第15話 公開処刑、ぶち壊す
中庭の処刑劇場は、昼を待たずに賑わっていた。
中央に円形の石舞台。その周囲に、半円状の観客席。上空には浮遊型の魔導カメラが三台。スクリーンは、待機中の青白い光を放っていた。
観客席には貴族と研究者。ワイン片手に、笑い声を上げている。
「今日はどれくらい持つかな」
「悲鳴は、長い方が楽しめる」
笑い声に、聞き覚えがあった。
気持ち悪かった。命が壊れる瞬間を、娯楽にしている。
だが、まだ動けない。
俺たちは、観客席の端、石柱の影に潜んでいた。
カゲツの指が、地図の上をなぞる。
「中央が処刑台。奥のバルコニーがサディウスの定位置だ」
続けて、上空の魔導カメラを指した。
「姫さんを助けるだけじゃ足りねえ。サディウスの処刑ショーそのものを、潰す」
俺は頷いた。
「首輪は俺が外す。ヴァルフェリアの離脱は魔狼に任せる」
それから、青白く光るスクリーンを見た。
「これ以上、命を見世物にはさせない」
「視界は任せて」
リュシアの紅い瞳が、妖しく光を帯びる。
「観客を悪夢に沈める」
くーちゃんが、俺の腕の中で、ぴくりと耳を動かした。俺たちよりも先に、何かを聞き取ったみたいに。
「きゅ」
短い一声。全員が、息を止めた。
扉が開いた。
観客席が、一瞬だけ静まる。
次の瞬間、ざわめきが広がった。
「……思ったより、若いな」
「魔狼王の娘か」
「あの目はいい」
連れてこられたのは、ヴァルフェリアだった。
奴隷の首輪。手首の鎖。わずかに乱れた足取り。
灰銀の髪が肩に落ち、喉元には、かすかに毛並みが残っている。人の形を取ってはいるが、完全には人になりきっていない姿だ。
それでも、背筋は伸びていた。
鎖に繋がれてなお、顔は前を向いている。
俺は、その目に視線を奪われた。
黄金だった。
濁っていない。
折れていない。
……ヴァルガルと、同じ目だ。
ざわめきが、遅れて消えた。
視線が、一斉に上を向く。
上のバルコニーに、白衣の男が現れた。
サディウスだ。
笑っていた。いつもの、作り物みたいな笑みだ。
「皆様、お待たせしました」
声が、広場に響き渡る。
魔導スクリーンが灯り、配信が始まった。
「本日は特別なショーをご用意しております!」
サディウスが、ヴァルフェリアを見下ろした。
「愚かな魔狼王はすでに死に、その娘はここにいる。残念ながら、逃げ場はどこにもありません」
観客席から、笑いが漏れた。
カゲツが、小声で言った。
「合図は俺が出す。それまで動くな」
俺は、黙って頷いた。
サディウスが、執行人に向かって手を上げた。
「では、その前に。軽くご挨拶を」
執行人が、ヴァルフェリアを叩きつけた。
鈍い音が、石舞台に響く。
それでもヴァルフェリアは顔を上げた。黄金の目は、揺れない。
体が、勝手に前へ出かけた。
その腕を、カゲツの手が押さえる。
「まだだ。全員の目が、刃に集まる瞬間を狙う」
奥歯を噛んだ。
サディウスが、満足そうに手を広げる。
「……いい目だ。では参りましょう!」
カウントが始まった。
「三」
ヴァルフェリアが、目を閉じる。
「二」
くーちゃんが、俺の腕の中でわずかに動いた。
「一」
執行人が、刃を振り上げた。
その瞬間。
カゲツの疾風のマントが翻った。
気づいたときには、執行人の懐に踏み込んでいる。
足元の影が、するりと伸びた。
刃が、振り下ろされる。
軌道が、逸れた。
その一瞬の隙に、カゲツが体を滑り込ませ、肩で押し出す。
鎖ごと、ヴァルフェリアの体が舞台の端へ転がった。
「何が——」
執行人が、固まった。
「惜しかったな。見せ場としては、上出来だ」
カゲツが、上のカメラを一瞬だけ見た。
カメラへ伸びていた細い影が揺れる。
次の瞬間、それはカゲツの足元へするりと戻った。
スクリーンの光が、ほんの一瞬だけ滲む。
リュシアが立ち上がった。
音が消えた。ざわめきも、息遣いも、全部。
背後に闇が広がる。
黒い蝶の羽が、広場を覆うように開いた。
「……悪夢に落ちなさい」
「《黒蝶夢幻》」
黒い羽が、観客席を丸ごと包み込む。
闇に触れた貴族たちの目から、光が消える。
彼らはもう、広場を見ていなかった。
それぞれの悪夢を、見ていた。
「見えない」
「何だ、これは!」
「誰か、助けてくれ!」
……今だ。
俺は、舞台へ向かって走った。
魔狼の一体が、並んで駆ける。
舞台の端。
ヴァルフェリアが、鎖を引きずったまま倒れていた。
体を起こそうとする腕が、細かく震えている。
その前に、膝をついた。
「動くな。今、外す」
くーちゃんを下ろした。ポーチからボーロを取り出す。
「頼む!」
「きゃん!」
くーちゃんがボーロを食べた。
光った。
白い光が広がる。
視界に、鎖が浮かんだ。
奴隷の首輪から伸びる、黒い鎖。
ヴァルフェリアの全身に巻きついている。
命を縛る呪いの形だ。
鎖に手を伸ばしたところへ、バルコニーから声が降ってきた。
「何をしている!」
サディウスだった。
サディウスは、白い光だけを見ていた。
その顔が一瞬だけ崩れ、すぐ笑みへ戻る。
「ほう。首輪を外すつもりか」
見下ろす声が、冷たく響く。
「三年かけた魔式だ。順序を誤れば解けない。貴様に扱える代物じゃない」
俺はサディウスを見なかった。
鎖だけを見た。
「診断完了」
掴んだ。
「処置する」
力を込めた。
鎖が軋む。
魔法文字がひび割れた。
魔式の光が、一瞬だけ乱れる。
引き千切った。
黒い粒子が弾けた。
首輪が砕ける。
鎖が、霧になって消えた。
処刑を映すはずだった魔導カメラが、首輪の砕ける瞬間を映していた。
「……ば、馬鹿な」
上のバルコニーで、サディウスの笑みが消えていた。
「術式を、読まずに……壊した?」
「術式なんて、どうでもいい」
俺は立ち上がり、バルコニーを見上げた。
「苦しんでたから、外した。それだけだ」
サディウスが、言葉を失う。
俺は、ヴァルフェリアを見た。
「もう大丈夫だ」
ヴァルフェリアが、膝をついたまま顔を上げる。
「……あなたは?」
「ヴァルガルに頼まれて、助けに来た」
黄金の目が、初めて揺れた。
「……父上が?」
「ああ。無事だ。領地で待ってる」
ヴァルフェリアが、短く息を吐いた。
「……そうか。よかった」
くーちゃんが、ヴァルフェリアの手の甲に鼻先を寄せた。
「きゅ」
ヴァルフェリアの指が、ほんの少し動く。
何かを確かめるように、くーちゃんの毛先に触れた。
「……あたたかい」
くーちゃんの毛先に触れていた指から、ゆっくりと力が抜けた。
ヴァルフェリアの瞼が閉じる。
すぐ横にいた魔狼が、その体を受け止めた。
一度だけ俺へ頷くと、魔狼はヴァルフェリアを抱き上げ、そのまま舞台の外へ駆けていった。腕の中で、灰銀の髪が揺れた。
……ヴァルガル。
約束は、守ったぞ。
離れていく背を一瞬だけ見送る。
それから、舞台の中央へ踏み出した。
「サディウス!」
声が、広場に響いた。
「ここまでだ。お前は、俺が止める!」
サディウスの笑みが、わずかに引きつった。
「……生きていただけでなく、私の魔式まで壊したか」
声が、微かに震えている。
「使えない弟風情が、ずいぶんと派手にやってくれる」
サディウスが、片手を上げた。
「いいだろう。ならば、見せてやる」
奥の扉が、内側から歪んだ。
「お前のその力でも、治せない命をな」
蝶番が、悲鳴を上げる。
扉の隙間から、巨大な前脚が覗いた。
魔狼たちが、一斉に身を低くする。
「キャン!」
くーちゃんが鳴いた。
聞いたことのない声だった。
次回、サディウスの最高傑作が現れます。
命を歪める研究と、命を整える獣医。
トーマとくーちゃんの大手術が始まります。
くーちゃん「……診断、開始ワン」




