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異世界転生した底辺盗賊の俺、悪名を喰らって悪の帝王へ成り上がる  作者: タクト
第六章 白煙と魂晶の少女

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第20話 白い騎士と焦げた掌



 白い騎士たちが、倉庫街へ雪崩れ込んだ。


 紛争の始まりから、すでに二十分ほどが経っていた。

 だが、その遅れを取り戻すように、彼らの進軍は速かった。


 足並みは乱れない。

 白いフルプレートアーマーが、倉庫街の通りを埋めていく。


 盾を持つ騎士はいない。

 全員がロングソードを携え、ただ前へ進む。


 魔道兵の砲撃が飛ぶ。

 魔法が炸裂する。

 刃が白い鎧に叩き込まれる。


 しかし、止まらない。


 白い鎧の表面に、青い波紋が広がるだけだった。

 装甲魔法。

 鎧の内側に仕込まれた防御魔法が、衝撃と魔力を受け流している。


 騎士たちは、その青い波紋をまとったまま進む。


 そして、ロングソードを振るった。


 魔道兵の身体が、胴から両断される。

 魔道狗(まどうく)の首が飛ぶ。

 南諸島連合の兵が槍を構えるより早く、白い刃が喉を裂いた。


 その後方で、一人の青年が戦場を見ていた。


 真っ白な髪。

 琥珀色の宝石のような目。

 透き通るような白い肌を持つ、端正な顔立ちの青年。


 美しい、と言ってよかった。

 男から見ても、そう思うほどに整っている。


 だが、その声は甘くなかった。


「全軍、進行せよ!! 市民をできるだけ守れ!!」


 青年の声が、倉庫街に響く。


「女子供は優先だ!! 敵は犬一匹残すな!! 降伏せぬなら首を落とせ!!」


 王牙騎士団(レガリアナイツ)団長、アレクシス・レインフォード。


 白雨(はくう)の騎士。


 彼の号令に、騎士たちは一切迷わなかった。


 武器を捨てた者は捕らえる。

 膝をつき、戦意を失った者までは斬らない。


 だが、刃を握る者は殺す。

 市民へ牙を向ける者は殺す。

 降伏しない者は、その場で首を落とす。


 それは残酷さではなかった。


 戦場を見てきた者の線引きだった。


 アレクシスの腰には、美しい剣があった。


 白と金の装飾。

 雷を思わせる意匠。

 牙のように鋭い鍔。


 それは美しかった。

 けれど、ただの儀礼剣と呼ぶには、あまりにも重々しい。


 アレクシスは、その剣に手をかけない。

 ただ、戦場を見ていた。


 白い騎士たちは、倉庫街を押し返していく。


 ほとんどの兵は、一時間もしないうちに掃討された。

 港周りに残っていた兵は、揚陸艇へ逃げ込み、沖の戦艦へ戻っていく。


 だが、残された連合兵の中に、降伏する者はいなかった。


 捕らえられた者。

 逃げそびれた者。

 剣を落とさず、魔装義肢を構え続けた者。


 そのすべてが、白い騎士たちの刃で処理された。


 倉庫街に残ったのは、白い鎧と、血の匂いと、まだ消えきらない煙だけだった。


     ◇


 その様子を、ゼギルは路地の影から見ていた。


「……やけに遅かったな。誰の差し金だろうな?」


 独り言のような声だった。


 だが、闇が答えた。


「旦那」


 音もなく、男が現れる。


 黒い外套。

 細い体。

 目立たない顔。

 けれど、気配だけが妙に薄い。


 雪鴉(ゆきがらす)のレイヴァン。


 黒牙(こくが)の裏で動く男だった。


「首尾は?」


 ゼギルが問う。


 レイヴァンは倉庫街の煙を一瞥し、肩をすくめた。


「ちと騒がしくなったんで、明日……昼頃でどうですかね」


「そうだな……エルナも少し休ませてやりてぇ」


「ふ……」


「なんだ?」


「丸くなりましたね。弟君の優しさがうつったんですか?」


 ゼギルは、少しだけ黙った。


 倉庫街の向こうで、白い騎士たちが負傷者を運んでいる。

 逃げ惑う市民を誘導する声が聞こえた。


「……そうかもな」


「褒めてないですよ」


 レイヴァンの声は低かった。


「あんたは、それじゃダメなんだ。黒牙(こくが)黒牙(こくが)であるために。来たる日の約束を果たすために」


 ゼギルは目を細めた。


 その瞳の奥に、いつもの怠そうな色はない。


「……悪かったな、心配させて」


 ゼギルは静かに言った。


「約束は違えねぇよ。黒牙(こくが)の野望は潰えない」


「当たり前です」


 レイヴァンは、少しだけ頭を下げた。


「あんたが選ばれし黒牙(こくが)なんだ。俺は、そう思っているからこそついて来ている」


「分かってる。進めてくれ」


「……分かりました」


 次の瞬間、レイヴァンの姿は路地の闇に紛れていた。


 ゼギルは、通りを進む王牙騎士団(レガリアナイツ)を横目に見る。


 白い鎧。

 青い波紋。

 市民を守り、敵を斬る王国の牙。


「ハルトが来てから……何かが狂ってきたな」


 ゼギルは小さく笑った。


「だが、それもまた運命なのかもしれねぇな」


 そう言って、ゼギルもまた路地の闇へ溶けた。


     ◇


「ハルト……」


 エルナの声を聞きながら、ハルトは倉庫街を進む白い騎士たちを見ていた。


 白い鎧。

 青い波紋。

 魔道兵の攻撃をものともせず、前へ進む騎士たち。


「あいつら、騎士団か……」


「知ってるの?」


「いや、詳しくは知らない」


「よっと」


 その声と同時に、水の球がふわりと屋根の縁へ降りてきた。


 ナザルだった。


「ナザル?」


「下が騒がしくてよ。残党処理はもう任せようぜ。魔力はすっからかんだ」


「はは、俺もだよ。凄かったな、ナザル」


「だよな? なのに俺は、街中の魚を片付けろってさ」


「まあ、それは仕方ねーな」


「仕方なくねーだろ! お前も手伝え、この!」


「いてーな! やめろよ!」


 ナザルがハルトの頭を脇に抱え、軽く締める。


 エルナが、小さく笑った。


「エルナちゃんは俺の味方だよな!?」


「うーん、わかんない」


「ひでぇ! 嘘だろ!」


 ハルトはナザルの腕から抜け出し、白い騎士たちへ視線を戻した。


「あいつらは?」


「あー、王牙騎士団(レガリアナイツ)な」


「レガリアナイツって言うのか」


「嘘だろ、お前。もう少し勉強した方がいいぞ。王都に住んでるなら常識問題だぜ」


「う、うるせーな! 最近来たんだよ!」


「いや、お前、記録では二年前から灰鼠(はいそ)じゃん」


「え? そうなの?」


「はぁ? ……まあいい。あいつらは王国騎士団、王牙騎士団(レガリアナイツ)


 ナザルは、倉庫街を進む白い騎士団を顎で示した。


「世界一の騎士団だ。陸戦で無敗。負け無し。最強と謳われるルヴェリアの中核戦力だ」


「すげぇな」


「それを指揮するのが、あの男」


 ナザルが指差す。


 白い騎士団の後方。

 真っ白な髪の青年が、戦場を見渡していた。


「団長のアレクシス・レインフォード。白雨(はくう)の騎士って呼ばれてる」


「へー、真っ白だな」


「白雨……白煙と似てるね」


 エルナがふと言った。


 ナザルの目が、わずかに細くなる。


「同じにするな」


 声色が変わった。


「ご、ごめんなさい」


「……いや、すまん。脅すつもりじゃねぇ」


 ナザルは軽く息を吐き、いつもの調子に戻した。


「あいつは、史上最年少の十五歳で団長になってる。それから二十歳までに、あいつが出た戦場で百万は死んでる。もっとかもしれねぇ」


「ひゃ……百万!?」


「ああ。戦争に向かい、一人で敵国を駆逐する。その凄惨な戦いから、敵国じゃ血雨(けつう)のアレクシスって呼ばれてる。ルヴェリアでは、あまり口にできねぇがな」


 ナザルの声には、普段の軽さがなかった。


「表向きは国民のヒーローだ。だが、敵国、特に今は同盟に近い関係だが、戦時中の名残で南諸国連邦からは忌み嫌われてる」


「南諸島連合とは違うのか?」


「元は近い。この中央大陸バルハラの南に位置する国が南諸国連邦。その南の海に浮かぶ島々が南諸島連合だ」


 ナザルは、白い騎士団から視線を外さずに続ける。


「戦時中の対立で折り合いがつかなくなって、今は冷戦状態だ。南諸島連合が一方的に独立を宣言した。それからはルヴェリアに技術供与をしながら資金をやりくりしてる、同盟に近い関係だったんだが……今日の一件で白紙だろうな」


「……ナザルの癖に博識だな」


「俺は大学も出てる! 舐めんな!」


「嘘だろ!? ナザルが!?」


「ナザルさん、賢い!」


「おいおい! エルナちゃんまで!? 俺はこう見えて頭脳派一派だぜ!? 浮いてるけどよ! 誰が資金繰りの大元握ってると思ってんだよ!?」


「オルガン?」


「あいつは金勘定ばっかりのネコババ野郎だぜ!!」


「いや、大事だろ」


「俺は稼ぎ頭! オルガンは経理みたいなもんだ!」


「じゃあやっぱオルガンじゃん」


「おいおい! スイレンがいなくてよかったぜ。お前、コールドスリープさせられてるぞ!」


「冗談だよ。確かにすげぇな、ナザル」


「たりめーだ。え? というか、ハルト。お前……手、それ」


「あぁ、感覚がねぇ」


「バカ! 戻るぞ!!」


「え? あぁ」


 ナザルは、ハルトに肩を貸して立ち上がらせた。


 ナザルも、ボロボロのはずだった。

 それでも、当たり前のようにハルトを担ぐ。


 ハルトは少しだけ、ナザルを見る目を変えた。


 こいつ、頼れるやつなんだな。


「エルナちゃんも、行こう」


「う、うん」


     ◇


 ハルトは、第六席館へ戻されていた。


 戻った、というより、運ばれたに近い。


 治療室には、血と薬品の匂いが混じっている。

 ベッドの上に座らされたハルトは、上着を脱がされ、クロードに治療されていた。


「あなたという人は!! 毎度毎度、何を考えているんですか!!」


 クロードの怒声が飛ぶ。


 ハルトは顔をしかめた。


「この街を救うためだ。やらなきゃクロードも死んでたんだぞ」


「それとこれは話が別です! 私は、できることなら若者に傷ついてほしくないのです!」


「はは、黒牙(こくが)でそれ言うか?」


「言います!」


 クロードは容赦なく言い切った。


 治療のため、ハルトの上半身は露わになっている。


 エルナは、思わず目を伏せた。


 裸を見たからではない。


 見えてしまったからだ。


 肩、脇腹、胸元、背中。

 新しい裂傷と火傷の下に、さらに古い傷跡が無数に走っていた。


 今回できたものではない。

 もっと前からあった傷。


 何度も殴られ、斬られ、焼かれ、刺され、それでも塞がった跡。


 ハルトの身体は、傷だらけだった。


 クロードは、その傷を見て驚かなかった。


 驚くには、見すぎていた。


 裂傷。

 打撲の跡。

 火傷。

 刺し傷。

 古く塞がった傷。

 最近塞がったばかりの傷。


 その多くを、クロードは知っている。

 何度も縫い、塞ぎ、繋いできた。


 だからこそ、今回増えた傷だけが、嫌でも目についた。


「また傷が増えましたね」


 クロードが、静かに言った。


「もう、これ以上刻むところがないくらいに」


「今回は多くの命を救った。いつものただの馬鹿とは違う」


「ふ……言うようになりましたね」


 クロードは眼鏡の奥で目を細めた。


「許しませんが」


「なんでだよ」


「人を救ったことと、自分の身体を粗末にしたことは別です」


「理不尽だろ」


「医者とは理不尽を減らす仕事です。あなたが増やしてどうするんですか」


 ハルトは言い返せず、口を閉じた。


 クロードの指が、ハルトの右手で止まる。


 焦げた掌。

 焼けた皮膚。

 無理やり塞がろうとして、歪に固まりかけた肉。


 クロードは少しだけ黙った。


 治せない傷を見た医者の沈黙だった。


「……ですが、この傷。おかしいですね」


「おかしい?」


「治療を、すでに受けましたか?」


「いや? 受けてねぇ」


「少しだけですが、塞がっています」


 クロードは、ハルトの右手を慎重に動かした。


「体が傷つくことに慣れたのかな」


「ふざけないでください!!」


「ご、ごめん! 怒んなよ」


「特にその手です! なぜ熱されたものに長時間触れたのですか!?」


「咄嗟の判断で……」


「動きますか?」


 ハルトは右手に力を込めた。


 指が、ぴくりと動いた。


「……少し」


「よかった。完全に死んではいませんね」


 クロードは息を吐く。


 だが、表情は晴れなかった。


「しかし、その右手……痕は残ります」


 焦げた掌は、醜く広がっている。

 火傷の跡は、これからも消えないだろう。


「まあ、手袋でもするよ」


「そうしてください。あまり直接触れない方がいいと思います」


 クロードは、ハルトの右手を見たまま続ける。


「なぜかは分かりませんが、あなたの体では超再生が起きていました。短期間ですが……それによって、右手の神経の壊死は回避しています」


「超再生?」


「ええ。機能もしばらくすれば戻るかもしれません。経過観察が必要ですね」


 クロードはそこで、ハルトの目を見た。


「ただし、痕は残ります。一生です。毎日目にして、その責任を胸に刻みなさい」


「酷いな……」


「それが現実です」


「ハルト……」


 エルナが、小さく呟いた。


 ハルトはエルナの方を見て、軽く笑った。


「気にすんなよ。かっこいい手袋でも買うから」


 ナザルが、壁にもたれたまま鼻で笑う。


「バカだけど、男だな。ハルト」


「任せろよ」


「黙りなさい!」


 クロードが即座に切った。


「怪我しなくなって、一人前の男です!!」


「……はい」


 ハルトは素直に頷いた。


「わ、悪い、ハルト」


 ナザルが少しだけ目を逸らす。


 セリカが一歩前へ出た。


「クロード様、お願いします」


 その直後、治療室の扉が開いた。


 入ってきたのは、ダリオだった。


 肩にルーカスを担ぎ、脇にシャノンを抱え、背中にはベルノを背負っている。


 三人とも、見事にボロボロだった。


「ハルト様、土産拾ってきたぜ」


 ダリオが、にやりと笑う。


「ダリオ、助かったよ」


「これくらいしかできねーけどな」


「十分だ」


 ハルトが短く返す。


 ダリオは少しだけ照れくさそうに鼻を鳴らし、三人を治療用の寝台へ降ろした。


 クロードの眼鏡が、白く光った。


「あなた達は、本当に人を怒らせるのが上手いようで」


「ち、違うんです、クロードさん。これには訳が……」


 ベルノが慌てて弁解しようとする。


「訳もクソもありません。消毒三倍です」


「いやにゃ!! 私は治療は受けない!!」


 シャノンが即座に後ずさる。


「僕も嫌だ!! 目が怖いよ、クロードさん!!」


 ルーカスまで逃げようとした。


 ベルノは青ざめた顔で頭を下げる。


「す、すみません、クロードさん。俺がついていながら……」


「あなたもその一人ですよ、ベルノさん」


「……え」


 ベルノの顔から血の気が引いた。


「三馬鹿をベッドに寝かしなさい!」


「わ、分かりました」


 セリカが即座に動く。


「三馬鹿……そんな、私が? オルガン様……私は……」


 ベルノが真っ白になった。


「い、意識が遠のいてるにゃ、ベルノっち?!」


「クロードさん! 注射だ! 注射を早く!!」


「お前の陣営、うるせぇな」


 ナザルが呆れたように言う。


 ハルトは肩をすくめた。


「いいだろ。睡眠は取れる」


「明日から俺もここに住む」


「ざけんな」


 エルナが、少しだけ笑った。


 その笑い声は、小さかった。

 けれど確かに、治療室の空気を少しだけ柔らかくした。


 セリカが、エルナの方を見る。


「エルナ。輸送は明日になりましたので、今日は療養をとのことです」


「……うん。わかった」


 返事は素直だった。


 けれど、その目は、少しだけ寂しそうだった。

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