表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/20

第二部 罠に落ちた作家

第二部 罠に落ちた作家


日曜の夜。


蓮の部屋。


レッドブル。ポテチ。膝の上に開いた小説。


準備完了。



世界は混乱の中にあった。


すべての王国が燃えていた。


ブラックウェル帝国によって。


次はヴェルドレイクの番だった。


蓮は少し体を起こした。


セバスチャン。十九歳。ヴェルドレイクの王太子。


父の死を、目の前で見た。


王は息子の手に伸ばした。


届かなかった。


「セ──」


言い切れなかった。


「父上ーーー!」


蓮のポテチが、口の手前で止まった。


(お)


ブラックウェルの皇子は、表情も変えずに死体を見下ろした。


王の衣で剣を拭う。


「ブラックウェルに逆らったらこうなる」


セバスチャンが彼を見上げる。


手は震えていた。


目は震えていなかった。


「許さない」


叫ばなかった。


静かに言った。


そのほうが、よっぽど怖かった。


突っ込んでいく。


蓮はポテチを置いた。


(こいつ、書けるな)



お菓子が切れた。


時間を見る。


午前2時17分。


(何か買わないと)


ジャケットを引っ掛けて、ブロックの先のコンビニへ向かった。


午前2時の照明は、いつもどおり眩しすぎた。


迷わずお菓子のコーナーへ。


ポテチ、グミ、レッドブルもう一本。


一袋、落ちた。


手を伸ばす。


先に誰かが拾った。


蓮は顔を上げた。


歳は同じくらい。金のピアス。チェーン。光の反射が変な角度になるロレックス。午前2時にスーツって、それが普通みたいな顔をしている。


その男が袋を差し出した。


「そんなに急ぐな」


蓮は受け取った。「どうも」


「今日が最後の日ってわけじゃないんだから」


蓮は彼を見た。


(は?)


「運命を変えられるのは、神様だけだ」男はあっさりと言った。当然のことみたいに。天気の話でもするみたいに。


「は、消えろよ」蓮は袋をかごに入れた。「同い年だろ。じじいみたいな口調やめろ」


男は笑った。「俺が誰か、知ってるか?」


蓮は店の窓の外を見た。


フェラーリ812スーパーファスト。駐車線なんて提案だとでも思ってるみたいに、二台分を斜めに使って停まっている。


(そりゃそうだ)


「なりたて哲学者くん」蓮は男に視線を戻した。「金持ちのボンボン」


「正解」まだ笑っている。「だが覚えておけよ──」


「いつか俺の名前で泣くってやつ?」蓮が先に言った。「はいはい」


一歩近づく。


「お前みたいな奴は、親の金がなきゃ何でもない」少し顔を寄せて。「他人を午前2時に脅す前に、親父にでも──」


すれ違いざまに肩をぶつけた。


意味が伝わる強さで。


それ以上にはならない強さで。


レジで会計をして、振り返らずに店を出た。



帰宅。


ベッドに座る。


小説を開いた。


(どこまで読んだっけ)


(そうだ、セバスチャンが指揮官に突っ込むところ)


読み続けた。



午前5時頃、目がまともに動かなくなった。


小説を置いた。


寝た。



午前10時13分。


目が覚めた。


天井を見る。


横の小説を見る。


(ああ、そうだった)


手に取って、続きのページを探す。


読み続けた。



午後1時47分に読み終えた。


膝の上に置く。


壁を見つめた。


(よし)


(よかった)


(綺麗な話だ。シンプル。セバスチャンが父の死を見て、全編かけてブラックウェル帝国を滅ぼしていく。父の名でヴェルドレイクを建て直す。王女を手に入れる。終わり)


(よかった)


(けど)


もう一度手に取って、ページをめくり返した。


(これ、レベル上げ系のストーリーじゃないか。主人公がボスを一人ずつ倒して、強くなって、最後に勝つだけ)


(本当のひねりがない。重みがない。読み終えて、思わず黙って座り込むような瞬間がない)


(いい話だ。でも、伝説にはなれない)


最後のページを開いた。


別のメモがあった。


手書き。最初のメモと同じ筆跡。


『よお。


全部読んでくれてありがとう。


気に入ってくれるって、わかってたよ。


これ書き始めてもう何年も経ってる。お前が思ってるより長く。


正直な感想、頼むぞ。


それと──


微妙だったって思ったなら。


クソ食らえ。』


蓮はそこで少し止まった。


(この作家、なかなかすごいな)


読み続けた。


『本気で力不足だと思ったなら──


自分でもっといいの作ってみろよ。


何でも変えていい。足りないもの足してもいい。


3ヶ月後に持ってこい。


奥多摩湖。午後10時。待ってる。


それで、お前のほうが俺のより良かったら──


10億円やる。』


蓮はもう一度読んだ。


10億。


ゼロの数を数えた。


(ありえない)


(絶対にありえない)


『追伸 お前が俺を信じてないのはわかってる。このページの裏を見ろ。』


裏返した。


小切手。


千万円。


自分の名前が書かれていた。


長い間、それを見つめていた。


(一千万)


(俺の年収、丸ごとだ)


(一日12時間働いて)


(一年丸ごとかけて稼ぐ額が)


(ただ、紙の裏に置かれてる)



月曜の朝。


銀行。


両手で小切手をカウンターに滑らせた。消えてしまいそうな手つきで。


窓口の女性が処理する。


画面を見る。


蓮を見る。


もう一度画面を見る。


「確認できました」


蓮は銀行を出た。


歩道に立つ。


スマホを見る。


残高。


本物。


一分間、丸ごと動けなかった。


通りすがりのサラリーマンが肩をぶつけてきた。


気づかなかった。


(一千万円)


(本物だ)


(で、もし小説を書き直したら──)


(10億円)


つづく──

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ