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異世界転生した底辺盗賊の俺、悪名を喰らって悪の帝王へ成り上がる  作者: タクト
第五章 銀翼と不殺の牙

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第13話 鬼退治



 大穴の縁がざわめいた。


 人を殺さない。


 そのうえで、絶対に負けない。


 黒牙の中で、それはあまりにも甘く、あまりにも欲張りな宣言だった。


 ハルトは、少しだけ口角を上げた。


「へぇ」


 呆れたような、面白がるような声だった。


「そっちで決めたか。ルーカスらしいな」


 セリカが、深く息を吐く。


「はい。本当に馬鹿ですね」


「はは」


 ハルトは笑った。


「けど、それでいい。あいつらしい」


 イグニスが腕を組み、面白そうに目を細めた。


「いいの? すごーく大変になると思うけどね」


「責任は取る」


 ハルトは即答した。


「処理はセリカに任せる」


 セリカの目が、すっと細くなる。


「ハルト様」


「あ?」


「話があります」


 ハルトは、ほんの少しだけ視線を逸らした。






 レイドは、ルーカスを見ていた。


「主あってのお前、ということか」


 その声に、感情はほとんどない。


 ただ、刃のような納得だけがあった。


「しかし、力なき言葉も、言葉なき力も脆い」


 レイドが剣を構える。


「見せてみろ」


 剣先が走った。


 さっきより一段。


 いや、二段速い。


 ルーカスの全身から、同時に血飛沫が上がった。


「っ……!」


 両手で急所だけは止めた。


 首。


 目。


 心臓。


 腹。


 黒鋼手甲が、致命の線だけを必死に弾く。


 だが、それ以外は斬られる。


 肩が裂ける。


 太ももが切れる。


 脇腹に熱が走る。


 次の瞬間、ルーカスの体は吹き飛ばされていた。


 砂利の上を転がる。


 肺から空気が抜けた。


「がっ……!」


 血を吐く。


 重い。


 速い。


 痛い。


 さっきまでの攻撃が、様子見だったのだと分かる。


 この人は、全然本気じゃなかった。


 当たり前だ。


 来る日も来る日も、百の屍を重ねた人だ。


 騎士を相手にして、生き残ってきた人だ。


 生半可な強さなわけがない。


 銀翼第四席。


 幹部が到達する、Sクラスの領域。


 多分、この人もそこにいる。


 イグニス様たちと、同じ線の上に立てる人だ。


「ふむ」


 レイドが、剣についた血を見た。


「人を斬っているとは思えんな」


 ルーカスは、息を荒げながら起き上がる。


「まるで貯水タンクを叩いているような感覚だ」


 内功のおかげだ。


 ありったけの魔力を体の内側へ巡らせている。


 外側には、ありったけの魔力を広げている。


 黒鋼手甲で受ける。


 気功術で耐える。


 外の魔力で刃を鈍らせる。


 自分でも情けないくらい、防御だけだった。


 手も足も出ない。


 それでも、まだ致命傷はもらっていない。


 体は動く。


 頭も回っている。


 やれる。


「しかし」


 レイドが剣先を下げる。


「威勢は止まったか」


 ルーカスは、荒い息を吐いた。


 止まっていない。


 止まっていないはずだ。


 けれど、どうすればいいのか分からない。


 許せなかった。


 ハルトを馬鹿にされたことが。


 人生で喧嘩なんて、ほとんどしたことがない。


 誰かに本気で腹を立てることも、ほとんどなかった。


 なのに、ムキになってしまった。


 わざわざ癪に触るようなことまで言ってしまった。


 ハルト様は、どうしてこの黒鋼手甲をくれたんだろう。


 ベルノさんでもよかった。


 シャノンさんでもよかった。


 いや、違う。


 この手甲は、誰に渡してもいい品じゃない。


 安い品ではない。


 ただの防具でもない。


 拳で戦う者。


 格闘家モンクのような者が使うための武具だ。


 第六席陣営で、素手で戦うのは俺しかいない。


 ハルト様は、俺にくれた。


 俺に、これを渡してくれた。


 応えたい。


 強くなりたい。


 信じてくれた。


 勝ちたい。


 倒したい。


 何より。


 ハルト様の価値を、証明したい。


「どうした」


 レイドが歩いてくる。


「ダンゴムシのように守ってばかりでは、死ぬぞ」


「……うるさいです」


 ルーカスは、ゆっくり立ち上がった。


 血が落ちる。


 息が熱い。


 視界の端が赤い。


「終わりにしようか」


 レイドが剣を上げる。


 ルーカスは、ふと口を開いた。


「ルヴェリアの風神雷神。知ってますか?」


「……?」


 レイドの眉が、わずかに動く。


「俺には、当たり前すぎたんです」


 ルーカスは血を拭った。


「全然すごいと思ったことも、尊敬したこともなかった」


 父は、風刃(ふうじん)のアーヴィン。


 母は、雷刃(らいじん)のエレナ。


 二人合わせて、ルヴェリアの風神雷神。


 英雄夫婦。


 でもルーカスにとっては、家にいる父と母だった。


 強いことも。


 有名なことも。


 特別なことも。


 あまりにも近すぎて、分からなかった。


「でもね」


 ルーカスは、黒鋼手甲を握る。


「もし、それが俺にも受け継がれていたとしたら」


 血の混じった息を吐く。


「今だけは、感謝してもしきれないんですよね」


「何が言いたい」


「親の七光りでもいい」


 ルーカスの右手に、風が逆巻いた。


 砂利が浮く。


 大穴の底に、細い風の輪が生まれる。


「今ここで勝ちたい」


 左手に、紫電が走った。


 ぱち、と小さな雷が鳴る。


「父さんの風も」


 右手の風が渦を巻く。


「母さんの雷も」


 左手の紫電が、黒鋼手甲の上を走る。


「全部、俺が使う」


 ルーカスの目が変わった。


 場の空気が変わったことに、縁にいた者たち全員が気づいた。


 ルーカスは盗賊だ。


 黒牙第六席の補佐見習いだ。


 けれど、その血筋は違う。


 SS級冒険者二人の子。


 ルヴェリアの風神雷神。


 英雄になる瞬間は、唐突に来る。


 ルーカス・グランベルは今日、初めて自分の才能を開花させる。


 一歩、歩く。


 魔力が深まる。


 もう一歩。


 風が強くなる。


 さらに一歩。


 紫電が濃くなる。


 レイドが笑った。


「なるほど」


 剣を構える。


「鬼が出たか」


 ルーカスは、ゆっくり息を吸う。


「貴様の才能の片鱗は、幾度と見た。気づくべきだったか」


 レイドの笑みが、少し深くなる。


「いや、より早く切り伏せればよかった。だが、存外楽しくてな。貴様との問答が」


「俺は、少しだけ腹が立ちました」


 ルーカスも、なぜか笑っていた。


「でも、楽しかったです」


「ほう」


「成長するのって、楽しいですね」


 レイドの目が、鋭くなる。


「この戦いで来られるか? 高みに」


「はい」


 ルーカスが沈むように構えた。


「行きます」


 次の瞬間、ルーカスの血だけが、その場に置いていかれた。


紫電一閃(しでんいっせん)


 高速の左手刀。


 紫電をまとった黒鋼手甲が、大穴の底を裂く。


 誰も、目では追えなかった。


 雷だけが走った。


 だが。


 レイドは、息をするようにそれを止めていた。


 剣の腹で、ルーカスの左手刀を受けている。


「分かりやすい太刀筋だ」


 レイドが笑う。


「次」


 紫電が、大穴を往復した。


 一度。


 二度。


 三度。


 雷光が何度も走る。


 だが、レイドは止める。


 受ける。


 流す。


 まだ届かない。


「風の力も使おうか……!」


 ルーカスの右手に、風が集まる。


 足元で、空気が爆ぜた。


 破裂音。


 衝撃波。


 ルーカスの体が、雷だけではない軌道で跳ねた。


 直線ではない。


 風が身体を押し、紫電が反応を上げる。


 雷の速さ。


 風の軌道。


 その二つが、一瞬だけ噛み合った。


 レイドの剣が弾かれる。


 初めて。


 本当に初めて、レイドの剣先が大きく外れた。


「……!」


 レイドの目が見開かれる。


 風と雷の加速を、天性の才能で。


 たった一度で、モノにする。


疾風迅雷(しっぷうじんらい)


 レイドが笑った。


「鬼が……!」


 ルーカスは右拳を引いた。


 風が拳に集まる。


 黒鋼手甲の周囲で空気が圧縮される。


 ただ殴るだけじゃない。


 前へ押す風。


 後ろから追う風。


 周囲を削る真空。


 全部を拳の一点へ集める。


一陣之風(いちじんのかぜ)!!」


 渾身の右拳が、レイドの体に入った。


 だが、レイドの体はすぐには飛ばなかった。


 むしろ、追い風と真空に捕らえられたように、拳へ吸い込まれる。


 一瞬。


 空気が、限界まで歪む。


 そして。


 風が暴発した。


 轟音。


 レイドの体が吹き飛ぶ。


 地面を削りながら後退し、剣を岩場へ突き刺して止まる。


 大穴の底に、風が残っていた。


 ルーカスは荒い息を吐きながら、右拳を下ろした。


 右手には風。


 左手には紫電。


 その両方が、まだ消えていない。


 レイドは、ゆっくり顔を上げた。


 口元が、笑っていた。


「……まだ、ですよね」


 ルーカスが言う。


 レイドは、岩場に突き刺した剣を引き抜いた。


 刃が石を削り、火花が散る。


「来い」


 レイドの声が、大穴の底に落ちる。


「鬼退治の時間だ」


 風が鳴った。


 紫電が走った。


 ルーカス・グランベルは、初めて自分の血を掴んだ。


 それでも、相手はまだ倒れていない。


 ここから先が、本当の勝負だった。

あとがき


第13話「鬼退治」でした。


今回は、ルーカスの才能がついに開花する回です。


前回、「人を殺さない。そのうえで絶対に負けない」と宣言したルーカスですが、当然そんな甘いことを言えば、現実に叩き潰されます。


レイドは銀翼第四席。


殺ししか知らず、殺しで強くなってきた男です。


そんな相手に対して、ルーカスはまだ未熟で、甘くて、経験も足りない。


それでも、ハルトにもらった黒鋼手甲、イグニスから受け取った熱、そして自分の中に流れていた風神雷神の血を使って、初めて前へ出ました。


紫電一閃(しでんいっせん)


疾風迅雷(しっぷうじんらい)


一陣之風(いちじんのかぜ)


技名も、ルーカスらしく漢語・四字熟語寄りにしています。


親の七光りでもいい。


今ここで勝ちたい。


このあたりが、今のルーカスの素直な強さかなと思います。


とはいえ、レイドはまだ倒れていません。


ここからが本当の勝負です。


良ければ感想や反応をもらえると嬉しいです。

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