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第9話【配信】闇猫ちゃん、参上。

「こんばんは〜、闇猫ちゃんねる。今日も始めていくよ」


リュシアの声が、王の間を塗り替えた。


魔導カメラの赤いランプが灯った瞬間、リュシアが変わった。

声も、表情も、距離感も。


全部が“配信用”に切り替わる。


紅い瞳が、甘く緩んだ。


「久しぶりの配信だけど、みんな元気だったにゃん?」


にゃん。


……にゃん!?


いや待て。さっきまで真顔で診察を受けていた人が、急に語尾で猫になるな。


「きゃん」


くーちゃんが、足元から見上げて鳴いた。


分かってる。これは戦略的配信だ。


コメントが流れ始めた。


《闇猫ちゃん、久しぶり!》

《どこいってたの》

《相変わらず色気やば》


「うん、ちょっと色々あってね」


リュシアは、少しだけ笑った。


「……一回、死にかけたかな」


《え》

《さらっと言うな》

《ガチ?》


《無事で何より 5000アーク》

《心配したよ 5000アーク》


投げ銭の音が鳴った。


リュシアがこちらを振り返り、小声で言った。


「……1万アーク入ったわね」


すごい。でも、全然足りない。


今動ける魔狼は少ない。傷が癒えるまでは、食料と薬で食いつなぐしかない。畑を作るなら、種も農具もいる。

少なくとも、100万アークは必要だ。


「今日はね、ちょっと面白い実験をやるにゃん」


リュシアがカメラに向き直った。


「毒で汚染された植物を浄化するよ」


《は?》

《できるの》

《闇猫ちゃん何者》


リュシアが、こちらへ手招きする。


「毒を消すのは、私じゃないにゃん。今日は、獣医の先生に手伝ってもらうにゃ」


《獣医?》

《植物なのに?》


俺の番か。


ポケットの中を、確かめる。

リュシアから預かったボーロ、最後の一個だ。


失敗できない。


「頼むぞ、くーちゃん」


「きゅーん」


くーちゃんが、ぱくりと食べる。


光った。


白い光が広がり、視界が切り替わる。


毒で汚染された土の奥に、黒い蛇の鎖が見えた。

根のように張り巡らされ、植物の命を締めつけている。


診るべき場所は、決まった。


掴んで、断ち切る。

黒い鎖が砕けた。光が、土に染み込む。


次の瞬間。


枯れかけていたニンジンが、ぐっと色を取り戻した。葉が、わずかに持ち上がる。


……生き返った。


くーちゃんが、鼻先でニンジンをつつく。


「きゅーん!」


尻尾が、ぶんぶん振られた。


コメントが弾ける。


《なにこれ》

《ガチなの》

《合成じゃね?》

《いや葉っぱ戻ったぞ》


投げ銭が鳴った。


《すご!10000アーク》

《毒浄化えぐい 20000アーク》


リュシアの視線が、一度だけこちらへ流れた。


「……合計10万アーク入ったわ」


その目は、笑っていなかった。


すぐにカメラへ向き直る。


「みんな! 凄いにゃん? もっと入れてくれてもいいにゃ!」


《すごい気はする》

《気はするww》

《犬映して犬》

《次なんか見せて》


コメントの勢いが、そこで鈍った。


10万アークじゃ、まだ全然足りない。


リュシアが、くーちゃんを見た。その目で分かった。


……次の手だ。


「それじゃあ、次は看板犬の出番だにゃん!」


「くーちゃん、右」


くーちゃんが、その場でくるくると右へ回る。


「左」


左に回った。


「お座り」


ぺたんと、座る。


「ニンジン!」


くーちゃんが、浄化したニンジンへ近づき、くんくんと嗅ぐ。

一度、俺を見た。


審査員みたいな顔をするな。


ぱくり。


「きゅーん!」


その場で、くるっと一回転する。


コメントが弾けた。


《食レポ犬》

《合格出たw》

《ニンジン審査かわいすぎる》

《犬のお墨付きなら信じる》


《10000アーク》

《かわいい20000アーク》

《くーちゃんに30000アーク》


リュシアが小声で言った。


「……合計30万アークよ」


少しだけ、息ができた。


でも、まだ足りない。ボーロもない。次の手もない。


リュシアと視線が合う。


詰みだ。


——そのはずだった。


「じゃあ、最後にとっておきをやるにゃん」


「今日の特別ゲストにゃん!」


リュシアが、声を張った。


「最強の魔狼王――ヴァルガル様だにゃん!」


ヴァルガルが、固まった。


完全に、止まった。


カメラを見て、リュシアを見て、またカメラを見る。


「……何を言えばいい」


「なんでもいいですよ。かっこいい感じで」


「……かっこいい感じ、か」


ヴァルガルが、小さく反芻した。


魔狼たちに動揺が走った。


「王が……かっこよさを求められている」

「我らは、どうすればいい」

「静かにしろ。王がお考えになっている」


誰も、それ以上は口を開かなかった。


「きゅーん」


くーちゃんがヴァルガルのそばへ寄り、小さく鳴いた。


「……神獣様」


その眼に、光が宿る。


「分かった」


ヴァルガルが、ゆっくりとカメラの前に立つ。


コメントが流れた。


《デカいね》

《着ぐるみ?》

《魔力反応調べられる人いる?》


ヴァルガルが、口を開いた。


「……人間どもよ」


低い声だった。マイクが、かすかに歪む。


「我の力を、見よ」


ヴァルガルの喉元に、赤い光が滲んだ。


《ブレスか?》


王の間の空気が、変わった。

熱が、肌を押した。思わず、一歩下がる。


ヴァルガルが、口を天井へ向けた。

俺たちを巻き込まない角度だ。


一瞬、静寂が落ちる。


「——ガァァアアアアアッ!!」


咆哮が、空間を叩き割った。


次の瞬間。


紅蓮が、焼け跡の天井を貫いた。

天井の一部が砕け、熱と衝撃が王の間を揺らす。壁に赤い光が走り、破片がぱらぱらと落ちた。


コメント欄が、壊れた。


《やば!!》

《本物じゃん》

《壁焼けてる》

《伝説回きた》

《魔狼王じゃん》

《生きてたのかよ》

《世界終わる?》


投げ銭が、止まらない。


《魔狼王に50000アーク》

《伝説に100000アーク》

《全財産200000アーク》


ヴァルガルは、カメラではなく、くーちゃんを見た。


「……務めは果たした」


「きゅーん!」


くーちゃんが、尻尾を振った。

ヴァルガルの口元が、わずかに緩む。


隣で、リュシアが声を落とした。


「……合計200万アーク入った」


リュシアが、小さく拳を握った。


……首の皮一枚、繋がった。


リュシアの瞳から、さっきまでの光が消えた。


「そろそろ終わりにする。長くやるとサディウスたちに気づかれるわ」


カメラに向き直った瞬間、声がまた甘くなる。


「今日はここまでにゃん。また来てね」


一度だけ、カメラの奥を見た。


「次も見逃さないでね。命が惜しいなら」


ランプが、消えた。


***


配信が終わった。


張り詰めていた空気が、緩む。魔狼たちがざわめいていた。安堵と興奮が、混ざっている。


「資金調達は、完了したわ」


リュシアが、腕を組んで微笑んだ。


ヴァルガルが、小さく息を吐く。


「……まさか、我に芸をやらせるとはな」


「魔狼王のおかげね」


リュシアが軽く肩をすくめた。


「先生、どうだった?」


「……お前、すごいな」


「当然よ」


誇らしげに笑う。


「これが、私の戦い方」


その言葉は、軽くなかった。剣でも、牙でも、治療でもない。リュシアは、画面の向こうで戦っていた。


くーちゃんが、足元に寄ってきた。


「きゅーん」


ニンジンをねだっていた。


「……分かった。ご褒美だ」


浄化したニンジンを一本、前に置く。


くーちゃんは嬉しそうに、先の方からかじり始めた。

ぽりぽり、と小さな音がした。


半分ほど食べたところで、ふと動きを止める。


残りをくわえ、てちてちと歩いていく。

体の小さな魔狼の前へ、ころんと転がした。


「きゅーん」


食べて、という顔だ。


小さな魔狼は、戸惑ったようにニンジンを見て、それからくーちゃんを見る。


恐る恐る、かじった。


誰かが、ほっと息を吐いた。


別の誰かが、小さく笑う。


たった半分のニンジンだ。


それでも、この場所で初めて、奪わずに分けられた食べ物だった。


その光景から、目が離せなかった。


追放された獣医。

滅びかけた魔狼たち。

迫害されたダークエルフ。

小さな神獣。


ここには、まだ何もない。


金はできた。だが、食料はない。畑もない。薬も、安全もない。


それでも。


ここから、作る。


誰も踏みにじられない場所を。


——もふもふ領地を。




ここまで読んでくださりありがとうございます。


今回は、闇猫ちゃん配信回でした。

くーちゃん食レポ、魔狼王ブレス、そして“もふもふ領地”の始まりです。


次回、掲示板回です。

世界が“もふもふ領地”をどう見たのか。

そして、かなり怪しい商人が動きます。


この先も見守ってもいいかなと思ってもらえたら、

★やブックマークで応援してもらえると嬉しいです。


くーちゃん「……ニンジン、半分こワン」



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