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異世界転生した底辺盗賊の俺、悪名を喰らって悪の帝王へ成り上がる  作者: タクト
第五章 銀翼と不殺の牙

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第16話 銀弾

一発の銀が、空気を裂いた。


 それは、弾丸と呼ぶにはあまりにも唐突だった。


 ギリオが腕を上げた。


 そう見えた次の瞬間には、銀色の光がハルトの目前にあった。


銀弾(シルバーバレット)


 音は遅れて来た。


 ハルトの顔の前で、空気が白く爆ぜる。


 黒鋼(クロガネ)のナイフを逆手に握ったまま、ハルトの姿が掻き消えた。


 弾丸は、何もない空間を貫き、そのまま採石場の岩壁へ突き刺さる。


 轟音。


 岩が砕け、壁面に銀色の傷が走った。


 縁に立つ黒牙の構成員たちが、一斉に息を呑む。


 誰も、弾丸の軌道を見切れていなかった。


 見えたのは、白い閃光と、岩壁が爆ぜる結果だけ。


 銀翼側の残党たちの顔に、わずかに血の気が戻る。


 折れた翼の奥で、銀の音が鳴った。


 これが、銀翼第一席。


 銀弾(シルバーバレット)のギリオ。


 ハルトは、すでにギリオの懐へ踏み込んでいた。


 足元で風が爆ぜる。


 空纏衝(エアバースト)


 体を前へ弾き出す風に乗り、ハルトは低く滑るように迫る。


 右手には黒鋼(クロガネ)のナイフ。


 逆手。


 狙うのは、喉か、心臓か。


 だが、ギリオの表情は変わらなかった。


「速ぇな」


 短く笑ったその周囲に、銀が生まれる。


 一つ。


 二つ。


 十。


 二十。


 数える前に、弾丸はもう撃ち出されていた。


 生成してから撃つのではない。


 銀が生まれた瞬間には、すでに弾丸になり、風で螺旋を刻み、爆発で射出されている。


 銀生成。


 弾丸成形。


 螺旋回転。


 爆発射出。


 それらが順番に起こるのではない。


 一発の銀弾(シルバーバレット)という現象の中で、すべてが同時に成立していた。


 隙などない。


「っ!」


 ハルトは踏み込みを途中で切った。


 前へ行けば、弾幕に体を砕かれる。


 横へ跳ぶ。


 風が足首を押し、体を翻す。


 銀弾の掃射が、ハルトのいた場所を食い破った。


 地面が爆ぜる。


 砂利が跳ねる。


 採石場の底に、石粉が舞った。


 ハルトは外周へ走る。


 円形の採石場。


 削られた岩壁。


 底に立つハルトとギリオ。


 その外周を、ハルトは黒い外套を揺らして駆けた。


 凄まじい爆音が追ってくる。


 銀弾が壁を穿つ。


 外れるたびに、岩肌が砕ける。


 弾丸はハルトに当たらない。


 だが、完全に外れているわけでもない。


 一発が頬をかすめた。


 熱い。


 そう思った次の瞬間、血が飛んだ。


 別の一発が外套の肩を裂く。


 さらに一発が髪を数本持っていく。


 避けている。


 避けているはずなのに、完全には逃げ切れていない。


 ハルトは舌打ちした。


 速い。


 だが。


 次の瞬間、ハルトは自分の足がまだ余っていることに気づいた。


 視界が追いつく。


 呼吸が乱れない。


 足首が砕けてもおかしくない角度で踏み込んでも、体がついてくる。


 金剛を砕いた悪名。


 白煙の噂。


 そして、銀弾が頬を裂いた瞬間に湧いた、死線の感覚。


 一発でも直撃すれば終わる。


 なら、もっと速く動け。


 体の奥で、堕落の王(ルシファー)が喉を鳴らしたような気がした。


 自分でも、今の自分がどこまで上がっているのか分からない。


 だが、分かることは一つ。


 まだ、速くなれる。


 ハルトは一気に加速した。


 風が足元で弾ける。


 弾幕の照準を、置き去りにする。


 銀弾が追う。


 しかし、そのたびにハルトはさらに外へ逃げるのではなく、内側へ角度を変えた。


 岩壁を蹴る。


 地面を蹴る。


 空気を蹴るように、体を弾く。


 ギリオの銀弾は、ハルトの残像を撃ち抜き、岩壁へ突き刺さる。


 いける。


 距離を詰められる。


 ハルトがそう確信した瞬間。


 目前に、銀弾があった。


 時間が止まったように感じた。


 それは、追ってきた弾丸ではない。


 ハルトがそこへ来ることを、先に知っていたように置かれていた。


 黒鋼(クロガネ)のナイフが跳ね上がる。


 甲高い金属音。


 火花。


 弾かれた銀弾が、採石場の壁へ深く突き刺さった。


 ハルトの腕に痺れが走る。


 指が一瞬、開きかける。


 危なかった。


 ステータスの上昇に、動体視力と反射の向上がなければ、今の一撃で終わっていた。


「これも止めちまうのか?」


 ギリオが笑った。


 その腕は、ハルトへ向いている。


 銃など持っていない。


 だが、指先はたしかに銃口だった。


 腕の周りに、五発の銀弾が浮いている。


 一発は、すでに撃たれている。


 それを、ハルトは弾いた。


 残る五発が、空いた位置を埋めるように回転する。


 回る。


 まるで、回転式拳銃。


六発銀弾(シルバーズリボルバー)


 黒牙側の誰かが叫びかけた。


 だが、声になる前に、二発目が来た。


 ハルトは外周を走りながら弾く。


 通常の掃射とは違う。


 銀弾(シルバーバレット)の弾幕は、撃ち出された弾を避けられる。


 速すぎる。


 多すぎる。


 それでも、弾道はある。


 だが、六発銀弾(シルバーズリボルバー)は違った。


 放たれた瞬間には、もう着弾している。


 避けるのでは間に合わない。


 受けるか。


 弾くか。


 それしかない。


 三発目。


 ハルトは体を捻り、ナイフの腹で弾いた。


 衝撃で肩が軋む。


 四発目。


 外套の裾を撃ち抜かれる。


 五発目。


 ハルトの着地点を狙っていた。


 足を置いた瞬間、銀の光が足首へ向かってくる。


 ハルトは足元で風を爆ぜさせ、無理やり体を浮かせた。


 銀弾は地面を貫き、石を砕く。


 六発目。


 心臓。


 ハルトは黒鋼(クロガネ)のナイフを両手で握った。


 弾く。


 火花が散る。


 指の骨が軋んだ。


 弾かれた銀弾は横へ逸れ、岩壁へ沈む。


 腕の周りの六発が消えた。


 ギリオは、すぐに次を装填しない。


 だが通常の銀弾は止まらない。


 周囲に生まれた弾丸が掃射を続け、ハルトは防戦に回らされる。


 黒牙の縁では、ベルノが目を細めていた。


「今の……」


 シャノンの猫目が細くなる。


「見えた。でも、見えただけにゃ。避けられるかは別にゃ」


 ルーカスは何も言わなかった。


 黒鋼(クロガネ)手甲の中で、拳を握る。


 レイドと戦い、死を知ったばかりの少年でさえ、今の弾丸を前にした自分を想像して、背中に冷たいものを感じていた。


 ハルトは走る。


 銀弾が追う。


 石粉が舞う。


 壁が削れる。


 その中で、ハルトは少しずつ弾道を読み始めていた。


 ギリオの口元から、笑みが消えた。


 届かない。


 だが、届きかけている。


 白煙は逃げている。


 けれど、逃げているだけではない。


 測っている。


 そのことに気づいた瞬間、ギリオの胸に怒りが灯った。


「まさか、こんなもんじゃねーだろ、白煙」


 ギリオの腕の周りで、新たな六発が生まれる。


 銀弾が高速で回り、鈍い音を立てた。


 通常弾の弾幕。


 その裏で、明確に作り込まれていく六発。


 威力も。


 精度も。


 貫通力も。


 一段違う。


「金剛を砕いたお前が、こんなもんなわけねぇ」


 二発が続けて放たれる。


 ハルトは一発を弾き、一発を体を沈めてかわす。


 頬の傷から血が流れた。


「俺が倒すはずだった」


 三発目。


 ハルトのナイフが跳ねる。


「金剛」


 四発目。


 肩をかすめる。


「俺の居場所を壊したお前が」


 五発目。


 ハルトの足元を撃ち抜く。


 風で体を逃がす。


「この程度であっていいはずがねーんだ」


 六発目。


 ハルトは弾く。


 弾いた瞬間、腕が痺れ、黒鋼(クロガネ)のナイフがわずかにぶれる。


 その隙に、通常弾が迫る。


 ハルトは身を翻した。


 銀弾が脇腹をかすめ、服が裂ける。


 血が飛ぶ。


 それでも深くは入っていない。


 ハルトは地面を滑り、距離を取った。


 ギリオは、一度撃つのをやめた。


 銀弾が止む。


 採石場に、遅れて石の崩れる音だけが残る。


 砂利が転がる。


 壁から削れた石片が底へ落ちる。


 今まで鳴り続けていた爆音が消えたせいで、ハルトの呼吸だけが妙に大きく聞こえた。


 黒牙も銀翼も、すぐには声を出せない。


 ギリオは腕を下ろす。


 帽子のつばの奥で、目だけが笑っていた。


「お互いの手を出していこうぜ」


 声は軽い。


 だが、その奥に熱があった。


「それとも何か? 負けた時の言い訳を作ってんのか?」


 ハルトは、少し笑った。


 血の流れる頬を親指で拭う。


「つえーな」


 短く認める。


「近づけもしなかった」


「へぇ」


 ギリオが眉を上げる。


「俺も、今の俺がどれくらい強くなったか確かめる必要があったんだ」


 ハルトはナイフを握り直した。


「しばらく実戦をしてねぇ」


「それで、俺にも勝てんのか?」


 ギリオの声に、銀翼側の残党たちが息を詰める。


 銀翼第一席。


 金剛亡き後、銀翼の武力を束ねた男。


 その男が、白煙を挑発している。


 黒牙側も黙っていた。


 セリカは何も言わない。


 ただ、ハルトの背を見ている。


 イグニスは腕を組み、わずかに目を細めた。


 その空気ではなかった。


 ハルトは、静かに答える。


「準備運動は終わった」


 ギリオの笑みが深くなる。


「舐めやがって」


 採石場の底に、冷気が立ち込めた。


 最初は、足元だけだった。


 薄く白い煙が、地面を這う。


 ハルトの足元で、もう一度風が逆巻く。


 だが、今度の風は白かった。


 冷気を含んだ風。


 白煙。


 それが円形の採石場の底へ、ゆっくりと広がっていく。


 砂利の隙間を這い、割れた石を舐め、銀弾が開けた穴の縁を白く凍らせる。


 温度が下がる。


 空気が重くなる。


 銀翼側の残党が、一歩退いた。


 黒牙側の下部構成員たちも、喉を鳴らす。


 それは、レイドの時とは違っていた。


 レイドの恐怖は、分かりやすかった。


 斬られる。


 殺される。


 終わる。


 死そのものが刃を持って立っていた。


 だが、今のこれは違う。


 理由がない。


 なのに、怖い。


 シャノンの耳が伏せる。


 ルーカスは、目を見開いた。


 ベルノは無意識に柄へ指をかけ、すぐに自分でその手を抑えた。


 白煙の中心にいるハルトの雰囲気が変わっていく。


 目が変わる。


 魔力が変わる。


 立っているだけなのに、採石場の底そのものが、ハルトの領域へ変わっていく。


 深淵鼓動(アビスハート)


 まだ最大ではない。


 だが、確かに深淵の鼓動が混じっていた。


 ギリオは、それを正面から見ていた。


 恐怖がないわけではない。


 背筋を撫でられるような冷たさがある。


 肺の奥に、白い霜が降りるような感覚がある。


 それでも、ギリオは笑った。


 ハルトは黒鋼(クロガネ)のナイフを逆手に構えたまま、白煙の奥から言う。


「俺は甘くねぇぞ、銀弾(シルバーバレット)


 声は低い。


 さっきまでとは違う。


「刃を向けた奴は、全員殺してきた」


 銀翼の残党たちが息を止める。


 黒牙の者たちは、その言葉を否定しない。


 粛清返し。


 金剛砕き。


 グレイス粛清。


 白煙のハルトは、殺してきた。


 敵を。


 裏切り者を。


 刃を向けた者を。


 ギリオは、喉の奥で笑った。


「面白ぇ」


 腕の周りに、また銀が生まれる。


 白煙の中で、銀の弾丸が鈍く輝く。


「俺は……結構、負けてきた」


 その言葉と同時に、銀弾が回り始めた。

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