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異世界転生した底辺盗賊の俺、悪名を喰らって悪の帝王へ成り上がる  作者: タクト
第六章 白煙と魂晶の少女

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第13話 寄生魂晶核



 王都の屋根を、ハルトは駆けていた。


 腕の中には、エルナがいる。


 遠くで爆発音が続いていた。

 港の方角から黒煙が上がり、倉庫街のあちこちで青い光が瞬いている。


 平和壁(ヘイヴンウォール)


 オルガンの仕込みだ。


 さっきまで、引き渡しの準備をしていたはずだった。

 目立たない事務所。

 荷物を預けて、時間まで待つだけだった。


 それが今では、王都の空に黒煙が立っている。


 軍艦。

 魔道兵。

 爆発。

 逃げ惑う人の声。


 抗争ではない。

 もう、戦争だった。


「ハルト……!」


 腕の中で、エルナが声を震わせる。


「喋るな。舌噛むぞ」


「うん……」


 エルナは小さく頷き、ハルトの服を握りしめた。


 その指が震えている。


 怖くないはずがない。

 数日前まで、エルナはただ運ばれるだけの荷物だった。

 売られ、買われ、積まれ、閉じ込められ、またどこかへ運ばれる。


 それが、ようやく少しだけ変わり始めていた。


 屋台の味。

 服屋の鏡。

 翡翠と銀の髪飾り。

 城壁の風。

 肉と魚の匂い。

 師匠と呼んだ声。

 酒場の騒がしさ。

 赤いカーディガン。

 裏庭の春の日差し。


 普通。


 たった一週間にも満たない時間で、エルナはその言葉を少しだけ知った。


 だからこそ、ハルトは走る。


 もう二度と、荷物になんて戻させない。


 街路の先に、青い光をまとった大きな建物が見えた。


 オルガンの館。


 あと少し。


 あと少しで、エルナを届けられる。


「ハルト、私……重くない?」


「今それ気にすんのかよ」


「だって……」


「重くねぇよ」


 ハルトは屋根を蹴った。


 足元で風が爆ぜる。


空纏衝(エアバースト)


 白煙混じりの風をまとい、ハルトは倉庫街の屋根を跳ぶ。


 そのたびに、青く光る平和壁(ヘイヴンウォール)が視界の端に流れていく。


 倉庫。

 酒場。

 水路沿いの商家。

 古い長屋。

 路地裏の小さな食堂。


 黒牙刻印を受けた建物が、淡く光っていた。


 平和税。

 黒牙の支配。

 奪われる金。


 だが今だけは、それが街を守る壁になっている。


「オルガン、やるじゃねぇか」


 ハルトは小さく呟いた。


 その瞬間。


 背後から、黒い翼が白昼の空気を裂いた。


 バジリオ。


 右腕を夜蝙蝠(ナイトバット)の翼へ変え、空から追ってくる。


 右目の義眼が、赤く光っていた。


 獣の骨と金属を無理やり繋ぎ合わせたような右腕。

 獣魂晶義手(キメラアームズ)


 その腕が、飛行のための翼から、ぐにゃりと別の形へ歪む。


 骨が軋む。

 金属が鳴る。

 黒い影のような蛇が、腕の内側から這い出した。


影蛇(シャドウサーペント)


 バジリオの声が、空から落ちる。


 黒い蛇が、屋根の上を走る影のように伸びた。


「ッ!」


 ハルトは反射で短剣を振った。


 刃は、蛇の首を捉えた。


 はずだった。


 だが、通り抜ける。


「なっ……!」


 蛇が透けた。


 影そのもののように、短剣をすり抜ける。


 次の瞬間、鋭い牙だけが実体を持ち、ハルトの足首に食い込んだ。


「ぐっ……!」


 足を引かれる。


 屋根瓦が砕け、ハルトの体が空中へ持ち上がった。


 エルナを抱えたまま、世界が反転する。


「ハルト!」


 下には倉庫の屋根。


 その表面には、淡い青の光が走っている。


 平和壁(ヘイヴンウォール)


 このまま叩きつけられれば、ハルトだけでは済まない。


 腕の中のエルナも、無事では済まない。


 選ぶ時間はなかった。


「エルナ!」


「え――」


 ハルトは、叩きつけられる直前にエルナを手放した。


 同時に、風をまとわせる。


空纏衝(エアバースト)!」


 エルナの体が、ふわりと離れる。


 落ちる速度が、緩む。


「ハルト!!」


 その声を聞いた瞬間、ハルトは影蛇(シャドウサーペント)に引きずられた。


 受け身は取れない。


 風も間に合わない。


 無防備なまま、倉庫を覆う青い平和壁(ヘイヴンウォール)へ叩きつけられた。


 轟音。


 倉庫は壊れなかった。


 だが、青い膜に蜘蛛の巣のような亀裂が走る。


「がっ……!」


 肺の中の空気が、全部押し出された。


 視界が白く弾ける。


 背中から、肩から、肋骨の奥まで衝撃が走った。


 それでも、ハルトは顔を上げる。


「エルナ……!」


 エルナは、ゆっくりと降下していた。


 地面へ落ちる前に、黒い翼が滑り込む。


 バジリオが、エルナを抱えた。


 右腕はすでに、再びナイトバットの翼へ戻っている。


「何をしている」


 バジリオが、赤い義眼を細めた。


魂晶核コアは、この程度では傷つかないぞ」


「エルナは傷つくだろうが……クソ野郎」


 ハルトの足元から、白煙が噴き出した。


 バジリオは、エルナを抱えたまま空中にいた。


 背には、片翼のように広がる黒い翼。

 右腕はまだ、人の腕の形をしていない。


 獣魂晶義手(キメラアームズ)が、ぎちりと音を立てて開く。


 その内側から、拳ほどの大きさの何かが現れた。


 赤黒い肉の塊。


 表面には薄い金属の輪が何重にも食い込み、血管のような細い管が蠢いている。


 宝石でもない。

 ただの魔道具でもない。


 それは、無理やり心臓の形に整えられた、生きた兵器だった。


 どくん。


 小さく、鼓動する。


 そのたびに、管の先から赤黒い魔力が滲み、飢えた虫のようにエルナの胸元へ向いた。


「やめろ……」


 倉庫の屋根に叩きつけられたハルトが、血の混じった息を吐きながら顔を上げる。


「やめろ、てめぇ……!」


「時間がないのでね」


 バジリオは笑った。


「処置だけ先に済ませる」


 次の瞬間。


 バジリオは、それをエルナの胸元へ押し込んだ。


 刺す、というより、食いつかせる動きだった。


「っ、あああああああああっ!!」


 エルナの悲鳴が、空に裂ける。


「エルナ!!」


 バジリオが手を離す。


 生体兵器は落ちない。


 エルナの胸元に、蛸のように吸着していた。


 細い管のようなものが皮膚に食い込み、胸元へ根を張るように沈んでいく。


 どくん。


 どくん。


 鼓動のたびに、エルナの胸の奥から翡翠色の光が吸い上げられた。


「てめぇ……エルナに何しやがった!!」


 ハルトの足元から、白煙が噴き上がる。


 バジリオは、空中でエルナを抱えたまま、右目の義眼を赤く光らせた。


寄生魂晶核(パラサイトコア)だ」


 淡々と。


 誇らしげに。


 研究成果を語るように、バジリオは続ける。


魂晶核コアは、ただ引き抜けば爆発する。だが、代わりの宿主を用意すれば話は別だ」


「宿主……?」


「このパラサイトコアは、対象の魔力を吸い、適応し、魂晶核コアに自身を主と誤認させる」


 エルナの体が、小さく震える。


 胸元で、パラサイトコアが鼓動する。


「そうすれば、安全にコアだけを抜き取れる。実に優れた兵器だろう?」


 ハルトの目が、見開かれる。


「コアを……」


 喉が、焼けるように痛い。


「エルナはどうなる」


 バジリオは、少しだけ首を傾げた。


 心底、不思議そうに。


「灰になって死ぬな」


 その声には、感情がなかった。


「用済みだ」


 白煙が爆ぜた。


 倉庫の屋根が、白く凍りつく。


「……殺す」


 ハルトの声が、低く落ちた。


 バジリオは、その殺気を受けて、嬉しそうに笑った。


「いいな。その目」


 黒い翼が、大きく広がる。


「やはり、君も実験対象として興味深い」


 バジリオはエルナを抱えたまま、時計塔へ向かって飛ぶ。


 倉庫街の外れに建つ、古い大時計塔。


 その文字盤の下。


 大鐘楼。


 バジリオはそこへ降り立ち、エルナを冷たい床へ横たえた。


 エルナの胸元で、パラサイトコアが鼓動している。


 どくん。


 どくん。


 そのたびに、翡翠色の光が吸い上げられていく。


 エルナは苦しそうに身をよじる。


 だが、パラサイトコアの管は外れない。


 細い根のように皮膚へ食い込み、魂晶核コアの魔力を吸い続けていた。


「ハ、ルト……」


 かすれた声が、鐘楼に落ちる。


 バジリオは時計塔の文字盤を見上げた。


 針は、十一時五十分を指している。


「あと十分、といったところか」


 彼は愉快そうに告げる。


「パラサイトコアが魂晶種アニマの魔力に適応するまでの時間だ」


 ハルトは、倉庫の屋根から時計塔を睨んだ。


 足が痛い。

 肺が痛い。

 影蛇に噛まれた足首が、痺れている。


 だが、それ以上に、胸の奥が煮えていた。


「それまでに……」


 白煙が、ハルトの周囲で渦を巻く。


「お前も、そのコアも止める」


 バジリオは、両腕を広げるように笑った。


「いいぞ。殺気がよく伝わる」


 右腕の獣魂晶義手(キメラアームズ)が、ぎちりと変形する。


 獣の影が、いくつも浮かぶ。


 蝙蝠。

 蛇。

 蠍。

 獅子。

 狼。


「白煙のハルト。君にも、私のコレクションの実戦データになってもらおう」


 時計塔の針は、十一時五十分を指していた。


 正午まで、あと十分。

あとがき


ここまで読んでいただきありがとうございます。


今回は、エルナが再び奪われる回でした。


ハルトはあと少しでオルガンの館へ辿り着けるところまで来ていましたが、バジリオの獣魂晶義手キメラアームズによって阻まれました。


魂晶核コアだけを価値として見るバジリオと、エルナという一人の少女を見ているハルト。


この差が、第6章のかなり大事な部分です。


そして新たに出てきた寄生魂晶核パラサイトコア


正午まで、あと十分。


次回は、白煙のハルトとドクター・バジリオの本格戦闘です。


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