表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生した底辺盗賊の俺、悪名を喰らって悪の帝王へ成り上がる  作者: タクト
番外編 受け継がれる黒鋼の短剣

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

87/108

番外編-11 雷鶏


 数日後の夜。


 ルヴェリアの倉庫街は、昼よりもずっと正直な顔をする。


 昼間は荷車の音、商人の声、港から流れてくる潮と油の匂いに紛れていたものが、夜になると輪郭を持つ。

 腐りかけた木箱。

 湿った麻袋。

 帳簿に残らない荷。

 誰のものでもない顔をした人間たち。


 黒牙の下部組織、雷鶏(らいけい)


 そのアジトは、倉庫の中にあった。


 表向きは、荷の一時保管所。

 実際には、事務所、寝床、酒場まがいの休憩所、裏の取引場が雑に混ざった場所だった。


 壁際には短剣や棍棒が無造作に立てかけられている。

 床には油と酒の染み。

 奥には帳簿机。

 さらに奥には、荷札の山と封をされた木箱。


 酒瓶を片手に笑う者。

 荷札を書き替える者。

 木箱を動かす者。

 賭け札を広げる者。


 雑だった。

 汚かった。

 だが、動いている。


 外縁区の端で細々と子供を買っていた人買いたちとは違う。

 雷鶏には倉庫があり、人手があり、黒牙の名前があった。


 その倉庫の扉が、静かに開いた。


「これはこれは」


 奥の机に座っていた男が、すぐに立ち上がった。


 四十前後。

 無精髭。

 脂ぎった髪。

 厚い唇。

 笑うと金歯が見えた。


 黒牙下部組織雷鶏(らいけい)の頭、ガロム・ジャッカ。


 いかにも盗賊らしい男だった。

 雑で、粗くて、なんでもやりそうで。

 それでいて、上には笑える男だった。


「レヴィンの旦那。こんな夜更けに直々とは」


 ガロムは両手を広げ、へつらうように笑った。


 倉庫の中の男たちが、一斉に姿勢を正す。

 酒瓶を置く音。

 椅子を引く音。

 慌てて帳簿を閉じる音。


 その中心を、少し長い黒髪の男が歩いてくる。


 優しそうな顔。

 穏やかな声。

 夜の倉庫街には似合わないほど、柔らかい目をした男。


 黒牙第八席。

 黒煙(こくえん)のレヴィン。


「こんばんは、ガロム」


「へい。まさか第八席様が、こんな下部の倉庫まで足を運んでくださるとは。いやぁ、ありがてぇ話で」


「調子はどう?」


「ええ、なんの滞りもなく」


 ガロムは即答した。


「荷も、人も、上に迷惑をかけるようなことは一つもございやせん」


「そう」


 レヴィンは倉庫の中を見た。


 積まれた木箱。

 壁際の帳簿。

 荷札。

 奥へ続く扉。

 そこで一瞬だけ手を止めた男たち。


 レヴィンは笑っていた。

 ただ、見ていた。


「そうだといいけど」


 ガロムの笑みが、ほんの少しだけ固まる。


「ところで、風読みって知ってる?」


「風読み」


 ガロムは、わざとらしく眉を上げた。


「もちろん、噂くらいは。最近、裏稼業を荒らして回ってる化け物でしょう?」

「ですが、うちは関係ありませんぜ」

「風読みが来るような物は扱っておりませんし」


「人を扱ってたりする?」


 その瞬間、倉庫の中の音が止まった。


 荷札を書く音。

 酒瓶を置く音。

 奥で木箱を閉じる音。


 ほんの一拍だけ、雷鶏の倉庫から音が消えた。


 けれど、ガロムだけは笑っていた。


「ええ! 扱ってますよ!」


 明るすぎる声だった。


「孤児を孤児院に輸送しました。仕事柄、孤児になる子供もいますからねぇ。盗賊の世界じゃ、親が明日も生きてる保証なんざありません」

「子持ちの盗賊も多い。親が死ねば、残るのは子供です」

「そういう子らを、行き場のある場所へ運ぶ。いやぁ、心が痛い限りです」


 ガロムは、胸に手を当てた。


「俺みたいな粗野な男でも、子供が泣いてるのは見たくねぇもんで」


「そう」


 レヴィンは、柔らかく頷いた。


「じゃあ、神教会には関わってないよね?」


 また、音が止まった。


 今度は、さっきより長かった。


 ガロムの笑みだけが、少しも崩れない。


「神教会? あそこは過激派です。危険な組織は、こっちまで火の粉を被る」

「リスクの方が大きいですからねぇ」


 そこで、ガロムは肩をすくめた。


「報酬はデカいですが……それだけですよ、あんなところ」


 レヴィンは、何も言わなかった。


 ただ、ガロムを見ていた。


 倉庫の中の空気が、少しだけ重くなる。


 ガロムのこめかみに、汗が一筋浮いた。

 それでも笑みは崩さない。


「いや、噂ですよ。噂」

「裏稼業にいりゃ、嫌でも耳に入るもんでして」


 レヴィンは、そこでようやく笑った。


「そっか」

「目を見て言えるかい?」


「言えますとも。はい、もちろん!」


 ガロムは、笑顔のまま答えた。

 そして自然に、目を逸らした。


「おい、お前ら手を止めんな! 今日も帰りが遅くなるだろ!」


 怒鳴られた部下たちが、慌てて手を動かし始める。


 荷札を書く音。

 木箱を運ぶ音。

 帳簿をめくる音。


 止まっていた倉庫の音が、ぎこちなく戻った。


「レヴィンの旦那、すみません。まだ仕事が忙しくて……」


「うん。邪魔したね」


 レヴィンは、柔らかく頷いた。


「また今度来るよ」


「ええ、もちろん! いつでも!」


 ガロムは、最後まで笑っていた。


 レヴィンが倉庫を出る。

 扉が閉まる。


 倉庫の中に、しばらく誰の声もなかった。


 ガロムの笑みが消えた。


「あいつ、気づいてんのか?」


 誰も答えない。


 ガロムは近くにいた男の胸ぐらを掴み、そのまま床へ叩きつけた。


「バレねぇようにしとけって言ったよな」


「がっ……!」


「黒牙本体に匂いを嗅がせるなって、何度言わせんだ」


 ガロムは男の腹を蹴った。


「俺は売ってねぇ。運んだだけだ」

「中身を知らねぇ木箱に、何の責任がある?」

「黒牙の印は便利なんだよ。使えるもんは使う」

「神教会だろうが人買いだろうが、金になるなら通す」


 ガロムの声が低くなる。


「ただし、バレるな」

「今後はもっとうまくやれよ」


 殴られた男が、血の混じった唾を吐いた。


「で、でも……風読みが来るって噂、本当なら……」


「あ?」


 ガロムが睨む。


「風読みだぁ?」


 その時だった。


 ぶら下がった魔灯が、ぎしりと揺れた。


 一度。

 二度。


 光が細くなり、倉庫の奥が暗く沈む。


「……風?」


 ガロムが顔を上げた。


「窓開けたか? 誰か」


「いえ……」


 誰かが答える。


 窓は閉まっている。

 扉も閉まっている。

 それなのに、荷札の紙が一枚だけめくれた。


 酒瓶の炎が、細くなる。

 床の埃が、一本の線を描く。


 音が消えた。


 次の瞬間。


 きん、と空間が鳴った。


 五人が、同時に崩れた。


 倒れたのではない。

 分かれた。


 首。

 肩。

 腕。

 腹。

 足。


 人間だったものが、木箱の間にばらばらと散った。


 倉庫が悲鳴で満ちる。


「なんなんだよ!!」

「なんだよこれ!!」


「か、風読みだ!!」


 誰かが叫んだ。


「風読みが来たんだ!!」


 魔灯が、ちかちかと瞬く。


 その奥に、男が立っていた。


 白い手袋。

 皺ひとつない外套。

 黒地に銀のラインが入ったネクタイ。

 整えられた髪。


 血飛沫ひとつ浴びていない顔。


 エイベル・クロウは、倉庫の奥から静かに歩いてきた。


「いくつか、質問があります」


 声は、講義室で学生に問いかけていた頃と同じ温度だった。


「やれ!!」


 ガロムが叫んだ。


「殺せ!! 何してやがる!!」


 だが、誰も動かなかった。


 動けば死ぬ。

 もう全員が、それを理解していた。


 エイベルは一人の男を見る。


「雷鶏は、人身売買に関わっていますか」


「し、知らねぇ……俺は……」


「そうですか」


 きん、と空間が鳴る。


 男の首が落ちた。


 別の男が悲鳴を上げる。


「神教会との繋がりはありますか」


「知らない! 本当に知らない!」


「そうですか」


 また一人、崩れた。


 腕が落ちる。

 足が遅れて折れる。

 床へ倒れるより先に、体がばらばらになった。


「六歳前後の少女を扱いましたか」

「淡い金髪。淡い茶色の目」

「名前は、ミア・クロウ」


「し、知らねぇ!」

「俺たちは荷を動かしてるだけだ!」

「中身なんか全部見てねぇ!」


「では、中身を見ていた者は」


 誰も答えない。


 エイベルは手を動かさなかった。

 ただ、視線だけを向けた。


 空間が鳴る。


 また一人、消えるように死んだ。


 倉庫に残っていた声が、だんだん細くなっていく。


 ガロムは後ずさった。

 背中が机に当たる。

 帳簿が床へ落ちる。


「ま、待て……待ってくれ……」


「神教会と関係はありますか」


 エイベルが問う。


 ガロムの口が、震えた。


「あ、あ……」


「ありますか」


「ある! ある!!」


 エイベルの目が、わずかに変わった。


「何を知っていますか」


「詳しいことは知らねぇ! 本当だ!!」

「ただ、神教会が集めてる聖君(せいくん)を……手配した!」


「聖君?」


「ガキだ!」


 ガロムは叫ぶように言った。


「魔力に優れた、有能なガキを集めてる!!」

「アイツら魔力至上主義だろ!? だから集めてんだ!」

「クロノスの意向がどうの、意味なんか知るか!!」

「金になるからやった!!」


 エイベルは動かなかった。


「まだパイプはありますか」


「向こうから一方的に接触してくる!」

「こっちからは取れねぇ!」

「本当だ!!」


「聖君……子供……集めている」


 エイベルは、静かに呟いた。


 その言葉だけ、ほんの少し温度が違った。


 ミア。


 淡い金髪。

 淡い茶色の目。

 六歳の少女。


 神教会が、魔力に優れた子供を集めている。


 扉が一つ、開きかけていた。


「あなたから、まだ言えることはありますか」


「あ、ああ……」


 ガロムの唇が震える。


 だが、もう何も出なかった。


 最後に出たのは、情報ではなかった。


「助けてくれ」


 エイベルは、丁寧に頷いた。


「ありがとうございました」


 空間が鳴る。


 次の瞬間、ガロムの体を黒煙が覆った。


 真空の刃は黒煙に触れた。


 その瞬間、風が消えた。


 斬撃が逸れたのではない。

 受け止められたのでもない。


 真空を作っていた魔力の流れが、煤の中でほどけ、失われた。


 殺すはずだった刃は形を保てず、床に細い傷だけを残して霧散する。


「なに……!?」


 エイベルの声が、初めて揺れた。


 黒煙は、ガロムの体を包んだまま倉庫の入口まで引きずっていく。

 床に広がった血を擦り、死体の間を這い、ガロムの服と頬が赤黒く濡れていった。


「れ、レヴィンの旦那!!」


 ガロムが叫んだ。


「風読みです! そいつが風読みです、旦那!!」

「早く殺してください!!」

「こいつ、雷鶏の人間を、みんな……!」


 黒煙に包まれたまま、ガロムは床を這うようにレヴィンへ縋った。


 倉庫の入口に、黒髪の男が立っていた。


 レヴィンは、その声を聞いていた。

 聞いていたが、ガロムを見下ろす目は冷たかった。


「黙れよ」


「……旦那?」


 ガロムの顔が、引きつった。


「お前からは、初めから嘘をついてる奴の匂いがした」


「う、嘘なんて……!」


 レヴィンが、静かに首を傾ける。


「目を見て言えるかい?」


「ひっ……!」


 ガロムの喉が鳴った。


 レヴィンの目の奥で、闇が揺らめいたように見えた。


 それは黒煙の反射か。

 魔灯の揺らぎか。

 それとも、もっと深い場所から覗いた何かか。


 ガロムには分からなかった。


 ただ、分かったことが一つだけある。


 今、自分は風読みから助かったのではない。

 別の闇の前に転がされただけだ。


 レヴィンは、ようやくエイベルを見た。


 血の匂い。

 切断された死体。

 揺れる魔灯。

 床に刻まれた、細すぎる真空の溝。


 その中心に、白い手袋の男が立っている。


 整えられた外套。

 乱れていない髪。

 血飛沫ひとつ付いていない顔。


 まるで、講義を終えた教授のようだった。


「初めまして、風読み」


 黒煙が、レヴィンの足元でゆっくり渦を巻いた。


「黒牙第八席」

黒煙(こくえん)のレヴィン」


 レヴィンは、穏やかに名乗った。


「君と話がしたい」


 エイベルは、黙ってレヴィンを見つめ返した。


 黒煙。

 煤のような暗黒物質。

 実体がある。

 大人一人を、無造作に引きずるだけの力がある。


 だが、煙でもある。

 形を崩し、床を這い、レヴィンの足元でゆっくりと渦を巻いている。


 そして、魔力元素を消す。


 真空波(ワールウィンド)は防がれたのではない。

 弾かれたのでもない。

 触れた瞬間、風が無くなった。


 ならば、次はどうするか。


 エイベルがやることは、変わらなかった。

 これまでも。

 これからも。


 観察する。

 分析する。

 対処する。


 それだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ