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第17話【配信】禁忌研究、全世界に流出しました

サディウスは、崩れ落ちていた。

手すりに縋りつき、膝をついている。指先が震えていた。


「私の……最高傑作が……」


俺は、バルコニーを見上げた。


「終わりだ、サディウス」


自分でも意外なくらい、静かな声が出た。


「お前の研究は、ここで終わらせる」


サディウスが、顔を上げた。


何も映っていない目だった。


だが、視線がふと動いた。

俺へ。くーちゃんへ。それから、広場に残された黒い粒子へ。


断ち切られた鎖の残滓。

命を繋ぎ合わせていた術式の、崩壊した跡だった。


指の震えが、ふっと止まる。


「……そういうことか」


サディウスは、ゆっくりと立ち上がった。


「は……ははは、ははは」


乾いた笑い声が、広場に響く。


「馬鹿めが、愚弟」


白衣の裾を、片手で払う。

さっきまでの狼狽は、もう顔のどこにも残っていなかった。


「一体を失った程度で、何を勝った気になっている?」


サディウスは、崩れた石舞台を見下ろした。


「個体は壊れた。だが、術式は残っている。素材も、生成手順も、改良案も、すべてこの頭の中にある」


声に、熱が戻っていた。


「研究とは、そういうものだ」


俺は、拳を握った。


「まだ、命を素材にするつもりか」


「当然だ」


サディウスは笑った。


「命は失敗する。命は壊れる。だからこそ、記録し、再現し、改良する価値がある」


「失ったのは、試作品の一つに過ぎん」


カゲツが、ふっと肩をすくめた。


「なあ、サディウス」


「何だ、影使い」


「そんなに気持ちよく喋ってて、いいのか?」


サディウスが、眉をひそめた。


その言葉に重なるように、観客席から声が上がった。


「サディウス様!」


観客席の端で、貴族の一人が顔を青くして叫んでいる。

震える指先が、上空のスクリーンを指していた。


「その……今の一幕が……」


喉が、ごくりと鳴る。


「貴族サロンではなく、王国全域に流れています!」


広場から、音が消えた。


「……何を言っている?」


サディウスの声が、低く沈んだ。


「あり得ん。配信の回線は、私が制御している。閉じた回路だ」


「嘘だと思うなら、見てみろよ」


カゲツが、顎先でスクリーンを示す。


サディウスの視線が、ゆっくりとそちらへ引き寄せられた。


画面の端に、文字が流れ続けている。


《何だこれ》

《人が触手に吸い込まれたんだが》

《命は素材とか聞こえたぞ》

《王都にも回ってる》

《ヴィタリス家、終わっただろ》


コメントは、止まらなかった。


「……」


サディウスが、固まった。


「あり得ない」


声が、小さくなる。


「回線は、私が。配信は閉じていた……貴族サロンにしか繋いでいない、はずだ」


「残念だけど」


リュシアが、静かに告げた。


「カゲツがカメラを押さえた隙に、回線を繋ぎ替えさせてもらったわ。ヴァルフェリア様を助け出した直後にね」


カゲツが、肩をすくめた。


「ま、姫さん助け出すだけじゃあ芸がないからな」


「お前が作った処刑配信だ。自分が主役になる気分はどうだ?」


「私の研究を、見世物に……」


《見世物にしてたのお前だろ》

《観客席の連中も調べろ》


観客席に残っていた貴族たちが、互いの顔を見合わせた。


さっきまで、ワインを傾け、悲鳴を肴に笑っていた者たちだ。

今、その顔は青ざめていた。


「私は無関係だ!」

「禁忌研究など、知らされていなかった!」


椅子が、がたりと鳴る。

一人が席を立つ。それを合図に、また一人。また一人。


さっきまでサディウスに拍手を送っていた手が、今は自分の顔を隠すために使われていた。


「貴様ら……」


サディウスの顔が、歪んだ。


「さっきまで笑っていたではないか。私の研究を、楽しんでいたはずだろう!」


「違う!」


貴族の一人が叫んだ。


「ヴィタリス家の問題だ! 我々まで共犯にするつもりか!」


ざわめきが、怒号に変わっていく。


誰もサディウスの隣には立たなかった。

誰も、彼の研究を守らなかった。


自分の作った舞台に、サディウスだけが残されていた。


「待て」


誰も、足を止めなかった。


「まだ終わっていない。これは研究発表だ。お前たちは、歴史の証人になるはずだったのだぞ」


「貴様ら、私の成果を見ただろう。確かに価値のある……」


《さっさと拘束しろって》

《待て、舞台脇。崩れた肉の中に人がいる》

《吸い込まれた貴族だ。動いた、生きてるぞ》


コメントは、途切れる気配がなかった。


サディウスが作った配信は、もう歓声を集める舞台ではなくなっていた。


《投げ銭:30000アーク 王都騎士団に届けとけ》

《投げ銭:50000アーク 証拠保全頼む》


記録。通報。逃げ道を塞いでいく、王国中の視線。

今度は、サディウスの方が晒されていた。


カゲツが、小さく息を吐いた。

リュシアは、逃げていく貴族たちを見て、何も言わなかった。


くーちゃんが、足元の石舞台の破片に鼻を寄せた。

くん、と一度だけ嗅ぐ。


それから、バルコニーを見上げた。

サディウスを、まっすぐに見た。


「きゅ……」


小さく鳴いた。


そして、ぷいっと顔を逸らした。


広場を埋めるどんな怒号よりも、スクリーンを流れるどんなコメントよりも。

俺には、それがいちばん静かな判決に見えた。


「命は、素材じゃない」


俺は、サディウスを見上げた。


「お前は、命を見なかった」


サディウスの唇が震える。


「だから今、誰もお前の隣に残らない」


「……私は」


サディウスの目が、観客席へ向く。


そこに、拍手はなかった。賛辞もなかった。歴史の証人など、どこにもいなかった。

倒れた椅子と、床にこぼれたワインだけが、そこに残っていた。


サディウスの視線が、ゆっくりとスクリーンへ向く。


そこに映っていたのは、歴史に名を残す研究者ではなかった。


空になった観客席。

自分の作った舞台に、たった一人だけ取り残された男。


「……なぜ」


その声は、誰にも届かなかった。


膝から、力が抜ける。

バルコニーの床に両手をついたサディウスを、もう誰も支えなかった。


ただ、浮遊カメラだけが、まだ彼を映していた。


「……終わったな」


俺は、それ以上サディウスを見なかった。

ここまで読んでくださりありがとうございます。


今回は、命を見世物にしたサディウスが、最後に自分自身を見世物にされる回でした。


処刑配信から始まった物語が、くーちゃんの「ぷいっ」でひっくり返りました。


次回。


終わった、はずだった。


けれど――ヴィタリス家の“本当に怖い男”が動きます。


面白かった、続きも見守りたいと思ってもらえたら、★やブックマークで応援してもらえると嬉しいです。


くーちゃん「……命は、ボーロより大事ワン」



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