猊下、司教の報告を聞く
ピアは将軍の待つ部屋へと入った。立ち上がり笑顔で自分へと挨拶する男へ、笑顔でなるべく冷たく聞こえるように言い放った。
「ごきげんよう、将軍。あなたとの約束はなかったと記憶しているが?」
「突然押しかけた非礼をお詫び申し上げます。どうかお許しください。国家と国民に関わる重大なお話です」
ピアは将軍の真向かいの一人掛けに腰掛けると彼にも座るよう促した。彼は一礼すると長椅子へと腰掛けた。
「重大な話、なるほど。侍従からはイシュトヴァンへの面会も希望していると聞いた」
肘掛に頬杖をつき、果たしてこの男はどう答えるつもりかと様子を伺う。しかしピアの予想に反して、将軍はあっさりと頷いた。
「仰る通りです」
「あなたとイシュトヴァンに面識があるとは知らなかった。そして重大な話とは?」
「面識はありません。ですが南部から不審な薬物が出回っていると報告がありました」
「それはわたくしも聞いている。しかし、イシュトヴァンがここへ召喚されたことまでご存知とは。将軍は随分と耳が早い」
「南部からの報告ではイシュトヴァン司教より薬物の情報を頂いたということ、司教がこちらへ報告へいらっしゃるということが含まれておりましたので」
ピアは笑顔で頷きながら考えた。宮殿も転移門を持っている。この広い帝国を治めるのに不可欠であるそれは特に軍部で頻繁に使われている。
教会より提供されたその数は、ここ教皇庁にある数に比べると遥かに少ない。ピアはその数少ない中に南部への転移門があったことを思い出す。それは確かイシュトヴァンが居を構える街とは別の街に繋がるものだ。
ピアは将軍にお前が今日のイシュトヴァンの召喚を知っているのは変だ、と問い質すことが出来るか考えた。だが自分が彼を召喚してからの日数などを考えると難しい、と思い直す。
イシュトヴァンが街に駐屯する軍に報告した際、教皇庁へ直接報告に行くことを伝えてあったとしたら。軍が帝都の本部へと報告をあげる時、それも伝えるだろう。そうすれば将軍は今日の召喚を知ることを出来る。
怪しいとは思うが、上手く言い逃れされるだろう。
「そう。下からの報告では何と?」
ピアの質問に将軍は苦笑した。
「全く何も詳細を頂けておりません。司教は詳細は猊下に申し上げるの一点張りでいらっしゃったらしく、南部の責任者も困り果てておりました」
「あれらしい。悪く思われるな。必要があれば、わたくしから貴方がたへ情報を提供すると考えたのであろう。あれは神と教皇の忠実なしもべであるから、わたくしへの報告を前に軍部へ詳細を話す気にはならなかったに違いない」
ピアからすれば教会至上主義のイシュトヴァンが軍部へ情報提供をしたということ自体が驚きだ。詳細を伏せたとはいっても信じがたい。
「情報を頂けただけでも有難く思います。そこで司教のご報告を私も聞かせて頂きたく、こちらへ参りました次第です」
ピアは将軍と向き合ったまま、控えているクロイツに命じた。
「イシュトヴァンをここへ」
「御意」
侍従がイシュトヴァンを呼ぶために部屋を出て行く。目の前の男と雑談に興じる気もなかったピアは視線を窓の外へ向け、イシュトヴァンが来るのを待った。
しばらくすると扉を叩く音が静まり返った部屋に響き渡った。扉が開き、司教イシュトヴァンが入ってくる。彼と顔を会わせるのは公会議以来だ。
ピアは将軍がここにいる理由を説明し、それぞれを紹介した。二人は挨拶を交わし、席に座る。その様子に不審な点はない。
「早速だがイシュトヴァン。報告を聞こう」
ピアに促され、イシュトヴァンが報告を始める。
吸煙で体内に取り込むその薬物は習慣性が強く、常用による中毒症状に悩まされている者が増えてきていた。売人は徐々に増えていき、値段も安いため民衆が飛びつきやすい。それも中毒になる者を増やしている一因と考えられた。
イシュトヴァンは教区内で出回っているそれを入手し調べさせたが、今まで帝国内にはなかった代物のようで、解毒の術も見つかっていない。領主にも事を報告し、取り締まりを厳しくするよう働きかけているが、末端の売人が捕まったところで何も分からないのが現状だと語った。
「このような代物が帝国中に蔓延しては恐ろしいことになります」
イシュトヴァンは報告を全て済ませると、目を伏せ控えめに己の意見を述べた。
「なるほど。だから国軍にも報告をした訳か」
「御意にございます」
「お前にしては珍しいと訝しんでいたが……。その言葉を聞き、わたくしは胸打ち震える思いだ」
「信徒を、国民を守り、正しき道へと導くのは私共の役目ですゆえ」
ピアはこの教会至上主義の男が国軍や領主にまで自ら報告する程、事態は悪いのだろうと察した。
スヴェートはイシュトヴァンを嫌っている。だがピアはそれ程この男を嫌いではない。確かに権力欲は強いのだろう。しかしそれを熱心な聖職者としての外面に包み隠せるところや、野心の強い人間特有のやりすぎるところがないのが好感を持てる。
要は頭が良いのだ。完全な白ではない。だが自滅することもない。
あまりにタイミングの良すぎる将軍の訪問に兄側との結びつきを疑ったが、この様子ではその可能性は低い。そもそも兄と結託してもイシュトヴァンに利があるとは思えない。彼は異端者を嫌う。それが他大陸の者なら尚更だ。
だがピアは将軍の言い分、ここを訪れた理由を完全に信じていない。増える薬物中毒、それによって崩壊していくであろう帝国。全く兄と無関係とは思えなかった。
その薬物が出回り始めた正確な時期は分からない。だが教会が把握している情報から察するに、兄がここへと戻って来た前後というところだろう。
ピアはイシュトヴァンへ労いの言葉をかけた。それに加え、先ほど出した回勅のことも伝える。別に今ここでイシュトヴァンに言わずとも良かったが、この場にいる将軍に釘を刺す為だ。報告された薬物だけでも厄介なのに、これ以上何かされたら迷惑極まりない。
「イシュトヴァン。これから各教区へと連絡するところだったのだが。わたくしは各都市を巡り、信徒たちへ改めて神の愛を説いていこうと考えている。最近、忌々しい異端者たちが帝国内で動いているようだ。帝都でもそれらしき被害が報告されている。昨夜もわたくしが訪問した敬虔な信徒の屋敷が襲撃された」
「それは恐ろしい。猊下を狙ったものでしょうか?」
「その可能性がある」
全くその可能性はないが、ピアはそれらしい顔をして頷いた。
「我々は徹底して異端者と戦わねばなりません」
「その通りだ、イシュトヴァン。心弱き者は容易く異端者どもに流されてしまうかもしれない。帝都から離れれば、わたくしの目も届きづらい。だから神の忠実なしもべであるお前に信徒たちを正しい道へと導いて欲しいのだ」
「このイシュトヴァン、神と猊下の為死力を尽くしましょう。ところで猊下、どちらから訪問なさるかお決まりでいらっしゃいますか?」
「そうだな。まずはお前の教区から足を運ぼうかと思う」
「猊下のご訪問を信徒たちは心強く思うことでしょう」
「薬物の件、優秀な薬学者も探しておこう。必要ならば連れて行く。話は以上だ。——下がれ」
イシュトヴァンは立ち上がり一礼すると部屋から出て行った。先ほどの会話を聞いて、異端認定される可能性を危惧し、兄側が行動を慎んでくれれば良いと思いながら今まであえて視界に入れなかった将軍へと視線を向けた。ピアの視線を受けて彼はおもむろに口を開いた。
「私も猊下とともに南部へ参りましょう」
お前何をいっている、という言葉をぐっと飲み込んだ。そして無理矢理笑顔を浮かべる。
「どうされましたか? わたくしには教会の聖騎士の護衛がおりますので。近衛から人をまわして頂く必要はありませんよ。ましてや将軍を駆り出すなど」
「司教のお話を伺う限り、危険な薬物のようです。これは帝国の危機。私も調査に参ります。教会と協力することで調査も捗りましょう。それに領主側から国軍の関与を嫌がられる可能性があります」
「それはそうでしょうね」
この広大な帝国において、辺境の領主はいわば小国の主と大差ない。自分の治める場所に国軍が必要以上に入ってくるのは、不快でもあり脅威でもあるだろう。かの地の領主は敬虔な信徒で教会には従順だ。現地で領主側と問題を起こしたくなければ、教会に便乗するやり方が正しい。
しかしピアは兄たち、兄の背後の黒幕たる者が今回の犯人ではないかと考えている。一体誰が容疑者を調査に同行させるだろうか。陰で邪魔をされる可能性がある以上、そんなことをする者はいないはずだ。
ピアは考えを巡らせる。不自然でない断り方。しかし、これというものは思い浮かばない。国軍の調査を邪魔していると思われれば、何も事情を知らない者から疑念を抱かれるのは自分である。
思わず目の前の男を殴りたくなった。だがそれは出来ない。非常に残念だ。
憤懣やるかたないピアはそれでも笑顔で将軍の申し出に諾と答えた。
***
ピアは将軍を見送る為、教皇庁の出口へと歩いていた。
本当は身分も地位も下である彼を見送る必要などない。だが余計なことをされないように、隙があれば足を踏み躙ってやるためにそうしたのだ。
当たり障りのない話をしながら、南部へは日帰りで行く予定が日帰りでは済まなそうだと忌々しく思う。きっとスヴェートも腹をたてるだろう。だがこの男が現地に行くならば、野放しに出来ない。
「あら……?」
出口近くの廊下で、ピアの背後に付き従っていた侍女ルーシアが何かに気づいたような声を上げた。思わず立ち止まり、ルーシアを振り返る。主を立ち止まらせたせいだろう。彼女はきまりが悪そうな表情を浮かべた。
ルーシアの視線の先を追うと、そこにいる者の姿にピアは驚いた。ハムである。ハムもこんな所でピアと出くわした事に驚いたのだろう。目をまん丸にしてこちらを見ていた。
その姿にピアは朝方クロイツから聞いた昨夜の顛末を思い出し、怒鳴り散らしても解消されなかった怒りが再びこみ上げてくる。隣の男との先ほどのやり取りで積み上げられた鬱憤もそれに加わる。
ピアは隣の将軍の存在も忘れて、ツカツカとハムへ歩み寄った。そしてそのふくよかな両側の頬を両手で思い切り引っ張り、怒鳴った。
「お前という奴は……聞いたぞ! 一体どういう神経をしている! 少しは危機感を持て! 別に痩せろなど言うつもりは微塵も無い! しかしお前の行動は酷すぎる!」
「いたい、いたい! 猊下、痛いです!」
「当たり前だ。痛くしてやってるんだから!」
やたらと伸びの良い頬の肉にまで腹がたってきた。ぱっと頬から両手を離し、今度はハムの腹の肉を両手で掴んだ。それもぐいぐいと引っ張った。ハムはされるがままだ。
「ベーレイニガン家はどんな教育をしている? お前の父親に躾直せと手紙を送ったから近々再教育が始まるであろう! だがな、どのような教育を受けようとも、本人の心がけ次第。お前は自戒せよ! 克己心を持て! だが忘れるな。変な野心は持つなよ? 余計な野心を持ったその日には私はお前の首を刎ねる事だろう!」
ハムは何も言えないのか黙ってコクコクと頷いている。その様子に満足し、ピアはハムの腹の肉から手を離した。
「猊下。私は猊下に相応しい人間になれるよう努力致します」
「それで良い」
「猊下。恐れながら……ご紹介頂けませんか?」
満足気に頷くと隣から突然声をかけられてピアはぎょっとなった。ピアの横にいつの間にやら将軍が立っている。彼は笑顔でハムを見つめていた。 紹介、とは。ピアは思わず笑いたくなった。とっくの昔に兄側はハムについて調べているだろう。それも事細かに。
先日の襲撃事件でも全て取り仕切ったのは軍部を掌握しているこの男の筈だ。だが、ここで断るのもおかしい。やむなくピアは双方を紹介した。咄嗟にハムの名前が出てこなかったピアに、背後からルーシアが耳打ちしてくれたお陰で助かった。何度聞いてもハムの本名だけは覚えられない。困ったことだ。
やはり持つべきものは優秀な侍女である。ルーシアはピアの異母姉メリュジーヌと同じで妄想癖が多少あるが、それを差し引いても優秀なことには変わりない。
ハムと将軍の二者が挨拶しあう。見ればハムの目がかつてないほどに剣呑だ。将軍の方はそんなことを全く気にする様子はない。それにしても、とピアへ話しかける。
「猊下がすでにご婚約者をお決めになっているとは。ちなみにこの事を皇帝陛下はご存知なのですか?」
「いや、陛下にはまだ申し上げていない」
「なるほど。ではまだ婚約者(仮)なのですね。それは良かった」
背後から侍女達の『三角関係かしら』ときゃあきゃあ言っている声が聞こえる。誰が三角関係だ。
ハムは確かに婿候補だ。だがまだ婚約者(仮)である。それは兄の許可を得てないというのもあるが、ピア自身もう少し様子見を、と考え始めたせいでもあった。
今回の襲撃事件の際のハムの行動はあまりにも問題がありすぎた。散々甘やかして育てたベーレイニガン家の中で彼の行動は許されても、ピアは許す気はない。だから当主であり、父親でもあるセルジュ=ベーレイニガンに躾をしなおせと手紙を書いたのだ。もし今回のようなピアからすると『ありえない』行動を慎めないのならば、婿とするのは無理だ、とも伝えている。
今のハムをそのまま婿にすればどうなるかは明白だ。きっとハムはすぐに誰かから暗殺されてしまうだろう。セルジュ=ベーレイニガンも今回の一件でそれが良く分かったことだろうとピアは信じている。そしてベーレイニガン家としても、婿入りした息子があっさり何者かに殺されてしまっては困るだろう。
話を聞く限り、ハムは母親やその侍女たちに猫可愛がりされていたが、あまり父親とは接していない。おそらく当主は自分の息子の問題をあまり把握していなかったのだと思う。かの家は頻繁に学者を輩出しているせいで、嫡男でさえなければ多少毛色が変わっていても許されてしまう傾向があるのかもしれない。
ふとピアは思い出した。当主の従兄弟にあたる男は薬学の権威であったことを。今回の南部辺境で蔓延する薬物の件はその者へ協力を頼むか、と考えた。ついでにハムも一緒に連れて行ったほうが良いかもしれない。植物学に詳しいハムは何かの役に立つ可能性はあるし、こういった人物はたとえどんな危険な地であったとしても自分の側においておく方が安全に思える。
「良かったとは……? いえ、何でもありません。猊下」
ハムから突然声をかけられ、ピアは我に返った。真剣な面持ちでハムがピアを見つめている。
「僅かでも動揺してしまった狭量な私をお許し下さい。猊下の伴侶となるべく学び直さねばならぬ、と父からも叱責されたばかりというのに……私はまだまだ人間が出来ておりません。しかし、猊下に相応しい存在となるべく精進して参ります。たとえ愛人が猊下のお側にいようとも、その程度で揺らいだり致しません!」
「あ……愛人?」
誰が、誰の、と問いかけようとしたが、それを邪魔する者がいる。隣の将軍と己の侍女達だ。
「愛人ですか。背徳的な響きが良いですね」
「愛人ですって!」
「泥沼だわ!」
「素敵……今帝都の劇場で公演中のお芝居と同じだわ!」
侍女五人が身を乗り出している。落ち着け、少し後ろに下がれと言いたい。それに何が背徳的な響き、だ。仮にも聖職者である自分が愛人など囲う訳がない。そんなことを言い出すハムもハムである。
いや、この泥棒猫めなどとハムが叫ばなかっただけマシだろうか。あまりそんな事態を想像したくない。だがハムの行動や発想はピアの人生で培われた常識をはるかに超越しているのだ。何が起こっても不思議ではない。
ハムに将軍に騒ぎ立てる侍女達。この場に常識人は自分しかいないのかもしれない、と思うとピアは目眩がした。いや背後でじっと黙っている護衛たちは別だろう。しかしこのまま黙って見ていては自分も同類に思われるに違いない。
ここは一刻も早く、この男二人を追い出すべきである。
自分はこれから兄が戻って来た際に戦死した者の遺族達の慰問がある。しかも各地への訪問も控えており、今の内に片付けるべき仕事は山積みだ。南部へ将軍まで来るならば、策も練らねばならない。
意を決して、ピアは男二人へと言った。
「お前たち、もう帰れ。私は忙しい」
ピアの言葉に両手を握りしめ将軍を睨んでいたハムがはっと我に返る。慌ててピアに一礼すると、回れ右して供達を連れ教皇庁の出口へと向かう。
ふと言っておかねばならないことを思い出し、肉を揺らしながら去る後ろ姿に声をかける。
「ハム!」
立ち止まったハムがピアを振り返る。
「いいか。決して油断するな。私やお前の父親が信用してよいと言った者以外、決して信用するな。それが誰であっても、だ。家族であろうとも、昨日まで信用していた使用人であろうとも、優しい顔をして近づいてくる者であっても。悪意を露骨に見せてくる者など恐るに値しない。魔の手は優しい顔と甘い言葉とともに伸びてくる……。それを忘れるな」
ピアの言葉にハムは真剣な表情で頷く。隣に立っていた将軍は薄っすらと笑みを浮かべ、ピアとハムを見つめていた。
***
「猊下、お気をつけて」
ピアは転移門の部屋にまで見送りに来たスヴェートに頷き返した。
司教イシュトヴァンを召喚した日から二日。ピアはいつも以上の速さで執務を片付けた。そして今日から各地への訪問を始めるのだ。
手始めに向かうのはイシュトヴァンの担当する教区である南部辺境。信徒たちに異端者への警戒を呼びかけ、神の愛を説き、蔓延する薬物について調査を行う。すでに領主には報せを送っていた。敬虔な信徒であり、ピアと懇意の仲である彼は全面的な協力を約束している。
「なるべく早めに戻るつもりだが、不在の間は頼んだ。あとベーレイニガン家から協力者が来る。ここへ到着したら南部へ送ってくれ」
「御意」
スヴェートが頷くのを確認し、ピアは青く光る転移門へと足を踏み入れた。次の瞬間、ピアは教皇庁の部屋とは別の石造りの部屋にいた。目の前には頭を下げるイシュトヴァンを初めとした聖職者達と教会の兵達だ。
「お待ちしておりました、猊下」
「出迎えご苦労」
ピアは己の騎士の手を借りて、階段をおりた。
「エルツに来るのも久しぶりだ」
帝国の最も南にある都市エルツ。海を背後にし、城壁に守られたここへピアが来るのは五年ぶりだ。粛清を終え、白とも黒とも言えない司教イシュトヴァンを配置する場所を探しているときに訪れたのが最後である。
この街には南部辺境の教区長たるイシュトヴァンがおり、司教座聖堂がある。ピアが使った転移門の出口はその司教座聖堂の地下にあるものだ。
ピアはイシュトヴァンと話しながら地上へ向かう。どうやら将軍はまだ到着していないらしい。今回、彼が率いる帝国軍の調査隊はピアとは別にエルツに来る予定だ。教皇庁の転移門の使用許可は出しているので、間も無く到着することだろう。
。
「ヴィルヘルム殿が猊下に是非お会いしたいと言っておられました」
「帝国軍を領地へと入れることになり、あいつもさぞ怒り心頭であろうな」
イシュトヴァンから領主の名前が出て、ピアは苦笑する。イシュトヴァンは否定もしなければ、肯定もしない。
ヴィルヘルムが自分に会いたがっている理由の一つは分かっている。
領主は帝国軍までが介入することを良く思っていないのだ。領主一族は過去何度となく、海の向こうから攻めて来た異国を撃退し、異端者達を海へと沈め、帝国を守ってきた自負がある。
それに加え、ここの領主は新しく皇帝となったオルクスにピア同様疑念を抱いていた。他国の傀儡となっているのではないか、と。そんな兄の配下であり、帝国出身でもない男が率いる軍の調査隊を己の領地へ入れたくないのは当然だ。
「例の一件。何か進展はあったか?」
「ございました」
あまり期待をせずに聞いた一言だったが、予想もしない言葉に思わず足を止めた。背後のイシュトヴァンを振り返る。彼はいつもの様に控え目に目を伏せていた。
「そうか。では部屋についたら、その話から聞かせてもらおう」
「御意」
ピアは一体何が判明したのだろうか、と考えながら薄暗い廊下を歩く。これ以上厄介な事にならなければ良いがと思いつつも、そんなことはありえないと内心で苦笑する。あの男までこの地にやって来るのだ。平穏無事に終わるわけがない。
場合によっては異端認定も辞さないことをちらつかせた今、果たしてどのような手段を用いてくるのだろうか。
階段をのぼり、聖堂に出たピアは美しいステンドグラスを見上げ微笑んだ。
五年前、五年間に及ぶ地獄が一旦幕を閉じたと思った。だがまた新しい地獄がやってくる。やはり自分たちが生きるこの世界こそが地獄なのだろう。
「猊下?」
立ち止まったピアへイシュトヴァンが訝しげに呼びかけた。
「いや。全てが終わったその時に、最後まで立っているのは誰なのだろうと思ってな」
ピアのその言葉の真意が分かったとも思えないが、珍しくイシュトヴァンが笑みを浮かべ言った。
「猊下。猊下は最後の一人まで見送られ、立っておられることでしょう」
「イシュトヴァン。やはり罪深い我々は簡単には楽園へたどり着けぬのだな」
亡くなった父、母、婚約者であった皇太子、その他の皇族達はみな楽園へたどり着けただろうか、と思いピアは目を閉じた。
第二章 新皇帝 完




