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異世界転生した底辺盗賊の俺、悪名を喰らって悪の帝王へ成り上がる  作者: タクト
第六章 白煙と魂晶の少女

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第6話 夜の酒場



 ハルトたちが酒場に着いた時には、すでに奥の個室から騒がしい声が漏れていた。


 夜のルヴェリアは、昼とは違う顔をしている。


 港の方ではまだ荷の出入りがあり、水路には灯りが揺れていた。酒場の看板は赤や黄色に光り、路地の奥からは笑い声と怒鳴り声が混ざって流れてくる。


 エルナは、ハルトの少し後ろを歩いていた。


 道場を出たあと、ラインハルトも当然のようについてきた。


「なんでお前まで来るんだよ」


「弟子の歓迎だ」


「誰の歓迎会だと思ってんだ」


「弟子の歓迎だ」


「聞いてねぇなこいつ」


 ラインハルトは真顔だった。


 エルナは、その横顔をちらりと見た。


 さっき、自分はこの人を師匠と呼んだ。


 言ってから、少しだけ恥ずかしくなった。


 けれど、嫌ではなかった。


 酒場の前に着くと、セリカが店の扉を開ける。


 中から、酒の匂いと肉の焼ける匂いが流れてきた。


 奥の個室から、聞き覚えのある声が飛んでくる。


「遅ぇぞハルト! 俺なんて寝ずに来てんだぞ!」


「寝ろよ」


 ハルトが即座に返す。


 個室に入ると、ナザルがすでに杯を片手に座っていた。


 その隣では、スイレンが涼しい顔で料理の皿を整えている。


 イグニスは頬杖をつき、リスティアは果実水の杯を持っていた。


「来たね、ハルト。あと、今日の主役」


 イグニスがにやりと笑う。


 エルナは一瞬、自分のことだと気づかずに瞬きをした。


「……主役?」


「そ。道場デビューおめでとう会」


「勝手に会の名前を変えるな」


 ハルトが呆れる。


 ナザルが杯を掲げた。


「いいじゃねぇか。弟子入り記念だろ?」


「弟子入りじゃねぇ」


 ハルトが言うと、ラインハルトが静かに首を振った。


「弟子入りだ」


「本人より先に断言すんな」


 エルナは少しだけ俯いた。


 さっきの言葉を思い出して、また顔が熱くなる。


 リスティアがその顔を見て、小さく首を傾げた。


「エルナ、赤い」


「……赤くない」


「赤い」


「赤くない」


 リスティアは少し考え、果実水の杯を差し出した。


「じゃあ、冷たいの」


「……ありがとう」


 エルナは両手で杯を受け取った。


 ハルトはその様子を見て、少しだけ目を細める。


「ほら、座れ」


 エルナは頷き、ハルトの少し横に座った。


 大きな卓の上には、すでに料理が並び始めていた。


 焼いた肉。


 蒸した魚。


 香草を乗せた野菜。


 黒パン。


 果実水。


 そして、大きな酒瓶。


 ナザルが椅子へ沈み込むように座り直す。


「助かった……椅子って偉大だな」


「ナザル様。寝ないでください」


「酒場で寝たことある?」


「あります」


「あるんだよなぁ」


 スイレンが即答する。


 ハルトはエルナの隣に座ろうとして、少し迷った。


 リスティアが何のためらいもなくハルトの横へ座ったからだ。


 エルナはその反対側へ座る。


 なぜか、さっきより胸が重くなった。


「エルナ、魚食べる?」


 イグニスが皿を差し出す。


「……うん」


「酒は?」


 ナザルが酒瓶を持ち上げる。


「飲まない」


「お、即答」


「飲ませるな」


 ハルトが言う。


「十七なら飲めるだろ」


「飲めるのと、飲ませるのは別だろ」


「真面目か」


「何回言わせんだよ」


 リスティアが果実水の杯をエルナへ渡した。


「甘いやつ」


「……ありがとう」


 エルナは杯を両手で受け取った。


 最初は、話しかけられるたびに短く返すだけだった。


 魚が好き。


 肉は少しなら食べられる。


 酒は飲まない。


 果実水は甘い。


 道場は少し疲れた。


 ラインハルトは変だけど、悪い人ではない。


 短い言葉ばかりだった。


 それでも、誰も急かさなかった。


 誰も、もっと話せとは言わなかった。


 イグニスは笑いながら肉を取り分け、ナザルは酒を飲みながら愚痴をこぼし、スイレンは淡々とそれに突っ込み、ラインハルトは静かに魚を食べている。


 リスティアは時々エルナに果実水を継ぎ、セリカはハルトの皿に野菜を追加していた。


「おい、野菜多くねぇか?」


「今日の稽古後には必要です」


「肉も必要だろ」


「肉は勝手に食べるでしょう」


「俺を何だと思ってんだ」


「放っておくと肉とパンだけで済ませる人です」


「合ってるね」


 イグニスが笑う。


「合ってません」


 セリカが即答した。


「ハルト様は肉とパンと毒味済みの魚です」


「悪化してんだろ」


 エルナは、少しだけ笑いそうになった。


 けれど、まだ声にはならなかった。


 酒が進むにつれて、場は少しずつ騒がしくなっていった。


 ナザルがハルトを指差す。


「しかしハルトもやるよなぁ」


「何が」


「軍港から女の子盗んで、服買って、魚食わせて、髪飾り渡して、道場まで連れて行く」


「並べんな」


「もう保護じゃなくて攻略だろ」


「黙れ」


 イグニスがにやにやと笑う。


「ハルトは女の子泣かせるタイプだよねぇ」


「泣かせてねぇだろ」


「泣かせる前に凍らせる?」


「もっと悪いだろ」


 ナザルが杯を掲げる。


「白煙様も乙女の心は盗めねぇのかな?」


「お前、寝不足で口が軽くなってんぞ」


「いつも軽いです」


 スイレンが言う。


「そこは否定しろよ!」


 セリカは静かに杯を置いた。


「不愉快です」


「何が!?」


 ハルトが声を上げる。


「今の話の流れです」


「俺が悪いのか?」


「不愉快です」


「二回言うな」


 ナザルは面白そうに身を乗り出す。


「セリカちゃん、嫉妬?」


「違います」


「じゃあ何?」


「ハルト様の管理が複雑化することへの不快感です」


「それ、嫉妬より怖いんだよなぁ」


 イグニスが腹を抱えて笑う。


「ハルト、管理されてるじゃん」


「されてねぇよ」


「されています」


 セリカが淡々と言う。


「ほら」


「ほらじゃねぇ」


 リスティアがハルトの顔を覗き込んだ。


「ハルト、困ってる」


「お前も近い」


「近い?」


「近い」


 リスティアは少しだけ首を傾げたまま、さらに近づいた。


「これくらい?」


「近づくなって意味だよ」


 ハルトが軽く押し返す。


 その様子を見ていたエルナは、杯を握る指に力を込めた。


 胸の奥が、また少しだけ詰まる。


 魂晶核(コア)が痛いわけではない。


 でも、何かが引っかかる。


 好きとか、嫌いとか。


 怒りとか、悲しみとか。


 そういう名前のある感情では、まだなかった。


 ただ、リスティアがハルトの近くにいると、少しだけ苦しい。


「で、エルナちゃんはどうなんだ?」


 ナザルが急に話を振った。


「……なにが?」


「ハルトが他の女の子と仲良くしてたら」


「何聞いてんだ」


 ハルトが眉をひそめる。


 ナザルは悪びれない。


「大事だろ。乙女心の調査だよ」


「調査するな」


 イグニスも乗る。


「どうなのエルナ。ハルトがリスティアと近いの、嫌?」


 エルナは少し考えた。


 嫌。


 その言葉は、少し違う気がした。


 好き。


 それも、まだ分からない。


 けれど、胸の奥には小さなつっかえがある。


 だから、エルナは答えずにぷいっと横を向いた。


 頬が、ほんの少し膨らんでいた。


 一瞬、場が静かになる。


 次の瞬間、ナザルが机を叩いた。


「あれ? ハルト、何かやったな?」


「やってねぇよ!」


「白煙様も乙女の心は盗めねーのかな?」


「うるせぇ!」


 イグニスがにやにや笑う。


「恋心分かってないねぇ。ハルトは女の子泣かせるタイプだもんな」


「だから泣かせてねぇって言ってんだろ!」


「だが、結婚するならちょうどいい」


 ラインハルトが突然言った。


 全員の視線が、ラインハルトへ集まる。


 ハルトが嫌な顔をした。


「何がちょうどいいんだよ」


「二人で道場に来い」


「結婚と道場を繋げるな」


「夫婦で鍛えれば続く」


「何がだよ」


「呼吸だ」


「道場基準やめろ」


 エルナは横を向いたまま、顔を赤くして黙っていた。


 その赤さを見て、また少し笑いが起きる。


 エルナは、なぜ笑われているのか分からなかった。


 でも、嫌な感じはしなかった。


 笑い声は、胸を刺さなかった。


 話題が少し落ち着いた頃、ハルトがスイレンを見た。


「そういや、スイレン。お前も氷使うんだよな」


「はい。氷元素です」


「氷元素……」


 エルナが小さく繰り返す。


「珍しい元素です。扱える者は多くありません」


「……ハルトも、氷」


「一緒にしないでください」


「おい」


 ハルトが反応する。


 スイレンは涼しい顔で続けた。


「ハルト様の氷は雑です」


「雑?」


 エルナが聞き返す。


「はい。冷やす。凍らせる。砕く。以上。美しくありません」


「言うねぇ」


 ナザルが楽しそうに笑う。


 ハルトは不満そうに言った。


「使えりゃいいだろ」


「よくありません。氷元素は希少なのです。もっと丁寧に扱っていただきたい」


「氷代表みたいな顔すんな」


「代表です。ハルト様は野生の氷です」


「野生の氷って何だよ」


「見れば分かります」


「ラインハルトみたいなこと言うな」


 ラインハルトは静かに頷いた。


「見れば分かることは多い」


「お前は黙って魚食ってろ」


 イグニスが笑いながら言う。


「でも、スイレンの氷は綺麗だよねぇ。形がある」


「イグニス様の火は大雑把です」


「私も?」


「はい。燃やす。戻る。以上です」


「ひどくない?」


「事実です」


 エルナは、スイレンの言葉を聞きながら、少しだけ胸元に触れた。


 氷にも違いがある。


 火にも違いがある。


 力は、ただ強いだけではないらしい。


 それが、少しだけ不思議だった。


 酒が進むにつれ、エルナは少しずつ口を開くようになっていた。


 最初は聞かれたことにだけ答えていた。


 けれど、気づけば一言だけ、自分から返すようになっていた。


「それは、好き」


「魚の方がいい」


「肉も、少しなら」


「昨日より、騒がしい」


 短い言葉ばかりだった。


 それでも、エルナは酒場の隅ではなく、輪の中にいた。


 イグニスが頬杖をつきながら、にやりと笑う。


「ハルトはともかくさ。黒牙はどう? 盗賊だけど、案外悪くないだろ?」


 エルナは少し考えた。


 黒牙。


 盗賊。


 悪党。


 人を殺す者たち。


 街の裏側にいる者たち。


 そう思っていた。


 けれど、今目の前にいる人たちは、肉を取り合い、酒を飲み、勝手に騒ぎ、勝手に笑っている。


「黒牙のみんなは……なんか変」


「変じゃねーよ!」


 ナザルが即座に杯を掲げた。


「ただのブラック企業だぜ!」


「ナザル様は変です」


 スイレンが淡々と言う。


「なんで俺限定なんだよ!」


「分かります」


 セリカが頷いた。


「ハルト様も変です」


「俺も!?」


 ハルトが思わず声を上げる。


 イグニスが腹を抱えて笑った。


「いや、ハルトはだいぶ変だよ。女の子盗んで、服買って、魚食わせて、髪飾り渡して、道場まで連れてくんだから」


「並べんな」


「ハルト、変」


 リスティアが淡々と言う。


「お前まで乗るな」


「変だから、気になる。見えない」


 リスティアは、ハルトの顔をじっと見た。


 ナザルが自分を指差す。


「意味わかんねーよ。俺は見えるか?」


「どっちでもいい」


「見ろよ!」


 イグニスが笑う。


「ラインハルトは?」


「変だろ」


 ハルトが即答した。


「む」


 ラインハルトが少しだけ眉を動かす。


「俺は鍛錬をしているだけだ」


「それが変なんだよ」


「分かりません」


 エルナがぽつりと言った。


 全員がエルナを見る。


 エルナは杯を握りながら、小さく続けた。


「変だけど……嫌じゃない」


 声は小さかった。


 けれど、不思議と全員に届いた。


 エルナは、その視線に気づいた瞬間、顔を真っ赤にした。


「……なんでもない」


 ぷいっと横を向き、黙ってしまう。


 けれど、その続きを聞く者はいなかった。


 聞く必要がなかった。


 その場にいる全員が、何となく分かっていた。


 エルナは少しずつ、馴染んでいた。


 もう、異物ではなくなっていた。


 ナザルが勢いよく立ち上がる。


「黒牙サイコーー!」


「急にどうした」


 ハルトが呆れる。


 ナザルは杯を掲げた。


「いやぁ、いいじゃねぇか! こういうのは酒をもっと美味くしてくれるスパイスみたいなもんだろ!」


「刺激が強すぎますけどね」


 スイレンが言う。


「スイレン、そういうとこだぞ」


「事実です」


 イグニスが笑いながら杯を持ち上げた。


「じゃ、エルナがちょっとだけ黒牙に慣れた記念ってことで」


「勝手に記念にするな」


 ハルトが言う。


 けれど、杯は下げなかった。


 ラインハルトも静かに杯を持つ。


 リスティアはエルナの方へ果実水の杯を差し出した。


「乾杯、できる?」


 エルナは少し迷ってから、杯を持ち上げた。


「……うん」


 杯が鳴る。


 酒の匂い。


 肉の匂い。


 魚の匂い。


 誰かの笑い声。


 夜はまだ、更けていく。


   ◇


 同刻。


 そこには、酒の匂いも、肉の焼ける匂いも、笑い声もなかった。


 あるのは、冷たい石の匂いだけだった。


 壁も床も天井も、古い石でできている。


 水気を含んだ床には薄く光が滲み、天井から吊るされた魔灯が、頼りない明かりを落としていた。


 光はある。


 だが、明るくはない。


 むしろその光のせいで、部屋の隅に溜まった闇が、いっそう濃く見えた。


 石造りの地下室。


 中央の椅子に、一人の男が縛りつけられていた。


 白と金の法衣。


 胸元に刻まれた聖教会の紋章。


 そして首には、太い金の聖環(せいかん)が嵌められていた。


 金属の輪は喉元にぴたりと沿い、前側には菱形の細工がある。


 その中心には、最高神の横顔が精巧に彫られていた。


 信仰の証。


 神に選ばれし者の飾り。


 そう呼ばれているもののはずだった。


 だが、この冷たい石の部屋では違って見えた。


 祈りではない。


 栄誉でもない。


 首にかけられた、金の首輪のようだった。


「私を誰だと思っている! 聖教会の大司教だぞ!!」


 男の怒声が、石壁にぶつかって鈍く返る。


 その正面には、別の男が座っていた。


 黒牙の外套は着ていない。


 盗賊にも見えない。


 商人にも見える。


 傭兵にも見える。


 役人にも見える。


 つまり、どれにも見えない男だった。


 灰色の髪を後ろへ撫でつけ、薄い手袋をはめている。


 目は細く、声は乾いていた。


 北の何でも屋、雪鴉(ゆきがらす)


 金さえ積めば、情報も運ぶ。


 人も消す。


 道も作る。


 時には、口を割らせる。


 その窓口を務める男、レイヴァンは、大司教の怒声を聞いても表情を変えなかった。


「知ってるよ」


 レイヴァンは机の上の書類を指で叩いた。


「大司教オレリオ・ヴァルモント。聖都クリソストモス外務聖務院に席を持つ男だろ」


 オレリオの顔が、一瞬だけ強張った。


「それに、アニマについて関わってることもな」


「し、知らない! アニマなど知らん!」


「じゃあ聞き方を変えるか」


 レイヴァンは椅子の背にもたれた。


「アニマで何をするつもりだった」

「南諸島連合と何を企んでる」

「どの国が絡んでる」

「聖都クリソストモスは、どこまで噛んでる」


 レイヴァンの目が、細くなる。


「考えたくもねぇがな」


「知らん! 私は何も知らん!」


 オレリオは唾を飛ばして叫ぶ。


「あんな亜人ども……穢らわしい種族だ! 神への反逆者ではないか!」


「神への反逆者ねぇ」


 レイヴァンは頬杖をついた。


 石の部屋は冷たい。


 なのに、オレリオの額には汗が浮かんでいた。


「神話の話だろ。うちにもいるが、気のいいやつだぜ」


「背信者どもめ……!」


 オレリオは首の聖環に触れようとした。


 だが、両手は椅子の肘掛けに縛られている。


 金の聖環だけが、喉元で小さく揺れた。


「神の天罰が下るぞ! 貴様らのような、亜人を飼う穢れた組織には必ず……!」


「じゃあ、神様が何してくれるか見物だな」


 レイヴァンが、そこで初めて笑った。


 薄い笑みだった。


 石より冷たい笑みだった。


「その亜人が、お前の担当だからよ」


 オレリオの喉が鳴る。


「なに……?」


「じっくり丁寧にやってくれるタイプだぜ?」


 レイヴァンが指を鳴らす。


 地下室の奥。


 魔灯の届かない暗がりから、重い足音が聞こえた。


 一歩。


 また一歩。


 濡れた石を踏む音。


 やがて、暗闇の端から獣の鼻先が出た。


 次に、牙。


 それから、大柄な犬型の亜人が姿を現した。


 低く丸めた背。


 厚い腕。


 荒い息。


「ふー……ふー……」


 犬型の亜人は、何も言わなかった。


 ただ、オレリオを見ていた。


 長い間、人に見下されてきた目ではない。


 長い間、何かを我慢してきた目だった。


 オレリオの顔から、血の気が引いていく。


「く、来るな……」


 犬型の亜人が、一歩近づいた。


「来るな! 私は大司教だぞ! 神に仕える者だ! 穢れた亜人風情が、私に触れるなど――」


「それは、お前が喋るか次第じゃねぇか?」


 レイヴァンは立ち上がった。


 椅子が、石の床を引っかく音を立てる。


「し、知らん……私は、何も……」


「そうか」


 レイヴァンはオレリオの首元を見た。


 金の聖環。


 祈りの形をした、首輪。


「なら、神様に祈ってろ」


「待て……待て、何をする気だ!」


「俺は何もしねぇよ」


 レイヴァンは扉へ歩いた。


 犬型の亜人の呼吸だけが、地下室に残る。


「ふー……ふー……」


「く、来るな……いやだ……!」


 レイヴァンは扉の前で足を止めた。


「神様が助けに来たら、俺にも教えてくれ」


 重い扉が開く。


 冷たい空気が、さらに冷たい部屋へ流れ込む。


「いやだ! 来るな! やめろ! ぎゃあああああああああああああああ!!」


 バタン。


 扉が重く閉まった。


 外へ漏れる声は、そこで完全に途絶えた。

あとがき


ここまで読んでいただきありがとうございます。


今回は夜の酒場回でした。


少し前まで自分を「荷物」や「魂晶核コア」として見ていたエルナが、少しずつ会話に混ざり、黒牙の空気に馴染んでいく回です。


リスティアとの距離感にもやもやしたり、黒牙のみんなを「変だけど嫌じゃない」と感じたり。

まだはっきり言葉にはできませんが、エルナの中には少しずつ感情が戻ってきています。


そして後半では、聖教会とアニマに関わる不穏な影も見えてきました。

大司教オレリオ・ヴァルモント、聖教会本部の聖都クリソストモス、そして雪鴉ゆきがらす


クリソストモスは中央諸国にある聖教会の中枢都市で、ルヴェリアに次ぐ大都市です。

ルヴェリアが経済と運河の都なら、クリソストモスは信仰と言葉の都、というイメージです。


エルナの一週間は、ただ穏やかなだけでは終わらなさそうです。


面白いと思っていただけたら、評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。


次回もよろしくお願いします。

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