね。でも私にはとても都合が良かったよ。そこで初めて私はオルクスと接触を持った。私はエルアザルの遺志を継ぐ者だと言ってね」
ディラエの死を機にオルクスは変わった。まるで別人になった。
それはピアにも分かる。出奔前と戻ってきた時の兄は別人だ。
「すっかり人の変わった我が兄は利用するに良い人物になった、と?」
「……彼は己の意思で動くようになった。まずは薬で魔人の力に目覚めた。そして私と協力関係を結んだ。私は当初、クーデターに必要な人員をエルアザルに借りるつもりだった。だがオルクスはそれを一蹴した。彼は鎖国制度をしいて、他国との関わりを絶っている小さな島国ジャボンを狙った」
ピアはそこで兄が手に入れた魔人の力を使ったのだろうと気付いた。セフィーロ国王にもらった情報。あれにあった神のごとき強さとは魔人の力によるものだったのだ。
「原初の人の血を色濃く引いている皇族の彼は、他の一般人などより遥かに強い力に目覚めていた。その圧倒的な力で混乱の最中にあったジャボンを手に入れたんだ」
「ご存知だと思いますから聞きますが。なぜジャボン国民は兄の扇動にのったのです?」
「もちろん事前にエルアザルの薬をジャボン中にばらまいて、己の配下を増やしたからだ。あの薬は魔人の力に目覚めさせるだけではない。簡単な催眠がかけられる。己よりも圧倒的な強者に従うよう」
だからジャボンでの適合者はオルクスに従ったし、帝国内での適合者はレナトゥスとオルクスの呼びかけに従ってここ帝都に集まってきたのかと納得する。
そのジャボンで彼の配下となったものが今回の反乱軍の正体という訳だ。
それにしてもセフィーロ国王の話ではオルクスのばらまいた薬のせいで国民の半分は死んだという。
その上、国まで乗っ取り、祖国に攻め込むなどオルクスはまるで何かの箍が外れたかのようだ。
それを指摘したピアにレナトゥスは意味ありげに微笑んだ。
「ピア。愛は時に世界を救い、時に世界を滅ぼすこともあるだろう。愛する者がいない世ならば己も消えたい。そして己が滅ぶならば、すべてを道連れに、世界もろとも滅んでしまいたいという者もいる」
それがオルクスだと言うのだろうか。
ピアはレナトゥスの話に一点だけ引っかかったところがあった。
オルクスとレナトゥスが協力関係を結んだ、ということについてだ。
レナトゥスがオルクスに利用価値を見出していたのは、彼の説明で分かる。だがオルクスはレナトゥスにどんな利用価値を見出していたのか。
ピアはそれをレナトゥスに問うた。
「ああ……。約束したんだよ。エルアザルから残された知識と、その技術でディラエを蘇らせるって」
「そんなことが本当に可能なのですが?」
ピアは驚いた。
死者を蘇らせるなど、神の御業のはずだ。人が人の魂を軽々しく弄ぶなど神が許すはずもない。
「そのようなことが……可能なのですか?」
しかしピアの問いかけにレナトゥスは頷いた。
「エルアザルから聞いたことがある。旧き世界には蘇生の魔法があった、と。もちろん使えるものは限られていたようだが……。私はエルアザルに遺された資料を参考にそれを再現できるのではないか、とオルクスに言ったんだ」
「この世界にない、ということは神が我々に与えるべきでないと思われたということ。それを神の許しもなく再現しようなど……!」
「ピア、我々はそろそろ神の手を離れ、一人で歩いていくべきなんだ」
レナトゥスはピアの責める言葉にも動じることなく言い返す。そして彼はその場から動いた。少し高いところにある玉座のそばから離れ、一段ずつ階段をおりてくる。一歩一歩自分へと近づいてくるレナトゥスの動きからピアは目を離せない。
今更ながらこの男は自分をどうするつもりだろうかと思うと、ピアの背筋が凍った。




