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第33話 神獣ボーロに、星がつきました

カゲツが「一番面倒な場所」に帰ってきた、その翌朝。


ボーロ工房には、いつもの火が戻っていた。


ガルド爺が窯を見て、ミルナが粉をふるっている。

くーちゃんは試食席で、当然のように尻尾を振っていた。


そして、休憩スペースの隅では、カゲツが手帳を開いていた。


「朝早いな」


「商人の朝は早い」


カゲツは、顔を上げずに言った。


「面倒な場所に帰ってきたからな」


「昨日の今日で、もう通常営業か?」


「ま、そんなとこだ」


「きゅーん」


くーちゃんが試食席から鳴いた。


「神獣様も通常営業だな」


ミルナが、くーちゃんを見た。少しだけ笑った。


「……神獣様がいつも通りなら、私たちも作れます」


ふと、魔狼たちの声がして、横を見る。


工房横の休憩スペースは、もう机三つでは足りなくなっていた。

長椅子が増え、壁際には水差しと月灯草茶のポットが置かれている。


まだカフェと呼ぶには狭い。

でも、立ったまま食べて帰る場所ではなくなっていた。


壁のもふもふボードも、前よりずいぶん賑やかになっていた。


【今日の提供】

・神獣ボーロ 一日一個まで

・薄焼きパン 一日一枚まで

・月灯草茶 一杯まで


【試作】

・清泉水ボーロ

・柔らかめボーロ


【今後ほしいもの】

・香りのいい蜂蜜

・パンに入れる具

・交易用の試作品


【注意】

・ヴァルフェリア様の試食は記録必須

・神獣様用ボーロの事前回収禁止


「最後の二つ、名指しじゃないか」


「必要なので」


ミルナが真面目に言った。


それから、思い出したように棚の方を見た。


「あ、そうでした。カゲツさん宛てに、封書が届いています」


「俺に?」


カゲツが顔を上げる。


ミルナは粉のついた手を布で拭き、小さな棚から一通の封書を取り出した。


薄い白の封筒。

封蝋には、皿の上に星が三つ並んだ印が押されていた。


「朝、配達の魔狼さんが持ってきてくれました」


「差出人は……星皿審査会、と」


その名を聞いた瞬間、カゲツの表情が変わった。


「……王の間に集まってくれ」


「また王都の妨害か?」


「違う」


カゲツは、封書を握る指に力を込めた。


「工房だけの話じゃない。もふもふ領地の信用に関わる話だ」


***


王の間には、ヴァルガル、リュシア、カゲツ。

ガルド爺とミルナ。

壁際には干し肉を食べるヴァルフェリア。

そして俺の足元には、なぜか胸を張るくーちゃんがいた。


「何があった」


ヴァルガルが低く聞く。


カゲツは、封書を机に置いた。


「星皿審査会からだ」


「星皿?」


「料理、菓子、保存食に星をつける第三者機関だ。王国直属じゃない。だからこそ信用がある」


カゲツは封書を開いた。


「神獣ボーロに、星がついた」


沈黙。


「……え?」


ミルナが、小さく声を漏らした。


ガルド爺も瞬きをする。


「今、何と言った」


「神獣ボーロに、星がついた」


カゲツは、今度ははっきりと言った。


「清泉村で覆面審査員が実際に食べたらしい。定点配信も見ていた。材料、工程、配り方、村人への配慮。その全部を含めて、正式に評価された」


最初に動いたのは、くーちゃんだった。


「きゅーん!」


胸を張った。

完全に、自分が星を取った顔だった。


「いや、まあ……半分くらいはそうかもしれないが」


「神獣様のボーロですから!」


ミルナが、震える声で言った。


「神獣様の……ボーロに、星が……」


その目に、じわりと涙が浮かぶ。


ガルド爺が、腕を組んだ。


「ふん。星の一つで騒ぐものではない」


「爺さん、口元が笑ってるぞ」


「笑っておらん」


「目も赤い」


「煙だ」


「ここ、王の間だぞ」


ガルド爺は黙った。


リュシアが、封書を見つめて小さく息を吐いた。


「……あの配信、間違ってなかったのね」


「ああ」


カゲツが頷いた。


「審査会はそこも見ている。村人の顔を映さなかったこと。食べる選択を強制しなかったこと。材料と工程を隠さなかったこと」


リュシアは、少しだけ目を伏せた。


「見ている人は、いるのね」


ミルナが、粉のついた手を胸元で握った。


「私たちのボーロが……怖いものじゃないって、見てもらえたんですね」


「それどころじゃない」


カゲツが言った。


「星皿審査会で星がついた食べ物は、商人が正式に扱える。宿や外縁村の備蓄品としても信用される」


「そんなにすごいのか?」


「すごい」


カゲツは、きっぱりと言った。


「星つきの特産を持っている村の方が少ない。一つ星でも十分な看板だ」


ヴァルガルが、静かに頷いた。


「つまり、外の世界が我らの領地を一つ認めた、ということか」


「そういうことだ」


カゲツは封書を指で叩いた。


「神獣ボーロは、ただのおやつじゃなくなった。もふもふ領地の信用そのものになり始めてる」


その言葉に、王の間の空気が変わった。


フェイク動画で疑われたものが。

清泉村で、子どもが自分で食べたものが。

今、外の世界から認められた。


くーちゃんが、もう一度鳴いた。


「きゅーん!」


「はいはい。星つき神獣様だな」


「きゅ!」


その時、カゲツが少しだけ咳払いした。


「ちなみに、清泉村のバルグレイはもう触れ回っているらしい」


「何を?」


「清泉村から、星つき神獣ボーロが生まれた、と」


「うちのだぞ」


「清泉水を使っているから、半分くらい自分の村の手柄だと思ってるんだろうな」


「この選ばれし星菓子(ほぼもふもふ領地の手柄)を、清泉村の誇りとする、と」


「ルビで正気に戻るな」


王の間に、小さな笑いが起きた。


けれど、ミルナだけは封書をじっと見ていた。


「……カゲツさん」


「なんだ?」


「星は、一つだけなのですか?」


カゲツは、少しだけ目を細めた。


「ああ。一つだ」


「二つや三つも、あるのですよね?」


「……ある」


「では、まだ上があるんですね」


王の間が、静かになった。


「一つ星でも十分すごいぞ」


カゲツが言った。


「何度も言うが、星つきの特産物を持てるだけで大したものだ」


「はい。分かっています」


ミルナは、ゆっくり頷いた。


「すごく嬉しいです。今でも、信じられないくらいです」


それから、封書の審査評へ目を落とした。


「でも……ここに、書いてあります」


「“素朴で誠実。飢えた子どもが安心して口にできる一品。保存性も高く、現場での扱いに優れる。ただし、香りと余韻に課題あり”」


「やっぱり香り……」


ミルナの目が変わった。

さっきまで泣きそうだった少女の顔が、職人の顔になっていく。


ミルナは、くーちゃんを見た。


「神獣様のボーロなら、安心できるだけではなくて、もう一度食べたいと思える香りにしたいです」


ミルナの声は、小さかった。


けれど、王の間にいた誰も、その言葉を笑わなかった。


一つ星をもらったばかりの職人が、もう次の星を見ている。


ガルド爺が、ゆっくり腕を組み直した。


「……再審査は、あるのか?」


カゲツが封書の端を確認する。


「ああ。次の納品分で品質が上がれば、再評価の対象にする、と書いてある」


「つまり、星を上げられる可能性があるってことか」


「ああ、そうだ」


カゲツが頷いた。


「ただし、次に品質が落ちれば逆に信用を失う。星がついた後の方が、見る目は厳しくなるぞ」


ガルド爺が、ふんと鼻を鳴らした。


「望むところじゃ。星をもらって終わりなら、職人ではない」


ミルナも、まっすぐ頷いた。


「香りを、整えたいです」


ミルナは、自分の手を見た。


「最初のひと口で、ほっとする香りがほしいんです」


その言葉に、ガルド爺が目を細めた。


「……蜂蜜か。良い蜜は、甘さではなく香りを残す」


「はい。ただ甘いだけでは駄目です。粉と水をまとめて、後に残って、でも重すぎない香り」


だが、問題があった。


「こんなダンジョン深層で、そこまで上質な蜂蜜が手に入るのか?」


王の間が、少しだけ静かになった。


外は岩と魔力に満ちた深層。

花畑どころか、普通の畑を作るにも苦労している。


香りのいい蜂蜜。


言葉にするのは簡単だ。

けれど、それを手に入れる当てはなかった。


その時。


壁際で干し肉を食べていたヴァルフェリアが、ぴたりと動きを止めた。


「……ある」


「何が?」


「昔、すごい蜂蜜があった」


ヴァルフェリアは、少しだけ目を細めた。


「領地の奥。花の洞窟。金色の蜂がいた」


「金色の蜂?」


「一滴だけ食べた。深かった」


食レポとしては相変わらず分からない。


けれど、ヴァルガルの表情が変わった。


「……金蜜蜂族か」


金蜜蜂族。


その名前を聞いた瞬間、ミルナの耳がぴんと立った。


香りを整える鍵が、見つかった。


ただし、それは――魔狼領地の奥にいる、金色の蜂たちだった。

ここまで読んでくださりありがとうございます。


神獣ボーロに、まさかの星がつきました。


フェイク動画で疑われたボーロが、

今度は外の世界から、ちゃんと「信用」として認められる回でした。


そしてミルナは、一つ星を喜びながらも、もう次の香りを見ています。

おどおどしていた小さな魔狼が、少しずつ職人になっていく話でもあります。


次回、香りの鍵を握る金蜜蜂族へ。

星つきボーロを、さらに美味しくするための小さな冒険が始まります。


くーちゃん「……星つきボーロ、もっと食べたいワン」

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