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猊下が行く  作者: 魔法使い
第三章 南部で蠢く闇
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猊下と燃え盛る炎

 翌日ピアをはじめとした面々は賊の根城へと向かった。

 既に昨日この島に上陸をしてすぐ、そこへ踏み込んだと報告を受けている。根城にいた者たちも捕縛済みだ。今日行うのは根城の中の検分である。

 ピアは聖騎士たちのピリピリした空気を感じながら、村から少し離れたそこへ向かって歩いていた。彼らの間に流れるこの空気も仕方ない。自分たちの身内から、こともあろうに教皇の身を狙う者が出たのだ。その上、全員が疑われ将軍から取り調べを受けるはめになったから余計だろう。

 ちなみにピアを海に投げ捨てた聖騎士は予想通りすぐに自ら命を絶ってしまった。背後関係もなにも分からない。全ては闇の中である。

 ピアは後ろに続く者たちの中にいるハムの様子を伺った。彼は周囲を注意深く見渡している。

 ちなみに彼には出発前、頼みごとをしておいたのだ。行く途中にも毒のある植物であったり、ハムが知らない植物があれば念のため知らせて欲しい、と。

 彼はピアの依頼を嬉しそうに引き受け、そして忠実に実行しているというわけだ。

 ピアは昨日皇太子に投げかけられた言葉を一晩色々と考えたが、答えらしい答えを得ることができなかった。

 ただ一つ分かったことがある。

 それは人により考え方も覚悟も違うということだ。たとえ、地位や身分が近しい者であっても、家族であっても。

 ピアはピア=セレネス=ティファレトという一人の人間としての幸せなど考えない。人よりも遥かに高い身分、地位を与えられ、食べるに困ったこともない自分は、自分より持たざる者たちに尽くして生きるべきだと思っている。皇族など、国民の僕であるといっても過言でないだろう。

 はっきり言ってピアは自他共に厳しい。自分と同じ考え方や覚悟を他者に求めているところがあった。

 ピアは己の私人としての生をほぼ捨てている。だが全てのものがそう出来るとは限らない。

 例えば先日思い出した北大陸、セフィーロ王国の国王。彼は数年前結婚したが、その報せの手紙にはこうあった。身分の釣り合う恋愛結婚で、公私ともに満たされて幸せだ、と。

 自分が私人としての幸せを捨てているからといって、己の伴侶にもそれを強要してはならないと昨晩気づいたのだ。

 ピアはハムにピアほどの覚悟があるか分からない。

 もし彼がほんの僅かでも私人としての幸せを求める心があれば、ピアはそれを知らぬふりしてはならないのだ。伴侶となる以上、片方が幸せを求め、もう片方がそれに対して冷ややかではいけない。

 そしてそのためにはハムにとっての幸せが何かを知る必要がある。

 植物の世話や研究に没頭するだけでハムが心満たされるならば良い。ピアはそれを邪魔せぬよう、出来る限り協力するようするだけの話だ。

 しかしそれ以外に彼が何か求めるものがあるならば、ピアは知る必要がある。

 全く価値観の違う二人だ。最初から何もかもが一致するとは限らない。だが最終的に辿り着くべき場所を決め、そこに向けて互いに努力し、歩んでいくことが出来る。

 今となっては、あの皇太子がピアの夢の産物でも死者が実際に夢に現れたのでもどちらでも良い。これをきっかけに己も変わる必要があるのだけが確かだ。

 その時、周囲を見渡していたハムと目があった。ピアが微笑むと彼は僅かに赤くなって俯いた。

 それを見ながらピアは時間がある時にでも、ハムにとっての幸せは何か聞いてみようと心に決めた。


 ※※※


 賊が根城としていたのは、島民に打ち捨てられた小さな小屋だった。

 小屋の入り口の左右には兵が立っており、誰も入れないように昨日から見張っている。ピアは将軍、ハム、数人の騎士を連れて、その小屋に入った。

 小屋の中は雑然としている。

 昨日この小屋に踏み込み、賊を捕縛した騎士が部屋の片隅を手で示した。


「猊下、閣下。昨日とらえた賊の話ではあちらの布袋の中身が、例の薬物であるそうです」

「あれか……」


 部屋の片隅に赤子ほどの大きさの布袋が二つ、無造作に置かれている。


「あれらはここで作っていたものでないのか?」


 ピアは部屋を見渡しながら、騎士に問いかけた。

 どう見てもこの小屋にはあのような薬物を作れるような機材も設備はない。だとしたら別の場所で作られ運ばれてきたということになる。

 

「はい。ただ捕らえた者も一体あれがどこで作られたのかは知らぬと申しておりました」

「賊たちの首領は?」

「金を渡され引き換えにあれを売りさばくようよう頼まれただけで、その他のことは何もわからぬ、と」

「では、売上金は全て賊たちが懐に入れていたわけか。益々解せないな」

「はい……」


 金で人を雇ってまで、薬物を蔓延させようとしている存在。

 ピアは益々兄の背後への疑いを強めた。だがその反面治めるべき民を薬物中毒にし、最終的には死なせてしまってどうするのかという思いもある。

 王なき国家はあり得ても、国民なき国家はあり得ない。


「ローレンツ殿、何か室内に気になるものはありますか?」


 将軍に問われたハムはゆっくりと周囲を見渡して、首を横に振った。


「いいえ。これといって特には。ここで作っていた可能性も皆無に等しいですし、薬を持ち帰り調べたほうが良いかと思います」

「そうですか。——その袋を持ち帰るように」


 将軍の指示で二つの袋が持ち上げられる。ピアは床に僅かに溢れていた赤い粉末を見つめた。きっとこれが中身だろう。イシュトヴァンに見せられた押収した薬物よりはるかに色が濃い。おそらく出回っているものは何か混ぜ物をしている。それも捕らえた者から聴き出さねばはらない。

 それにしても兄が関係していないと言い切るには、この薬物が蔓延し始めた時期が気にかかる。やはり兄が関連していると考えておくべきであろうと思う。

 ピアはふと、亡くなったディラエのことを思い出した。

 愛する者を失い絶望した兄。ディラエが偽者であったことを知っていたかどうかは分からないけれど、もしかしたら兄は祖国を道連れにして、破滅を望んでいるのかもしれない。一人でも多くの者を道連れにいつか自分自身も死ぬつもりなのかもしれない、と。


 ※※※


 薬物の他に参考になりそうな物を回収し、捕らえた者を連れてピアたちはセイケ島からエルツへと戻った。

 回収した薬物はトラヴァル=ベーレイニガンとハムに任せる。彼らが何かしらの結果をもたらしてくれることを願いながら。

 中毒患者の保護とあわせて、ピアはエルツから行方知れずになった者の大体の数を出すように命じた。一体どれほど被害が広がっているか知りたい。

 今回の事を企んだものが、各地でゴロツキのような者に金を渡し、エルツでやったのと同じ事をしてないとは言い切れない。いやむしろやっていると言うべきであろう。

 ここのところ帝都は兄オルクスの起こしたクーデターで手がいっぱいであった。この隙を狙わずして、いつそのような企てを試みるというのか。

 先のピアの事を海の中に投げ込んだ聖騎士の件といい、敵の手はどこまで伸びているか分からない。油断は禁物だ。

 そんな何とも言えない気分のピアに、領主ヴィルヘルムから晩餐の招待があった。トラヴァル=ベーレイニガンとハム、将軍まで一緒だ。

 一刻も早く帰りたい気分で一杯だが、そうはいかない。

 今回の件でヴィルヘルムは色々と骨を折ってくれたし、心配もかけた。それに加えて、色々と聞いておきたいこともある。晩餐後にでも密談の席を設けたい。

 そんな考えもあり、ピアは同じく招待された三人を伴ってヴィルヘルムの屋敷へ赴いた。

 トラヴァルはとにかくとしても、このような席に招かれたことのないハムは大丈夫かと不安になる。だがこの程度のことで臆している者ではピアの夫は務まらない。婚姻後、ともに誰かに招かれたり、または招いたりすることは少なくないのだ。

 ヴィルヘルムの催した晩餐会は見事な料理の並んでいた。さすがは海の貴族、普段ピアがあまり口にすることのない種類の魚介類を出してくる。

 そしてハムはピアが想像しなかったほど、いや晩餐の席に招かれた上流階級の人間に相応しい立ち居振る舞いであった。

 最初ハムを紹介されたヴィルヘルムはあっけにとられていた。

 それはそうだろう。彼はハムの母親であるベーレイニガン夫人がまだ皇女であったころ想いを寄せていたのだ。ベーレイニガン夫人は帝国一の妖艶な美女と言われ、魔性の女の評判は大陸中に轟いていいたものだ。

 セルジュ=ベーレイニガンに降嫁することが決まった時泣いた男は少なくないという。ヴィルヘルムもその一人であったのだろう。

 そんなかつて憧れた女の息子が、彼女とはあまりにも似ても似つかぬ姿ではあっけに取られても仕方ない。

 かと言って、ハムから父親であるセルジュを連想できるかといえばそんなこともないので、驚きは尚更であろう。ユーリウスは父親似であるが、ハムは太ってるせいか父親似か母親似かすら分からない。そもそもあの体型からあの両親を連想できないのだ。

 そんな一瞬とはいえ、ある意味失礼とも言える態度をとったヴィルヘルムにハムは動揺することなく、人当たりの良い笑顔で接していた。今彼は自分と年の近いヴィルヘルムの息子と古典詩について語り合っている。

 かつてハムの兄ユーリウスが弟は頭は悪くないと言っていたが、それは確かであったらしい。ピアが思っていた以上にハムは教養豊かな青年であった。

 彼らが話し込む姿を見ながら、ピアはこれは良い傾向かも知れない、と思った。相手の良いところ、美点に気付ければ、歩み寄りはしやすい。

 親愛の情を相手に示しやすくなる。

 ピアは昨夜寝ずに、将軍に言われた想いは持っているだけでは不十分、伝えなければならないと言われたことをずっと考えていたのだ。なぜならそういった作業を今までしたことがなく、どのような形で相手に伝えれば良いか分からなかった。

 散々悩んだ結果、ピアは皇太子が自分に対してしてくれたのと同じことをハムにすることを決めたのだ。相手の良いところを見つけ、それを口に出して褒める。思えば皇太子はずっとそうやってピアを認め、受け入れてくれていたのだ。

 そんなことを考えながらピアはヴィルヘルムや他の招待客となごやかに談笑していた。

 一通り料理が出され、晩餐会もお開きかという時のことだ。執事がヴィルヘルムに近寄り、耳打ちする。その表情から僅かに焦りが見えた。


「どうした、ヴィルヘルム?」

「猊下、司教屋敷で火事が……」

「火事だと?」


 ピアは咄嗟に立ち上がる。

 司教座聖堂に隣接する、教皇庁所有の司教屋敷には今朝押収した薬物がある。


「賊が証拠隠滅に火を放ったのでしょうか?」


 同じように立ち上がり将軍が執事に火事の規模を訪ねた。

 司教屋敷からの遣いの話では三部屋ほどが完全に燃えてしまったが、そこで消し止められたという。燃えた部屋はトラヴァル=ベーレイニガンとハムが薬物を調べていた部屋、残りの薬物を保管していた部屋。

 火を放った賊はまだ見つからないらしい。捕らえたところで依頼主は分からないでしょうが、と将軍は言った。


「ヴィルヘルム、様子を見るために戻る」

「かしこまりました、猊下」

「わたくしはお前と話すことがあるので、また後でここに来よう」

「御意」


 ピアは急いで用意させた馬車にトラヴァルとハムと三人で乗り込む。将軍は別だ。

 すぐに乗り込んで動き出した馬車の中、ハムは悔しそうに言った。


「折角島にまで行ったというのに……」

「そうだな」

「これはお前たち二人とわたくしの三人だけの秘密として欲しいのだが……」

「猊下?」

「誰にも言ってはならない。これはわたくしの騎士も将軍も誰も知らぬこと」


 ピアは懐から小さな紙包みを三つ取り出した。この中身は押収した薬物だ。トラヴァルとハムに一つずつ渡し、残り一つを再び懐にしまった。

 中身が何かと説明されずとも分かったのだろう。叔父と甥の二人はそれぞれ頷き仕舞い込む。これがなくなれば巷に出回っている薄められた薬物を手間暇かけて調べる羽目になるのだ。


「そうだな。これも言っておこう。火を放つよう命じたのもわたくしだ」


 さすがにこれは思いがけない告白だったのだろう。二人はぎょっとなり、ピアを見る。


「秘密を知るのは我々三人のみ。敵も今回の火災で証拠たる薬物が消失したと信じることだろう。そう思わせるような火事を仕立て上げたわけだ。あの薬物を調べるのを邪魔されたくないからな……」


 敵だけでない。

 ピアの騎士たちも、イシュトヴァンや他の聖職者たちも、領主ヴィルヘルムをはじめとする者たちも、全員だ。実際ピアが残した三包残し、全ては猛火の中に消えたのだ。吸煙で体内に取り込む薬物であったから、色々と小細工する必要があったが、そんな難しい魔法を必要としないため疑われる可能性は低いだろう。それにあらかじめ人気のない屋敷の外れの一角をトラヴァルの研究用と薬物の保管の部屋にしておいたのだ。


「さあ、このあとは敵はどうでるかな?」


 冷たく笑うピアをハムが不安げに見つめていた。


 第三章 南部で蠢く闇 完

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