# 第五章 書かれなかった部分
# 第五章 書かれなかった部分
理解する前に、聞こえていた。
シャストリンだ。
たった二語。
それだけで、宮殿のすべての回廊が変わった。
セバスチャンはもう動いていた。
東棟を抜けて。衛兵を抜けて。途中で足を止めて、何かおかしいとわかってもその形がまだわからない、あの特有の静止のまま彼を見送る使用人たちを抜けて。
頭が文を終える前に、足がもう玉座の間への道を覚えていた。
(あの章はまだ来ないはずだ)
(第十四章。シャストリンの進軍。ヴェルドレイク陥落から四十日後。俺が書いた。俺がプロットした。一拍ごと、全部知ってる)
(まだ四十日経ってない)
玉座の間の扉を押し開けた。
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すでに全員がそこにいた。
皇帝は玉座に座っていた。静かに。注意深く聞きながら、わざと表情を消している、あの種の静かさで。
左側に大臣たちが固まっている。将軍三人。アルドリック叔父は後方で腕を組み、顎を固くしていた。
部屋の中央──
一人の兵士。
鎧がおかしかった。歪み方がおかしい。汚れ方がおかしい。訓練や小競り合いでは付かない種類の損傷。長く走り続けて、ぎりぎり生き延びた人間が負う種類の傷。
震えていた。
セバスチャンは中に入り、後ろの扉を閉めた。
兵士は気づかなかった。すでに話し始めていた。
「殿下──殿下、彼らは──」
二度目の言葉で、声が割れた。
「ヴェルドレイクの王国を奪われました。民間人全員。国境に残した兵士全員。彼らは──彼らは皆殺しにしました」言葉を止める。手の甲を口に押し当てる。もう一度試みる。「全員死にました。一人残らず。もう──何も残っていません」
沈黙。
皇帝は何も言わなかった。
「あれは──あれは人間じゃありません」兵士の声が落ちる。「殿下、彼らは──彼らは食べていました。死体を。我々の兵士を。民間人を。彼らは──」もう一度止まる。「俺は見ました。その場にいました。見ていたのに、何も──何もできませんでした」
崩れた。
完全に。
「お願いします」泣いていた。「お願いします、ブラックウェル帝国を陥落させないでください。お願いします。我々は人間です。彼らが何であれ、人間では──人間ではありません。もう──」
言い切れなかった。
「彼らは持っていました──」
止まった。
表情に何かが動いた。泣き声は止まらなかったが、その奥の声色が違う場所へ行った。静かに。もっと怯えて。
「彼らは、竜を持っていました」
その言葉が、静かな水面に石を落としたように部屋に響いた。
若い大臣の一人が──誰だったかセバスチャンは見なかった──慎重に言った。
「竜は伝説上の生き物です」
誰も答えなかった。
皇帝は完全に沈黙していた。
セバスチャンは部屋の後方でじっと立ち、冷たさとも恐怖とも言い切れない、きれいな名前のない何かが体の中を通り抜けるのを感じた。
(竜)
(竜なんて、俺は一度も書いてない)
(俺の原稿のシャストリンは、政治的な策略家だった。計算高い。暗殺と経済的圧力と、確信がある時しか動かない将軍を使う。それが要点だった。恐怖の本質は、彼らが怪物だってことじゃなかった)
(恐怖の本質は、彼らが人間だってことだった)
(竜なんて書いてない。人を食うことも書いてない。これのどれも書いてない)
部屋の中央でまだ震えている兵士を見た。
(セイリュウのリライト版のシャストリンは、長い三つ編みに、戦斧、ハンマー、それに人肉好みと空軍まで持ってるらしい)
息を吸った。
吐いた。
(ありえない)
(ありえない)
(セイリュウ)
(お前って奴は──)
(物語を変えたな)
(俺の物語を変えた。俺の政治的悲劇を。経済的圧力と丁寧に植えた裏切りとテーマの統一感で組み上げた、丁寧な三王国の権力構造を。俺の傑作を。三ヶ月かけてゼロから書き直して、そのために死んだ小説を──)
(竜を加えただと)
息を吸った。
(クソ野郎が)
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東京の屋敷。
セイリュウは、蓮のアパート全体より高い椅子に座っていた。
小説が、膝の上で開かれている。
ページをめくる。
一行を読む。
もう一度読む。
『ありえない。セイリュウ。お前、物語を変えたな。俺の物語を。俺の政治的悲劇を──丁寧に組み上げた──竜を加えただと。クソ野郎が』
口元が緩んだ。
ページから顔を上げた。
部屋の向こうでテレビがついていた。音声はなし。画面下のテロップが、もう一時間前から報じ続けている速報特有の、急がない速度で流れていく。
画面には──
救急車。
森の中の道。奥多摩。ニュースに映ると誰もが「こんな場所まで」と居心地悪そうに言う類の場所。立入禁止のテープ。記者が二人。それから、急がずゆっくりと載せられていく担架。急ぐ必要がもうないということを意味する速度で。
テロップ:「奥多摩湖付近で若い男性が死亡しているのが発見される。身元は未確認」
セイリュウはそれを一瞥した。
小説に視線を戻した。
ページをめくった。
「竜を加えれば」誰に向けてでもなく言った。「もっと面白くなると思ったんだ」ページの端を撫でる。「もっと楽しく。アクションも良くなる。読者は竜が好きだろう」少し首を傾げる。「そうじゃないか、作家」
テレビの画面が、ちらついた。
救急車のドアが閉まった。
セイリュウは次の行を読んだ。
「政治的悲劇か」まるで「ほう、奥ゆかしいな」と言うみたいに。「丸ごと政治的悲劇を書いたわけだ。実に控えめで。実に文学的だ」もう一ページめくる。「俺は、それに牙をつけてやったんだ」
小説を膝の上に置いた。
もう一度、画面を見た。
救急車が走り去っていく。
「どういたしまして」セイリュウは言った。
小説を持ち上げた。
読み続けた。
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玉座の間では、兵士の震えが止まっていた。
ただ立っているだけになっていた。
一番ひどいことを声に出してしまって、もう構える必要のなくなった人間特有の、空っぽさで。
皇帝が玉座から立ち上がった。
速くもなく、遅くもなく。
彼が立つと、いつものように広間が静まった──老いた権威が、特に努力もせずに作り出す、あの重力。
すぐには話さなかった。
ただ長い間、兵士を見ていた。この角度からはセバスチャンには読めない表情で。
それから軍議の方を見た。
それから──一度だけ、短く──セバスチャンを見た。
セバスチャンは見返した。
(四十章)
(四十章分、全部覚えている。すべての裏切り。すべての死。すべての政治的転換と戦場での選択、そして俺が設計した結末へ向けて積み上げていく静かな瞬間の一つ一つ)
(奥多摩湖からこの玉座の間までの間で、誰かがルールを書き換えた)
(竜)
(戦斧を持った、人を食うシャストリン)
(人間の残酷さと政治の腐敗、権力が人をどう壊していくかについての物語だったはずなのに──今はどうやら竜問題まで抱えているらしい)
天井を見上げた。
(本当に頭がおかしくなりそうだ)
(四十章分のアウトラインが、今となってはただの装飾品らしい玉座の間で、頭がおかしくなりそうだ)
皇帝が話し始めた。
セバスチャンは聞いていた。
そして、その「聞く」という行為の下で、とても静かに、冷たい何かへ開くドアのように──
(他に何を変えた)
(他に何を加えた)
(この物語のうち、もう俺が書いたものじゃない部分が、他にどれだけある)
自分の両手を見た。
(俺が知っていることのうち、まだ本当だと言えるのはどれだけある)
兵士は退場させられた。
軍議が話し始めた。
セバスチャンは光が届かない部屋の後方に立って、何も見ずに、自分がまだ確信していることを数えようとした。
そのリストは、以前より短くなっていた。
つづく──




