第17話 遅咲きの銀弾
「俺はな、弾丸を生成して放つ魔法を持ってるわけじゃねぇ」
白煙の中で、ギリオがゆっくりと指を鳴らした。
銀が生まれる。弾丸へ整う。風が螺旋を刻み、背後で爆発が起きる。
そのすべてが、ほとんど同時に成立した。
「銀を作る魔法。爆発を起こす魔法。風で回す魔法。全部、別々だ」
ハルトは黒鋼のナイフを構えたまま、銀弾から目を離さない。
「……それを同時にやってんのか」
「そうだ」
ギリオは帽子の奥で笑った。
「俺は天才じゃねぇ。ユニークスキルもねぇ。銀を出すだけなら弟たちに負けた。爆発魔法も大した適性はねぇ。風魔法だって、最初は弾をまともに回せなかった」
銀弾が、白煙の中で低く唸る。
「だから、負けてきたって言ったろ」
「負けた?」
白煙の奥で、ハルトが眉をひそめた。
「あー、人生負けの方が多い」
「……よく生きてんな」
「そこは、あれだ。年の功だ。遅咲きなんでね」
ふざけたような口調だった。
だが、ギリオの周囲に浮かぶ銀弾は少しもふざけていない。六つの銀が、白煙の中でゆっくりと回っている。
「まあ聞けよ」
ギリオは帽子の奥で笑う。
「俺がなんでお前に固執するのか。知りたくねーか?」
「……別に」
「これだからルーキーは。いいか、お前は金剛を先に砕きやがった。これくらい聞いてもらわなきゃ納得できねぇ」
「金剛……仲間だったんだろ?」
「仲間ねぇ」
ギリオは鼻で笑った。
「銀翼は仲良しこよしじゃねぇ。力だけが重視される。そして、金剛はその象徴だった」
白煙の底で、銀弾が鈍く光る。
「俺も金元素系だった。金属を扱う魔力だ。そこだけ聞けば、金剛と同じだろ?」
ギリオの声が、わずかに遠くなる。
「けどな。同じなのは分類だけだ。中身は雲泥の差だった」
思い出すのは、銀の匂いだった。
ギリオは、銀職人の家に生まれた。
長男だった。銀を生み出す魔力もあった。
それだけ聞けば、恵まれているように思える。だが、違った。
生成時間。細工。扱い。何を取っても、弟たちに負けた。
ギリオが一日かけて歪ませた銀を、弟は半分の時間で美しく仕上げる。銀を細く伸ばし、薄く整え、器にし、装飾にする。弟たちは、それを当たり前のようにやった。
ギリオにはできなかった。
いや、できないわけではない。できる。ただ、遅い。粗い。雑い。そして何より、続かない。
気楽で、楽観主義者。物事が長続きしない。腕っ節はそこそこ強いせいで、喧嘩っ早い。
職人としては半端。人間としても半端。
家族に呆れられるには、十分すぎた。
色々な仕事をしてみた。荷運び。用心棒。酒場の雑用。商会の下働き。
だが、どれも合わない。
腕っ節でどうにかなりそうな仕事は、だいたい長続きしなかった。細かい仕事は向かない。頭を下げ続ける仕事も向かない。
気づけば三十だった。
銀職人の家に生まれた長男。けれど、銀職人にはなれなかった男。
それがギリオだった。
だから、盗賊になった。
遅すぎる決断だった。それでもギリオにとっては、初めて自分で選んだ道だった。
だが、盗賊になっても優秀ではなかった。
腕は立つ。喧嘩もできる。だが、魔法がしょぼい。
銀を出せる。それだけだった。
銀で剣を作った。武器に向いていなかった。
銀で盾を作った。大して守れなかった。
銀で槍を作った。すぐに折れた。
しかも、ギリオの銀は一定時間で消える。売ることもできない。残すこともできない。大きな銀を作れば、そのぶん魔力を食う。消えれば、また作らなければならない。
無能扱いされるには十分だった。
そして、銀翼には金剛がいた。
同じ金元素系。金属を扱う魔力。
だが、金剛は刃も魔法も通さない怪物だった。
ギリオは、消える銀を出すだけの半端者だった。
比べるなと言う方が無理だった。
下っ端とはいえ、性質が同じだからこそ目につく。
金剛と同じ金元素系なのに。銀なんか出して何になる。武闘派の銀翼で、銀細工でも始めるのか。
そんな声を聞くたび、ギリオは笑った。笑って、殴った。
だが、殴っても現実は変わらない。
金剛は上にいる。ギリオは下にいる。
それだけだった。
何かを変えたかった。
武闘派として、一旗上げたかった。強くなりたかった。
「長く保たないなら、長く使うな」
そう言ったのは、ロウエンだった。
銀脈のロウエン。
戦闘力では、ギリオの方が上だった。だが、金の流れ、人の流れ、組織の膨らませ方は、ロウエンの方がよほど見えていた。
「銀を使って戦うより、単発的に使え。短時間で勝負を決める使い方を考えろ」
その言葉が、発想の源になった。
銃は世の中にある。だが、ギリオに金はない。
なら、自分が銃の中身になればいい。
火元素。爆発魔法。
ギリオはそれを覚えた。
小さな爆発を起こして、銀の弾丸を飛ばす。
最初の弾丸は、まともに飛ばなかった。
あらぬ方向へ跳ねた。地面に刺さった。後ろへ飛びかけたことすらある。
銃のような筒があるわけではない。
精密な位置。精密な角度。正確な方向。小さく、しかし高火力の爆発。
それを、銀弾の背後に置かなければならない。
難しかった。
ギリオは天才ではなかった。ユニークスキルもない。炎の適性だって大したことはない。
笑われた。
何してんだ。そんな小さい爆発で。弾丸? 無理だろ。才能がいる。なら、そもそも銃を使えよ。
ギリオは諦めなかった。
来る日も来る日も、魔力が空になるまで撃った。気絶するまで撃った。
小さく。正確に。指定した場所へ。指定した角度で。
何度も。何度も。
やがて、銀弾は前へ飛ぶようになった。
だが、それだけだった。
鉄板を抜けない。石すら抜けない。
これでは金剛に届かない。
馬鹿にされるのは、もううんざりだった。
ギリオは決めた。
金剛を倒す。
一番になる。
そう決めた。
変わったのは、ルヴェリア外縁の採石場だった。
そこは銀翼のシノギの管轄だった。
石を切り出す魔道具がある。回転式掘り出し機。
魔力を込めると、先端が回り、石を貫通する。
それを見た瞬間、ギリオは気づいた。
これだ。
ただ飛ばすだけでは足りない。
回せばいい。
風元素。風魔法。
ギリオはそれを覚えた。
弾丸を螺旋回転させる。
だが、弾丸がぶれる。ぶれると、爆発で上手く飛ばせない。
球体では駄目だった。
円柱状にする。さらに、先を尖らせる。
ドリルから発想を得た形。
そこから難易度は跳ね上がった。
銀を生成する。弾丸状に成形する。風で螺旋回転させる。爆発を精密な位置と角度で発生させる。
そのすべてを、戦闘中に成立させる。
神業だった。
そこまでで二年かかった。
三十二歳。
それでも、まだ足りない。
銀の生成が遅い。細工が粗い。弾丸が、ほんのわずかにぶれる。
そこでギリオは家に戻った。
弟と親父に頭を下げた。
「銀細工を教えてくれ」
ギリオは言った。
「やっと道を見つけたんだ。一番になりてぇんだ」
弟は怒った。
家を放り出した兄が、今さら何を言うのか。どの面下げて戻ってきたのか。
当然だった。
親父は、しばらく黙っていた。
そして、道具を一つ作業台へ置いた。
「そうか」
それだけだった。
「甘くねぇぞ」
親父は言った。
「次は逃げんなよ」
そこからは、ほぼゼロからだった。
親父に細工を学んだ。弟に生成速度を学んだ。
生半可ではなかった。
怒鳴られた。呆れられた。何度もやり直した。
それでも逃げなかった。
逃げなかったから、弾丸は磨かれた。
銀は速く生まれるようになった。形は正確になった。螺旋は安定した。爆発は弾丸の背を正確に押すようになった。
そして何より、弾丸の表面に溝を刻めるようになった。
風を受けるための、目に見えないほど細い溝。
そこへ風が噛む。風が滑る。
銀弾は、ぶれずに回る。
銀を出すだけでは届かなかった。爆発で飛ばすだけでも届かなかった。風で回すだけでも届かなかった。
銀細工の技術があって、初めて銀弾は真っ直ぐ飛んだ。
その頃には、ギリオはようやく銀職人としての入口に立っていた。
だからこそ、弟は言った。
「残念だよ、兄さん」
ギリオは荷物を背負ったまま、振り返る。
「その熱意と今の技術があれば、ここで……それに父さんだって、それを……」
ギリオは少しだけ笑った。
「悪いな。お前らには迷惑をかける」
それから、指先で銀弾を一つ弾く。
「でも、俺の目標はもうそこにねぇんだ」
弟は言葉を失う。
親父は作業台の奥で、銀を磨いていた手を止めた。
「行かせろ」
「父さん」
「どうせ、バカ息子だ」
それ以上、親父は何も言わなかった。
その頃だ。
ロザックに会った。
銀翼の中で、砂塵を使う剣士として笑われていた男。
剣だけで勝たない。砂塵で視界を切り、足を鈍らせ、呼吸を乱し、最後に剣で喉元を取る。
武闘派たちは、それを笑った。
剣士の勝ち方じゃない。砂遊びで勝った気になるな。地味で、汚くて、小賢しい。
だが、ギリオは笑わなかった。
勝つために、自分にあるものを全部使っている。
それの何が悪い。
そう思った。
ギリオ自身、笑われてきた男だった。
銀職人として負け、盗賊としても馬鹿にされ、金剛と比べられ続けた男だった。
だから分かった。
ロザックは、逃げているのではない。自分の戦い方を、曲げずに貫いているだけだ。
「俺が幹部になったら、お前が補佐をやれ」
ギリオがそう言うと、ロザックはしばらく黙っていた。
その目は、冗談かどうかを探っていた。
ギリオは笑っていた。だが、目だけは笑っていなかった。
やがて、ロザックは静かに頷く。
「……なります」
それだけだった。
媚びるわけでもない。喜ぶわけでもない。ただ、その一言だけを置いた。
だが、その後ロザックは、幹部の席を何度も蹴った。
ギリオを待っていた。
三十四歳。
ギリオは、誰にも笑われなくなった。
瞬時に作られる弾丸。銃など比べ物にならない火力。精密性。連射。魔法の持続性。弾数。速度。
すべてにおいて、他を圧倒するほど強くなっていた。
ギリオは銀翼の幹部末席に座る。
その日、ロザックは当然のように補佐としてそこにいた。
「ロザック……俺は金剛も倒す。笑うか?」
ギリオは、半分だけ冗談のように聞いた。
ロザックは即答した。
「笑いません。あなたにしか出来ない」
揺らぎのない声だった。
「あの日からずっと、ギリオさんを信じてます」
ギリオは、しばらく黙った。
笑われることには慣れていた。馬鹿にされることにも慣れていた。できないと言われることにも慣れていた。
だが、待たれることには慣れていなかった。
「……そうか」
ギリオは帽子のつばを指で弾いた。
「なら、一番近いところでお前が見てろ」
一年後。
三十五歳。
ギリオは、全ての弾丸の精度、火力、生成速度を上げた。
一つ一つはSに届かずとも、膨大な弾丸は大魔法のような強さになる。
S級。
ギリオは、全員が認める形で第一席に座ることになる。
その日、ロザックは泣いた。
涙が止まらなかった。
「なんでお前が泣いてんだよ」
ギリオが笑って聞くと、ロザックは一言だけ返した。
「初めから、わかっておりました」
ギリオとロザックの勢いは、破竹だった。
金剛と第一席陣営は、一年で黒牙に届く速度で団を取り込んだ。
ロウエンが金と政治でまとめ上げた。
最初の二年は、金剛のワントップだった。
だが、後半一年は違った。
銀翼の金銀。
金剛が砕き、銀弾が撃ち抜く。ロウエンが血管のように金と人を流す。
それが、銀翼だった。
あの日までは。
金剛が砕かれた。
ロウエンも砕かれた。
たった一夜。
お互いの戦力を見て睨み合っていた二大勢力が、ぶつかる前に撃ち抜かれた。
銀弾にとって、一番の夢が砕かれた。
自分の居場所が、足元から砕けていった。
黒牙に下るもの。逃げるもの。足を洗うもの。
誰も制御できなかった。
絶対的な力と、絶対的な支配力が同時になくなったのだ。
「ロザック」
ギリオは問う。
「お前はどうする?」
ロザックは、少しも迷わなかった。
「変わりません」
静かな声だった。
「ギリオさんの言葉が全てです。そのためなら、俺は絶対に負けないです」
「そうか……」
ギリオは、少し笑った。
「折れた翼でも、もう一度羽ばたける。そうだろう?」
「見てきました」
ロザックは言った。
「信じています」
ギリオは銀翼をかき集めた。
ライザとレイドがそれに応えた。
少しずつ、まとまっていく。
だが、それは力とカリスマによるまとまりでしかなかった。
ロウエンのような政治力はない。純武闘派の集まり。
それでも、ギリオは笑った。
どうやったら白煙とやり合えるか。
白煙が作り始めた、平和税。黒牙刻印。白煙のシマ運営。
それを見て、ギリオは思った。
小汚いが、面白いことをしている。
なら、そこを潰してみるか。
「俺が五年かけて磨いた弾が届く前に、お前が金剛を砕いた」
現在へ戻る。
白煙の中で、銀弾が回る。
「俺の夢も、銀翼の足場も、まとめてな」
ハルトは黒鋼のナイフを握ったまま、静かに返す。
「知らねぇよ。俺は俺の都合で金剛を殺した」
「ああ。そうだろうな」
ギリオは笑った。
「だから腹が立つ」
腕の周りに、銀弾が増える。
「だから、最高だ」
六発の銀弾が、白煙の中で回転する。
「見せろよ、白煙」
ギリオの声が、低く沈む。
「俺の弾が届かなかった金剛を砕いた男が、どれほどの化け物なのかを」
あとがき
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は銀弾のギリオ回でした。
ギリオは天才ではなく、ユニークスキルもなく、若くして完成した強者でもありません。
何度も負けて、笑われて、それでも自分の銀を戦い方に変えてきた、かなり遅咲きの男です。
銀職人としては半端だった技術が、戦場では弾丸を作るための精密さになる。
そういう「無駄だったものが、別の場所で武器になる」感じが出せていたら嬉しいです。
次回は、白煙と銀弾の本格的なぶつかり合いです。
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