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第7話 死を許さぬ裁き

低い唸りが、四方から重なった。


魔狼たちが、トキシードの退路を塞いでいる。

首輪に押さえ込まれた王の代わりに、群れが動いた。


次の瞬間、四方の影が一斉に跳ぶ。


だが、牙は届かなかった。


ガン、と鈍い音が鳴り、空気が歪んだ。

先頭の爪が見えない壁に弾かれ、続く魔狼たちも次々と床へ叩き落とされる。


トキシードの白衣が、どくん、と脈打った。


バイオシェル。


膜の鼓動に合わせて、天井の魔導管が赤く光る。壁の術式も、床の刻印も、同じ拍動で明滅していた。


「ようやく少しは理解できたようだね」


トキシードは、魔導レンズを指で押し上げた。さっきまでの動揺は、もう顔のどこにも残っていない。


「これは単なる防壁ではない」


白衣の膜が、さらに広がる。


「私の研究施設、その中枢だ」


奥で、重い音が響いた。扉が閉じる音だ。

続いて、床の隙間から黒紫の霧が漏れ出した。甘い。けれど、喉の奥が焼ける臭いだった。


「三分だ」


トキシードが言った。


「三分で、この施設内の生命反応は止まる。バイオシェルに守られた私以外はな」


リュシアが、口元を押さえる。

魔狼たちが低く唸った。

ヴァルガルが、首輪を軋ませる。だが、黒い魔力が巨体に食い込み、足を止めていた。


「壊せるものなら壊したまえ」


トキシードは、膜の奥で笑った。


「内側からは破れん。王のブレスも、首輪の前では届かない」


喉が焼ける。視界の端が、わずかに揺れた。


三分。


短い。


だが、診るには十分だ。


「くーちゃん」


「きゅーん!」


白い光が、周囲に集まる。


「また治療ごっこか」


トキシードが笑った。


「獣医風情が、この状況で何を診る」


「お前じゃない」


「……何?」


「その膜だ」


視界が、切り替わる。


バイオシェルの中に、十を超える命が押し込まれている。

無理やり繋ぎ合わされ、一つの膜にされていた。形の違う黒い鎖が、何本も絡み合い、互いの命を縛っている。


これは防壁じゃない。


命を縫い合わせた、檻だ。


「……酷いな。中の命が、泣いてる」


トキシードが、鼻で笑った。


「擬人化はやめたまえ。それは命ではない。加工済みの素材だ」


「素材は、苦しまない」


一歩、前へ出る。


「お前の盾は、今も苦しんでる」


「だから、処置する」


最初の鎖を掴み、引きちぎった。

膜が、大きく揺れる。


「何をしている!」


次の鎖を掴む。

断ち切る。

膜に亀裂が入った。


「ば、ばかな……」


一本。また一本。


鎖を切るたび、膜の奥から小さな音が漏れた。

うめき声のような、長く閉じ込められていたものが、ようやく出口を見つけたような音だった。


「やめろ! それは私の最高傑作だ!」


止まらない。


「解析に三年! 構築に五年かけた! 完璧な構造だ!」


さらに奥の鎖を掴む。


「貴様のような素人に、触れられるものでは——」


断ち切った。


トキシードの声が、そこで詰まる。


「……素人の……獣医に……なぜだ!!」


最後の鎖を、両手で掴んだ。


「……閉じ込められて、辛かったよな」


膜の奥に閉じ込められた命へ、声を落とした。


「もう大丈夫だ」


ねじ切る。


バイオシェルが、爆ぜた。


膜に縫い込まれていた命の残滓が、黒い鎖から解かれていく。淡い光となって、静かにほどけていった。


同時に、天井の魔導管が明滅した。床から噴き出していた黒紫の霧が、ふっと薄くなる。閉じていた扉の奥で、重い錠が外れる音がした。


トキシードが、よろめいた。


「……私の最高傑作が」


その瞬間、魔狼たちが動いた。

音もなく、一瞬だった。

四方から詰めて、押さえ込み、動きを奪う。気づいたときには、トキシードは床に押しつけられていた。


――かつん。


トキシードの指先から力が抜け、何かが床に落ちた。


首輪の鍵だ。


ロッカが、足を引きずりながらそれを拾った。


「王」


それだけ言って、ヴァルガルに差し出す。

鍵が差し込まれ、首輪が外れた。


黒い魔力が、ヴァルガルの体から剥がれていく。霧が晴れるように、消えていった。


「……流石は先生だ。助かった」


ヴァルガルが、トキシードを静かに見下ろす。


「後始末は、我に任せろ」


拘束されたトキシードを、魔狼たちが取り囲む。


「王。こいつだけは……」

「仲間を、あれだけ……!」

「ヴァルガル様。裁きを」


殺気を帯びた唸りが、重なった。


トキシードは、床に膝をついたまま顔を上げた。


「……殺せ」


震えた声だった。


「……命など、どうでもいい。殺せ」


ヴァルガルは、しばらく何も言わなかった。


「死は、許さん」


宣告するような声だった。


「……それでは、軽すぎる」


ヴァルガルは施設を見回した。


金色の目が、記録棚で止まる。


その視線を追って、魔狼たちが動いた。

素材にされた者たちの名簿と、サディウスへの報告板だけが、次々と運び出されていく。


残されたのは、毒の製造式と実験装置。

命を素材にして積み上げた、トキシードの二十年だった。


トキシードの顔から、血の気が引いた。


「待て……まさか」


床に押さえつけられたまま、施設へ手を伸ばす。


「私の命はどうでもいい。だが、研究だけはやめろ。あれは、私の全てだ!」


立ち上がろうとして、引き戻された。


ヴァルガルは、振り返らなかった。


「お前は、命を素材と言った」


金色の瞳が、静かに細められる。


「ならば、お前の研究も、ただの燃料だ」


ヴァルガルが、息を吸う。


一瞬、世界が止まった。


「ガァァアアアアアッ!!」


紅蓮が、すべてを焼き払った。


装置が溶けた。

魔導板が赤く輝いて、崩れた。


「やめろォォォ!!」


トキシードが叫んだ。


炎は、止まらなかった。


施設へ伸ばしていた指から、少しずつ力が抜けていく。


やがて、トキシードは声を出さなくなった。

ただ、見ていた。


自分の研究が、自分の記録が、自分の二十年が、一枚ずつ灰になっていくのを。


炎が収まり、残り火がゆっくりと消えていく。


灰が、床に積もっていた。


「……私の全てが、灰に」


目が、虚ろだった。


ふ、と口元が歪んだ。


「はは……ははは……」


壊れたような笑いに、魔狼たちの拘束が一瞬だけ緩んだ。


その隙を突いて、トキシードの手が白衣の内側へ滑り込む。


黒紫の注入器。


首筋へ、まずい。


考えるより先に、体が動いた。

針が肌に触れる寸前、手首を掴む。


「っ……!」


トキシードの指が、なおも注入器を押し込もうとする。

その手首をねじり、注入器を奪い取る。


黒紫の液体が、床に滴る。


「……なぜ、助けた?」


トキシードが、こちらを見る。

笑いは消えていた。


「命を弄んだことは、許さない」


「……なら、殺せばいい」


「違う」


灰の積もった床を見た。

命を素材にして積み上げたものは、もう何も残っていない。


「死なせたら、終わる」


トキシードの目が、わずかに揺れた。


「お前が壊した命と、向き合わなくて済む」


俺は言った。


「生き続けることで償え」


トキシードは、何も言わなかった。


魔狼たちが、引き立てる。

灰の中に、壊れたレンズの破片が残っていた。


二十年分の研究は、灰になった。


それでも、命は残した。


まだ、処置は終わっていない。

ここまで読んでくださってありがとうございます。


トキシードを捕まえて、決着!

……と思いきや。


勝った翌日。もふもふ領地、普通に詰みます。


面白かった、続きも読んでみたいと思ってもらえたら、

★やブックマークで応援していただけると嬉しいです。


くーちゃん「……次も、いっしょに見守ってほしいワン」

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