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異世界転生した底辺盗賊の俺、悪名を喰らって悪の帝王へ成り上がる  作者: タクト
第六章 白煙と魂晶の少女

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第3話 翡翠と銀



 翌朝。


 エルナは客室にいた。


 第六席館の客室。

 白いシーツ。

 柔らかい寝台。

 窓には薄い布のカーテン。

 机の上には、水差しと小さな花瓶まで置かれている。


 エルナは、その部屋の端に座っていた。

 寝台ではなく、壁際の床に。


 ハルトが扉を開けると、エルナは顔だけを上げた。


「出るぞ」


「どこに?」


「街」


「……どうして」


「見てないだろ」


「……そうだけど」


「じゃあ、見た方がいい」


 エルナは少しだけ目を伏せた。


「見ても意味ないよ。どうせ引き渡されるし」


「意味ないかどうか、先に決めんなよ」


「決めるかどうかの話じゃない。事実でしょ」


 返ってきた声は、淡々としていた。


 一週間後には、別の場所へ送られる。

 その先でどうなるかも分からない。

 だから、今この街を見ても意味がない。


 そう言っている。


 ハルトは少しだけ黙った。


 昔のことを思い出した。


 この世界へ来たばかりの頃。

 灰鼠(はいそ)だった頃。

 何も分からず、ただ荷車を押していた頃。


 ニオに連れ出されて、街を見た。


 市場。

 旧城下。

 巨大な城壁。

 東の海に沈む夕日。


 あの日に意味があったのかは、今でも分からない。

 でも、忘れたことは一度もない。


「俺もさ」


 ハルトは言った。


「この街に来た時、連れ出してもらったんだ」


「……」


「それに意味なんてなかったかもしれないけど」


 ハルトは肩をすくめる。


「少なくとも俺は、その日を忘れたことはない」


「思い出作りってこと?」


「まぁ、そう取ってもらって構わねぇよ」


 エルナは少しだけ眉を寄せた。


「そんなの、必要?」


「引き渡されるまでどう過ごしても、お前の自由だろ」


「自由……」


 エルナはその言葉を、初めて見るものみたいに呟いた。


 ハルトは笑った。


「そうだよ。お前を連れ出すかどうかも、俺の自由だ」


「拒否権は?」


「ない」


「自由って言ったばかりなのに」


「俺は盗賊だからな」


 ハルトは扉を親指で示した。


「行くぞ」


     *


 館を出て、しばらく歩く。


 朝のルヴェリアは騒がしかった。

 水路を荷舟が進み、店先では布を広げる商人が声を張る。

 焼きたてのパンの匂い。

 香辛料の匂い。

 魚の匂い。

 人と物と金が、まだ眠たそうな街の中を流れていく。


 エルナは少し後ろを歩いていた。

 逃げようとはしない。

 けれど、隣に並ぶ気もない。


「どこ行くの」


 エルナが聞いた。


「腹減ったか?」


「……まだ」


「じゃあ……」


 ハルトは少し考えて、通りの向こうを指差した。


「あそこだな」


 そこは、服屋だった。


 店先には色とりどりの服が並んでいる。

 薄い青。

 淡い桃色。

 春の若葉みたいな緑。

 夕焼けに似た橙。

 銀糸の刺繍が入った白い上着。


 ルヴェリア北東地方では、まず見ない色の多さだった。

 向こうは寒さと実用が優先される。布は厚く、色は暗い。

 けれど、この店の服は違った。

 着るためだけではなく、選ぶために並べられている。


「服を買いに来た」


「服なんて、誰かに見せるわけでもないし」


「その服、俺が見たくねぇから、好きなの選べよ」


 エルナは自分の服を見下ろした。


 護送用に着せられていた、簡素な服。

 薄く、丈夫で、脱がせやすい。

 人に着せる服というより、荷物にかぶせる布に近かった。


 エルナは店先の服へ目を向けた。


 けれど、すぐに視線を戻す。

 指先が少しだけ動く。

 迷っているようにも見えるし、触ってはいけないと思っているようにも見えた。


「なんだ。好みの服ないか?」


「わかんない」


「わかんない?」


「うん」


「好きなのでいいんだよ。金は気にすんな」


 エルナは黙った。


 それから、小さく言う。


「何が好きか、わかんない」


 ハルトは眉を寄せた。


「嘘だろ。好きな色は?」


 エルナは息を飲んだ。


 答えは返ってこなかった。


 好きな色。

 好きな形。

 好きなもの。


 そんな当たり前みたいな言葉が、エルナの中には入っていないのだと、ハルトは遅れて気づく。


 ハルトは、乱暴に頭をかいた。


「着てみろよ。袖通せば、なんか気に入るだろ」


 店の奥へ声をかける。


「これ、試着できるか?」


 すぐに、女性の店員が顔を出した。

 ハルトを見るなり、目を丸くする。


「試着ですか、白煙(はくえん)様?」


「あぁ。おすすめを上から順に着せてやってくれ」


「え、いいよ、そんな」


 エルナが小さく首を振った。


「なんで?」


「私なんか……勿体ないよ」


 ハルトは本気で意味が分からない顔をした。


「は? なんで勿体ないんだよ」


 それから、店先に並ぶ服を指差す。


「勿体ないのは、着られない洋服だろ」


 店員がぱちりと瞬きをした。

 それから、ふっと笑う。


「いいこと言いますね、白煙様」


 店員はエルナへ向き直った。


「私に任せてもらっても?」


 ハルトは頷く。


「あぁ、頼む」


 エルナはまだ少し戸惑っていた。

 けれど店員は、慣れた手つきで何着か服を選び始める。


「大丈夫ですよ。似合う服を探すのは、服屋の仕事ですから」


 その言葉に、エルナは小さく目を伏せた。


 似合う。

 選ぶ。

 着てみる。


 たぶん、そのどれもが、エルナにとっては初めてのことだった。


 やがて店員が取り出したのは、春先用の白いワンピースだった。


 薄すぎない生地。

 けれど重くはない。

 袖は少しだけふわりとしていて、裾には細い刺繍が入っている。


 何より、胸元がきちんと隠れる形だった。


 鎖骨の下まで布があり、薄い飾り襟が首元を柔らかく包んでいる。

 エルナの魂晶核(コア)が、外から見えない。


「暖かくなってきましたし、上にカーディガンを合わせても可愛いですよ」


 店員が言う。


 ハルトはその服を見て、頷いた。


「それ、胸元隠れるか?」


「はい。こちらなら問題ありません」


「じゃあ、それで」


 エルナが少しだけ顔を上げた。


「……なんで?」


「見せたくねぇんだろ」


「……」


「だったら隠しとけ。見せる必要なんかねぇ」


 エルナは、胸元へ無意識に手を当てた。


 それから、店員に連れられて試着室へ入っていく。


 しばらくして、白いワンピースを着たエルナが出てきた。


 エルナは試着室の前で固まっていた。

 胸元はちゃんと隠れている。

 白い布が、春の光を受けて柔らかく見えた。


 護送されていた荷物ではなかった。

 魂晶核(コア)を抱えた危険物でもなかった。


 春先の街にいてもおかしくない、普通の少女だった。


「……変じゃない?」


 エルナが聞く。


「変じゃねぇよ」


「本当に?」


「あぁ。似合ってる」


 エルナは店員が差し出した鏡を見た。


 白いワンピース。

 隠れた胸元。

 布に包まれた自分。


 何度も見て、それから小さく頷いた。


「お買い上げありがとうございました〜」


 店員の明るい声に見送られて、二人は店を出た。


     *


「飯行くぞ」


「え」


「俺は腹減った」


「……さっき、服を買ったばかりだけど」


「服を買うと腹が減る」


「そうなの?」


「知らん」


 ハルトは適当に答えて、通りの先へ歩き出した。


 連れて行ったのは、水路沿いにあるカフェだった。

 白い石壁に、緑の蔦。

 外には丸いテーブルが並び、布の屋根が春の日差しを柔らかく遮っている。


 エルナは少し立ち止まった。


「ここ?」


「ああ」


「私が入っていいの?」


「飯屋だぞ。飯食うやつが入る場所だろ」


 ハルトが中へ入ろうとした瞬間、店員の顔色が変わった。


「は、白煙様!? いつもお世話になっております!」


「いいよ、そういうのは。お互い様だろ」


「何をおっしゃいます。テラス席、今日はいい天気ですよ」


「じゃあ、そこで」


 当然のように、一番景色のいい席へ通される。

 水路が見える。

 小舟がゆっくり進み、橋の上を人が渡っていく。

 陽射しは暖かく、風は少しだけ冷たい。


 エルナは椅子に座ってからも、落ち着かない様子だった。


 ハルトはメニューを開いて、エルナへ渡す。


「字、読める?」


「一応」


「じゃあ、好きなの選べよ」


 エルナはメニューを見た。

 目が文字を追う。

 けれど、指は動かない。


「どうした?」


「字は読めるけど、わかんない」


「まじかよ」


 ハルトは向かいからメニューを覗き込んだ。


「肉か魚、どっちが好きだ?」


「魚は食べたことない」


「は? まじか?」


「田舎の内陸だったし。村では、狩った肉とか野菜が中心だった」


「なるほどな」


 ハルトは水路の方を見た。


「ルヴェリアに来たなら、魚は食べるべきだな。採れたての魚だから鮮度が違う。らしい……」


「らしい?」


「俺は他の街行ったことないから、正直わからん」


「……ハルトも知らないんじゃん」


「……あぁ、知らねぇ」


 ハルトはメニューを指で叩いた。


「けど、食べてみろよ。俺は好きだ」


 エルナは少しだけ黙った。


 自分の好きなものは分からない。

 好きな色も、好きな服も、まだ分からない。


 けれど、目の前の盗賊は言った。


 俺は好きだ、と。


「……わかった」


 エルナは小さく頷いた。


「じゃあ、それにする」


 運ばれてきたのは、昼のランチセットだった。


 白身魚の香草焼き。

 魚介のスープ。

 小さなパン。

 春野菜の皿。


 派手な料理ではない。

 けれど、湯気が立っていて、皿の上にちゃんと色があった。


 エルナは魚を見下ろした。


「毒は入ってねぇぞ」


「なんで、いちいち言うの?」


「あ」


 ハルトは少しだけ言葉に詰まった。


「いや……気になるかなって」


「……変わってるね」


「そうか?」


「うん」


 エルナはフォークを持った。

 白身魚を少しだけ切って、口へ運ぶ。


 噛む。

 飲み込む。


「どうだ?」


「……普通より、上」


「昨日の甘いやつくらいか?」


「ううん。もう少し上」


「じゃあ、かなりいいな」


「……うん」


     *


 店を出たあと、二人はしばらく何も言わずに歩いた。


 ルヴェリアの街は、綺麗だった。


 人が酔うほど多い。

 水路には透明な水が流れ、小舟がゆっくり進んでいる。

 通りの向こうでは、時計塔の大鐘楼が鳴った。

 重い鐘の音が街の屋根を越えて広がり、驚いた鳩が一斉に飛び立つ。


 噴水が陽を弾いて煌めく。

 春先の風が、エルナの頬を撫でた。


「……気持ちいい」


「ん?」


「風を感じたの、いつぶりかなって」


 ハルトは黙った。


 エルナは、少しだけ視線を落とす。


「ごめん。けど、売られてから結構長かったから。それだけ」


 それだけ。

 そう言って終わらせるには、重すぎる言葉だった。


 ハルトは街の屋根を見上げた。

 水路。

 橋。

 屋根。

 風。


「じゃあ、もっと風感じてみるか?」


「え?」


 エルナが聞き返した瞬間、ハルトは彼女をひょいと抱き上げた。


「な、なに!?」


「暴れんなよ」


「降ろして」


空纏衝(エアバースト)


 次の瞬間、風が弾けた。


 ハルトは地面を蹴り、屋根へ跳ぶ。

 足裏で風が爆ぜ、身体が斜め上へ運ばれる。

 瓦屋根を踏み、煙突の横を抜け、水路に架かる橋を飛び越える。


「きゃああああああああああああああああ!」


 エルナの叫び声が、ルヴェリアの屋根の上に響いた。


 下の通りで、町人たちが顔を上げる。


「み、見ろ! 白煙が女の子をさらってる!」


「恐ろしい……!」


「銀翼を全員凍らせて殺したって噂、やっぱ本当だったんだな!」


 右目の奥に文字が浮かぶ。


【ステータスが更新されました】


【ステータスが更新されました】


【ステータスが更新されました】


「ん? なんかやけに更新されんな?」


「お、降ろして……!」


「まぁ、ちょっと待てよ」


「待てない!」


 ハルトは屋根を蹴った。

 風が背中を押す。

 白いワンピースの裾が揺れ、エルナは必死にハルトの服を掴んでいた。


 やがて、二人は建設途中の巨大城壁へ辿り着く。


 高い石壁の上に降り立ち、ハルトはエルナをそっと下ろした。


 エルナは俯いたまま、肩で息をしていた。


「馬車が突っ込んでもビビってなかったのにな」


「あれとこれとは別」


 エルナは少し震えた声で言った。


「高いのは苦手なの」


「はは。そうか。帰りも楽しめそうだな」


「階段とかで降りる!」


「まぁ、立てよ」


 ハルトは手を伸ばした。


 エルナはしばらくその手を見ていた。

 それから、おずおずと掴む。


 立ち上がった瞬間。


 世界が開けた。


 ルヴェリアの街が、眼下に広がっていた。


 城。

 貴族街。

 水路。

 橋。

 市場。

 屋根。

 煙突。

 倉庫街。

 港。

 その向こうに、海。


 地平線の先まで、街と水と人の気配が続いている。

 あまりに広くて、どこまでが街なのか分からない。


 エルナは言葉を失った。


「三百万」


「え?」


「ルヴェリアの人口だ」


「……すごい」


「あぁ。俺も、この世界にそんな人数がいる街があるとは思わなかった」


「……この世界?」


 エルナが小さく聞き返す。


 ハルトは少しだけ笑った。


「あぁ」


 壁に手をかけ、身を乗り出す。

 風が髪を揺らした。


「世界が広がったのは、この城壁からだった」


 エルナは、ハルトの背中を見る。


「ここから始まった気がする」


「……そうなんだ」


 ハルトは遠くの山を指差した。


「あと、向こうの山。ドラゴンいる」


「へー」


「え? そのくらい?」


「いるでしょ」


「あ、そう」


 ハルトは少しだけ拍子抜けした。


 エルナは街を見ていた。

 風を受けながら。

 白いワンピースの胸元を、片手でそっと押さえながら。


 さっきまで隠されていた魂晶核(コア)ではなく。

 今は、ただ風を感じる自分の身体を確かめるように。


 その姿を見て、ハルトの胸が重くなった。


 普通の女の子なんだよな。


 そう思った。


 思うことはたくさんあった。

 売られたこと。

 買われたこと。

 胸の奥にある核のこと。

 国だの協定だの、兵器だの、戦争だの。

 全部、言葉にしようとすると喉の奥で詰まった。


 だからハルトは何も言わなかった。


     *


 帰り道、ルヴェリアの街は夕方の色に染まり始めていた。


 夜市が、少し早めに始まっている。

 細い通りにランタンが吊られ、水路の上で赤や橙の光が揺れていた。

 屋台の湯気。

 商人の声。

 焼き菓子の匂い。

 水面に映る灯り。


 昼とは違う顔の街だった。


「せっかくだし、買い物して帰るか」


 ハルトが言うと、エルナは小さく頷いた。


「……うん」


 一つの雑貨屋が目についた。

 布小物、手鏡、銀細工、髪紐、髪飾り。

 色々なものが、狭い店先に並んでいる。


「そこ、見てみよう」


 エルナは返事をしなかった。

 けれど、足は止まった。


 店先には、髪飾りがたくさん並んでいた。

 木彫りのもの。

 色硝子のもの。

 小さな花の形をしたもの。

 銀の細工が施されたもの。


「欲しいのあるか?」


「……」


 エルナは無言で髪飾りを見つめていた。

 返事はない。


 けれど、その目は動かなかった。


 ハルトは、ひとつの髪飾りを手に取った。


「そうだな。これとかどうだ?」


 銀の髪飾りだった。

 細い銀細工の先に、小さな翡翠の宝石がついている。

 灯りを受けて、淡い緑色が水みたいに揺れた。


 エルナの指が、胸元へ伸びる。


「え、でも、この色……」


「なんだ?」


 ハルトは一瞬だけ、エルナの胸元を見た。

 そこにあるはずの魂晶核(コア)は、白いワンピースの下に隠れている。


 それでも、エルナが何を思い出したのかは分かった。


「あぁ……」


 ハルトは髪飾りを見た。


「いや、すげー綺麗な色だろ。翡翠」


「……でも」


「じゃあ、俺が好きだからこれにする」


 エルナが顔を上げる。


「俺は、俺の自由でこれをエルナに贈る」


 ハルトは髪飾りを差し出した。


「お前の自由で拒否してもいいけど、どうだ?」


 エルナは、しばらく髪飾りを見ていた。

 翡翠の色。

 銀の光。

 ランタンの灯り。


 それから、小さく聞く。


「……貰っていいの?」


「今更だろ」


「……うん」


「じゃあ、買って帰るか」


 ハルトは店主へ声をかけた。


「おっさん、これくれ」


 店主は髪飾りを見るなり、目を丸くした。


「おうおう、白煙の旦那じゃねぇか。しかもいいもん選ぶなぁ。値段するぜ、それ。銀細工だし、質の高い翡翠もついてる」


「買うけど、ぼったくるなよ?」


「がはは! 冗談きついぜ、旦那。俺はまだ死にたくねぇんだ!」


 店主は豪快に笑った。


 エルナは、ハルトを見上げた。


「ハルト……この街で何したの?」


「え、なんもしてねーけどな」


「うそ」


「嘘じゃねーよ!」


「がはは! 白煙の旦那、そりゃ無理があるってもんだ!」


「おっさんまで乗るな!」


 店主はまた豪快に笑った。


 店主は小さな手鏡を貸してくれた。


 ハルトは髪飾りを持ったまま、少し迷う。


「これ、どこにつけるんだ?」


「前髪の横あたりかな」


 店主が笑う。


 エルナは少しだけ俯いた。

 ハルトは不器用に、前髪の横へ銀の髪飾りを留める。


 翡翠が、ランタンの光を受けて小さく揺れた。


「……変じゃない?」


「変じゃねぇよ」


「本当に?」


「あぁ。似合ってる」


 エルナは手鏡を覗いた。


 白いワンピース。

 隠れた胸元。

 前髪に留まった、銀と翡翠の髪飾り。


 何度も見て、それから小さく頷いた。


     *


 帰り道。


 エルナはハルトの少し後ろを歩いていた。


 前髪につけた髪飾りに、何度も触れている。

 触って、離して、また触る。


 水路に映る光。

 店の窓。

 磨かれた金属の皿。


 反射するものを見つけるたび、エルナは無意識に自分の姿を確かめていた。


 白いワンピース。

 隠れた胸元。

 前髪で揺れる、銀と翡翠。


 ハルトは少しだけ振り返った。


「今日どうだった?」


 エルナは顔を上げる。


「意味なかったか?」


 少しだけ、間があった。


 エルナは俯いて、小さく答える。


「……普通」


 ハルトは笑った。


「そか」


 夜市の灯りが、水路に揺れていた。


「良かったよ」

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