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異世界転生した底辺盗賊の俺、悪名を喰らって悪の帝王へ成り上がる  作者: タクト
第六章 白煙と魂晶の少女

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第12話 白煙三牙



「深淵のゼギルに相手してもらえるとはな」


 港湾区の石畳に、重い足音が響いた。


 南諸島連合ギルガメス島の将軍、ヴァルバトス・ヴォルグ。


 両腕。

 両脚。


 そのすべてが、通常の肉体ではない。

 分厚い装甲と魔導回路を備えた、巨大な魔道義肢(アームズ)


 人間というより、人の形をした戦艦だった。


 ゼギルは、黒い外套を揺らしながら男を見た。


「知ってんのか」


「有名人ではないか」


「盗賊が有名人じゃ、話になんねぇな」


 ゼギルは低く笑った。


 ヴァルバトスの視線が、ゼギルの足元へ落ちる。


「深淵魔法を使うのか?」


 ゼギルの目が、わずかに細くなった。


「……どこで聞いた?」


「それは答えられん」


「じゃあ俺も答えねぇ」


 ゼギルの周囲に、黒い魔力が灯る。


 深淵ではない。


 ただの闇。


暗黒弾(ダークショット)


 黒い弾丸が、いくつも浮かんだ。


 それらは直線では飛ばない。


 弧を描き、左右から、頭上から、斜め下から、ヴァルバトスへ襲いかかる。


 着弾。


 瞬間、黒い弾丸は真上へ爆ぜた。


 闇の柱が、何本も立ち上がる。


 石畳が割れ、港の木箱が吹き飛び、闇の魔力が周囲を塗り潰す。


 だが。


要塞壁(フォートレスウォール)


 闇が晴れた先で、ヴァルバトスは立っていた。


 両腕の魔道義肢(アームズ)が、巨大な盾へ変形している。


 黒い盾の表面には焦げ跡が走っていたが、砕けてはいない。


「そんなものか?」


 盾の奥で、ヴァルバトスが笑う。


「同じSSクラスのはずだが?」


 ゼギルは舌打ちした。


「はず、ねぇ」


 ヴァルバトスの右腕が、鈍い音を立てて変形する。


 盾が折り畳まれ、装甲が開き、内部から太い砲身がせり出した。


 砲口の奥で、魔力が青白く渦を巻く。


 稲妻が、砲身の外側を走った。


弩級砲(ドレッドノートカノン)


「っち」


 ゼギルの目が、背後の街を見た。


 このまま撃たせれば、港湾区どころではない。

 倉庫街の奥まで吹き飛ぶ。


 ゼギルは地面を蹴った。


 闇を足場にして、空中へ跳ぶ。


「こっちだ、木偶の坊」


 ヴァルバトスの砲口が、ゼギルを追う。


 次の瞬間、凄まじい砲撃が放たれた。


 空気が裂けた。


 魔力の塊は、砲弾というより巨大な球体だった。


 押し潰すような圧。

 街そのものを削り取るための一撃。


 ゼギルは空中で片手を突き出した。


暗黒吸収(ダークホール)


 突き出した手の先に、闇の空間が広がる。


 黒い穴。


 光を呑み、音を歪め、魔力の流れをねじ曲げる暗黒。


 魔力球体が、闇に触れた。


 凄まじい音が鳴る。


 家屋が揺れた。

 水路の水が跳ねた。

 港に積まれた木箱が、衝撃だけで崩れ落ちる。


 魔力球体は、間延びするように形を歪めながら、じわじわとダークホールへ吸い込まれていく。


 半分。


 もう少し。


 だが、そこで魔力の圧が限界を超えた。


「ちっ」


 爆発。


 空中で光が弾け、黒い闇が散る。


 ゼギルの外套が大きく翻った。


 爆風は上空へ逃げた。

 街への直撃は避けた。


 だが、完全には消し切れていない。


 ヴァルバトスは、その光景を見上げて笑った。


「なるほど。街を守りながらでは、その程度か」


 ゼギルは空中から、冷たい目で見下ろす。


「てめぇ、最初から街を狙ってやがるな」


「当然だ」


 ヴァルバトスは砲身を下ろさない。


「私は将軍だ。戦場を選ぶ。相手の守るものを撃つ。勝つためなら当然だろう?」


 ゼギルの周囲に、黒い魔力が滲む。


 だが、それはまだ闇だった。


 深淵ではない。


 ヴァルバトスの笑みが深くなる。


「さて、楽しもうか」


 右腕の砲口が、再び青白く光る。


「深淵を出してもらわねば困る」


     ◇


 槍が、雨のように降っていた。


「このー! 卑怯にゃ!」


 シャノンが石畳を蹴り、横へ跳ぶ。


 だが、入れない。


 長い。

 速い。

 そして、いやらしい。


 男の右肩から先は、すべて魔道義肢(アームズ)になっていた。


 人間の腕ではない。

 槍そのものを、肉体に接続した兵器。


 突き出された槍は伸び、縮み、曲がる。

 突いた直後に、別の角度からもう一度突き直してくる。


 シャノンの猫耳が、ぴくぴくと震える。


 見えている。

 匂いも分かる。

 殺気も読める。


 なのに、近づけない。


「卑怯?」


 槍の魔道兵は、淡々と槍を引いた。


 肩口から伸びる魔道義肢(アームズ)が、ぎちりと音を立てる。


「俺は勝つために、この腕を切り落とした」


 次の瞬間、槍が伸びる。


「ッ!」


 シャノンの頬を、銀色の穂先がかすめた。


 血が一筋、褐色の肌を伝う。


「肉など邪魔だ。骨も、筋も、痛みも、限界もいらん」


 槍の男は、表情を変えない。


「この技術は、弱い肉体を捨てて強くなるためのものだ」


「……気持ち悪いにゃ」


「これで負けたのなら、笑いものだ」


 少し離れた場所で、ベルノの剣が火花を散らしていた。


 相手は、大剣を持つ魔道兵。


 いや、大剣を持っているのではない。


 肩から先が、剣そのものになっている。


 人間の腕を捨て、刃を肉体に繋いだ兵器。


 ベルノは相手の踏み込みを見ていた。


 呼吸も、重心も、剣筋も読めている。


 避ける場所は分かる。

 受ける角度も分かる。

 鎖を差し込む隙も見える。


 だが、一歩先へ進めない。


「ぐっ……!」


 剣が振り下ろされる。


 ベルノは左手に魔法小盾マジックライトシールドを浮かべ、斜めに差し込んだ。


 直撃ではない。


 受け流した。


 そのはずだった。


 だが、盾ごと体が押し潰される。


 足裏が石畳を削り、ベルノの体が後ろへ滑った。


「出力が……桁違いですね」


 ベルノは息を吐く。


 冷静な声を作ったつもりだった。

 だが、指先が痺れている。


 大剣の魔道兵は、無言で一歩踏み込んだ。


 たった一歩。


 それだけで、ベルノの間合いが砕ける。


 ベルノは鎖を走らせる。

 足元へ。

 背後へ。

 剣の根元へ。


 しかし、相手は大剣を振るだけで鎖を弾いた。


 技ではない。


 読みでもない。


 ただ、力が違う。


 ベルノの慧眼(けいがん)は、負け筋を見ていた。

 どう動けば死なないかは分かる。


 だが、どう動けば勝てるかが見えない。


「一歩……」


 ベルノは歯を食いしばる。


「一歩、先へ進めない……」


「もう、お遊びはいいだろう」


 槍の魔道兵が、低く呟いた。


 肩から先の魔道義肢(アームズ)に、赤い魔力が灯る。


 穂先だけではない。

 槍の柄。

 関節。

 肩口の接続部。


 そこに刻まれた魔導回路が、脈打つように赤く光った。


 シャノンの猫耳が、ぴんと立つ。


「……なに、それ」


「終わりだ」


 槍の魔道兵が、一歩踏み込む。


皇帝軍槍(カイザースティング)


 突き。


 ただの突きではなかった。


 槍の穂先が地面を抉り、赤い波動が石畳ごと跳ね上がる。


 シャノンは反応した。


 反応は、した。


 だが、避けるには遅すぎた。


「っ――」


 声すら出ない。


 赤い衝撃がシャノンを呑み込み、小柄な体を路地の端まで吹き飛ばした。


 石畳を跳ね、壁に叩きつけられ、シャノンが崩れ落ちる。


「シャノン!!」


 ベルノが叫んだ。


 その一瞬。


「そちらを見ていていいのか?」


 低い声が、耳元へ落ちる。


「しまっ……」


 ベルノが振り返る。


 大剣の魔道兵の肩から先。


 刃そのものになった魔道義肢(アームズ)に、赤い魔力が充填されていた。


 剣の腹が、ぶうんと震える。


皇帝砕剣(カイザーブレイク)


 振り下ろし。


 ベルノは反射で左手を突き出した。


魔法小盾マジックライトシールド!」


 小さな盾が、剣の軌道へ差し込まれる。


 完璧な位置だった。


 角度も悪くない。


 受け流せるはずだった。


 だが。


 砕けた。


 魔法小盾が、硝子のように粉々に散った。


「ぐっ……!」


 ベルノの体が宙に浮く。


 衝撃は、ベルノだけを吹き飛ばしたのではない。


 背後の建物の壁が、斜めに裂けた。

 木材が爆ぜ、窓が割れ、青く光る平和壁が軋む。


 ベルノは石畳を転がり、膝をつくことすらできずに倒れ込んだ。


 槍の魔道兵が、倒れた二人を一瞥する。


「ソード。レッグの方へ行きますよ」


 大剣の魔道兵は、刃に灯る赤い魔力を払うように腕を振った。


「そう焦るな、ランス」


 声には、わずかな笑みがあった。


「戦いを楽しもうじゃないか」


     ◇


 ルーカスは、肩で息をしていた。


「はぁ……はぁ……」


 両腕には、黒鋼の手甲。


 右手に風。

 左手に紫電。


 だが、届かない。


 目の前の女は、軽く跳ねるように石畳へ着地した。


 両足が、人間のものではない。


 膝から下ではない。

 太腿の付け根近くから、両脚そのものが魔道義肢(アームズ)に置き換わっている。


 細く、しなやかで、異様に美しい機械の脚。


 レッグは、くすりと笑った。


「どうしたの? 疲れちゃったの?」


「それもそうですけど……少し落ち込んでます」


「なんで?」


「Sランクに到達したって、思ってたんで……」


 レッグは、楽しそうに目を細めた。


「ふふ。Sランクと言っても、その幅は天と地。AとSの間に壁があるのと同じよ」


「あなたは、上位のSってことですか?」


「に、なったってことね」


 レッグは、自分の魔道義肢(アームズ)の脚を軽く鳴らした。


「両足を捧げたから♡」


 ルーカスの眉が、わずかに寄る。


「……なんでですか?」


「軍人だし、強くないと成り上がれないのよ。これで私は隊長になったんだから」


「健康な足を切るなんて……」


「普通の人間に、あなたほどの才能はないわ」


 レッグの声から、笑みが少しだけ消えた。


「生身でそれだけ強いことがおかしいって、分からない?」


 ルーカスは黙った。


 確かに、自分は恵まれている。


 風神と雷神の息子。

 才能だけで、ここまで来た。


 目の前の女は、その才能の代わりに足を捨てた。


 だからこそ、ルーカスは静かに息を吐いた。


「話にならない」


 風が、右腕に巻きつく。


「行きますよ」


 レッグは、艶やかに笑った。


「おいで」


 ルーカスの体に、風と紫電が走る。


疾風迅雷(しっぷうじんらい)!!」


 瞬間、ルーカスの姿が消えた。


 石畳が割れる。


 空気が裂ける。


 だが、レッグも同時に動いていた。


義肢加速(アームズバースト)


 魔道義肢(アームズ)の両脚に、赤い魔力が灯る。


 速度が跳ね上がった。


 高速の世界で、レッグがルーカスに追いつく。


「っ……!」


 ルーカスはさらに加速した。


 風で軌道を曲げ、雷で反応を引き上げる。


 一瞬。


 レッグの背後を取る。


紫電一閃(しでんいっせん)!!」


 黒鋼手甲に纏った紫電が、一直線に走った。


 斬った。


 そう思った。


「どこ見てるの?」


 切り裂いたはずのレッグが、ゆらりと揺れた。


 消える。


 残像。


 背後。


 レッグの声が、耳元に落ちる。


皇帝軍靴(カイザーブーツ)


 赤い雷が、魔道義肢(アームズ)の脚を駆け抜けた。


 蹴り。


 破壊音。


 ルーカスの体が、後方へ長く滑る。


 石畳を削り、土煙を上げ、数十メートル先でようやく止まった。


 だが、倒れてはいない。


 両腕を交差させている。


 黒鋼手甲が、レッグの蹴りを受け止めていた。


 レッグの目が、ぱっと輝く。


「これも止めるの?」


 彼女は、嬉しそうに笑った。


「す、て、き」


 そこへ、二つの足音が重なった。


「おい、レッグ」


 大剣の魔道兵が、肩に繋がった刃を軽く振った。


「お前がやれてないのは、なぜだ?」


 槍の魔道兵も、赤い魔力を纏った槍を引き戻す。


「また遊んでるんだろう? なら俺によこせ」


 レッグは唇に指を当て、楽しそうに笑った。


「あら。隊長が三人になっちゃった?」


 赤い雷が、彼女の両脚を走る。


「まだ壊れないでね?」


 ルーカスは息を整えながら、視線だけを横へ走らせた。


 シャノン。

 ベルノ。


 二人の姿が、見えない。


 倒れたのか。

 吹き飛ばされたのか。

 瓦礫の向こうか。


 分からない。


 分からないが、目の前の三人は待ってくれない。


「……やるしか、ない」


 ルーカスの右腕に風が巻く。


 左腕に紫電が走る。


「やるしか……ない!」


 最初に動いたのは、ランスだった。


 肩から伸びる魔道義肢(アームズ)が、何度も赤い軌跡を描く。


 多段突き。


 一発ではない。

 二発でもない。


 槍が伸び、縮み、角度を変え、同時に何本もの槍が迫るように見える。


 ルーカスは両腕を上げた。


 黒鋼の手甲が火花を散らす。


 一発目を外へ。

 二発目を内へ。

 三発目を肘でずらし、四発目を手首で落とす。


 捌く。


 捌く。


 捌く。


 だが、その上から影が落ちた。


「上だ」


 ソード。


 屋根から飛び降りるように、上空から刃を振り下ろしていた。


「くっ……!」


 ルーカスは足を引いた。


 踏み込みではない。

 逃げでもない。


 風で体をずらし、石畳を滑るように横へ抜ける。


 刃が地面を割る。


 その瞬間、ルーカスは振り返りざまに右腕を振り抜いた。


一陣の風(いちじんのかぜ)!」


 風の衝撃が、ソードを正面から叩く。


 ソードは刃を盾のように構えた。


 風が爆ぜる。


 ソードの体が、後方へ吹き飛んだ。


 だが、倒れない。


 同時に、槍が来る。


「っ!」


 穂先が、ルーカスの脇腹を掠めた。


 服が裂け、血が散る。


 けれどルーカスは、退かなかった。


 掠めた槍を、そのまま掴む。


「なに……?」


 ランスの目が見開かれる。


 ルーカスの腕に、紫電が走った。


 怪力。


 槍ごと、ランスの体が引き寄せられる。


「う、らぁっ!!」


 ルーカスはランスを、地面へ叩きつけた。


 石畳が砕ける。


 だが。


皇帝軍靴(カイザーブーツ)


 背後から、甘い声。


 赤い雷が弾けた。


 レッグの蹴りが、ルーカスの背中に突き刺さる。


 破壊音。


 空気が肺から絞り出される。


「がっ……!」


 ルーカスの体が前へ折れた。


 背骨が軋む。


 視界が白く飛ぶ。


 それでも。


 膝は、つかなかった。


 レッグの目が、すっと細くなる。


「あら」


 彼女は、楽しそうに、けれど少しだけ不機嫌そうに笑った。


「鬼の子って感じ」


 赤い雷が、足先で跳ねる。


「可愛くない」


 吹き飛ばされていたソードが、刃を地面に突き立てて止まる。


「おい」


 その声には、さっきまでの余裕が少しだけ消えていた。


「こいつ、やばいな」


 ランスも、瓦礫を払いながら立ち上がる。


 その視線が、ルーカスの腕を見る。


 風。

 紫電。

 そして、まだ膨らみ続ける魔力。


「なんか、出力上がってねぇか?」


 ランスの顔が歪んだ。


「こいつ……」


 肩口の魔導回路が赤く燃える。


「舐めやがって」


 槍が、再び伸びる。


「殺す!」


 ルーカスの周囲を、小さな光が飛び始めた。


 ひとつではない。


 淡い緑の光。

 薄い青の光。

 風に溶けるような、小さな精霊たち。


 シルフ。


 それらが、踊るようにルーカスの周囲を舞う。


「……シルフ」


 ルーカスが呟いた。


 裂けた傷口に、風が触れる。

 流れた血が止まる。

 砕けかけた呼吸が、少しずつ戻っていく。


「なに……?」


 レッグの目が細くなる。


 次の瞬間、空気が弾けた。


 雷が、何もない空間に落ちる。


 ルーカスと三人の魔道兵の間に、雷で形作られた美しい女性が立っていた。


 長い髪。

 細い指。

 身体の輪郭は稲妻でできている。


 雷の精霊、トニトルス。


 その姿を見た瞬間、ランスの表情が変わる。


「精霊……だと?」


 シルフたちが、ルーカスの右手へ吸い込まれていく。


 風が宿る。


「シルフ……」


 雷の女精霊が、ルーカスへ振り返る。


 慈しむように。

 抱きしめるように。


 トニトルスは、ルーカスの左手へ溶け込んだ。


 紫電が宿る。


「トニトルス……」


 黒鋼の手甲が軋む。


 右手に風。

 左手に雷。


 精霊の力が、ルーカスの腕に宿る。


神霊器化(エーテル・アームズ)……」


 レッグが、うっとりと笑った。


「あら。この子、天性の女ったらしみたいよ」


「関係ねぇ」


 ランスの槍に、赤い魔力が灯る。


「殺す」


「焦るな」


 ソードが大剣を構え直した。


「三人同時にだ。データに入ってねぇぞ、この小僧。新入りか?」


 ルーカスは、答えない。


 右手の風が鳴る。

 左手の雷が唸る。


 息を吸う。


 心臓が、雷に叩かれるように跳ねた。


紫電一閃(しでんいっせん)……」


 石畳が震える。


(きわみ)


 空気が震えた。


 ルーカスが飛び込む。


 速い。


 走った場所に、遅れて紫電が落ちる。


 ひとつ。


 ふたつ。


 みっつ。


迅雷参閃(じんらいさんせん)!!」


 音が遅れた。


 ルーカスの拳が、槍を叩き、剣を弾き、赤い脚を打ち抜く。


 三連撃。


 ほぼ同時。


 三人の魔道兵が、まとめて吹き飛んだ。


 ランスが壁を砕き、ソードが石畳を削り、レッグが宙で回転して屋根の縁へ叩きつけられる。


「はぁ……はぁ……」


 ルーカスは肩で息をした。


 右手の風が薄れる。

 左手の紫電が弾ける。


「やった……かな……」


 その言葉が落ちた直後。


 三人が、立ち上がった。


 ランスは首を鳴らす。


 ソードは大剣の魔道義肢(アームズ)を振り、刃についた石粉を払う。


 レッグは、屋根の縁から軽やかに降り立った。


 笑っている。


「直線的で、止めやすかった♡」


 ルーカスの喉が詰まる。


 ソードが、肩の刃を担ぐ。


「こいつ、まだ殺し合いに慣れてねぇな?」


 ランスの目が、殺意で細くなる。


「生意気なガキだぜ。本当に」


 ルーカスは、息を吐けなかった。


「……そんな」


 職業軍人。


 殺すために、日夜訓練する者たち。


 あくる日も。

 あくる日も。


 敵を殺すために走り、敵を殺すために息を整え、敵を殺すために武器を振るう。


 そのうえで、彼らは肉体すら捨てた。


 腕を選び、脚を選び、切り落とす。

 そこに魔道兵器を備え付ける。

 人の身体を、戦争のための器へと作り替えていく。


 盗賊とは違う。


 盗賊も命のやり取りをする。

 殺し合いもする。

 奪い、逃げ、騙し、時には人を殺す。


 だが、違う。


 盗賊は、命のやり取りをすることがある。


 彼らは、命のやり取りしかしない。


 似て非なる二つには、強さの質に明確な違いがあった。


 相手は、プロの戦争屋だった。


「もう、一度……」


 ルーカスの腕に、風と雷が戻る。


 右手にシルフ。

 左手にトニトルス。


 膝が震えている。

 呼吸は乱れている。


 それでも、前へ出る。


 だが。


義肢加速・超過駆動アームズバースト・イクス


 レッグの声が聞こえた。


 次の瞬間。


 顎。

 鳩尾。

 膝裏。


 ほぼ同時だった。


「がっ……」


 ルーカスの視界が跳ねた。


 顎を蹴られ、息が詰まり、膝から力が抜ける。


 何をされたのか、分からない。


 ただ、体が遅れて理解した。


 殴られた。

 蹴られた。

 崩された。


「こんな感じかしら? 今の」


 声が、少し遠くで聞こえた。


 水の中にいるようだった。


 ルーカスは片膝をつく。


「あれ? 聞こえてない?」


 レッグの声が、遠い。


 近くにいるはずなのに、遠い。


 耳鳴りがしている。

 視界の端が白い。

 自分の呼吸が、うまく聞こえない。


「やるぞ」


 ソードの声。


「そうね」


 レッグが笑う。


「現実、見せてあげようか」


 ルーカスの感覚が、少しずつ戻ってくる。


 目の前に三人。


 剣。

 槍。

 脚。


 隊長格三人。


 Sクラスが、三人。


「耐えられる?」


 レッグの声が甘く沈む。


「Sクラスが、三人♡」


 ルーカスの腕に力が入った。


 逃げない。


 殺さない。


 なら、止めるしかない。


 三人の魔道義肢(アームズ)に、赤い魔力が灯る。


 ソードの刃。

 ランスの槍。

 レッグの脚。


 それぞれが、同じ名を冠した魔力を纏っていく。


皇帝の番犬(カイザー・ケルベロス)


 三つの赤が、同時に爆ぜた。


 ルーカスは歯を食いしばる。


 全部は無理だ。


 なら。


「せめて……ひとつ……!」


 左腕に紫電が走る。

 右腕に風が巻く。


「止める!!」


 爆音。


 赤い魔力が、視界を埋めた。


 その瞬間。


「待たせたにゃ」


 声がした。


 ソードの刃が、横へ逸れる。


 二又の魔力尻尾が、大剣の軌道を絡め取っていた。


 シャノン。


「間一髪だな」


 ランスの槍が、斜めに流れる。


 小さな盾が、槍の穂先に差し込まれている。


 ベルノ。


 そして。


 レッグの蹴りだけは、ルーカスの黒鋼手甲が受け止めていた。


 赤い雷が弾ける。


 石畳が砕ける。


 けれど、ルーカスは倒れない。


 三人は、三つの攻撃を止めていた。


「わりぃ、ルカ……意識、飛んでた」


「ベルノ!」


 ルーカスが目を見開く。


「私もいるにゃ」


「シャノンも……!」


 シャノンは口元についた血を親指で拭い、にやりと笑った。


「二人とも、大丈夫だった?」


「お前に言われたくねぇよ」


 ベルノが苦笑する。

 肩で息をしながらも、その目はまだ死んでいなかった。


「携帯肉食ったから大丈夫にゃ」


「本当に? それ」


「たぶんにゃ」


「たぶんなのか……」


 ベルノは、折れた呼吸を整えるように一度息を吐いた。


「ルカ」


「はい」


「俺たちは、白煙の下に立つ白い牙だ」


 ベルノの鎖が、ゆっくりと石畳を這う。


「ここで折れるわけにはいかない」


 シャノンの二又の魔力尻尾が、ふわりと揺れた。


「折れたらハルト様に怒られるにゃ」


「怒られるだけで済めばいいですけどね」


 ルーカスは二人を見た。


 ベルノ。

 シャノン。


 自分ひとりでは止められなかった。


 けれど、三人なら。


 ルーカスは、ゆっくりと立ち上がる。


「……うん」


 右手に風。

 左手に紫電。


「やろう」


 三人の前で、赤い魔力を纏った魔道兵たちが構え直す。


 ルーカスは小さく聞いた。


「今の技、なんて言ってました?」


「か、カイザーケルベロス……だったかにゃ?」


 シャノンが耳をぴこぴこ動かす。


 ベルノが口元を上げた。


「じゃあ、俺らはこれだな」


 シャノンの瞳孔が、細くなる。


「決まりにゃ」


 ルーカスも頷いた。


「うん」


 三人の魔力が、重なる。


 風。

 雷。

 猫又の魔力。

 鎖。

 小盾。

 白煙の下で育った三つの牙。


 ルーカスが前に出る。


 ベルノが左へ。


 シャノンが右へ。


 三人は、同時に叫んだ。


白煙三牙(はくえんさんが)!!」

あとがき


ここまで読んでいただきありがとうございます。


今回はゼギル対ヴァルバトス、そして白煙三牙対南諸島連合の魔道兵たちでした。


ヴァルバトスは、単純に強いだけではなく、戦場の選び方が厄介な相手です。


街を背負って戦うゼギルと、街ごと撃ち抜くことをためらわないヴァルバトス。


同じSS級でも、戦い方の質がかなり違います。


そして後半は、ルーカス、シャノン、ベルノの三人。


相手はプロの軍人。

盗賊とは違い、日夜「殺すため」に訓練してきた戦争屋たちです。


さらに彼らは、自分の肉体を切り落とし、魔道義肢アームズを接続してまで強くなった者たち。


才能だけでは届かない相手。

経験だけでも足りない相手。


だからこそ、三人で立ち向かいます。


白煙の下に立つ三つの牙。


ようやく、この三人が「白煙三牙」として並びました。


次回は、白煙三牙の反撃です。


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