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異世界転生した底辺盗賊の俺、悪名を喰らって悪の帝王へ成り上がる  作者: タクト
第六章 白煙と魂晶の少女

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第11話 平和の盾



 港がどよめいていた。


 海風に混じって、焦げた木と魔力火薬の匂いが流れてくる。


 南側の倉庫港。

 普段なら、荷役人の怒号、商人の値切り声、船乗りの笑い声、酒場から漏れる歌声で騒がしい場所だ。


 だが、今のざわめきは違った。


 恐怖。

 混乱。

 そして、戦争の匂い。


「ナザル様……!」


 黒牙の構成員が、息を切らして駆け寄ってきた。


 その顔は青い。


 ナザルは肩にかけた外套を揺らしながら、港の先を見た。


「なんだよ。今度は倉庫が沈んだか?」


 軽口を叩いたが、構成員は笑わなかった。


 その視線の先。


 沖合に、三隻の軍艦がいた。


 南諸島連合式の黒い船体。

 太い砲身。

 魔力灯の青白い光。

 甲板には、武装兵の影が並んでいる。


 しかも、すでに揚陸艇が下ろされ始めていた。


 ナザルの顔から、笑みが消える。


「南諸島連合艦隊。着港予定は聞いてねぇ」


 港湾局の申請にもない。

 黒牙の水路記録にもない。

 ナザルの手元にある船籍表にも、こんな動きは載っていない。


「……ってことは、もうあれしかねぇよな?」


 隣に立つスイレンが、静かに答えた。


「はい。間違いなく、奪還に来たと思われます」


「ここまでするか? 普通」


「どちらにせよ、めくれれば国際問題。押し入っても国際問題。ならば、どちらでも同じと判断したのでしょう」


「リスク考えてねぇのかよ……。バレない可能性だってまだあっただろ」


「では、そのリスクが帳消しになるほどの大きな動きが、別で進んでいるのかもしれません」


 ナザルの目が、細くなる。


「は? 王都に火でもつける気かよ」


「恐らく」


「……笑えねぇな」


 揚陸艇が、波を割って港へ近づいてくる。


 港の人間たちが逃げ出し始めた。

 だが、遅い。


 黒牙の構成員が、ナザルを見た。


「ナザル様、どうしますか……!」


「どうしますか、じゃねぇよ」


 ナザルは頭を掻いた。


「揚陸艇が動き始めてやがる。軍艦を止めてくる」


 スイレンが横目で見る。


「一人で軍艦三隻ですか? 暴れて逃げるのとはわけが違いますよ」


「……やるしかねぇだろ。無理って言うのか?」


 スイレンは少しだけ口角を上げた。


「いいえ。不可能ではありません。私たちなら」


「そう言うと思ったぜ、相棒」


 ナザルは海へ向き直る。


「今日も睡眠はキャンセルだ」


「いつものことですね」


     ◇


 港が揺れた。


 それは、ただの爆発音ではなかった。


 王都ルヴェリアの南側。

 倉庫街に近い港湾区。


 そこから遅れて届いた振動が、古い館の窓をわずかに震わせた。


 オルガン・メイザーは、書類の山から顔を上げた。


 片眼鏡の奥で、老いた瞳が細くなる。


「……急な襲撃じゃと?」


 部屋の中央には、ルヴェリア南部の地図が広げられていた。


 港湾区。

 倉庫街。

 水路。

 外縁区。

 第六席の管轄へ続く道。


 そのすべてに、赤い駒と青い駒が置かれている。


 赤は危険地帯。

 青は平和税加入済みの建物。


 オルガンは、ゆっくりと地図へ視線を落とした。


「嫌な動きは感じておった。南諸島連合の艦隊、王城の妙な沈黙、港湾局のざわつき……じゃが」


 太い指が、南側の港を叩く。


「港の襲撃となれば、戦争の火蓋が切られてもおかしくない」


 部屋にいた構成員たちの顔が強張る。


 黒牙の抗争ではない。

 銀翼との代表戦でもない。


 軍艦が港へ近づき、武装兵が街へ踏み込む。


 それはもう、国の話だった。


狂人論理マッドマンセオリーか?」


 オルガンは低く呟いた。


 だが、すぐに首を振る。


「いや。奴らもそこまで馬鹿ではない。あくまで黒牙への襲撃に抑えるつもりか? ……いや、それも薄い。一般市民にも被害が及ぶ。あり得ん」


 彼の視線が、港から倉庫街へ移る。


 倉庫。

 荷役場。

 水路沿いの商店。

 平和税を納めた家屋。


 そこには、黒牙の人間だけがいるわけではない。


 商人がいる。

 荷運びがいる。

 酒場の店主がいる。

 昼寝をしている子供がいる。


 街がある。


「この襲撃、アニマ奪還だけではない」


 オルガンの声が、重く沈む。


「恐らく奴らは、何かを掴みに来ておる」


 その時、扉が勢いよく開いた。


「オルガン様!」


 若い構成員が駆け込んでくる。

 息を切らし、額には汗が浮かんでいた。


「例の準備が整いました!」


 オルガンは、一瞬だけ目を閉じた。


 そして、ゆっくりと立ち上がる。


「そうか」


 厚い外套が揺れた。


「では、やるか」


 その声には、老獪な怒りと、ほんの少しの笑みが混じっていた。


「税金の還元じゃ!!」


 オルガンが杖を床に打ちつける。


 重い音が、館の床を抜け、地面へ沈み、王都の地下へ走った。


平和壁(ヘイヴンウォール)


 次の瞬間、王都ルヴェリアのあちこちで青い光が灯った。


 倉庫の壁。

 酒場の看板裏。

 水路沿いの石柱。

 商家の扉。

 外縁区の古びた長屋。

 路地裏の小さな食堂。


 平和税を納め、黒牙刻印を受けた建物が、次々と淡い青に輝き始める。


 それは、税の証だった。


 支配の印だった。


 そして今だけは、命を守る壁だった。


 青い光は建物の輪郭をなぞり、薄い膜のように広がっていく。

 爆風を和らげ、飛び散る破片を弾き、扉と窓を守るための壁。


 だが、オルガンの顔は晴れない。


「……これだけでは守れんか」


 広い。


 王都は、広すぎる。


 すべてを均等に守ろうとすれば、すべてが薄くなる。


 その時だった。


「なら、私が手伝おっか?」


 軽い声がした。


 オルガンが振り返る。


 扉の前に、二人の若者が立っていた。


 一人は、淡い髪を揺らす女。

 小柄な体に、静かな魔力を纏っている。


 青壁(せいへき)のリーネ。


 牙狼院で、防衛魔法だけなら誰にも負けなかった女。


 もう一人は、細い目で地図を見ている男。

 笑っているようで、その視線だけは冷たく速い。


 心理眼(しんりがん)のサージ。


 人の呼吸、視線、魔力の揺れから、次の一手を読む男。


 二人とも、牙狼院の出身者だった。


 オルガンが拾い、育て、黒牙へ送り出した者たち。


 その中でも、リーネとサージは要所で必ず名を呼ばれる。

 オルガンが厚い信頼を置く、牙狼院の古い子らだった。


「リーネ……サージ……」


 オルガンの声が、ほんの少しだけ柔らかくなる。


「良いところに来てくれた」


 サージは地図の上に広がる魔力の流れを一目見て、すぐに顔をしかめた。


「じっちゃん、均等に魔力使うんはやりすぎや」


「む?」


「まずは被害地を中心に厚くする。外側には薄く伸ばすんや。全部を同じ厚さで守ろうとしたら、全部が薄くなる」


 サージの指が、港湾区から倉庫街へ走る。


「中心の補強はリーネ。やれるな?」


 リーネは小さく笑った。


「さすが。賢いやつは違うね」


「褒めてんのか、それ」


「半分くらい」


「残り半分どこ行ったんや」


 オルガンは二人を見た。


 皺の刻まれた顔に、わずかな誇りが滲む。


「任せたぞ、我が子ら」


 リーネが肩をすくめる。


「あたりまえよ」


 サージも、地図から目を離さずに笑った。


「あたりまえだ」


 リーネが両手をかざす。


 青い光の内側に、さらに透明な壁が重なっていく。


 港湾区の倉庫。

 爆心地に近い家屋。

 逃げ遅れた者たちが駆け込む酒場。

 黒牙刻印のある建物を中心に、防衛の芯が打ち込まれていく。


 サージが次々と指示を飛ばす。


「南倉庫三番、厚くしろ。そこは次に爆風が来る」

「外縁区の西側は薄くてええ。まだ敵の足が届いてへん」

「水路沿いは破片が飛ぶ。窓側だけ補強」

「港の正面は捨てるな。ナザル様が出るまで保たせろ」


 オルガンの平和壁が街へ広がる。


 リーネの青壁が中心を固める。


 サージの心理眼が、守るべき場所を選ぶ。


 王都ルヴェリアの一角が、青く脈打った。


 それは、黒牙の支配だった。


 それは、黒牙の徴税だった。


 それは、黒牙の保護だった。


 そして今、街の者たちは初めて知る。


 平和税は、ただ奪われる金ではなかった。


     ◇


 ハルトは、エルナを連れて路地を駆けていた。


 背後では、爆発音が続いている。


 遠くの空には黒煙が上がり、港の方角では青白い魔力光が何度も瞬いた。


 さっきまで、引き渡しの準備をしていたはずだった。


 倉庫街の一角。

 目立たない事務所。

 そこに荷物を預け、時間まで待つだけだった。


 だが、南諸島連合は来た。


 軍艦を連れて。

 魔道兵を連れて。

 戦争を連れて。


「ハルト……!」


 エルナの声が、腕の中で震える。


 ハルトは振り返らない。


「喋るな。舌噛むぞ」


 エルナは黙った。


 だが、その手はハルトの服を強く掴んでいる。


 オルガンの館までは、もう少しだった。


 街路の向こうに、青い光が見える。

 黒牙刻印を受けた建物が、淡く光っている。


 平和壁(ヘイヴンウォール)


 オルガンの仕込みだ。


「じじい、やるじゃねぇか」


 ハルトが小さく呟いた、その時だった。


 正面の路地に、炎の壁が吹き上がった。


「ッ!」


 ハルトの足が止まる。


 炎は石畳を舐め、路地の出口を塞いでいた。


 ただの火ではない。

 生き物の喉から吐き出されたような、獣臭い炎だった。


 エルナが息を呑む。


 ハルトは、ゆっくりと上を見た。


 建物の屋根の上に、ひとりの男が立っていた。


 白衣に似た長衣。

 片目には金属の義眼。

 右腕だけが、人間のものではない。


 獣の骨と金属を無理やり繋ぎ合わせたような、異様な魔道義肢(アームズ)


 男は、優雅に一礼した。


「お初にお目にかかる、白煙のハルト」


 義眼が、ぎしりと光る。


「南諸島連合ギルガメス島、軍事研究顧問。魔道義肢開発局最高責任者」


 右腕が、獣のように軋んだ。


「ドクター・バジリオ・ヴェルクラフトだ。君の持っている魂晶核(コア)を、返してもらいに来た」


 その言葉に、ハルトの目が細くなる。


「コアじゃねぇ」


「あ?」


「エルナだ。名前がある」


 バジリオは、心底つまらなそうに笑った。


「馬鹿が」


 冷たい声だった。


魂晶種(アニマ)の価値に比べれば、個人の価値など塵より軽い。わかるはずもないか。コソ泥には」


 ハルトの口元がひくりと動く。


「誰が、コソ泥だ」


 白い冷気が、足元から滲む。


「俺は黒牙(こくが)第六席。王牙六領(ヘキサレイン)白煙(はくえん)のハルトだ」


 バジリオは軽く首を傾げた。


「長い名乗りだな。時間は貴重だぞ、少年」


「お前に言われたくねぇよ!!」


 ハルトが踏み込む。


 バジリオの右腕が、ぐにゃりと形を変えた。


 金属の関節が裂ける。

 獣の骨が開く。

 黒い膜が広がる。


 コウモリ。


 右腕が、巨大な蝙蝠の翼へと変貌した。


「すぐに終わらせる」


 次の瞬間、バジリオの姿が消えた。


「なっ!?」


 風が鳴る。


 ハルトは反射で短剣を抜き、横へ弾いた。


 硬い音。


 コウモリの翼に変じた右腕が、短剣と衝突して火花を散らす。


 バジリオは空中で身を翻し、屋根の端へ降り立った。


 ハルトの手が、わずかに痺れていた。


「は、はえーな……」


「当たり前だ」


 バジリオは自分の右腕を愛おしげに見下ろす。


「これはナイトバット。北国に棲むA級魔物の魂晶から生成している」


「魂晶……って」


「察しがいいな」


 義眼が細く光った。


「アニマ研究の賜物だ。生きたまま魂を魂晶化し、この腕に内蔵している」


 エルナの息が止まる。


 バジリオは続ける。


「そして、そのアニマも我が軍の礎になってもらう」


「ふざけんな!」


 ハルトが手をかざす。


空圧弾(エアショット)!」


 圧縮された空気弾が数発、屋根へ向かって撃ち出される。


 だが、バジリオはふわりと身体を傾けた。

 翼膜が風を掴み、空圧弾は虚しく空を切る。


「ほう」


 バジリオの声に、初めて少しだけ興味が混じった。


「小汚いガキかと思えば、魔法が使える。ヘキサレインとは悪くない」


 右腕の中で、何かが脈打つ。


「貴様も、新作魂晶の実験体にしてやろう」


「新作?」


 ハルトが眉を寄せる。


 バジリオは笑った。


「一匹だけだと思ったか?」


 右腕の表面に、獣の影がいくつも浮かぶ。


 蝙蝠。

 蛇。

 獅子。

 狼。

 名も知らぬ魔物の目。


「何体も生きているぞ。この腕の中になぁ」


 エルナの指が、ハルトの服を握りしめた。


「は、ハルト……私……!」


 バジリオの右腕。


 その中で蠢く、いくつもの魂晶。

 生きたまま魂を結晶にされた魔物たち。


 それは、エルナが辿るかもしれなかった未来の一つだった。


 あの腕ではない。

 別の魔道兵器か、軍艦か、名も知らない兵器の炉心か。


 形が違うだけで、魂晶核(コア)だけを奪われる未来に変わりはない。


 ハルトの顔から、笑みが消えた。


「……吐き気がする野郎だぜ」


 エルナの呼吸が震える。


 ハルトは、振り返らなかった。


「見るな、エルナ」


 白煙が、足元から薄く滲む。


「お前を、ああはさせねぇ」


 ハルトは短剣を握り直した。


「約束する」


 エルナは、ハルトの背中を見た。


 怖い。


 足が震える。


 胸の奥の魂晶核(コア)が、嫌な熱を持っている。


 それでも、エルナは小さく頷いた。


「……うん」


 ハルトはすぐに身を屈める。


「館に届ける。行くぞ」


「え?」


 次の瞬間、エルナの体がふわりと浮いた。


 ハルトが、彼女を抱き上げていた。


「ちょ、ハルト……!」


「舌噛むなよ」


 ハルトの足元で風が弾ける。


空纏衝(エアバースト)


 白煙混じりの風が、屋根の縁を叩いた。


 ハルトはエルナを抱えたまま、路地の壁を蹴り、屋根へ跳ぶ。


 背後で、バジリオが笑った。


「逃げるのかね、白煙」


 ハルトは屋根の上に着地し、振り返らずに吐き捨てる。


「盗賊だからな」


 次の瞬間、屋根瓦が砕けた。


 ハルトは王都の屋根を、エルナを抱えたまま駆け出した。

あとがき


ここまで読んでいただきありがとうございます。


今回は、平和税と黒牙刻印の回収回でした。


ショバ代、平和税、黒牙の支配。

言葉だけ見るとどう考えても悪いものですが、黒牙のやり方は「金を取る代わりに守る」でもあります。


オルガンの「税金の還元じゃ!!」は、かなり気に入っています。


そして新キャラとして、青壁のリーネ、心理眼のサージ、ドクター・バジリオ・ヴェルクラフトが登場しました。


リーネとサージは牙狼院出身。

オルガンが育てた者たちの中でも、要所で呼ばれる実力者です。


一方、バジリオは南諸島連合側の研究者。

エルナを「人」ではなく「魂晶核コア」として見ている男です。


次回は、ハルトがエルナを抱えて王都の屋根を駆けます。


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