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異世界転生した底辺盗賊の俺、悪名を喰らって悪の帝王へ成り上がる  作者: タクト
第五章 銀翼と不殺の牙

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第9話 雷撃の月姫



 シャノンは、黒牙の構成員に抱えられて戻ってきた。


 白目寸前のまま、口元だけが小さく震えている。


「ニャ……」


「喋らないでください。というか、それは喋っているのですか」


 セリカが治療班へ目を向けた。


「神経毒です。すぐに解毒を」


 黒牙側に、笑いはなかった。


 第二戦は相打ち。


 シャノンはミゼルを倒した。


 だが、勝ち星は取れていない。


 第一戦、ベルノが敗北。


 第二戦、シャノンが相打ち。


 黒牙側は、まだ一つも勝っていなかった。


 銀翼側から、低いざわめきが起きる。


「白煙の牙って言っても、こんなもんか」


「補佐見習いじゃ、まあな」


 その声を、ギリオが帽子のつばの下から制した。


「浮かれんな」


 銀翼側が静まる。


 ギリオは、大穴の向こう側を見ていた。


「次は幹部だ」


 その言葉に、ルーカスは黒鋼手甲を握りしめた。


 自分では駄目だ。


 それだけは分かった。


 この流れで、自分が出るべきではない。


 覚悟もない。


 殺す覚悟も、殺さず勝つ覚悟も、まだ何も形になっていない。


 そんな自分が、このタイミングで出ていいはずがない。


 傍から見れば、ただぼうっと俯いているだけだった。


「まあ、そう気負うなよ。新人」


「え」


 ルーカスが顔を上げる前に、頭を掴まれた。


 ぐい、と引っ張られる。


 次の瞬間、視界が柔らかいものに埋まった。


「むぐっ」


 イグニスだった。


 百八十七ほどあるルーカスの頭を、百七十二ほどのイグニスが、胸元へ抱え込むようによしよしと撫でている。


「席は違うが、後輩だからな」


 イグニスは笑った。


「先輩のかっこいいとこ……見てみたいだろ?」


 その声は軽かった。


 だが。


 ルーカスは、谷間から目だけを上げた。


 イグニスの目が、変わっていた。


 さっきまでの、気のいいおねーさんの目ではない。


 火が、入っていた。


 燃える前の、赤い芯。


「ルカ……てめぇ……」


「殺す……」


「そこ代われ……」


 周囲の黒牙構成員と下部組織から、低い声が漏れた。


 ルーカスは一瞬で青ざめる。


「す、すみません!?」


 慌てて抜け出す。


 イグニスはけらけら笑い、肩を回した。


「じゃ、おねーさんが一勝取ってこようかね」


 その指先に、火が灯る。


 炎は肌を舐め、肩を回り、髪の先で一瞬だけ揺れた。


 そして、すぐに虚空へ散った。


「まあ、見とけよ」


 イグニスは大穴の底へ向かって歩き出す。


「ルヴェリアにおいて、黒牙(こくが)ってもんが」


 赤い髪が、冬風に揺れる。


「伊達じゃないってことをさ」


 銀翼側から、女が前へ出た。


 大きい。


 ルーカスより、ほんの少し低い程度だろう。


 だが、体の厚みがまるで違った。


 広い肩。


 太い首。


 鍛え上げられた腕と脚。


 薄い褐色の肌に、鋭い目。


 顔立ちは整っている。


 だが、美人という印象よりも先に、豪快さが来た。


 拳で語り、雷で黙らせる女の圧が来る。


 可愛い女ではない。


 強い女だった。


 外套の胸元で、銀のバッジが鈍く光った。


 銀翼の幹部にのみ許された証。


「銀翼第二席、雷撃(らいげき)のライザ」


 女が名乗る。


 声は太く、よく通った。


 イグニスは大穴の底に降り立ち、軽く手を振った。


「黒牙第四席、回炎(かいえん)のイグニス」


 ライザの目が、イグニスの体を上から下まで見る。


 それから、鼻で笑った。


「そんな細い体で、私と撃ち合うなんてね」


 ライザの体に、細い稲妻が走った。


 青白い光が、首筋から肩へ、肩から拳へ落ちる。


 イグニスは首を傾げた。


「誰が撃ち合うって言った?」


「は?」


 ライザの眉が寄る。


 イグニスは笑ったまま、ゆっくりと言った。


「勘違いされちゃ困るが、銀翼は格下だよ」


 大穴の縁が、ざわめく。


 ライザの目が鋭くなる。


「歴史がない。力ばかり。組織としての誇りすらないと見える」


「誇りがないだと、てめぇ……!」


「団長、副団長がやられて、やったことといえばハルトへの嫌がらせばっかだろ?」


 イグニスは、軽い声で言い切った。


「それが、お前らの限界だよ」


 ライザの周囲で、空気が弾けた。


 ぱち、ぱち、と青い火花が散る。


「放った言葉は戻せねぇぞ」


 ライザの声が低くなる。


「リタイアはさせねぇ。殺す」


「早いんだろ? あんた」


 イグニスは両腕を広げた。


「早いのは口もみたいだね」


「……」


「弱いものいじめは嫌いじゃない。反撃しないから、好きに殴りなよ」


 イグニスの口元が、少しだけ吊り上がる。


「全部受けて、あんたに勝つ」


 次の瞬間、ライザが消えた。


 いや、消えたように見えた。


 大穴の底を、青白い雷が走る。


 ルーカスの目では追えなかった。


 音が遅れて来る。


 拳。


 膝。


 肘。


 蹴り。


 雷撃をまとった弾丸のような連撃が、イグニスの体へ叩き込まれていく。


 速度だけなら、ハルトより速い。


 なのに、鋭い。


 重い。


 骨が砕けないわけがない。


 肉が裂けないわけがない。


 雷鳴が連続する。


 土煙の中で、青白い光だけが何度も弾けた。


「見えねぇ……!」


「今、何発入った!?」


「イグニス様、反撃してねぇぞ……!」


 縁の黒牙構成員たちがざわめく。


 ルーカスは、黒鋼手甲を握りしめた。


「な、何してるんですか、イグニス様!?」


 喉が勝手に震えた。


「あんなの食らい続けたら……死んじゃう!!」


「イグニスがやるって言うなら、やるんだろ」


 隣で、ハルトが言った。


 焦っていなかった。


 少しも。


「俺も戦ってるところは見たことねぇけどな」


「じゃ、じゃあ!」


「黙って見てろよ」


 ハルトの目は、大穴の底から逸れない。


「黒牙の幹部の言葉を忘れたか?」


 ルーカスは息を呑む。


 まあ、見とけよ。


 ルヴェリアにおいて、黒牙ってもんが。


 伊達じゃないってことをさ。


 ルーカスは歯を食いしばり、土煙を見つめた。


 雷撃が走るたび、土煙が舞い上がる。


 青い光がその中を駆け抜け、雷鳴が骨を叩く。


 やがて、煙が薄れていく。


 いや、違う。


 熱気で散っている。


 土煙の奥に、イグニスが立っていた。


 傷だらけだった。


 腕は折れ、肩は裂け、腹は潰れ、顔にも血が流れている。


 だが、その傷の上を炎が走っていた。


 赤い火が、肉の裂け目を縫うように巡る。


 折れた骨が戻る。


 裂けた皮膚が塞がる。


 血が炎に焼かれて消える。


「傷が……治っていく……?」


 ルーカスは呟いた。


「でも、早すぎる……」


「クロードさんの治療魔法と、現象だけなら似ています」


 セリカが静かに言った。


「ですが、質も速度も違いすぎます」


 イグニスの体が、ほのかに発光していた。


 赤い熱が、内側から漏れているように見える。


回炎(かいえん)のイグニス。王牙四領(テトラレイン)


 セリカは続ける。


「イグニス様は、不死鳥の灯火(ふしちょうのともしび)というユニークスキルをお持ちです」


「不死鳥……」


「魔力の続く限り、傷は再生します」


 セリカの目が、大穴の底へ向く。


「そして、再生した傷は熱を帯びる」


 ライザの拳から、白い煙が上がっていた。


 殴ったはずの手が、焼けている。


 ライザは拳を開き、焦げた皮膚を見た。


 そして、笑った。


「やるじゃないか」


 ライザが、傷だらけのイグニスを見据える。


「熱い女は嫌いじゃないよ」


 イグニスは血を拭い、赤い火を揺らした。


「痺れるね」


 焦げた肌も、裂けた傷も、炎の中で塞がっていく。


「刺激のある女は飽きない」


 ライザの笑みが、獣のものに変わった。


「確かに、銀翼の歴史は浅い」


 その声に、青い火花が混ざる。


「黒牙の二百年に比べれば、数年なんてちっぽけだろう」


 雷が、ライザの足元へ落ちた。


 大穴の砂利が弾ける。


「だがな、私たちは力でのし上がった」


 ライザの髪が、ゆっくり逆立っていく。


「銀翼の席順は純粋な力、戦闘力」


 もう一発、雷が落ちる。


 今度はライザの肩へ。


 青白い光が、巨体を包んだ。


「ロウエンは金剛の腰巾着だったが、私たちの強さだけは揺るがない!!」


 雷鳴。


 空気が震える。


「強さが、私たちの信念だ!!」


 雷撃が、ライザに落ちた。


 髪が完全に逆立つ。


 青白い光が、肌の上を走る。


「触れないなら、触らなければいい」


 ライザが拳を握る。


「殴るだけが脳だと思うなよ」


 イグニスの目が、少しだけ細くなった。


「へぇ」


 唇に笑みが乗る。


「それがあんたの本気か……やるじゃん」


 ライザの青い光が、さらに強くなる。


 辺りが、夜になったように見えた。


 青白い雷光が、太陽の色を塗り潰す。


 昼のはずの採石場が、深夜の底へ沈んだようだった。


 その中心に立つライザは、ただの大女ではない。


 荒々しく、鋭く、そして奇妙なほど美しい。


 雷を纏った月の姫。


 いや、姫というには、あまりに獰猛だった。


月雷天消(げつらいてんしょう)


 ライザの声が、大穴の底に響く。


 青雷が空気を裂いた。


建御雷(タケミカヅチ)!!」


 凄まじい雷撃が、イグニスを襲った。


 青雷は蛇のようにうねり、イグニスを丸呑みにする。


 そのまま後方の壁へ突き抜けた。


 岩壁が裂ける。


 砂利が跳ぶ。


 突風が縁まで駆け上がる。


「うおっ!?」


「伏せろ!」


 縁にいた者たちが、一斉に腕で顔を庇う。


 小さな石が、ルーカスの頬に当たった。


 痛い。


 縁にいるだけなのに、痛い。


 なのに、イグニスはその中心にいた。


「これが、幹部同士の戦い……?」


 ルーカスは呟いた。


「人間じゃない……」


「はい」


 セリカが答える。


「ランクS以上の人は、人間の力ではありません。一個旅団級の力を持っておられます」


「一個、旅団……」


「しかし、黒牙の第五席以上は全員Sランクを超えています」


 ルーカスは、雷の海を見た。


 青白い夜の中に、イグニスの姿は見えない。


 それでも、思い出す。


 彼女は第四席。


 回炎のイグニス。


 王牙四領。


「そうだ……」


 ルーカスの喉が震えた。


「イグニス様は……第四席、王牙四領(テトラレイン)……!」


 青雷の夜が、ゆっくり薄れていく。


 その奥で、赤い光が強くなった。


 朝日。


 一瞬、そう思った。


 違う。


 朝日ではない。


 イグニスだ。


 赤い光が、大穴の底を満たしていく。


 青雷の夜が、赤に押し返されていく。


 イグニスの体から漏れる光は、炎というより朝日だった。


 深夜を焼き、雷の月を沈める、赤い朝。


 雷鳴が、消える。


 残ったのは、真っ赤に光る太陽。


 イグニスだった。


 熱が、縁まで届いた。


 真冬の空気が、急にぬるむ。


「暑……」


「なんだよ、これ……」


 誰かが呟いた。


 ルーカスも、息を呑む。


 縁に立っているだけで、肌が熱い。


 真冬とは思えない。


 初夏の昼に、急に放り込まれたようだった。


 ライザは肩で息をしていた。


 拳を下ろし、赤い光の中のイグニスを見る。


「強ぇな……」


 その口元に、笑みがある。


「あんたで第四席って……どうなってんだよ黒牙は……」


「私なんてまだまださ」


 イグニスは笑った。


「怪物は頭。あと、未知数が一名……」


 ライザの視線が、ハルトの方へ一瞬だけ向いた。


「あんたも十分怪物だろ」


「レディに怪物なんて言うもんじゃない。そうだろ?」


 ライザは、声を出して笑った。


「はは」


 焦げた拳を握り直す。


「いい女だ……」


 青い雷が、一度消えた。


「いい女には、私の全部をぶつけたい」


 ライザがイグニスを見る。


「待ってもらえるか?」


 イグニスは、当然のように頷いた。


「いいよ」


 赤い光をまとったまま、笑う。


「全力を見せてみな」


 ライザの雷が、完全に消えた。


 縁が一瞬、静まり返る。


 終わったのか。


 誰かがそう思った、その瞬間。


 空から雷が落ちた。


 一つではない。


 二つ。


 三つ。


 四つ。


 何発もの雷が、ライザ自身へ降り注ぐ。


 凄まじい音と光に、縁から悲鳴が上がった。


「まだ上がるのかよ……!」


 ルーカスは腕で顔を庇いながら、目だけは逸らせなかった。


 青白かった雷が、変わっていく。


 白へ。


 青雷が、白雷へ。


 赤い朝日に沈められた月が、もう一度、眩く上がる。


月雷天消(げつらいてんしょう)


 ライザが、ゆっくり前へ屈んだ。


 白雷を纏った巨体が、一本の光へ変わっていく。


 遠距離攻撃ではない。


 あれは、突進。


 自分自身を雷に変える一撃。


輝夜(かぐや)


 音が、消えた。


 そう感じた。


 白い月光が、大穴を一本に裂いた。


 ライザが動いた、という認識すら遅れる。


 一本の白い光が、イグニスへ届いた。


 遅れて、爆音。


 地面が爆ぜる。


 壁が割れる。


 縁に立つ者たちの髪が、突風で後ろへ流れた。


 そして。


 イグニスの頭が、消えていた。


 首から上が、跡形もない。


 赤く光っていた体だけが、そこに残っている。


 誰も、声を出せなかった。


 ルーカスの喉が、小さく震える。


「イグニス……さん……!」


 その声は、雷鳴の残響に呑まれた。

あとがき


第三戦、イグニス対ライザ開幕です。


今回は個人的に、かなりお気に入りのバトルになりました。


火と雷。


黒牙と銀翼。


二百年の歴史と、力だけでのし上がった数年。


そして、赤い朝日と青雷の夜、そこからもう一度上がる白雷の月。


書いていて「これはベストバウト候補かもしれない」と思えるくらい、かなり楽しい回でした。


ライザも最初は豪快な雷撃使いの大女くらいのイメージでしたが、技名と演出が噛み合って一気に好きなキャラになりました。


イグニスの「黒牙幹部」としての格も、少し見せられたかなと思います。


最後はかなり不穏な引きになりましたが、次回はもちろんこの続きです。


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