↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
猊下が行く  作者: 魔法使い
第四章 異端者
PR
17/20

再会

 気づけばピアをはじめとし、貴族全員が宮殿の外に放り出されていた。

 いや、あの室内にいたものだけでない。それ以外の多くのもの、文官、武官、使用人といった多くの人間までもが外に放り出されていたのだ。

 きっと兄は自分の配下以外を全ての宮殿から追放したのだ、と思い当たる。

 それと同時に背筋を冷たいものが走った。

 あの転移門にも似た魔法は何なのか。そもそも兄は魔力が低かったはず。あんな得体の知れない恐ろしい魔法が使えるとは信じがたい。

 そしてそれだけで話は終わらなかった。

 再度宮殿に入ろうとしても、謎の障壁に阻まれ不可能だったのだ。この大陸、いや北と南大陸をあわせて考えたとしても最強の魔力の持ち主であるピアにすらどうにも出来ない障壁。おもわず東大陸を覆う障壁を思い出す。

 仕方なくピアは教皇庁へと戻ることにした。

 その背後からぞろぞろと貴族達がついてくる。ついてこいとは言ってない。だが彼らもどうして良いか分からないのだろう。

 背後から向けられる彼らの視線の大半が冷たい、敵意すら感じられるものであった。

 それもやむを得ないと思いつつ、ピアは教皇庁へと入る。

 教皇庁にはいってすぐのところはホールとなっている。その奥に階段がある。

 ピアはその階段の手前で立ち止まった。そして背後を振り返る。数多くいた貴族の殆どがホールの中にはいってきていた。

 どこか会議室にでも案内をすべきだろうと思い、口を開きかけたその時だ。


「猊下!」

「一体どういうことなのです!」

「皇室も貴族もなくすなど!」

「それもだが、他国に内通していたなど……皇太子殿下ともあろうお方が!」

「そうですぞ。皇室からそのようなお方をだすなど!」


 口々に叫び始める。

 仕方ないのは分かる。自分とて叫びたい。さらに言うならここの床で構わないから転げ回りたい。

 何もかもが嫌だ。

 確かに皇太子は帝室の存在意義に疑問を持っていた。更にいうなら、もはや帝室はこの大陸において役割を終えたとすら言っていたくらいである。

 しかしだからと言って、出奔したオルクスと結託して帝国を滅ぼすようなことをするなど想定外であった。

 その結果、彼の父親であった皇帝、親族、何より皇太子自身すら死んでいる。破滅願望にも程があると言いたい。

 自分が思っているよりずっと、彼の心に巣食う闇は深かったのだろうか、とピアは心が痛んだ。

 自分は何も分かってなかった。婚約者でもあり、従兄でもあった彼のことを何も。物心ついた時からそばにいたにも関わらず。

 自分の足元が崩壊していくような、そんな気分の中、ピアはふと思った。

 皇太子は一体いつ、どうやってオルクスに連絡をとったのか。いや、それ以前にオルクスがジャボン王になっていることを何故知り得たのだろうか。

 冷や汗が流れた。

 思い出すのはディラエ=キルシウムのことだ。宮に勤めるものは身辺調査をされた上で雇われる。しかし偽者のディラエはそれをまんまと潜り抜け、ピアたち家族の宮に勤めだした。そしてオルクスと恋仲になり、彼と駆け落ちした。

 ディラエが偽者であると分かった後、ピアは彼女が雇われた時のことを調べさせた。だが何も不審な点は見当たらなかったのだ。

 最初は東大陸の諜報員の力かと思ったが、実はあれは皇太子のしわざなのでないだろうか。オルクスにディラエという女を接近させる。そして誑かし、駆け落ちという形で帝国の外へ出す。

 だがそれだけでは、兄の謎の力も、どうやってジャボンを征服したのかも説明がつかない。

 そしてディラエの死についても謎は残る。


 その時、低くよく通る声がホールに響いた。


「皆様方。こんなところで何を騒いでおられる。ここは神の家ですぞ」


 はっとピアがそちらを見た。

 ホール右手側の回廊からイシュトヴァンが現れた。その背後に何人もの聖職者が続いている。

 何故あの者がここに、と思ったがピアは思い出した。今日、新しい体制となった異端審問所の会議があったはずだ。おそらくそれが終わったところだったのだろう。

 イシュトヴァンは冷たく貴族たちを一瞥すると嘆かわしいと一言呟いた。

 そんな彼の態度にむっとしたのだろう。何か言おうとした貴族が何人かいた。だが周りの他の貴族に慌てて止められている。

 イシュトヴァンが新しく異端審問官たちの長となったことは既に公示されている。それを思い出した者たちだろう。

 そしてそれを機に、仮にも教皇であるピアへ不敬と捉えられるくらいには言いすぎたと気づいたのだろう。先ほどまでにピアに向かいあれこれ言っていた者たちが急に静かになった。

 ピアはその場が静まるのをまって、やっと口を開いた。


 ※※※


「午後から会議、ですか」


 ピアは教皇執務室の椅子に座ると、クロイツに頷き返した。

 色々なことがありすぎて、頭が痛い。

 ぼんやりと壁に掛けられた絵、初代皇帝カインと初代教皇アベルを描いたそれを見つめる。彼らは原初の人から何代か後の子孫であり、双子の兄弟であった。

 終わってしまうのだろうか。いや、自分は兄に屈するつもりはないのだ。


「猊下、イシュトヴァン司教がお見えです」

「通せ」


 憔悴してる様など見せられない。ピアはココアを飲むと、気を引き締めた。

 間も無くイシュトヴァンが足音もなく入ってくる。


「ご苦労。初の異端審問所会議はどうであった?」

「滞りなく終わりました」

「それは良きこと。今後も頼んだぞ」

「かしこまりました。ところで猊下。先ほどの騒動は一体何事にございましょう?」


 本来今頃は皇帝会議のさなかであった。にも関わらず上級貴族が教皇庁の入り口で教皇に詰め寄っていたのだ。気にならぬわけがないだろう。

 ピアは皇帝会議であったことをイシュトヴァンに語って聞かせた。

 ピアの話が全て終わったところで、イシュトヴァンはなるほどと呟いた。

 反応が薄いが、仕方ない。この男は教会至上主義だ。たとえ帝国がなくなろうとも、神の愛と教会は永遠だと思ってるに違いない。


「それにしても……」


 イシュトヴァンの声にピアは顔を上げた。


「皇太子殿下はかの思想をまだお持ちだったとは……」

「かの思想?」

「はい。既にティファレト皇家は役割を終えた、と。これからは民が自分たちで政をおこなう時代だと」


 ピアは驚いた。

 なぜそれをこの男が知っているのか。皇太子がオルクスに内通していたことは話したが、彼のその思想については伏せていたのだ。

 その話を初めて聞くクロイツは驚いた表情を浮かべている。そうだろう。よりにもよって、皇族の、それも皇太子が自分たちは不要だなどと思っていたなど信じがたい話だ。


「イシュトヴァン、なぜお前がそれを知っているのか?」

「私は皇太子殿下がご幼少の頃神学をお教えしていたことがございます」

「初耳だぞ」

「猊下がまだお生れになる前の話にございます」


 ますます驚きだ。

 ピアが生まれる前というと皇太子が十歳にも満たぬ頃だ。そんな頃から彼はそのような思いを抱いていたのか。


「それはともかく……。猊下、陛下を如何なさるのですか?」


 イシュトヴァンの目は厳しい。

 異端認定しないのか、と問うている目だ。


「皇帝の座は神より与えられしもの。それを神の代理人たる猊下の許可もなく、勝手に返上すると宣言すること自体許しがたいこと」

「もちろん分かっている。許せることでない」


 ピアは己のとるべき道を色々と考えていた。

 まずは兄を異端認定し、先ほどの皇帝会議での発言、いや彼の即位そのものを無効とすること。

 そして兄そのものをどうするか、だ。この国は各地から集まってきた『優秀な民』とやらに任せると言っていた。兄たちはどうするのだろうか。

 いつどのような形でこの国を民たちに委ねるのだろう。素知らぬふりをしてさっさとジャボンに帰るつもりだろうか。

 今、入れなくなっている宮殿の中にでもその『優秀な民』とやらを入れて、今後の話し合いでもしているのだろうか。

 しかし貴族たちの反発はどうするつもりであろう。ピアが黙っていないであろうのも分かっているはずだ。

 やはり、なにかしら武力でピアや貴族を抑えつけるつもりなのかもしれない。

 そうなればあまり時間に猶予はなかった。あの閉ざされた宮殿の中で、一体いま何をしているかすら分からぬのだ。


「優秀な民、とは一体どういう民のことを言っているのでしょうか」


 イシュトヴァンの言葉にピアは首をかしげる。それはピアにも分からぬことだ。


「猊下はあの薬が何か関係しているとお考えでいらっしゃると?」

「他に考えつかなかった。あんな薬で何が分かる、と。実にバカバカしくも思えるが」


 もしかしたらあの薬物を服用することで、なんらかのふるいにかける事が出来るのかも知れない。しかし、考えたところで何も分からなかった。


「そもそも、魔力があまり高くいらっしゃらなかった陛下が猊下すら扱えぬ魔法を使えるのもおかしな話です」

「そうだな。あれは転移門にも似ていた」

「なんの装置もなく、あれだけの人間を移動させた、と。ただ事ではありますまい」


 そもそも魔力は生まれつき決まっていて変わる事のないものです、というイシュトヴァンの言葉にピアは頷いた。


「その通りだ。だが、いまそのような事を議論しても何の結論も出まい。だから私は午後貴族たちと話したのち、再び宮殿へ向かう」


 兄の異端認定を宣言し、彼ら貴族の協力を要請しなくてはならない。


「教皇軍、出兵の準備をさせよ。兄に放り出された国軍の兵たちも教皇軍へ組み込め。貴族たちの私兵もあわせて宮殿を取り囲む」


 ※※※


 こんな大軍を見るのは久しぶりかも知れない、とピアは思った。

 貴族たちを説得し、それぞれの持つ私兵を出すよう要請したのはつい先ほどだ。

 有事の時にしか使わない大型の転移門の使用を特別に許可した。だから兵が各地から順次到着してくるはずだ。ますます人数は増えるだろう。

 この場の皆が一様に厳しい目で宮殿への進入を阻む謎の障壁を見つめている。

 これが無くならないことにはどうしようもない。


「猊下!」


 聞き覚えのある声にピアは声のした方を向いた。声の主を見てぎょっとなる。

 悠然と歩いてきているのは、シュバルツに『行方不明』と言われていた将軍だ。軍装ではない。普段着のようなものを着ている。

 一体この男はなにをしているのだろう。


「お前……一体こんなところで何をしている?」

「何、とは。用があって戻ってきたらこの有様だったので」

「用があって? シュバルツはお前が行方不明だと言っていたが?」


 ピアの言葉に男は面白そうに笑った。


「そうですね。突然失踪しましたので」

「何のために?」

「ちょっと個人的な用で」


 肝心なことを何も話そうとしない。これでは埒が明かない。諦めてピアは顔を背けた。

 敵か味方かも分からぬものと話している余裕はない。この男もジャボン国の者である可能性が大なのだ。


「わたくしは皇帝陛下……いや、オルクスを異端認定し、あれの即位を無効とした。お前もジャボンの者か? 異端者は我らの敵、侵略者も同じく。敵とみなされ命失いたくなくば去れ」

「私は敵ではありません」


 思いがけない言葉だ。


「なんだと?」

「ジャボンの者でもありません。猊下、私は目的があってつい先日まで陛下の側にいたのです。そしてその目的は猊下と敵対するような内容ではありません」

「俄かには信じがたいな」

「まあ、そうでしょうね」


 ですが、と男が続ける。


「私が宮殿の内へ猊下をご案内すれば、それも信用可能でしょう」

「罠の可能性もあるが?」

「ではずっとここにいらっしゃると?」


 ピアは苛立たしげに息を吐いた。


「逆に問うが、どうやって中に入ると?」

「あの障壁を取り除けば良いだけの話です」

「どうやって?」

「私の力で、としか申し上げられませんね」


 何度も試したがピアですら出来ないことだ。お前は何者だと問いたい。

 だが聞いたところで、この男は何も答えまい。何者かも分からない、目的も分からない者をどうやって信用すると言うのか。

 色々な可能性を秤にかけた。

 このままここにいても、この障壁を破れることが出来るだろうか。

 俯いていたピアは視線を将軍へと戻す。

 彼は無表情でピアを見つめていたが、何も言わずに踵を返した。そして宮殿の入り口へと歩いて行っている。


「ちょっと、まて!」

「急ぎますので」

「待て!」


 しかし彼は立ち止まらない。うっすらと銀色に輝いている障壁に手を伸ばして触れた。すると僅かに穴があく。彼一人通れるくらいの穴だ。

 そこをくぐり抜けようとしているその姿にはっと我にかえる。慌ててピアは駆け出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。