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異世界転生した底辺盗賊の俺、悪名を喰らって悪の帝王へ成り上がる  作者: タクト
番外編 受け継がれる黒鋼の短剣

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番外編-23 短剣の重さ



「そして、短剣がレヴィン様からエイベル様へ渡りました」


 セリカの声が、静かに落ちた。


 ハルトは、腰の黒鋼(クロガネ)の短剣へ視線を落とす。


「……すげぇな、エイベル」


 思わず、そう漏れた。


「全方位に喧嘩売ってたんだな」


「……それが、感想ですか?」


「え? いや、そういう訳じゃねぇけど……! 意外というか」


 セリカは小さく息を吐いた。


「はぁ……まあ、いいです。ハルト様らしいですし」


「それからどうなったんだよ?」


「はい?」


「続きだよ。聞きてぇ」


 セリカは少しだけ目を伏せる。


「私も、エイベル様の半生を全て知っているわけではありません」


「そうか……知ってるのは?」


「そうですね。そこから一年ほどで、お二人は今の第六席陣営まで上がられました」


「一年で?」


「はい。その間に、ラインハルト様も黒牙にスカウトされたとか」


「切りまくったって言ってたよな、黒牙を」


「まあ、うちの難癖が大きくなった形だったようですが……」


 セリカは少しだけ表情を和らげた。


「その頃、イグニス様もレヴィン様に救われます」


「へぇ。イグニスとレヴィンとエイベルは、それで仲良かったんだな」


「はい。とても仲良しでした」


 ハルトは少し考えてから、セリカを見る。


「セリカはいつ入ったんだ?」


「私も、その頃にエイベル様に救われました」


 セリカの声は、淡々としていた。


「人身売買組織から。六歳でした」


「……そうだったのか」


「はい」


 セリカは、墓標の方へ目を向ける。


「私は、それでよかったと思っています。礼儀作法も、勉強も、信念も。エイベル様に与えられたものです」


「……凄かったんだな。レヴィンとエイベル」


「えぇ」


 セリカは、短く頷いた。


「とても」


 ハルトは腰の短剣に触れた。


 黒鋼の硬さが、指先に伝わる。


「俺は……まだ、誰かを救うってことは、あんまりしたことねぇ」


 言葉にしてから、少しだけ喉が詰まった。


「けど、この黒鋼(クロガネ)の短剣に恥じない生き方をしようと思うよ」


「……ハルト様」


「それでいいか? セリカ」


 セリカは、しばらく何も言わなかった。


 ただ、ハルトを見ていた。


 やがて、その表情が少しだけ緩む。


 普段はあまり見せない、柔らかい笑みだった。


「……充分です」


 ハルトは、短剣から手を離さなかった。


 黒煙の器。

 風読みの刃。

 その二つを通って、自分の腰にある黒い短剣。


 重さは変わらないはずなのに、少しだけ違って感じた。


 ハルトは静かに息を吸う。


 そして、短剣の柄を握り直した。


 その時、背後から足音が近づいてきた。


「ハルト様ー!」


 真っ先に声を上げたのはルーカスだった。


 その後ろから、シャノンとベルノが並んで歩いてくる。

 シャノンは片手をひらひら振り、ベルノはどこか気まずそうに頭を掻いていた。


「お前ら……どうしたんだよ」


「セリカさんに、ここだって聞きました!」


「いや、言ってませんが」


「えっ」


 ルーカスが固まる。


 シャノンがにやりと笑った。


「ルカが、ハルト様の場所を聞き回ってたにゃ。普通に怪しかったにゃ」


「言い方! 俺は心配してただけです!」


「心配ねぇ」


 ベルノが鼻で笑う。


「墓場まで全力疾走しようとしてたやつが言うことかよ」


「してません!」


「しようとしてただろ」


「してませんって!」


 墓標の前だというのに、空気が少しだけ緩んだ。


 セリカは呆れたように三人を見る。


「騒がしいですね」


「す、すみません……」


 ルーカスが慌てて頭を下げる。


 シャノンも、ベルノも、墓標の前では自然と声を落とした。


 軽薄ではない。

 遠慮もある。

 けれど、暗く沈み切ることもない。


 それが今の第六席陣営だった。


「……黒煙のレヴィン様と、風読みのエイベル様、ですよね」


 ルーカスが墓標を見て言う。


「ああ」


 ハルトは短く答えた。


「俺が、この短剣を持ってる理由の話を聞いてた」


「へぇ……」


 シャノンが、ハルトの腰を見る。


「じゃあ、その短剣、ただの高級品じゃないんだにゃ」


「当たり前だろ。黒鋼だぞ」


 ベルノが少しだけ真面目な声で言った。


「いや、黒鋼ってだけでも十分ただ事じゃねぇけどよ」


 ハルトは短剣に触れたまま、少し笑う。


「だな。思ったより、重かった」


「重いならルカに持たせるにゃ。力だけはあるにゃ」


「力だけって酷い!」


「否定できるか?」


「……できません!」


「そこはしろよ」


 ベルノが呆れる。


 その時、さらに別の声が飛んできた。


「おーい、白煙様。墓場で漫才してんじゃねぇぞ」


 振り返ると、ダリオがいた。


 片手に酒瓶を数本ぶら下げている。

 もう片方の手には、包み紙に入ったつまみらしきものまで持っていた。


「ダリオ」


「なんだその顔。俺が来たら悪ぃかよ」


「いや。酒持って墓場に来るやつ初めて見た」


「供え物だ、供え物」


 ダリオは悪びれもせず、墓標の前に酒瓶を一本置いた。


「黒煙様と風読み様にだ。俺みてぇな下っ端が直接世話になったわけじゃねぇけどよ。今の第六席があるなら、礼くらい言っとくべきだろ」


 セリカが少しだけ目を細める。


「意外と殊勝ですね」


「意外とは余計だ、セリカさん」


 ダリオは肩をすくめる。


「それに、今日は久しぶりに飲むのも悪くねぇだろ」


「墓前でですか?」


「違ぇよ。ちゃんと場所は移す」


 ダリオはハルトを見る。


「白煙様。今日は飲もうぜ。あんたも、セリカさんも、三牙も。こういう日は、湿っぽく終わるより、飯食って酒飲んだ方がいい」


「俺、飲めません!」


 ルーカスが手を上げる。


「お前は飯食っとけ」


「やった!」


「喜ぶのそこかよ」


 ベルノが突っ込む。


「私は魚がいいにゃ」


「注文すんなクソ猫」


「山猿は草でも食べてればいいにゃ」


「てめぇ、墓前じゃなきゃ今すぐ殴ってるぞ」


「墓前だから助かったにゃ」


「確信犯じゃねぇか!」


 ハルトは、そのやり取りを見ていた。


 レヴィン。

 エイベル。


 二人が作った第六席の形は、きっともう残っていない。

 同じものにはなれない。

 同じ道も歩けない。


 けれど、ここには今の形がある。


 セリカがいて。

 ルーカスがいて。

 シャノンがいて。

 ベルノがいて。

 ダリオまで酒を持ってくる。


 歪で、騒がしくて、やかましい。


 それでも、悪くないと思えた。


「……そうだな」


 ハルトは墓標へ目を向けた。


「今日は飲むか」


「お、決まりだな」


 ダリオが笑う。


「ルーカスは食うだけ。シャノンは魚禁止。ベルノは草」


「なんでだよ!」


「なんでにゃ!」


「俺まで巻き込むな!」


 声が重なる。


 セリカが、ほんの少しだけ笑った。


 ハルトはその顔を見て、短剣から手を離す。


「行くぞ」


「はい!」


 三牙が返事をする。


 ダリオが酒瓶を担ぎ直す。


 セリカは墓標へ一礼した。


 ハルトも、短く頭を下げる。


 黒煙と風読みの墓標は、静かにそこにあった。


 その背を向けて、今の第六席陣営が歩き出す。


 空は高く、風は少しだけ温かかった。

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