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異世界転生した底辺盗賊の俺、悪名を喰らって悪の帝王へ成り上がる  作者: タクト
第五章 銀翼と不殺の牙

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第14話 才能開花



「来い」


 レイドの声が、大穴の底に落ちた。


「鬼退治の時間だ」


 風が鳴った。


 紫電が走った。


 ルーカス・グランベルは、初めて自分の血を掴んだ。


 それでも、相手はまだ倒れていない。


 ここから先が、本当の勝負だった。






 レイドが動いた。


 先ほどまでとは違う。


 速い。


 重い。


 鋭い。


 だが、ルーカスの目は追えていた。


 右手に風。


 左手に紫電。


 全身を稲妻が走り、反応が一段引き上がる。


 風が体の軌道を押し変える。


 ルーカスは地を蹴った。


 紫電が瞬く。


 一瞬でレイドの懐へ入る。


 左手刀。


 レイドは剣で受ける。


 ならば、右。


 風をまとった拳が走る。


 レイドは半歩引き、剣の腹で受け流した。


「速い」


 レイドが呟く。


 その声は、冷静だった。


 だが、つまらなそうではない。


「だが、まだ粗い」


「分かってます」


 ルーカスは笑った。


「だから、今覚えます」


 右足を踏み込む。


 風が足元で爆ぜる。


 紫電が脚を走り、踏み込みが一段深くなる。


 ルーカスの体が、ありえない角度で跳ねた。


 直線ではない。


 横へ流れ、沈み、また跳ねる。


 レイドの剣先をすり抜け、拳が脇腹へ届く。


 鈍い音。


 だが浅い。


 レイドは体を捻り、衝撃を逃がしていた。


 そのまま柄頭でルーカスの額を狙う。


 ルーカスは風で首をずらす。


 頬が裂ける。


 血が飛ぶ。


 けれど、目は逸らさない。


「また、速くなった……?」


 縁の上で、誰かが呟いた。


 黒牙側だけではない。


 銀翼側からも、ざわめきが漏れる。


「おい、さっきまで防ぐので精一杯だったよな」


「なんで今、押してる……?」


「いや、押してるんじゃねぇ」


 別の声が震える。


「追いついてきてるんだ」


 イグニスが、面白そうに目を細めた。


「はは……伸びるねぇ、新人」


 セリカは何も言わない。


 ただ、大穴の底を見ていた。


 ルーカスの魔力の流れが、戦いの中で変わっていく。


 荒く、未熟で、危なっかしい。


 それなのに、一呼吸ごとに整っていく。


 まるで、今この場で身体の使い方を覚えているようだった。


 ハルトは腕を組み、黙っている。


 その口元だけが、わずかに上がっていた。






 レイドは斬る。


 ルーカスは受ける。


 黒鋼手甲が火花を散らす。


 受けるだけではない。


 風でずらす。


 紫電で反応する。


 内功で中を固める。


 外に魔力をまとわせ、刃を鈍らせる。


 それでも、斬られる。


 肩。


 腕。


 脇腹。


 太もも。


 血は流れる。


 痛みはある。


 だが、深くは入らない。


 レイドの剣が、ルーカスの首筋を狙う。


 ルーカスは黒鋼手甲で弾く。


 そこから、風で踏み込む。


 右拳。


 レイドの胸へ。


 当たる。


 今度は、さっきより深い。


 レイドの足が、わずかに滑った。


「……ふ」


 レイドが笑った。


「なんですか」


「いや」


 レイドの目が、楽しげに細くなる。


「ここまでの才能を感じたのは、初めてだ」


 ルーカスは息を吐いた。


「褒められてるんですか?」


「ああ」


 レイドは剣を構える。


「だが、褒めた上で殺す」


 剣が走る。


 ルーカスは両手で受ける。


 重い。


 腕が軋む。


 足が沈む。


 それでも、止まる。


 止まってしまう。


 レイドの目が、そこで変わった。


 楽しさだけではない。


 警戒。


 いや、違う。


 少しだけ、狂気を見るような目だった。


 戦いの中で強くなる者はいる。


 窮地で一段上がる者もいる。


 だが、この少年は違う。


 一手ごとに、輪郭が変わっていく。


 風の扱い。


 雷の扱い。


 内功の巡り。


 防御の角度。


 踏み込みの深さ。


 全部が、戦いの中で更新されている。


 成長という言葉では足りない。


 変質。


 別の生き物へ、目の前で変わっている。


「風神雷神が生んだ鬼の子か」


 レイドが低く言った。


 ルーカスは首を傾げる。


「鬼って、悪口ですか?」


「褒め言葉だ」


「なら、ありがとうございます」


 ルーカスが笑う。


 レイドも笑った。


 殺し合いの底で、二人だけが楽しそうだった。






 レイドの剣が、再びルーカスを追い詰める。


 ルーカスは下がる。


 受ける。


 ずらす。


 耐える。


 だが、今度は前へ出られない。


 レイドの間合いが広い。


 剣先が、逃げ道を切っていく。


 右へ行けば首。


 左へ行けば足。


 下がれば胸。


 前へ出れば目。


 どこへ動いても、死が置かれている。


 ルーカスは黒鋼手甲を重ね、ありったけの魔力を外へ回した。


 同時に、内功で体の内側も守る。


 防御。


 防御。


 防御。


「どうした」


 レイドが歩いてくる。


「ダンゴムシのように守ってばかりでは、死ぬぞ」


「……うるさいです」


 ルーカスは歯を食いしばる。


 レイドは剣を下げた。


「守るだけなら、堅い」


 その声は、静かだった。


「だが、守り続ける者を殺す方法なら知っている」


 剣が、横へ走った。


 ルーカスは黒鋼手甲を前に重ねる。


 受けた。


 そう思った。


 だが、次の瞬間。


 ルーカスの背後にあった岩壁が、横一文字に割れた。


 長い斬線だった。


 大穴の壁を、端から端まで裂くように。


 岩がずれ、粉塵が落ちる。


「……え」


 遅れて、胸に熱が走った。


 胸元を、横一線に裂かれていた。


 黒鋼手甲で受けていなければ、上半身ごと持っていかれていた。


 血が噴く。


 ルーカスの膝が、がくりと沈んだ。


百屍の無刃デッドリー・ニル・エッジ


 レイドの声が落ちる。


 剣は、ルーカスの胸に届いていない。


 届いていないはずだった。


 だが、斬られた。


 レイドのユニークスキルによって研ぎ澄まされた斬撃は、もはや刃そのものを到達させる必要すらなかった。


 剣筋が通った場所に、死線が走る。


 斬ると決めた場所が、遅れて裂ける。


 それが、百屍の無刃デッドリー・ニル・エッジ


 刃なき斬撃だった。


「百人を殺せば、百通りの殺し方を覚える」


 レイドは静かに剣を構え直す。


「千人を殺せば、千通りの死線が見える」


 ルーカスの血が、砂利に落ちる。


「守り方を知らない者は殺せる。守り方を知る者も殺せる。守り続ける者も、殺せる」


 レイドが、一歩近づく。


「それが、百屍(ひゃくし)だ」


 ルーカスは胸を押さえた。


 呼吸が浅い。


 痛い。


 死ぬかもしれない。


 でも、不思議と頭は冴えていた。


 守っても斬られる。


 なら、守るだけじゃ駄目だ。


 前へ出ないと。


 勝たないと。


 殺さないために。


 負けないために。


 もっと強くならないと。


 そう考えた瞬間、胸の奥が熱くなった。


 怖い、ではない。


 楽しい、に近かった。


 知らなかった自分が、少しずつ形になっていく。


 今まで眠っていた何かが、ようやく目を覚まそうとしている。


 ルーカスは、黒鋼手甲を握った。






 そこからのルーカスは、さらに変わった。


 風が深くなる。


 紫電が濃くなる。


 胸の傷から血を流しながら、それでも踏み込む。


 レイドの剣は当たる。


 当たっている。


 だが、ルーカスの身体に深く入らない。


 内功。


 身体強化。


 黒鋼手甲。


 風のズレ。


 雷の反応。


 それらが、ぎりぎりの場所で命を繋ぐ。


 ルーカスの拳がレイドの肩を打つ。


 レイドの剣がルーカスの脇腹を裂く。


 ルーカスの左手刀がレイドの髪を焼く。


 レイドの蹴りがルーカスの腹に入る。


 互いに血を流す。


 互いに前へ出る。


 止まらない。


「おい……」


 銀翼側の誰かが、乾いた声を漏らした。


「レイドさんに、ついていってる……?」


「嘘だろ」


「補佐見習いだぞ……?」


 黒牙側では、ベルノが傷だらけの体を起こしていた。


「ルーカス……」


 シャノンは担架の上で、かすかに耳を動かす。


「ルカ……速い……」


 セリカは唇を引き結んでいる。


 イグニスは、笑っていた。


 だが、その目はもう軽くない。


「あれは……届き始めてるね」


 ハルトが低く言う。


「S級か?」


「入口には、もう足をかけてる」


 イグニスは肩をすくめた。


「本当、怖い新人だよ」


 大穴の底で、レイドが剣を構えたまま言った。


「甘いと言ったことが、甘かったな」


 ルーカスは息を切らしながら、レイドを見る。


「どういう意味ですか」


「お前ほどの才能なら、できるやもしれんな」


 レイドの剣に、冷たい魔力が宿る。


「生き残れば……だが」


 その瞬間、レイドの魔力が跳ね上がった。


 空気が重くなる。


 大穴の底に、黒いものが滲んだ。


 影ではない。


 血でもない。


 レイドの足元から、深淵のような黒が広がっていく。


 それは、ゼギルの深淵とは違う。


 理由のない恐怖ではない。


 もっと明確なもの。


 死。


 斬られる。


 殺される。


 終わる。


 その答えだけが、喉元に刃を当てるように突きつけられる。


 縁にいた者たちが、息を呑んだ。


「なんだ、あれ……」


「死ぬ……」


「いや、こっちに向けられてないのに……!」


 誰かが膝をつく。


 誰かが武器を落とす。


 黒牙側も、銀翼側も関係ない。


 大穴の縁全体が、無意識に死を感じていた。


 ギリオだけは、帽子のつばの下で黙っていた。


 そして、低く呟く。


「使うか、レイド」


 ルーカスは、その中心に立っていた。


 死の気配は分かる。


 あれに斬られれば、終わる。


 それくらいは、嫌でも分かった。


 けれど、不思議と怖くはなかった。


 ただ、すごいと思った。


 ここまで来るのか。


 この人は、まだ上があるのか。


 ルーカスの胸の奥が、熱くなる。


 レイドの足元から、屍の気配が立ち上る。


 積み上げてきた死。


 殺してきた数。


 踏み越えた命。


 それらが、黒い刃のようにレイドの背へ重なっていく。


百屍統魂・解放デッドストック・アンリーシュド


 レイドの声が、静かに響いた。


 百の屍を統べる魂。


 殺した数だけ強くなるユニークスキル。


 その蓄積を、レイドは今、燃やした。


 貯めた死を消費する。


 積み上げた屍を、この一太刀に変える。


 レイドが消えた。


 いや、消えたように見えた。


 ルーカスは反応した。


 全身を紫電が走り、反応が一段跳ね上がる。


 風で身体の軌道をずらす。


 内功を巡らせる。


 黒鋼手甲を上げる。


 全部、間に合わせた。


 そのはずだった。


百屍魂絶デッドリー・オーバーロード


 死の黒い刃が、ルーカスを斬った。


 左肩から右脇腹へ。


 袈裟に。


 深く。


 あまりにも深く。


 斬られた。


 そう理解するより先に、世界が傾いた。


 血が、大穴の底に撒き散らされる。


 それでもルーカスは、最後に少しだけ思った。


 すごい。


 まだ、上があるんだ。


 ルーカスの膝が崩れた。


 風が消える。


 紫電が消える。


 体が、砂利の上に倒れる。


 動かない。


 大穴の縁が、静まり返った。


「ルーカス……?」


 セリカの声が、かすかに震える。


「おい、嘘だろ……」


 ベルノが立ち上がろうとして、傷に顔を歪めた。


 担架の上のシャノンが、ぴくりと耳を動かした。


 黄色い猫目が、細くなる。


「……心臓」


 シャノンの声が、かすれた。


「音が……しない」


 その一言で、縁の空気が凍った。


 ルーカスは動かない。


 胸が上下しない。


 呼吸がない。


 心臓が、止まっていた。


 イグニスの笑みが消えた。


 ハルトは、何も言わなかった。


 ただ、拳だけが強く握られていた。






 レイドは、倒れたルーカスを見下ろした。


 あれほど眩しかった風も、紫電も、もう消えている。


「お前ほどの敵には、もう会えないだろう」


 静かな声だった。


「だが、時期が悪かった」


 レイドは背を向ける。


「お前はまだ、成長過程だった。それだけだ」


 その時。


 ぱち。


 小さな音が、大穴の底に落ちた。


 レイドの足が止まる。


 ぱち、ぱちぱち。


 雷が走る音。


 倒れた少年の背後で、紫電が小さく跳ねていた。


 レイドが、ゆっくり振り返る。


 ルーカスの腕が、動いた。


「……まだ」


 指が、砂利を掴む。


「まだ、終わってません」


 心臓は止まっているはずだった。


 呼吸も戻っていないはずだった。


 なのに、雷が鳴っている。


 ルーカスの体が、びくりと跳ねた。


 胸の奥で、雷が爆ぜる。


 どくん、と心臓が鳴った。


「俺は……」


 紫電が、女の形を取った。


 逆立つ髪のように雷を揺らす、美しい女。


 雷の精霊。


 トニトルス。


 彼女が、ルーカスの胸に手を置いていた。


 次の瞬間、雷が心臓を叩き起こす。


 どくん。


 どくん。


 止まっていた命が、無理やり走り出した。


 風が舞う。


 小さな羽を持つ、人差し指ほどの少女たち。


 ひとり。


 ふたり。


 十。


 二十。


 風の精霊、シルフたちが、ルーカスの傷口へ群がる。


 裂けた肉が、少しずつ塞がっていく。


 流れ出た血が、風に押し戻されるように止まる。


「精霊……?」


 イグニスが呟いた。


 黒牙側のざわめきが、波のように広がる。


「精霊って、あの精霊か?」


「人に近づくことなんてあるのかよ」


「いや、今……助けたぞ」


 セリカの顔から、わずかに血の気が引いていた。


「恐らく、精霊の類です」


 ハルトが低く聞く。


「精霊って、人を助けるのか?」


「本来は、助けません」


 セリカは、信じられないものを見る目で大穴の底を見ていた。


「あらゆる生命は平等に死に、産まれる。その生命の循環こそが自然の摂理です。精霊は、その自然の側にいる存在。人の生き死にに肩入れすることは、基本的にありません」


「じゃあ、あれは……」


「恐らく」


 セリカは小さく息を呑む。


「ユニークスキルです」


 ルーカスは、胸を押さえた。


 生きている。


 自分の力だけではない。


 トニトルスが心臓を叩き起こし、シルフたちが傷を塞いでいる。


「俺、誰かに助けてもらわないと……だめだなぁ……」


 情けないはずの言葉だった。


 けれど、ルーカスは笑っていた。


 死にかけた。


 助けてもらった。


 それでも、まだ戦える。


 それが、たまらなく嬉しかった。


「ありがとう、みんな」


 風と雷が、ルーカスの周りで揺れる。


「俺のワガママに付き合ってよ」


 ルーカスはレイドを見る。


「今、本当にいい所なんだ」


 トニトルスが、ルーカスの左腕へ溶ける。


 シルフたちが、右腕へまとわりつく。


 雷と風が、黒鋼手甲に宿った。


神霊器化(エーテル・アームズ)


 レイドの喉が、かすかに鳴る。


「まだ、喰らいつくか……」


 その声に、恐怖はない。


 あるのは、歓喜だった。


「それは成長という言葉では生ぬるいな」


 レイドは剣を構え直す。


「世界に寵愛されし者。生まれ持っての覇者」


「違いますよ」


 ルーカスは、静かに構えた。


「俺は、やりたいようにやるだけです」


 レイドが笑った。


「なら、見せろ」


「はい」


 ルーカスの右手に風。


 左手に雷。


 風と雷が、二重に重なる。


 紫電が全身を走り、反応が跳ね上がる。


 風が身体の軌道を押し変える。


 踏み込みが、世界から一瞬消える。


疾風迅雷(しっぷうじんらい)……」


 ルーカスが消えた。


 一撃。


 レイドは受ける。


 二撃。


 まだ受ける。


 三撃。


 剣が悲鳴を上げる。


 それでも、レイドは全てをぎりぎりで受け切った。


 反応している。


 見えている。


 まだ、届かせない。


 だが。


(きわみ)!!」


 右の風。


 左の紫電。


 二つの突きが、同時に剣へ叩き込まれる。


 亀裂が走った。


 レイドの目が、見開かれる。


 次の瞬間、刃が砕け散った。


「……もう、持たなんだ」


 その声に、悔しさはなかった。


 ただ、どこか楽しげだった。


 ルーカスは止まらない。


 左手に、紫の雷が集まる。


紫電一閃(しでんいっせん)


 剣はない。


 それでも、レイドは退かない。


 咄嗟に、右腕を前へ出した。


 利き腕。


 剣を握ってきた腕。


 殺ししか知らない男が、最後に盾へ変えた腕。


 紫の閃光が、大穴の底を走った。


 ルーカスが、レイドの横を通り抜ける。


 遅れて、雷が落ちた。


 右腕から胸元へ。


 紫電の線が、焼き付いていた。


 焦げた匂いが、風に混ざる。


「見事……」


 レイドは、背中から倒れた。






 誰も、すぐには声を出せなかった。


 銀翼第四席。


 百屍のレイド。


 その男が、黒牙第六席補佐見習いに敗れた。


「……勝った」


 誰かが呟く。


「勝ったぞ……」


 次の瞬間、黒牙側が爆発した。


「ルーカス!!」


「やりやがった!!」


「補佐見習いが、第四席を……!」


 だが、ルーカスは振り返らなかった。


 レイドの前に、膝をつく。


 息はある。


 だが、浅い。


 右腕から胸元へ、紫電の跡が焦げ付いている。


 傷は、かなり深かった。


「お願いします……」


 ルーカスが呟くと、シルフたちが小さく頷いた。


 風が、レイドの傷へ集まっていく。


 焼け焦げた右腕。


 胸元に走った紫電の跡。


 斬られ、焼かれ、裂けた肉を、小さな風の精霊たちが包んでいく。


 完全に戻るのかは、ルーカスにも分からない。


 それでも、命だけは繋ぎたかった。


 殺さない。


 そのうえで、負けない。


 それは、ただ相手を倒すことではない。


 倒した相手の命まで、拾い上げることだった。






 ルーカスは、ふらつきながら大穴の階段を上がった。


 右手の風も、左手の紫電も、もう消えている。


 ただ、体の奥に残った熱だけが、まだ歩けと命じていた。


「おい、お前」


 銀翼側から、低い声が飛んだ。


 ギリオだった。


 ルーカスは足を止め、振り返る。


「はい……?」


 ギリオは、大穴の底で倒れているレイドを見ていた。


「あの傷だ」


 声は低い。


「恐らく、あいつはもう二度と武器を持てねぇ」


 ルーカスの喉が詰まった。


「あいつから、最後の誇りを取り上げたな」


 殺さなかった。


 命は繋いだ。


 そう思いたかった。


 でも、レイドにとって剣は命と同じだったのかもしれない。


 殺ししか知らないと言った男から、殺しの手段を奪った。


 それは救いなのか。


 罰なのか。


 ルーカスには分からなかった。


 それでも、答えは変わらない。


「……それでも、命が無くなるよりはマシです」


 ギリオの目が細くなる。


「そうか……恨むぜ」


 ルーカスは、黒鋼手甲を握った。


 逃げたくなる。


 謝りたくなる。


 けれど、それは違う気がした。


 自分で選んだ。


 殺さないと決めた。


 その結果まで、受け取らなければならない。


「覚悟の上です」


 ギリオはしばらく黙った。


 そして、短く言う。


「なら、背負え」


「はい」


 ルーカスは頷いた。


 勝った。


 でも、何もかも綺麗に終わるわけではない。


 それでも。


 この選択を、自分は後悔しない。


 殺さない。


 そのうえで、絶対に負けない。


 それは、思っていたよりずっと重い道だった。

あとがき


第14話「才能開花」でした。


今回は、ルーカス対レイドの決着回です。


前回で風と雷に目覚めたルーカスですが、今回はそこからさらに一段、二段と才能が開いていく話になりました。


ただ、相手は銀翼第四席、百屍のレイド。


殺しで生きて、殺しで強くなってきた男です。


百屍の無刃デッドリー・ニル・エッジや、百屍統魂・解放デッドストック・アンリーシュドなど、レイド側の本気もかなり強めに描きました。


ハルトの深淵が「理由のない原初の恐怖」なら、レイドは「明確に死ぬと分かる恐怖」。


似ているようで違う怖さとして書いています。


そして、ルーカスはその死の気配を前にしても、恐怖ではなく「すごい」「まだ上がある」と感じるタイプです。


優しくて、不殺を掲げているのに、戦闘中の感覚はかなり怪物寄り。


今回のタイトル通り、まさに才能開花の回でした。


新たに出た精霊寵愛者せいれいちょうあいしゃ、トニトルス、シルフたち、そして神霊器化(エーテル・アームズ)


ルーカスの「殺さない。そのうえで負けない」という道が、少しずつ形になってきたかなと思います。


ただ、殺さなかったから全部が綺麗に終わるわけではありません。


ギリオの言葉の通り、命を救ったとしても、奪ってしまうものはある。


ルーカスの不殺は、ここからさらに重くなっていきます。


良ければ感想や反応をもらえると嬉しいです。

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