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異世界転生した底辺盗賊の俺、悪名を喰らって悪の帝王へ成り上がる  作者: タクト
第六章 白煙と魂晶の少女

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第4話 肉と魚と髪飾り



 昼前になっても、エルナは客室から出てこなかった。


 白いシーツの敷かれた寝台。水差し。花瓶。窓から入る春の光。


 どれも、昨日までのエルナがいた場所にはなかったものばかりだった。


 それでもエルナは寝台には座らず、壁際の床に膝を抱えていた。


 昨日、ハルトにもらった銀と翡翠の髪飾りは、前髪の横に留めている。


 髪につけると、少しだけ重い。


 銀細工が髪の横で小さく揺れ、翡翠の石が窓から入る光を受けて、淡く光った。


 エルナはそれに、何度も指先で触れていた。


 その時だった。


 扉の向こうから、小さな声が聞こえた。


「お、起きてるかなぁ、エルナさん」


「押すな、ルカ」


「そんなこと言われても……!」


「にゃー! 潰れるにゃ!」


 何かが、扉の外でぎゅうぎゅう詰めになっている。


 エルナが顔を上げた瞬間、扉が開いた。


「うわっ」


「にゃっ」


「失礼しま――」


 三人が、まとめて部屋の中へ倒れ込んできた。


 先頭で転がったのは、背の高い黒髪の少年だった。


 ルーカス。


 昨日、少しだけ見た第六席補佐見習いの一人。


 その背中に、白髪褐色の少女がのしかかっている。


 シャノンは、顔を上げるなり、にゃはは、と笑った。


 最後に、眼鏡の青年が慌てて身体を起こす。


 ベルノは服の乱れを直しながら、深く頭を下げた。


「お、おはようございます、エルナさん」


「にゃはは……」


「す、すまない。押しかける形になってしまって」


 エルナは、三人を順番に見た。


「……ど、どうしたんですか?」


 ルーカスは床に手をついたまま、困ったように笑った。


「いや、体調はいかがかなと」


「嘘だー。ベルノっちは、エルナが心配で見に来たんだよねー」


「う、うるさい」


 ベルノが小声で返す。


 すると、ルーカスが少しだけ身を乗り出した。


「俺は、亜人の方と話したことがなかったので……話してみたいなって」


「は、話したい?」


「はい。ぜひ」


 エルナは困惑した。


 今まで、エルナに用がある人間は、だいたい胸元の魂晶核(コア)に用があった。


 身体を調べる。値段をつける。移送する。引き渡す。


 話したい、と言われたのは、たぶん初めてだった。


 そんなエルナの戸惑いを、シャノンが元気よく踏み抜いた。


「私は初めての戦利品を見に来たよ! 盗賊始めて初めて盗んだからね!」


「言い方を考えろ」


 ベルノが即座に突っ込む。


 ルーカスは少し考えてから、ぽつりと言った。


「そう考えたら、俺たち、ずっと平和税のために戦ってばかりだよね」


「ハルト様の力になっている。地道な努力が、ハルト様の価値を引き上げるんだ」


 ベルノが真面目に言う。


 エルナは、三人のやり取りをじっと見ていた。


「みなさんは、ハルトの……?」


 三人は顔を見合わせる。


 そして、なぜか声だけは綺麗に揃った。


「補佐見習いです!」


 エルナは小さく瞬きをした。


「補佐……見習い」


「はい。正式な補佐ではありません。ですが、いずれはハルト様の正補佐になるべく、日々務めています」


 ベルノが胸を張る。


 シャノンは隣で大きく頷いた。


「飯も出るしね」


「お前はそればっかりだな」


「大事だろ!」


 ルーカスは二人のやり取りを見ながら、ふと思い出したようにエルナを見た。


「エルナさんは亜人なんですよね。でも、俺たちとあまり変わらないですね。歳はいくつなんですか?」


「……十七」


「え。一つ年上?」


「ハルト様と同じだな」


 ベルノがそう言うと、シャノンが何気なく聞いた。


「ベルノは?」


「二十五だ」


「おっさんじゃん」


「二十五はおっさんじゃねぇだろ!!」


 急に声を荒げたベルノを見て、エルナが少し身を引いた。


 ルーカスが、小さく名前を呼ぶ。


「ベルノ……」


「あ、失礼しました」


 ベルノは咳払いをして、眼鏡を直した。


 さっきまでの勢いが嘘のように、すぐ丁寧な顔へ戻る。


 エルナは少しだけ警戒しながらも、ぽつりと聞いた。


「心配って?」


「ああ、それですね」


 ベルノは姿勢を正した。


「私たち黒牙(こくが)団は、特別な場合を除き、人身売買、薬物の売買をしておりません。あなたが、そういう経緯に置かれていると聞きまして」


「うわ、ベルノっち。言い方わる」


「お前にだけは言われたくねぇ!」


「まあまあ、落ち着いてよベルノ」


 ルーカスが間に入る。


 ベルノはまた、しまった、という顔をした。


「あ、いえ。エルナさん。私たちが言いたいのはですね、今回の移送が、我ら第六陣営の本意ではないということです」


「そんなこと勝手に言っていいの、ベルノっち」


「ハルト様も必ず同じ気持ちだ」


 ベルノは迷わず言った。


 ルーカスも頷く。


「俺もそう思う。ハルト様は、困ってる人を見捨てないと思う」


「うーん、私も多分そう思う」


 シャノンも、軽い調子で同意した。


 エルナは、三人を見た。


「……あなたたちは、ハルトを信用してるんだね」


「もちろんです。ハルト様のもとで正補佐を目指していますから」


 ベルノの返事は早かった。


 エルナは、少しだけ目を伏せる。


「信用できるの? 盗賊でしょ」


 すると、ルーカスが首を傾げた。


「俺も盗賊、あまり好きじゃないので分かります」


「え、あなたも盗賊でしょ」


「まあ、そうなんだけどね」


 ルーカスは、困ったように笑った。


「俺は盗賊というより、ハルト様のところが好きなんだと思う。黒牙というより、ハルト様について行くって決めてるんだ」


「ルカ、よく言った。俺もハルト様のもとで働くと決めている」


「まあ、居心地いいし、飯も食えるし、同意だね」


 シャノンの理由は、とても軽かった。


 けれど、軽いからこそ、嘘には聞こえなかった。


「……それは、なんで?」


 エルナが聞くと、ルーカスは少し黙った。


「理由……なんでだろう。不思議とハルト様を見てると、そう思うんだよな。理由か……」


 そのまま、ルーカスはぼーっと考え始めた。


 ベルノは静かに言う。


「俺は、ハルト様に選ばれた。理由はそれだけです」


「私はちゃんと飯食わせてくれるから」


「飯ばっかだろお前!」


「当たり前にゃ! 大前提にゃ!」


 三人は、本当にばらばらだった。


 言っていることも、見ているものも、きっと違う。


 それなのに、三人とも同じ人の名前を口にしていた。


 ハルト。


 昨日、街を見せてくれた人。


 服を買って、魚を食べさせて、城壁まで連れて行って、髪飾りをくれた人。


 エルナは髪につけた髪飾りへ、そっと指先を寄せた。


「ハルト……すごいなぁ。同い年なんだ。それに比べて、私なんて……」


 シャノンの黄色い瞳が、少し細くなる。


「私なんてって、どういう意味にゃ?」


「私には、何もないから」


 その言葉に、ルーカスがすぐ顔を上げた。


「何も無くないじゃないですか」


「……この石?」


 エルナは、魂晶核(コア)のあるあたりに触れた。


 ルーカスは首を振る。


「違いますよ。命です。生きています」


「命……?」


「はい。生きていることが、一番すごいです」


 エルナは、その言葉をすぐには受け取れなかった。


 生きている。


 それは、売られてからずっと続いていたことだ。


 買われても、運ばれても、値段をつけられても、胸元の石だけを見られても、確かにエルナは生きていた。


 けれど、それがすごいことだなんて、誰も言わなかった。


 ベルノが小さく息を吐く。


「こいつは少し価値観が特殊ですが、あなたは無価値なんかじゃない」


「飯食って、美味いと思えたら勝ちにゃ」


 シャノンが雑に続ける。


 ベルノは呆れた顔をしたが、否定はしなかった。


 エルナは、ベルノを見た。


「ベルノ、なんでそう言えるの? あなたは私のこと知らない」


「それは、ハルト様と過ごせばきっと分かるはずですよ」


「どういうこと?」


「少なくとも、俺たちはそうでした」


 エルナは少し黙った。


「……そう」


 沈黙が落ちる。


 重くなりかけた空気を破ったのは、ルーカスだった。


「まあ、そんなことより話を聞かせてください。エルナさん。好きな食べ物は?」


「きっと肉にゃ」


 シャノンが即答する。


 エルナは少しだけ考えた。


 昨日、白い皿に乗っていた魚。


 香草の匂い。柔らかい身。温かいスープ。


 ハルトが不器用に言った「毒は入ってねぇぞ」という言葉。


「……魚、かな」


 ベルノが柔らかく頷いた。


「魚が好きなんですね。ルヴェリアは魚が美味しいですから」


「え、肉じゃないの?」


 シャノンが本気で驚いた顔をする。


 エルナは、ほんの少しだけ首を傾げた。


「魚も、悪くなかった」


「じゃあ、今日の飯は魚もありですね」


 ルーカスが嬉しそうに言う。


 シャノンは不服そうに頬を膨らませた。


「肉もいる」


「両方用意すればいいだろう」


 ベルノが言うと、シャノンの顔がぱっと明るくなる。


「ベルノっち、天才!」


「今さら気づいたか」


「調子乗った。減点」


「お前に採点されたくない」


 三人はまた、勝手に騒ぎ始めた。


 エルナはその様子を見ながら、膝の上の指を少しだけ緩める。


 うるさい。


 変な人たち。


 でも。


 昨日食べた魚の味を、エルナはまだ覚えていた。


 そんなふうに、騒がしい時間は続いた。


 ルーカスはエルナに、亜人について聞きすぎてベルノに止められた。


 シャノンは、エルナが魚を好きだと言ったことに納得できず、肉の素晴らしさを語り続けた。


 ベルノは途中から諦めたように眼鏡を直し、二人の暴走を止めたり、エルナに茶を出したり、部屋の窓を開けたりしていた。


 エルナは、ほとんど聞いているだけだった。


 けれど、誰も胸元の石を見なかった。


 誰も、魂晶核の話をしなかった。


 それが少しだけ、不思議だった。


 夕刻。


 窓の外の光が、薄い橙色に変わり始めた頃、客室の扉が軽く叩かれた。


「おーい、生きてるか」


 扉が開き、ハルトが顔を出した。


 その後ろには、セリカが立っている。


「ハルト様。入室前の確認が雑です」


「一応ノックしただろ」


「一応で済ませないでください」


 ハルトは部屋の中を見た。


 ルーカス、シャノン、ベルノ。


 そして、その三人に囲まれるように座っているエルナ。


「なんだ。仲良くやってんじゃねぇか」


「仲良くというか、シャノンが肉の話ばかりしていました」


「魚派を肉派へ改宗させる大事な仕事にゃ」


「何の宗教だよ」


 ハルトは呆れたように言ってから、エルナを見る。


「飯行くぞ」


 エルナは少し目を瞬かせた。


「……また外食?」


「外食だけど、家飯……?」


 ハルトは自分で言って、首を傾げた。


「セリカ、これなんて言うんだ?」


「招待です」


 セリカが淡々と答える。


「イグニス様の陣営から、夕食の招待が来ています」


「ああ、それだ。招待」


「……招待」


 エルナが小さく繰り返す。


 ハルトは頷いた。


「庭で肉とか魚とか焼くらしい。まあ、外で食う飯だな」


「肉!」


 シャノンが勢いよく立ち上がる。


「魚もあるって言っただろ」


「魚も肉みたいなもんにゃ」


「違う」


 ベルノが即座に切った。


 ルーカスは少し嬉しそうに笑う。


「外で食べるんですね。楽しそうです」


 エルナは少しだけ迷い、髪につけた髪飾りに触れた。


「……私も?」


「お前を誘ってんだよ」


 ハルトは当然のように言った。


「昨日、魚好きそうだったからな。魚も用意してるってさ」


 エルナは言葉を失った。


 自分のために、何かが用意されている。


 それは、ひどく不思議な響きだった。


 セリカが補足する。


「正確には、ハルト様が魚も多めにと伝えていました」


「余計なこと言うな」


「事実です」


 ハルトは気まずそうに視線を逸らした。


 エルナは、そんなハルトを見て、小さく言った。


「……そう」


 声は、昨日より少しだけ柔らかかった。


 イグニス陣営の庭は、すでに煙と匂いで満ちていた。


 炭火の台がいくつも並び、肉が焼け、魚が焼け、野菜が焼けている。


 庭の端には酒樽が置かれ、皿を持った構成員たちが行ったり来たりしていた。


 夕焼けの光と炭火の赤が混ざり、庭全体が少しだけ祭りのように見えた。


「来たね、ハルト」


 赤い髪を揺らしながら、イグニスが手を振る。


「呼ばれたから来た」


「呼んだからね。ほら、座りなよ。今日は堅苦しい話なし。肉と魚と酒と、ちょっとした歓迎会さ」


「酒まで出すのかよ」


「十六で成人だろ。あんたもエルナも飲める年だよ」


「飲めるのと、飲ませていいのは別だろ」


「真面目だねぇ」


「盗賊が全員雑だと思うな」


「だいたい雑じゃん」


「否定はしねぇ」


 ハルトがそう返した時、庭の奥から聞き慣れた声が飛んできた。


「おー、来たか白煙!」


 ハルトは声の方を見て、目を丸くした。


「ナザル! 戻ってたのかよ!」


 そこには、ナザルがいた。


 椅子に深く腰かけ、片手に串焼き、もう片手に酒の入った杯を持っている。


 目の下には、はっきりと隈ができていた。


「あー、さっき戻ったぜ。あれからまだ寝てない」


「またかよ。寝ろよ」


「寝れたら寝てるよ!! 俺たちの陣営だけ仕事終わんねーんだよ!!」


 ナザルは叫んでから、エルナを見た。


 昨日の軍港では、煙と水と怒号と砲声の中で、落ち着いて顔を見る余裕なんてなかった。


 だから、今になってようやく、ナザルはまじまじと目を見開いた。


「てか待て。あの時の子、こんな美人さんだったのかよ」


 エルナは、急に向けられた明るい声に目を瞬かせた。


「……あの時?」


「そ。カラント軍港でさ、俺が海坊主(うみぼうず)出して軍艦どついてた時。覚えてる?」


「……水が、すごかった」


「だろ!? 俺もめっちゃ頑張ってたんだぜ? 覚えてる?」


「覚えてない……」


「まじかよ……」


 ナザルは、串を持ったまま椅子の背にもたれた。


 水を操る男とは思えないほど、しおしおと沈んでいく。


「俺、軍艦引きつけてさ……追っ手も撒いてさ……海で徹夜してさ……戻ってきたら書類山盛りでさ……」


「それは、お疲れ」


「軽い! 労いが軽い! 俺、第九席だぞ!?」


「仕事だろ」


「仕事だけどさぁ!!」


 ナザルが泣きそうな顔で叫ぶ。


 その横で、スイレンが淡々と串を皿へ並べていた。


「ナザル様。泣いている暇があるなら、あとで港湾税の未処理分を確認してください」


「鬼かお前は!」


「鬼ではありません。補佐です」


「補佐って鬼より怖いんだな……」


「セリカを見てれば分かるだろ」


 ハルトが言うと、セリカが無表情でハルトを見た。


「ハルト様。話があります」


「ほらな」


 ナザルは深く頷いた。


「世界の真理だな」


 ナザルは気を取り直すように串焼きを掲げた。


「まあいいや。エルナちゃん。魚と肉、どっちから行く? ちなみに俺は魚を推すぜ。海の男だからな」


「肉にゃ!」


 シャノンがすかさず割り込む。


「お、猫ちゃんは肉派か」


「猫ちゃんじゃないにゃ!」


「語尾が証明してんだよなぁ」


 ナザルが笑う。


 シャノンがむっとし、ベルノがため息をつき、ルーカスが普通に炭火の様子へ感心している。


 エルナは、その騒がしさの真ん中で、髪に留めた髪飾りへ指先を寄せた。


 銀の細工に、翡翠の小さな石。


 昨日、ハルトが選んだもの。


 髪につけると、前髪の横で小さく揺れる。


 ここでも、誰も魂晶核(コア)を見ていない。


 魚か肉かを聞いてくる。


 席に座れと言ってくる。


 名前を呼んでくる。


 それが少しだけ、変だった。


 少しだけ、悪くなかった。


 しばらく、肉と魚と酒の匂いに混じって、くだらない会話が続いた。


 エルナは酒を勧められたが、首を横に振った。


 ハルトはそれを見て、代わりに果実水の杯を渡す。


「飲まなくていい。飲みたい時に飲め」


「……いいの?」


「酒なんて、無理して飲むもんじゃねぇだろ」


 エルナは少しだけ杯を見つめてから、小さく頷いた。


 その時だった。


「やるね、白煙」


 低めの声が横から飛んできた。


 見ると、ライザが腕を組んで立っていた。


 銀翼を抜けた女。


 雷撃の月姫(らいげきのつきひめ)


 今はイグニス陣営の客人のような顔をして、当然のように肉を食っている。


「ん? 何が?」


 ハルトが聞き返す。


 ライザは、にやりと笑った。


「あんた、北東の女に髪飾りを渡すとはね。見直したよ」


「ちょっと待て。なんだそれ」


「いや、有名な話だろ。あんた、知らないとは言わせないよ」


「早く教えろよ、ライザ」


 ハルトが少し身を乗り出すと、ライザは面白そうに目を細めた。


「北東の女に髪飾りを渡すのはな、必ず迎えに行くって意味だぜ」


 空気が、一瞬だけ止まった。


 次の瞬間、ナザルが立ち上がった。


「ヒューヒュー!」


 シャノンも乗る。


「あれれー? 心まで盗む気ですかー! ハルト殿ー!」


「黙れナザル! 一生寝とけ!」


「おー、むしろ寝かしてくれよぉ! 寝かして下さいよ、マジで……!」


 ナザルが両手を合わせる。


 スイレンは即答した。


「困ります。私の仕事が増えます」


「そこかよ、スイレン」


 ナザルが崩れ落ちる。


 ハルトは顔をしかめたまま、ライザを見る。


「さっきの、まじかライザ?」


「まじもまじ。というか、北東じゃ知らないやついないけどな」


「まじかよ……」


「しかも、翡翠の髪飾りは重いやつだ」


「重い?」


「気持ちが」


「まじかよ」


 ハルトは、思わずエルナの方を見た。


 エルナは少し離れたところで、シャノンやベルノたちと話していた。


 イグニス陣営の構成員に皿を渡され、少し困ったような顔で肉を受け取っている。


 昨日買った白い服。


 綺麗な金髪。


 宝石みたいな緑の瞳。


 そして、前髪の横に留められた、銀と翡翠の髪飾り。


 ハルトは固まった。


 確かに。


 確かに、可愛い。


 よく見ると、という言葉をつけるのも失礼なくらいには。


 いや、違う。


 そうじゃない。


 そもそも。


 もし本当にそういう意味があるなら、なんで髪飾りをつけてきているのか。


 嫌じゃなかったのか。


 意味を知らないのか。


 それとも、知っていて。


「おいおい、私のユニークより熱い若者がいると聞いて、おねーちゃんが来たよーん」


 背後から、にやにやしたイグニスが近づいてきた。


「くんな! 帰れ!」


「ここウチなんだけど!」


 イグニスが笑う。


 ライザも肩を震わせていた。


「白煙、顔赤いぞ」


「炭火のせいだ」


「へぇ。便利な炭火だねぇ」


「うるせぇ」


 ナザルが椅子の上から弱々しく手を上げる。


「俺もその炭火で寝たい……」


「お前はもう寝ろ」


「寝かしてくれよぉ……」


 スイレンが皿を持ったまま言う。


「ナザル様。寝る前に確認書類が三枚あります」


「俺の睡眠、三枚の紙に負けるの?」


「はい」


「はいじゃねぇよ……」


 また庭が笑いに包まれた。


 その笑い声の中で、ハルトだけは、もう一度エルナを見た。


 エルナは、イグニス陣営の若い構成員に焼き魚を渡されていた。


 少し迷って、それを受け取る。


 シャノンが横から肉を勧め、ベルノが皿の持ち方を整え、ルーカスが当たり前のように椅子を引く。


 エルナは困ったように眉を寄せる。


 けれど、逃げない。


 髪飾りは、前髪の横で小さく光っていた。


 翡翠の緑が、夕暮れの火に揺れている。


 ハルトは、小さく息を吐いた。


 意味なんて知らなかった。


 ただ、綺麗だと思ったから渡した。


 似合うと思ったから買った。


 それだけだった。


 でも。


 エルナがそれを髪につけていることだけは、どうしても無視できなかった。

あとがき


ここまで読んでいただきありがとうございます。


今回はエルナ三日目、白煙陣営の補佐見習いたちと、イグニス陣営の食事会でした。


ルーカス、シャノン、ベルノの三人は、それぞれかなり違う理由でハルトのもとにいます。

理由は違っても、同じ場所を選んでいる三人です。


そして、前回ハルトが贈った銀と翡翠の髪飾り。

本人は意味を知らずに渡していますが、北東では少し重い意味があるようです。


肉と魚と髪飾り。

少し騒がしい一日でしたが、エルナにとっては「普通」がまた一つ増えた日になりました。


次回もよろしくお願いします。

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