# 第三章 王冠と鳥籠
# 第三章 王冠と鳥籠
帝宮の大回廊は、奥が闇に消えるほど長く続いていた。
大理石の床。六メートルごとに並ぶ石柱。黒と金の旗が天井から、長い沈黙の列のように垂れ下がっている。
毎朝、お前は小さくて、帝国はそうじゃないと思い出させてくる場所。
セバスチャンは両手を後ろで組んで歩いていた。
足音が響く。
一人で。
ほとんど。
後頭部に、何かが当たった。
強くはない。
ちょうどいい強さで。
振り向かなかった。
「レイン」
「おはよう、お前にも」
レインが最初からそこにいたみたいに横に現れた。両手を後ろからセバスチャンの肩に乗せて、歩幅を完璧に合わせて、横顔を見てニヤニヤしている。
「で」少し顔を寄せる。「今日は何する」
「歩く」
「歩いた後」
「もっと歩く」
「その後は──」
「レイン」
「はい、殿下」
「お前、皇太子に触ってるぞ」
「触ってる」恥ずかしげもなく。一切。「それで、どうする気だ」
セバスチャンは何も言わなかった。
レインは肩に手を乗せたまま、自分の回廊みたいな顔で歩き続けた。
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前方の交差点から、四人が現れた。
正装の宮殿衛兵。五十代の貴族──広い肩、こめかみに白いものが混じり、何十年も「重要な人間」として過ごしてきた者特有の姿勢。腕を組む妻。二歩後ろに文書を抱えた側近。
貴族の目が、セバスチャンからレインへ移る。
そこで止まった。
「身の程を知れ」声は平坦で、抑制されていた。一度も無視されたことのない人間の声。「お前は大元帥のご子息だろう。だが今、お前が立っているのは、この帝国の皇太子の後ろだ」
回廊が静まった。
レインの両手がセバスチャンの肩から離れた。
一歩、下がる。
「はい。閣下」
平坦に。正しく。表情はなかった。
貴族はもう一瞬、その視線を保った。
それからセバスチャンを見た。
そして笑った。
温かく。誇らしげに。投資が育っているのを見る人間の笑み。
「殿下」頭を下げる。「お元気そうで」
「アルドリック叔父上」セバスチャンは完璧に同じ笑みを返した。「叔父上もお変わりなく」
二人はすれ違った。
セバスチャンは歩き続けた。
(アルドリック叔父上)
(俺が十二の頃から、すべての朝廷で俺の後ろに立っていた男。誰よりも声を上げて俺の継承を支持した男。自分の兵を三人、ヴェルドレイクの戦に俺の旗の下へ送り込んだ男)
(自分の娘を皇后の座に据えたい男)
(気前がいい。代償を理解するまでは)
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「セブ──」
姿が見える前に、声でわかった。
東の通路から、ピンクの髪を振らせて、勢いよく現れた。両方向を見回して、彼を見つけた瞬間。
表情がすぐに変わった。
「セブ!」
四歩ほどで距離を詰めて、聞きもせずに手を取った。
「あなたに作ったものがあるの」もう引いている。「来て。今すぐ」
「俺は──」
「五分で済むから」
「アリ──」
「四分」
セバスチャンはレインを見た。
レインは両手を上げた。俺を見るな。
「鍛冶場の間で待ってろ」セバスチャンは引かれるままになった。「すぐ行く」
レインは二人を見送った。
「ゆっくりでいいぞ」呼びかける。「俺はここに立ってるだけだから。一人で。回廊で」
セバスチャンは振り向かなかった。
(前世、俺には女友達が一人もいなかった)
(ゼロ)
(一人も)
(セバスチャンの人生に女の子を書き込んだのは、物語として面白いと思ったからだ)
(時々、セイリュウ・ネクサスに線香を上げたくなる)
(時々な)
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アリアナの私室の大きな扉が、小さな音を立てて閉まった。
暖かいランプの光が部屋を満たす。
セバスチャンは一歩入った瞬間、足から力が抜けた。
大きなベッドに、静かな音を立てて倒れ込む。柔らかいマットレスに沈んでいく。
(この先がどうなるか、わかってる)
(俺が書いた展開だ)
アリアナはベッドの端に立って、彼を見下ろしていた。
恥ずかしそうな、けれどどこか楽しそうな笑みが、唇に浮かぶ。
何も言わずに、背中に手を回した。
静かなジッパーの音が、静まった部屋に響く。
深いボルドー色の絹のガウンが、少しずつ、彼女の体を滑り落ちていく。
布が肌をすべる音がして、滑らかな肩と、胸の柔らかな曲線が見え、それから腰のあたりでゆるく溜まった。
セバスチャンの心臓が、強く鳴った。
アリアナはガウンから抜け出し、ベッドに上がって、軽く焦らすような動きで彼の方へ近づいていく。
セバスチャンは少し体を起こし、片腕で体を支えながら彼女の上に重なった。
二人の顔が、もうすぐ近くにある。
体の下に、彼女の温かさを感じた。
頬は、真っ赤に染まっていた。
「これが……アリの言ってたやつ?」彼は低くささやいた。
アリアナは視線を落として、緊張気味に両手を握り合わせた。
「ヴェ……ヴェルドレイクで、本当に頑張ってたから……」小さな声で言う。「ちょっとした贈り物、いいかなって思って」
「光栄に受け取るよ」
セバスチャンは頭を下げ、彼女の首筋にそっと歯を当てた。
小さな声が、唇から漏れる。彼女の手が、彼の肩を握った。
肌は、信じられないほど柔らかく滑らかだった。
(女の子の肌って、こんなに柔らかいのか……このシーンを書いた俺に感謝する。これで心残りなく死ねる)
首筋に微笑みながら。
アリアナは彼の下で震え、彼の服をきつく握った。
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鍛冶場の間は、宮殿の下層にあった。
九メートルの炉の火と、吊られた武器の数々。二百年燃え続けてきた部屋特有の、壁にまで染みついた熱。
セバスチャンは炉の外に立って、自分の手を見つめていた。
かすかな笑みが、唇に浮かぶ。
「こんな感じか……」
「へへ」
「何が」
セバスチャンは固まった。
レインが向こうの壁にもたれて、腕を組んでこっちを見ていた。
「……何も」
「そうか」
レインが壁から体を起こす。
「四分以上かかったな」
「向こうが質問してきたんだ」
「いつも質問してくるだろ」少し彼を見つめる。「だが、それじゃその笑みの説明にはならないな」
「笑ってない」
「笑ってた」
セバスチャンは目を逸らした。
レインの目が細くなる。
「あそこで何があった」
「何もない」
「はいはい」
レインは歩き始めた。
「あの子、宮廷の結婚相手にするには頭が良すぎる」
「そうだな」
「叔父上が年内に話を進めてくるのはわかってるよな」
「わかってる」
「で?」
「で、何もない」
レインがニヤッとした。
「その間はそうは言ってなかったぞ」
「軍議だ。行くぞ」
「話を逸らしてるな」
「そうだ」
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帝国軍議室は、宮殿中央の塔の最上部にあった。
円卓。八つの椅子。地図が広げられ、帝国の紋章を模した鉄の重りで四隅が押さえられている。
セバスチャンとレインが入った時、五人の将軍はすでに席に着いていた。
部屋は蝋燭と古い革の匂い、そして扉が開く前から続いていたであろう議論特有の緊張に満ちていた。
セバスチャンは上座に座る。
レインは右後ろに立った。
定位置。影の位置。大元帥の息子が十六の頃からこの席で立っていた場所。
セバスチャンは地図を見た。
それから将軍たちを見た。
(五人)
(全員、俺が書いた)
(二人は忠実。一人は不明。二人は違う)
(誰がどれか、俺は知っている。正確に知っている)
「シャストリン帝国」両手を地図に置く。「向こうは動く」
沈黙。
マロン将軍──右から三番目の席、何を考えているか一度も表に出さない顔──が少し体を後ろに引いた。
「失礼ながら、殿下」抑えた口調。礼儀正しく。それは拒絶の礼儀だった。「我が国境の諜報によれば、動きはありません。動員もなし。補給線の拡張もなし」テーブルを見回し、賛同を確かめるような視線。「脅威はありません」
(嘘だ)
(お前が嘘をついてるのを、俺は知ってる。俺がお前を嘘つきとして書いたからだ)
(第十八章。マロン将軍。シャストリンの内通者。十一ヶ月間、国境情報をキアン・シャストリンに流し続けている)
セバスチャンは声を平静に保った。
「我々がヴェルドレイクを滅ぼしたのは、あの国がシャストリンに資源を供給していたからだ。天然資源。鉱物の輸送路」地図に指を走らせる。「今、その資源には持ち主がいない。シャストリンがその空白を放っておくはずがない」
「恐れながら──」マロンが再び、「──それは推測です。殿下はまだお若い。こうした決断には──」
「レイン」
部屋が止まった。
静かではない。止まった。何かが変わろうとしていることを誰もが理解した、あの種の静止。
レインはまだ動かない。
「マロン卿を殺せ」
静止が、砕けた。
三人の将軍が同時に立ち上がった。声が重なる。最高将軍の椅子が石の床を引っ掻く。
「そんな──」
「これは暴挙だ──」
「彼は──の上級士官だぞ──」
レインの剣が鞘を離れる。
一動作。澄んだ動き。テーブルの上の空気を切る音。
マロンの両手が上がる。
「待て──待ってくれ──」
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セバスチャンの胸が、内側に崩れた。
痛みじゃない。痛みよりも何か悪いもの。四方から一気にかかる圧力、まるで肺の周りの空気が固体になったみたいに。
テーブルの端を握った。
喉の奥に、温かいものが上がってきた。
飲み込んだ。
もう一度、飲み込んだ。
それでも、上がってきた。
地図に血。黒っぽい。本物の。
部屋が歪んで横に傾いた。
どこかから、声がした。後ろの方から。将軍たちの誰でもない。レインでもない。方向すら持たない、どこかから。
「変えられない」
低く、落ち着いた声。まるでページを読み上げているような。
「これは、お前自身の物語だ」
「受け入れろ」
蓮。
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軍議室が、元に戻った。
地図はテーブルに広がったまま。鉄の重りもそのまま。八つの椅子。五人の将軍が座っている。
マロンは席にいた。生きていた。国境情報の話の途中で。
「──動きはありません。動員もなし。補給──」
セバスチャンは石の床に膝をついていた。
両手をついて。
頭を低く。
レインがすぐ隣にしゃがんだ。声を落として。
「大丈夫か」彼の背中に手を置く。「何があった。話してくれ」
セバスチャンは床を見つめていた。
石は、手のひらの下で冷たかった。
(忘れてた)
(一瞬、本当に忘れてた。俺がこれをできないってことを)
(裏切り者と同じ部屋に座って、それで俺は──)
口を閉じた。
鼻から息をする。
(マロンはそこに座ってる)
(息をしてる)
(俺が書いた一語さえ変えられないからだ)
少し笑いそうになった。
しなかった。
「大丈夫だ」体を起こす。コートを整える。何もなかったみたいにテーブルを見る。「続けてくれ」
マロンはまだ話していた。
レインはもう一秒、しゃがんだまま彼を見上げていた。
その表情には、心配とも、疑いとも言い切れない何かがあった。
その間にある何か、口には出さない何か。
立ち上がる。
セバスチャンの右後ろの定位置に戻った。
何も言わなかった。
セバスチャンは地図を見た。
(これから何が来るか、俺は知ってる)
(四十日後)
(その一日も、止められない)
つづく──
こんにちは、作者です。
実は僕も皆さんと同じ、一人の読者でした。
最近の小説を読んでいると、
「またこの展開か……」
「またハーレムか……」
「また同じようなギャグか……」
と思うことがよくありました。
もちろん、それが好きな人もたくさんいると思います。
でも僕は少し違うものが読みたかったんです。
だから、
「誰もやらないなら、自分で書いてみよう」
そう思ってこの作品を書き始めました。
少しでも新しいもの、少しでも違うものを目指して挑戦しています。
この物語を楽しんでいただけたなら、本当に嬉しいです。
これからも応援よろしくお願いします。




