表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生した底辺盗賊の俺、悪名を喰らって悪の帝王へ成り上がる  作者: タクト
第五章 銀翼と不殺の牙

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/108

第12話 殺ししか知らない



 ルーカスは、大穴へ続く階段を降りていた。


 足音が、やけに大きく聞こえる。


 石の階段。


 冷たい風。


 縁から向けられる無数の視線。


 相手は銀翼第四席。


 こちらは黒牙第六席の補佐見習い。


 幹部ですらない。


 正式な補佐ですらない。


 ただの、見習い。


 普通に考えれば、釣り合っていない。


 それはルーカスにも分かっていた。


 分かっているのに、もう足は止まらなかった。


 背中には、まだイグニスに叩かれた熱が残っている。


 場は温めといたよ。


 あとは任せた、新人。


 その言葉が、背中から体の奥へ染み込んでいる気がした。


 黒牙側の縁で、セリカが静かに言った。


「レイドは、かなりの大物です」


 ハルトは大穴の底を見ている。


「黒牙も相当やられています。恐らく、リタイアで済ませる気はありません」


「命を取りに来るってことか」


「はい」


 イグニスが軽く眉を上げる。


「あいつ、大丈夫だよな? 緊張とか」


「大丈夫だ」


 ハルトは短く答えた。


「あいつは……天才だから」


 ルーカスは階段を降り切った。


 足が、大穴の底の砂利を踏む。


 その瞬間だった。


 焦りが消えた。


 恐怖が消えた。


 緊張が消えた。


 不思議なくらい、息が整っている。


 手の震えもない。


 心臓の音も、うるさくない。


 理由は分からない。


 ただ、目の前の男がよく見える。


 白髪の長い男。


 荒々しく、無骨な体。


 外套の胸元で光る、三つの銀バッジ。


 銀翼第四席、百屍(ひゃくし)のレイド。


 レイドは、ルーカスを見て目を細めた。


「なるほど」


 低い声だった。


「階段を降りてくる時とは、まるで別人だな」


 ルーカスは黒鋼手甲を握りしめる。


「黒牙第六席補佐見習い、ルーカス・グランベルです」


 レイドは静かに頷いた。


「銀翼第四席、百屍(ひゃくし)のレイド」


 互いに名乗る。


 その直後、ルーカスの視線は、自然とレイドの胸元へ向いた。


 銀のバッジが、三つ。


 一つではない。


 三つ。


 銀翼幹部にのみ許された証が、外套に並んでいる。


 レイドはそれに気づいたのか、胸元のバッジへ指を添えた。


「気になるか」


「……はい」


「銀翼幹部がバッジを付ける理由は知っているか」


「いえ」


「わざとだ」


 レイドは淡々と言った。


「幹部だと分からせるために付ける。狙われやすくするためだ」


「狙われやすく……?」


「それが銀翼のやり方だ。武闘派の幹部が、自分の席を隠してどうする」


 レイドの指が、一つ目のバッジを叩く。


「力で席を得たなら、力で抑え込む。狙われて倒されるなら、その程度だったというだけだ」


 次に、二つ目。


「これは、逃げようとした第三席のものだ」


 最後に、三つ目。


「これは、同じく逃げようとした第五席のものだ」


 ルーカスの喉が鳴った。


「……殺したんですか」


「ああ」


「それは、殺さないと駄目だったんですか? 掟ですか?」


「掟じゃない」


 レイドは首を横に振る。


「しかし、死ぬべきだと思った」


 ルーカスは、思わず言った。


「死ぬべき人間なんか、いません」


 レイドの目が、少しだけ冷たくなる。


「それは、世界を知らないからだ」


「世界……」


「人の悪意を知らないからだ」


 ルーカスは言葉に詰まる。


 レイドは、遠くを見るような目をした。


「ルヴェリアは恵まれている」


 唐突な言葉だった。


「貧富はある。裏もある。お前たち黒牙のような盗賊組織もある。だが、それでも恵まれている」


「何の話ですか」


「ルヴェリアは、戦争を挑まれることがない」


 レイドは言う。


「軍事力が突出しているからだ。経済力がある。騎士団がいる。聖教会の魔法師団がいる。物資がある。金がある。だから、並の国はルヴェリアに牙を剥けない」


「それが、何の関係が……」


「ある少年の話だ」


 レイドは、剣の柄に指を添えながら語り始めた。


「二十年ほど前、南西に小さな王国があった」


 ルーカスは、何も言えなかった。


「大陸横断運河から遠く、資源も少なく、砂漠ばかりが広がる国だ。農作物はろくに育たず、通る荷もない。人は痩せ、子供は飢えた」


 砂の国。


 飢えた人々。


 ルーカスの知る机の上の地図には、そんな現実まで載っていなかった。


「国は焦った。だから戦争を始めた。奪うためだ。生きるためにな」


「……」


「兵士は減った。国民はさらに痩せた。だから、子供に剣を持たせた」


 レイドの声は変わらない。


 だが、ルーカスには、それが遠い昔話ではないと分かり始めていた。


「物心がついた時には、剣を握らされていた。教えられたのは殺し方だけだ。クラスごとに競わせ、殺す技術だけを磨かせる」


「そんな……」


「十五の成人式は、同じクラスの全員との殺し合いだった」


 ルーカスの呼吸が止まる。


「仲間だったんですか」


「仲間だった」


 レイドは言った。


「だから、全員殺した」


 大穴の底に、風が抜ける。


 ルーカスの背中の熱が、一瞬遠くなる。


「国は蠱毒を作った。クラスの数だけ、蠱毒の剣士が生まれた」


 レイドは自分の手を見る。


「国は一時、栄えた。近隣を黙らせ、奪い、支配した。だが、長くは続かなかった」


「……」


「虎の尾を踏んだ」


 ルーカスは、なんとなく分かった。


「ルヴェリア……」


「その同盟国、南諸島連合だ」


 レイドは頷く。


「ルヴェリアは強かった。圧倒的物量の騎士団。聖教会の魔法師団。物資、資金、兵站。たった三ヶ月で、俺の国は滅んだ」


 俺の国。


 ルーカスは、そこで完全に気づいた。


 これは、ある少年の話ではない。


 レイドの話だ。


「蠱毒の剣士は、ほとんど殺された」


 レイドは静かに言う。


「だが、最後の毒虫は違った。来る騎士を返り討ちにし、百の屍を重ねた。来る日も、来る日もな」


 レイドの胸元で、三つの銀バッジが鈍く光る。


「そして気づいた」


 レイドの声が、少しだけ低くなる。


「俺は、殺すたびに強くなっている」


 ルーカスの背筋が冷えた。


「ユニークスキル。百屍統魂(デッドストック)


 レイドは、ルーカスを見た。


「蠱毒の剣士の最高傑作にして、大虐殺者(ジェノサイダー)


 そして、淡々と言った。


「俺はな、生まれてこの方、殺ししか知らん」


 重い。


 あまりに重い言葉だった。


 ルーカスは何も返せない。


 死ぬべき人間なんかいない。


 さっき口にした言葉が、自分の中で宙に浮く。


 間違っているとは思わない。


 でも、軽かったのかもしれない。


 目の前の男が踏んできた血の上に、その言葉を置くには。


「お前が甘いかどうかは、どうでもいい」


 レイドは剣を下げたまま言った。


「俺はそう思うが……まあ、大事なことは一つだ」


 ルーカスは息を呑む。


「最後にどちらが生きているか、だ」


 瞬きした瞬間だった。


 目の前に、剣の切っ先があった。


「っ!」


 反射的に顔を逸らす。


 頬が裂けた。


 熱いものが一筋、肌を伝う。


 避けた。


 そう思う暇もない。


 レイドの剣が、翻る。


 横薙ぎ。


 黒鋼手甲で受ける。


 金属音が大穴の底で弾けた。


 速い。


 息をつく暇がない。


 斬撃が止まらない。


 上。


 横。


 首。


 脚。


 腕。


 目。


 殺す場所だけを正確に狙ってくる。


 黒鋼手甲がなければ、もう四肢はバラバラになっていた。


「見えているだけで、お前の才能は破格だ」


 レイドは淡々と言った。


 褒めている。


 だが、斬撃は止まらない。


「だが、見えることと、止められることは別だ」


 切っ先が、目に飛んでくる。


 ルーカスは黒鋼手甲を上げた。


 止める。


 その瞬間、腹に蹴りが入った。


「がっ……!」


 体が浮く。


 重い。


 岩場へ転がり、血を吐いた。


 体のあちこちが斬られている。


 浅くない。


 だが、深すぎもしない。


 内功のおかげだ。


 体の内側へ魔力を巡らせる。


 ラインハルトに教わったそれが、刃を少しだけ殺している。


 まだ致命傷はもらっていない。


 体は動く。


 頭も回っている。


 やれる。


「お前の体はおかしいな」


 レイドが目を細める。


「あまりにも刃が通らない。どんな手品を使っている?」


 ルーカスは答えない。


 答える余裕がない。


 立つ。


 黒鋼手甲を構える。


 レイドは、そこで初めてハルトの方を見た。


「お前と俺じゃ、環境が違う」


 視線はハルトに向いたまま、言葉はルーカスへ向いている。


「覚悟が違う。経験が違う。力が違う。技が違う。思想が違う。目的が違う」


 レイドの声は冷たい。


「そして、仕える者の格が違う」


 ルーカスの目が、わずかに動いた。


 レイドはハルトを見る。


「若いな」


 低い声だった。


「到底、席順を与えられる人間には見えない。器が大きいとも思えない。魔力が大きいわけでもない」


 ハルトは黙っている。


 レイドは続けた。


「唯一の功績といえば、エイベル・クロウの功績を掠め取ったような、運だけの金剛砕きか」


 ルーカスの胸の奥で、何かが鳴った。


 レイドは少しだけ目を伏せる。


「もっとも、俺たちにはそれが破壊的だったのだが……」


 そして、ルーカスを見た。


「お前は……何を想い、そこに立っている?」


 ルーカスは、息を吐いた。


 ハルトを見ることはしなかった。


 見なくても、そこにいると分かっていた。


「ハルト様のことは、正直よく知りません」


 大穴の縁が、少しざわついた。


「でも、あんたも知らないだろ。勝手なこと言うなよ」


 レイドの目が、わずかに細くなる。


「ハルト様は、ハルト様なりに重い決断を下してきた。だから、あの席に座ってる」


 ルーカスは、黒鋼手甲を握った。


「金剛? 初めて聞きました」


 その言葉に、銀翼側の何人かが反応する。


 だが、ルーカスは止まらなかった。


「本当にすごい人なら、ハルト様はその百倍すごいんじゃないですか!」


「なぜだ」


「だって、生きてるから!!」


 それは、粗い理屈だった。


 子供のような叫びだった。


 けれど、ルーカスにはそれしかなかった。


 金剛がどれほど強かったのか、知らない。


 エイベルが何をしたのかも、全部は知らない。


 ハルトが何を背負っているのかも、知らない。


 でも。


 ハルトは生きている。


 今も、そこに立っている。


 重いものを抱えて、それでも進んでいる。


「……生きている、か」


 レイドは低く呟いた。


「なるほど。そうだな。侮れない」


「それにさ」


 ルーカスは、少しだけ眉を寄せた。


「おじさんって、話が長いんですよ」


 黒牙側の誰かが、変な音を漏らした。


 セリカが目を閉じる。


 ハルトが小さく息を吐いた。


 イグニスは笑った。


 レイドだけは表情を変えない。


「色々違うって言いましたけど」


 ルーカスは、レイドを見た。


「違うに決まってるでしょ。それぞれの人生が、同じわけないじゃないですか」


「……」


「でも、今分かりました」


 ルーカスは、ゆっくり息を吸った。


「あなたの、殺すしかなかった人生。俺は認めます」


「……認める?」


「はい」


 ルーカスは頷いた。


「俺は世界のことを、あまり知りません。大学を出たばかりで、机の上の世界しか知りませんでした」


 黒鋼手甲が、ぎしりと鳴る。


「黒牙に入って、知らないことばっかりで。うんざりするし、盗賊って汚いし、怖いし、意味分からないことばっかりです」


 でも。


「ベルノさんが、俺の報告書をまとめてくれて」


 脳裏に、真面目な眼鏡の顔が浮かぶ。


「シャノンさんが、みんなを笑顔にして」


 白目で鳴く猫女が浮かぶ。


「セリカ様が、僕を説教してくれて」


 冷たい目で正論を投げてくる補佐が浮かぶ。


「ハルト様が、この黒鋼手甲をくれて」


 黒鋼手甲を握る。


「イグニス様が、背中を見せてくれて」


 背中に、まだ熱が残っている。


「それに、黒牙のみなさんだって……」


 ルーカスは顔を上げた。


「僕は、黒牙が好きです……!」


 声が、大穴に響く。


「今、分かりました!!」


 レイドは何も言わない。


 ただ、ルーカスを見ている。


「そして」


 ルーカスはレイドを見た。


「殺す決断しかできなかったあなたと、俺は違う」


 レイドの目が細くなる。


「俺は、今後も一切、人を殺さない」


 大穴の縁が、ざわめいた。


「そのうえで、絶対に負けない」


「随分と欲張る」


「欲張ります」


 ルーカスは、黒鋼手甲を構えた。


「俺には、それを選べる才能と」


 背中に残った熱。


 黒鋼手甲に宿る重さ。


 そして、ハルトの声。


 行ってこい。


「それを信じてくれる主がいるから!!」

あとがき


第12話「殺ししか知らない」でした。


今回は、ルーカス対レイドの開幕です。


レイドは銀翼第四席。


銀翼幹部のバッジを三つ付けている理由や、彼の過去、そして「殺ししか知らない」という価値観を出す回になりました。


一方で、ルーカスはまだ世界を知りません。


大学を出たばかりで、戦場も、裏社会も、人の悪意も、まだ知らないことだらけです。


だからこそ、レイドの人生を否定するのではなく、認めたうえで「自分は違う」と選ぶ形にしました。


そして今回、ルーカスがようやく自分の答えを出します。


人を殺さない。


そのうえで、絶対に負けない。


かなり欲張りな道ですが、ルーカスにはそれを選べる才能があり、それを信じてくれる主がいる。


レイドの「仕える者の格が違う」という言葉への、ルーカスなりの答えでもあります。


次回から本格的に、ルーカスがその言葉を証明しにいきます。


良ければ感想や反応をもらえると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ