猊下とベーレイニガン
ピアは目の前の壁にかけられた見事な肖像画を見ていた。十年以上前に帝都で名だたる画家がベーレイニガン家当主とその正室、二人の息子を描いたものだ。
兄オルクスの恋人ディラエと衝撃の対面から一夜明けた今日、ピアはベーレイニガン家当主から招待を受け屋敷を訪れていた。
ピアは少し前にベーレイニガン家の当主に手紙を送った。内密な話がある、と。今回の招待はそれを受けてのものだ。
ピアがこのような対談を申し込んだのは他でもない。ベーレイニガン家次男であるハムを婚約者候補として確定する為である。その為には兄への疑念を含めた話せる限りの事全てを話し、全面的な協力を求めなければならないからだ。
ピアとベーレイニガン家で婿入りの話が合意しても、皇帝である兄オルクスの賛同がなければ、婚約は成立しない。ハムはあくまで婚約者(仮)という扱いになる。
それを正式な婚約者とするには様々な困難が待ち受けている。間違いなく兄は邪魔をしてくるだろう。己の配下をピアの婿に、と考えているのだから。最悪の場合には力ずくでハムを排除しようとするかもしれない。その可能性を考えれば、ベーレイニガン家当主にピアが今抱える難題——兄とその背後にいるであろう存在について話さない訳にはいかないのだ。
そんな訳でピアはベーレイニガン家を訪れ、今は屋敷内をハムに案内してもらっている。
先日ハム自慢の温室を見せてもらうべく訪れた時は、温室を見た後、彼の家族と茶を飲むだけで終わってしまった。宮殿からほど近い貴族達の居住区にあるこの屋敷は、夜会に招待され何度か訪れたこともある。だが今ハムと二人で並んで眺めている肖像画を目にするのは、今回が初めてだった。
そこにはベーレイニガンの当主が椅子に座る妻の背後に立ち、当主夫人の隣には少年のユーリウスが立っている。ユーリウスの隣には既に丸々としたハムがいる。
細身のユーリウスなどハムの半分くらいしかないのでないかとピアは思った。少年時代の彼をじっと眺めていると、隣から恐る恐るハムが声をかけてきた。
「恐れながら、猊下」
「何か?」
「猊下は私が痩せたほうが良いとお考えでしょうか?」
思いがけない問いかけに、ピアは絵の方を向いたまま首を傾げた。何故そのようなことを言い始めたのか理解できなかったが、とりあえず思ったままにピアは言った。
「さあ。あなたの好きにすれば良いのでは? 私の口を出すべきことでない。健康を害するような事があるのならば、多少問題はあるかもしれないが。そうでないならば、私から特に言うことはない」
「猊下……」
感極まった声が聞こえ、隣に視線を向ける。感動したのだろうか。ハムは目を潤ませ、両手の指を胸の前で組み合わせてピアを見つめていた。
「猊下、私は……」
「猊下、ローレンツ様。失礼いたします」
窓から差し込む夕日が時を告げる中、この家の執事が廊下の向こうからピア達へ呼びかける。おそらく二人を呼びに来たのだろう。
何かいいかけていたハムに目で先を促せば、彼は赤くなって首をぶんぶんと横に振った。なのでピアはさっと踵を返すと執事の方へと歩き始める。
これから始まる晩餐は形式的なものだ。本題は晩餐後この家の当主と二人になってからである。
ピアは後ろから慌ててついてくるハムの存在も忘れ、後ほど当主と話すべき事を頭の中で整理した。
執事に案内された食堂には既に当主と夫人、長男ユーリウスがいた。ピアとハムが着席すると晩餐が始まる。当たり障りのない会話でその場は和やかに進み、食事が終わったらピアは当主に案内され部屋を移動した。
魔力式の明かりで部屋は昼間のように明るい。目にも鮮やかな青の絨毯を敷き詰め、年代物の家具が並ぶこの部屋には魔法による防音がなされていた。密談にはうってつけの部屋である。
そんな場所で、ベーレイニガン家現当主セルジュ=ベーレイニガンとピアは盤上遊戯を挟み向かい合っていた。
「しかし、猊下。相手が異端者の可能性があるのならば、油断は禁物です」
「そうだな」
ピアは駒を手で弄びながら頷いた。
今しがた、兄の事とピアとハムの婚約について話し終えたところだ。もちろん全て完全には話していない。協力を得るのに必要なことだけだ。
この場にはハムも嫡男ユーリウスもいない。ユーリウスにはピアが帰った後にでもセルジュから話すだろう。しかしハム本人に話すかどうかは当主であるセルジュに一任することにした。
「彼ら異端者の考えは我々には想像がつかない。北や南大陸の異端者たちもそうだろう。神より与えられし言葉を捨て去り、神の愛を忘れた愚かな者たち」
「御意にございます」
「東の大陸の者たちについて、我々は全く情報を持たない。腹立たしいことだ」
もし背後が東大陸ならば全く油断はできない。今まで完全に沈黙を守っていた大陸がこのような干渉を突然始めるなど、何かがあったからに他ならないとピアは考えている。
「猊下はどの様にお考えなのですか?」
「可能性はいくつもある。まだ断定するには早い」
「仰る通りです」
新しい魔法技術の開発を始めたから、兄たちがどこからどうやってこの国へ来たかもわかるかもしれない、とピアは説明した。聖術師団から選ばれた魔法使いたちは寝食を惜しみ、研究に励んでいる。
「猊下、戦になりますか?」
「そのつもりならば向こうは戦力を引き上げなかっただろう。それはお互いに最終手段となろう」
この国は今、オルクスの手にある。だが皇帝とはいえ彼一人で広大な歴史あるこの国をどうにか出来るものではない。貴族も国民も己の生活を愛し、平穏が続くことを望んでいる。
それを考えれば、間違いなくオルクス側は策を弄することだろう。
「だから私は国民へ神の愛を説いてまわろうかと思う」
ピアはにっこり笑い、そう宣言した。
***
ベーレイニガン家当主との密談を終え、ピアは宮へと戻ってきた。自室へ入り、鏡台の前に座る。化粧を落とし、髪を解いて、風呂へ入るのだ。
上機嫌なピアとは対照的に、背後に立ちその髪に触れている侍女ルーシアの表情は冴えない。長い付き合いであり気心の知れた彼女のその様子がピアは気になった。
「どうしたの?」
「恐れながら、皇女殿下……」
「どうした?」
「この様なことを申し上げるのは僭越で無礼なことかも知れませんが……」
「申してみよ」
「あのローレンツ様で良いのですか?」
想像もしていなかった質問にピアはぽかんとした。だがルーシアの物問いたげな表情に我に返る。
「良い、とは?」
政略結婚の相手としてハムは申し分ない。そう思っていたピアはルーシアへと問い返す。
「もちろん、ご身分などは申し分ないお方でしょう。しかし……、殿下のお隣に並んで絵になるかと問われれば別ですわ!」
鏡に映るピアの表情にルーシアは慌てて付け加える。
「も、もちろん、殿下のお考えは貴族一同存じております」
「私の考え?」
「ええ、どのような殿方も……あの、その……」
「やがてハゲ、肥え太る、と?」
「御意。ですが、それを差し引いても、他に良きお方はおりましょう!」
己の結婚相手でもないのに必死に語るルーシアにピアはため息をついた。長い付き合いの彼女が自分を心配してくれているのは分かる。
「ルーシア、お前は勘違いしている。絵になるか、なんてどうでも良い。それに隣に並ぶんじゃない。あいつは私の三歩後ろを歩いてくる。お前の言う良きお方とやらがどんな者か、私には理解出来ない」
「殿下とローレンツ様の間で会話が成立するとは思えませんわ!」
「お前、相変わらず失礼だな。まあ、良い。私とハムはそれ以前の問題だ。私と植物が並んでいたら、あいつは間違いなく植物と対話することを選ぶ。そんな奴だ。そもそも会話そのものがろくにないのに、成立するしないがあるものか」
「もっと問題ではありませんか!」
「どこが?」
ピアの問い返しにルーシアは頭を抱えている。その様子を見、こんなにも自分を案じてくれる者がそばにいるのは喜ぶべき事だろうと考えた。
そんなピアがベーレイニガン家が何者かに襲撃された、と聞くのは翌朝のことである。
「ベーレイニガン家が襲撃されたって?」
スヴェートは教皇執務室に入ってくるなり言った。どうやら彼の元にも既に情報は届いたらしい。ピアは今書いている文書から目も上げずに頷いた。
「それで被害は?」
「あったら今ここでのんきに座っていない」
「そりゃ、そうだけど……」
「ベーレイニガン家は無事だ。全員な。兄が手を出してくるであろうとは予想していた。だから影を配置しておいたんだ。さすがに聖騎士までまわすのは露骨過ぎるし、ベーレイニガン家は私兵もいるからな」
ピアはそこでやっと顔を上げると、そばにいた己の執務補佐官を促した。
実はピアも詳細な報告をまだ聞いていない。朝から情報が錯綜していたこともあり、一家の無事だけは確認させたが、詳細については正式な報告を待っていたのである。
「ご報告いたします。ご当主セルジュ様が軽症を負われた以外、皆様ご無事でいらっしゃいます」
「影が仕事をこなしたようならば、何より」
うんうんと頷くピアに、クロイツは少し気まずい表情を浮かべた。その表情に嫌な予感がする。しかしこれは聞くべきだろう。
「何かあったか?」
「いえ、あの……。ローレンツ様は賊の襲撃時、お屋敷の食糧庫で寝ていらしたそうです」
「は?」
「食糧庫?」
思わずピアとスヴェートは顔を見合わせる。
ベーレイニガン家への襲撃は深夜行われた。そんな時間に何故食糧庫にいたのだろう。いやいや、当主の息子であるハムが食糧庫にいること自体おかしいし、何故そこで寝ているのか。
「何故、そのような場所に奴はいた?」
「お腹が空いてつまみ食いに行かれたそうです。そしてそこでついうっかり眠ってしまったと」
「何だそれは!」
思わずピアは執務机を叩いた。それを見たクロイツがぎょっとする。慌てて彼が叫んだ。
「猊下、机が壊れます!」
「そんなことあるか!」
「一体過去に何度机を破壊されたかお忘れですか?」
忘れていた過去を突きつけられ、ピアは目をそらし、じんじんと痛む手を軽く振った。ここでシラをきれば延々と過去のあれこれを語られるだろう。それは避けたい。
「そういえば、そのような事もあったかもしれないな……。そんな事よりもハムだ、ハム!」
「しかしつまみ食いに行って、そのまま寝てるって凄いね、彼。襲撃があった時なんて館内が騒がしかっただろうに……気づかなかったのかな?」
スヴェートの問いかけにクロイツは頷いた。彼は手元の報告書に目を落とし、続ける。
「ローレンツ様がいらっしゃらないのに気づいた家人がご当主に報告し、誘拐されたのではと一時騒然となったそうです」
「そうしたら……食糧庫か……」
これは屋敷へ影の者を配置するのでなく、ハム本人に教会からまわした護衛をつけるべきか。ベーレイニガン家の護衛は何をしていたのだろう。
「かの家はハムに護衛をつけていた筈だが?」
「ローレンツ様は寝室にある隠し通路をご利用になり、食糧庫へ向かわれた為、護衛は誰も部屋から出たことに気づかなかったそうです」
「何だそれは……。隠し通路は有事の際の逃げ道であってつまみ食いの為に楽して食糧庫へ辿り着く通路ではない! それに食糧庫で寝ていただと? あいつがハムだからか? ハムだから食糧庫にある冷保存庫の中にいないといけないのか! 要冷蔵の婿など要らんぞ! 意味が分からない! そもそもつまみ食いとは何だ! 何か食べたければ使用人に持ってこさせろ! 毒味の必要性すら頭にないのか! 危機管理能力に問題がありすぎだ!」
散々わめき散らし、ピアはぜえぜえと息を切らす。何てことだろう。これだけ怒鳴ってもすっきりもしない。
「ちなみに抜け道を通ってつまみ食いをすることをローレンツ様に教えられたのはベーレイニガン夫人だとか」
思わずがっくりと項垂れた。
「なぜそのようなことを息子に……」
「私には分かり兼ねますが、噂によるとローレンツ様をあのような体型になさったのは奥方様だそうですよ」
そばで聞いていたスヴェートでさえ乾いた笑いを漏らしている。
ペットを可愛がりすぎて餌をやりすぎるようなものだろうか。だがそれにしては酷すぎるし、何より降嫁した皇女でもあるベーレイニガン夫人は上流階級に相応しい審美眼の持ち主のはずだ。息子をぶくぶく太らせる理由がわからない。
現にハムの兄のユーリウスは痩せているでないか、とピアは疲れた心で思う。
「まあ、次男坊が危機管理能力ないのは仕方ない。優しく優しく育てられているから、猊下みたいに目があったら殺せ! みたいな発想もないだろうし」
「いくら私でもそこまで思ってない……」
「それは冗談としても、真綿にくるむようにして育てられてる反面、自由にさせてもらい過ぎたんだろ? ……その辺は今後の事も考えれば要教育だ」
いつか童話の姫君のごとく誘拐されたハムを自分が助けに行く羽目になりそうで怖い。姫君がハムなら、悪の手からそれを救う英雄が自分だ。何かおかしい。おかしすぎる。姫君——皇女は自分のはずなのに。
「あいつのベッドの横に護衛を立たせておくべきだな」
「それにしてもオルクス……だよね?」
「他に誰がいる? 他の婿候補の家には別件で甘い汁を吸わせてやったし、どこも敬虔な信徒。ベーレイニガンの家に喧嘩を売りそうな家もない」
「そうか……早かったね」
スヴェートの言葉にピアは教皇庁で兄と将軍、ハムの三者が廊下でたまたま顔を合わせた時を思いだす。恐らくあの時から兄はハムに目をつけていたはずだ。そして昨日ピアが動いたことを受け、襲撃させたのだろう。
「クロイツ、続きを」
「かしこまりました。襲撃者は十名程。いずれも手練れで我々の持つ影と同じような者たちです。館内に侵入した者の内、六名は死亡。四名が逃走しました。捕らえた者は自ら命を絶ち、何も聞き出すことは出来なかったとの事です」
「まあ、生きていたとて何か話したとは思えん」
「御意にございます。襲撃者は帝国の者でなく、あのお方がこの地へお連れになった者たちだろう、と」
「さもあろうな。しかし……兄からすれば襲撃が成功しようがしまいが、どちらでも良かったのだろう」
ピアは書き上げた文書を横によけ、筆記具を机の上に置いた。少し考えて、黙って聞いている二人へ続ける。
「これは私に対する脅迫だ。更に言うならばベーレイニガン家への脅迫でもある。たとえ兄がハムを殺しても、私は別の婿候補を選べばよいだけだが、また次の婿候補も狙われるだろう。次々とそんな事が起これば婿候補として息子を差し出す者はいなくなる。今回の襲撃は警告の意味もあるのだろうな」
「ねえ、そこまでしてオルクスは何がしたいの?」
「さあ? 益々訳が分からない。最初は自分の配下を私の婿にして、私を懐柔させたり、貴族を取り込もうとしているかと思った。利用するだけして切り捨てるつもりなら、私に子どもが生まれた後にでも病死に見せかけて殺せば……兄は邪魔者を排除できる」
結婚してすぐに殺せば怪しまれる。だが時間をおいて怪しまれないような殺し方をすればいい。皇族は以前に比べればかなり改善されたが、今だに短命の者が多い。
ピアのそんな言葉にスヴェートが納得出来ないという顔で指摘した。
「でも今のところ……宰相は猊下が推挙した貴族から選び、無茶苦茶な改革を進めるわけでもない。ディラエという者が死んでいるなら平民の女と結婚するために、猊下や貴族たちに無理を通す必要もないわけだ」
「まあ……結婚に関しては、彼女が死んでいるという認識が兄にあるか謎だな」
その返答にスヴェートは黙り込み、難しい顔で何か考えている。ピアは先ほど書き上げよけておいた文書を取り上げ、クロイツへと渡した。
「回勅だ」
「かしこまりました」
「これより教会内部の監査を強化。異端者の魔の手から信徒を守り、神の愛を説くために私は帝国中の都市をまわる」
「それは……」
考え込んでいたスヴェートが弾かれたように顔を上げ、何か言おうとした。だがピアはそれを手を挙げることで制した。
「各地への移動は転移門を使う。帝都をあける時間を減らすためだ。各地では基本的に宿泊もしない。日帰りだ。私がいない時間はお前がハイリッヒと共にここを守れ、スヴェート」
「……御意に」
「どこから手が伸びてくるか分からない。どこに根を張るかも分からない。だから神の名の元に信徒——国民が一致団結しなくては。美しく神に愛された帝国を荒らそうとする異端者、それを許すことなく力を合わせて戦おう、と訴えかけるわけだ。各地をまわることで、貴族達へ首輪をつけて回ることができる。彼らも異端者に加担したと言われ、足元に火をつけられたくないだろうからな。教会内部の今は息を潜めている私と反目する勢力が兄と手を結ぶことも防げるだろう」
自分は兄を異端認定するつもりはない。帝国内に不穏な者の気配がありそれは異端者だと、我々は一致団結し戦うのだと言うだけだ。
この襲撃事件の話も異端者の存在をアピールするのに使えるだろう。
「今の回勅はその手始めだ」
ピアはそう言うと立ち上がった。
「猊下、どちらに?」
「ん、ああ。スヴェートには言ってなかったか。南部の方で怪しげな薬物が出回っているとかでね。その件でイシュトヴァンを召喚した」
「あいつ、まだコソコソ何かやってるの?」
悪態をつくスヴェートにピアは黙って笑顔で首を傾げた。
司教イシュトヴァンは五年前の粛清の生き残りだ。証拠不十分で罰することの出来なかった男である。立ち回りが上手いのか、小心者で決定的な何かを仕出かすことが出来ないのかと陰で囁かれる彼をスヴェートは蛇蝎のように嫌っていた。
「さあ? 別に私は奴が何かをしたとは言ってないが。それにお前はあれを嫌うが、使いようによっては便利な男だぞ。教会の権威を高めることが教区での自分の地位を上げることに繋がると、とてもよく理解している男なのだから」
「それも恭順している間だけのことだろ?」
「もちろん。飼い犬が牙を剥くならば首をはね、火だるまにして敵陣に放り込んでやるまで」
さぞかし良く燃えることだろう、とピアは低く笑うと執務室を出る。執務室の続きの間へと入った途端、侍従が近づいてきた。侍従はクロイツへと何か耳打ちした。構わず廊下へ出ようとしたピアの背後から慌てたようなクロイツの声が飛んでくる。
「恐れながら、猊下!」
「何だ?」
「猊下とイシュトヴァン司教を訪ね、あの将軍が来ている、と」
「あの将軍? 何故?」
最近帝都へ現れた将軍と南部の辺境の教区にいるイシュトヴァン。二人が面識があるとは思えない。
「それは分かりかねますが……」
「イシュトヴァンは先ほど到着したのではないか?」
「仰る通りです。将軍は猊下と司教にお話がある、と仰っておりました」
「何故、あの男がイシュトヴァンの召喚を知っている……」
ピアは空を睨み、ありとあらゆる可能性を考え始めた。
盗聴、密偵、いずれも可能性がある。だがこの様にして将軍が訪問すれば、その事実を自ら告白するのに等しい。自分も兄も笑顔の下に色々なものを隠し行動している。こんなあからさまな事をするとは思えない。
「まあ、良い。将軍はイシュトヴァンの元へ案内したのか?」
「いえ、まだご案内しておりません。猊下とのお約束もございませんし、別室にてお待ち頂いております」
「なるほど。別室で待たせたままで良い。まず将軍の方に会おう。話の次第によっては、要望通りイシュトヴァンにも会わせてやろう」
「かしこまりました」
侍従は一礼すると廊下へと出て行った。それを見届けてからスヴェートはピアに言った。
「イシュトヴァンがオルクス側と結託した可能性は?」
「ないとは言えない。だがそうだとすれば尚更変だ。こんな露骨なことをするか? ここで議論していても仕方ない。とりあえず会おう」
ピアは一歩踏み出そうとして、立ち止まる。そしてクロイツへと振り返った。
「忘れていた。ハムに誰かからもらった物を安易に食べるな、拾い食いもするなと伝えておけ」
「御意」
注意事項を文書にして手渡すべきだろうか、とピアは思いつつ今度こそ本当に部屋を後にした。
廊下は僅かに薄暗い。先ほどまで明るい日の光が窓から差していたのに、今は雲が出て日が陰っている。
まずは宣言通り将軍の待つ部屋へ向かった。




