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第8話 勝った翌日、もふもふ領地が普通に詰みました

翌朝。


奪還したばかりの領地は、静かだった。

焼け跡の匂いが、わずかに残っている。昨夜のことが、嘘みたいだった。


トキシードは捕らえた。研究施設も焼いた。

入口を塞いでいたサディウスの兵も、夜のうちに引き上げたらしい。


だが、何かが解決したわけじゃない。

俺たちは、生き延びただけだ。


その現実を頭の隅に押し込みながら、リュシアの部屋に向かった。


あれだけの毒を受けた患者だ。翌朝の経過を診るのは、獣医として当然だった。


扉を開ける。


「おはよう、先生」


リュシアは、すでに起きていた。


壁に背を預けて座っている。黒髪が少し乱れ、褐色の肌に朝の光が落ちていた。


……美人だな。


いや待て。診察だ。集中しろ。


寝台の前に膝をつき、顔色を確認する。昨日より格段にいい。


「腕を見せてくれ」


包帯を外す。縫合に問題はない。炎症もなかった。


「痛みは?」


「腕は大丈夫よ。ただ、ここが少し」


リュシアが、胸元を指した。


胸って、そこは診察の難易度が高すぎる。毒で肺とか心臓に影響が出ることはある。医学的に。


「……どんな痛みだ。鈍痛か、刺すような感じか」


「なんとなく、苦しいの」


「呼吸は」


「先生が近いと、少し」


それは、症状なのか。


手を伸ばした瞬間、リュシアが身を乗り出した。

吐息が、頬にかかる。


「痛みが収まったわ。……残念?」


完全に、わざとだった。


「……異常なし。二日安静にしろ」


「はい」


素直に答えてから、リュシアが口を開いた。


「……昨日、馬鹿って言ったわね」


「言われたな」


「撤回はしないわ」


少しだけ目を伏せる。


「でも、助けてくれてありがとう。先生」


さっきまでとは、違う声だった。


***


王の間に、全員が集まった。


ヴァルガルが上座に座り、魔狼たちが左右に並んでいる。解放された者たちも、包帯姿のまま壁際に座っていた。


空気は重い。


「食料の在庫は、二日分です」


偵察に出ていた魔狼が、低く報告した。


「領地周辺の土は、毒に焼かれています。草木は枯れ、獲物も逃げました。食料になるものは、ほとんど残っていません」


静寂が落ちた。


「きゅーん」


くーちゃんが、小さく鳴いた。


そうだ。何も食べてない。


トキシードは倒した。研究施設も焼いた。でも、ボーロが湧いてくるわけじゃない。


金もない。食料もない。土も死んでいる。


勝った翌日に、普通に詰みかけていた。


目の前の問題は食料だ。

だが、それだけでは済まない。


焼けた土の向こうまで、荒れた領地が続いていた。


ヴァルガルが、ゆっくりと立ち上がる。


「……一つ、提案がある」


全員が、王を見た。


「我らは、この地を立て直すべきだ。神獣様を中心とした、領地として」


魔狼たちが、ざわめく。


「領地……」


「食料を確保し、外敵を防ぎ、仲間を守る場所だ」


ヴァルガルの視線が、くーちゃんへ向く。


「神獣様を旗印に、群れを築く」


「きゅーん!」


くーちゃんが、尻尾を振った。


「神獣様が、頷かれたぞ!」


「おお……!」


たぶん、ボーロ要求だ。

それでも、誰も笑っていなかった。


魔狼たちを、見回す。

傷だらけで、腹を空かせて、それでもこの場所に残ろうとしている。


人間社会に戻れば、俺はまた罪人だ。こいつらは、魔物か実験材料として扱われる。


でも、ここでなら違う。


魔物じゃない。

素材じゃない。


患者で、仲間で、この土地に生きる命だ。


正直、領地をどう回すかなんて分からない。


それでも、ここには患者がいる。


なら、俺は先生として戦える。


「……作ろう」


魔狼たちの視線が、一斉に集まった。


「奪わなくても食べられる場所を。傷ついたやつが、治るまで休める場所を」


「この領地で、先生をやる」


静寂。


それから、魔狼たちが深く頷いた。


ヴァルガルは、しばらく何も言わなかった。金色の瞳が、こちらへ向いている。


「……先生」


低い声だった。


「その言葉、我らは忘れぬ」


胸の奥が、少しだけ熱くなった。


「ならば、最初の問題だ」


王の声に戻っていた。


「我らは、二日で飢える」


誰も、否定できなかった。


「……きゅう」


「ごめんな、くーちゃん。今はない」


ヴァルガルが、珍しく焦った顔をした。


「神獣様を飢えさせるわけにはいかぬ」


いや、みんな腹を空かせてるだろ。


最初に口を開いたのは、体格のいい魔狼だった。


「人間の集落から奪ってくる」


賛同の気配が、数体から漏れた。


「ダメだ」


反射的に、声が出た。


「なぜだ。奴らは我らから奪った」


「それをやったら、同じになる」


反論はなかった。だが、納得もしていない目だった。


「では作るか。土は汚染されているが」


「種もない。育つまで二日じゃ間に合わない」


「外から買うか」


「金がない。稼ぐあてもない」


全員が、黙った。


食料がなければ動けない。動けなければ、何も始められない。


完全に詰んでる。


その沈黙を、リュシアが破った。


「処刑配信に使われていた魔導カメラ、回収してあったわね」


「……あれを使うのか?」


「送信術式なら、私が繋ぎ直せるわ」


今は食料の話をしている。

魔狼たちも、同じように首を傾げていた。


「あの、リュシア。話が飛んでる」


「いいえ、一直線よ」


口元が、少しだけ上がる。


「お金を作ればいいの」


「どうやって」


「見せるのよ。価値のあるものを」


一拍置いて、言った。


「配信で稼ぎましょう」


どよめきが走った。魔狼たちが顔を見合わせ、ヴァルガルが静かに眉を上げた。


「私は配信者よ。視聴者がいて、ネタがあれば投げ銭が入る。即日で稼ぐことも、不可能じゃないわ」


食料ゼロ。金ゼロ。領地ボロボロ。


それで、何を配信するつもりだ。


「……本当に稼げるのか。二日だぞ。失敗したら全滅だぞ」


「ええ。だから、初回で刺すの」


「何をする気だ」


リュシアの視線が、くーちゃんへ向いて、それから俺へ移る。


「見れば分かるわ」


リュシアが笑った。

ほんのわずかに。


それだけなのに、視線が引き寄せられる。

逸らせなかった。


女神か、魔女か。


その笑みひとつに、二日分の命運がかかっていた。

ここまで読んでくださりありがとうございます。


勝った翌日に、食料二日分。


もふもふ領地、いきなり崖っぷちです。


次回、リュシアの配信者モード。


【配信】闇猫ちゃん、参上。

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