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異世界転生した底辺盗賊の俺、悪名を喰らって悪の帝王へ成り上がる  作者: タクト
第四章 白煙と新しい牙

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第8話 まっさらな怪物



 ラインハルトの視線が、最後の一人へ向いた。


 道場の端で、ぼーっと立っていた少年。


 ルーカス・グランベル。


 風刃(ふうじん)のアーヴィン。

 雷刃(らいじん)のエレナ。


 二人合わせて、ルヴェリアの風神雷神と呼ばれる英雄夫婦の息子。


 壁をふた飛びで越えた。

 特徴記憶では、変な書き方で全部当てた。

 白煙の恐怖を、寒い程度にしか感じなかった。


 だが、その実力を俺たちはまだ知らない。


「次は、お前だ」


 ラインハルトが言った。


 ルーカスは、自分を指差した。


「……僕ですか?」


「ああ」


「何をすればいいですか?」


「何ができるかを見る」


 ルーカスは少しだけ考えた。


 それから、いつもの調子で頷いた。


「分かりました」


 その返事は、あまりにも普通だった。


 だが、道場の空気がまた静かに張り詰める。


 ラインハルトが木刀を構えた。


 ルーカスは、ぼんやりとそれを見ている。


「武器は?」


 ラインハルトが聞いた。


 ルーカスは少し考えてから答えた。


「武器は、一通り握らせられました」


「ほう」


 ラインハルトの目が、わずかに細くなる。


「さすがだな。ならば、この木刀を使うがいい」


 ラインハルトは木刀を一本、ルーカスへ投げ渡した。


 ルーカスはそれを受け取る。


「はい……」


 ラインハルトは、自分の木刀を置いた。


 そして首にかけていた手ぬぐいを外す。


「また手ぬぐいかよ」


 俺が呟くと、ラインハルトは静かに構えた。


「手を抜いているわけではない」


「そうなのか?」


「得物を落としてこそ、本気でやらせてもらう」


「どういう理屈だよ」


 だが、分かる。


 木刀を持っていた時より、空気が鋭い。


 ただの手ぬぐいだ。


 なのに、あれは武器だ。


 少なくとも、ラインハルトが持てば。


「ルーカス・グランベル」


 ラインハルトが言った。


「噂は聞いている。かの風刃(ふうじん)アーヴィンと、雷刃(らいじん)エレナの子息とな」


「ええ、そうですよ」


 ルーカスは、いつもの調子で頷いた。


 緊張している様子はない。


 それが逆に怖い。


 風神雷神の息子。

 壁をふた飛びで越えた身体能力。

 異常な観察眼。


 ようやく、こいつの実力が見える。


 そう思った。


 ……はずだった。


「な、何をしている」


 ラインハルトの声が揺れた。


「え?」


 ルーカスが首を傾げる。


「なんだ、その、素人みたいな握り方は」


 見ると、ルーカスは木刀の先端近くを片手で掴んでいた。


 小さな子供が、拾った棒を前に突き出すような持ち方。


 構えというか、ただ持っているだけ。


 剣でもなければ、棒術でもない。


 棒切れを持っている少年だった。


「棒切れじゃあるまいし」


「木刀は、木の棒では?」


「そういう意味ではない」


 ラインハルトのこめかみが、わずかに動く。


「一通り握ってきたのだろう?」


「はい。握ってきました」


「握っただけか!?」


「はい」


「なぜだ!」


「渡されたので」


「そういう意味ではない!」


 俺は頭を押さえた。


「お前、まさか武器の訓練してないのか?」


「持ったことはあります」


「使ったことは?」


「振ると危ないと言われました」


「そりゃそうだろうな!」


 思わず声が出た。


 ルーカスは木刀の先を掴んだまま、ぼんやりと言う。


「父と母が、冒険者だけが道ではないと言っていたので」


「冒険者だけが道ではない?」


「はい。なりたくなった時に教えてあげる、と」


 ラインハルトが眉を寄せた。


「では、武術は習っていないのか」


「少しだけです。握り方とか、持ち方とか」


「振ってはいないのか」


「危ないので振らないように言われました」


「危ないのは当然だ!」


 ラインハルトが叫んだ。


 シャノンが横から口を挟む。


「洞窟とかには行ったことないのか?」


「あります」


「あるのかよ」


「洞窟探索とか、ドラゴン退治とか」


「ドラゴン退治!?」


 シャノンの尻尾が跳ねた。


「でも、父と母が倒していたので」


「お前は?」


「見てました」


「見てた?」


「見る係でした」


 ベルノが静かに眼鏡を押し上げる。


「見る係でドラゴン退治に同行するのは、一般的ではありませんね」


「一般的じゃないのは分かってたけど、改めて聞くとやばいな」


 セリカが補足するように言った。


「ルーカスは十六歳で大学院を卒業しています」


「大学院?」


「高等教育機関のさらに上です」


「こいつ、頭いいのか?」


「はい。かなり」


 ルーカスは木刀を棒のように持ったまま首を傾げた。


「勉強は、座っていれば終わりますから」


「天才の言い方やめろ」


 ラインハルトは額に手を当てた。


「……なるほど」


「何が分かった?」


「型がない」


 ラインハルトはルーカスを見た。


「技もない。癖もない。武器を振るための常識すらない」


「駄目じゃねぇか」


「だが、身体と目と頭は異常に良い」


 ラインハルトの目が、少しだけ鋭くなる。


「まっさらな怪物だな」


「怪物……」


 ルーカスが少ししょんぼりした。


「いや、褒めてるんじゃねぇの?」


「褒めている」


 ラインハルトは真顔で言った。


「半分は」


「半分ひどいな」


 ルーカスは木刀を持ったまま、困った顔をしていた。


「まあ、いい」


 ラインハルトは息を吐いた。


「では、思うように振ってみろ」


「振る、ですか?」


「うむ。全力でな」


「全力……」


 ルーカスは木刀を片手で持ったまま、少し考え込んだ。


「難しいな」


「難しい?」


「全力って、どうするんだろう」


 ルーカスは左手の拳を顎に当てた。


「全力って、どうなったら全力って分かるんですか?」


「全力は全力だ!」


 ラインハルトの声が道場に響く。


 ルーカスは少しだけ沈黙した。


「………はい」


 道場が静かになる。


 俺は思わず声をかけた。


「大丈夫か……ルカ?」


 ルーカスは、いつものぼんやりした顔で頷いた。


「……大丈夫だと思います」


「思います、か」


「いきますよ」


 ルーカスは、その場で木刀を振ろうとした。


 距離は、三メートルほどある。


 当然、届くはずがない。


「なぜその場で振ろうとしている!? 踏み込まぬか!」


 ラインハルトが叫んだ。


 その瞬間。


 一瞬、時が止まったように感じた。


 次の瞬間、道場に激しい破裂音が響いた。


 ルーカスの手から、木刀がすっぽ抜けた。


 それは、ただの木刀ではなかった。


 弾丸だった。


 木刀はラインハルトの頬をかすめ、背後の壁へ飛ぶ。


 突き刺さる。


 そう思った。


 違った。


 抜けた。


 壁に、丸い穴が空いている。


 その向こうに、雪の降る外が見えた。


「……」


「……」


 誰も喋らなかった。


 道場の中に、冷たい風がひゅうと入り込む。


 シャノンの魔力の尻尾が固まっている。


 ベルノは眼鏡の奥で目を見開いていた。


 セリカも、珍しく無言だった。


 俺は、ゆっくりとラインハルトを見た。


「ラインハルト、大丈夫か?」


 ラインハルトは、頬に浮いた薄い傷へ指を当てる。


 血が、一筋だけ流れていた。


「殺気が無さすぎて、見えなかった」


「お前でも?」


「初めてだ」


 ラインハルトは静かに言った。


「見えなかったのではない。見えるものがなかった」


「それ、もっと怖いんだけど」


 ラインハルトは、ルーカスを見た。


 ルーカスは、空になった手を見つめて首を傾げている。


「すみません。飛んでいきました」


「飛んでいきました、じゃねぇよ」


 俺は思わず額を押さえた。


 ラインハルトは壁に空いた穴を見る。


 その向こうには、まだ雪の降る外が見えている。


 木刀は、もう見えない。


 たぶん、外まで飛んでいった。


「……ハルト」


「なんだ」


「こいつに武器は持たせるな」


「……」


「被害が出る」


 ルーカスの眉が少し下がった。


「でも俺、私生活でこんなことになったことないのに……」


 珍しく、声が弱い。


「全力出せとか言うからさぁ」


 泣きそうだった。


 シャノンが目を丸くする。


「え、泣くのか?」


「泣いてません」


「泣きそうだぞ」


「泣きそうなだけです」


「泣いてる寄りだろ」


 ラインハルトが静かに言った。


「泣くんじゃない」


「はい……」


「よいか、ルーカス」


 ラインハルトの声が、少しだけ真面目になる。


「誰かを守るために、全力を出す日は必ず来る」


 ルーカスは顔を上げた。


「その時、自分の大きな力に飲まれぬよう、今のうちに知っておくのだ」


「何をですか?」


 ルーカスが聞く。


 ラインハルトは即答した。


「自分のイカレ具合を」


「ラインハルト!?」


 俺は思わず叫んだ。


 真面目な流れだったのに、最後がひどすぎる。


 ルーカスは本格的にしょんぼりした。


「酷すぎるよぉ」


「にゃはははっ!」


 シャノンが腹を抱えて笑った。


 ベルノも、口元を押さえている。


「ベルノ、お前今笑っただろ」


「いえ」


「笑ったな」


「少しだけです」


「認めた」


 ルーカスはまだ少し落ち込んでいたが、さっきよりは空気が柔らかくなった。


 ラインハルトは、もう一度壁の穴を見る。


「だが、冗談ではない」


「冗談じゃなかったのかよ」


「力は、あるだけでは危険だ。扱えなければ、自分も周囲も壊す」


 その言葉で、俺は黙った。


 割れた印。

 力加減のズレ。

 悪名補正で勝手に強くなる身体。


 それは、俺にも当てはまる話だった。


 ラインハルトは、俺とルーカスを順に見た。


「こやつは力の制御を学ばせよう。これでは、グランベル家では大丈夫でも、外では危険だ」


「はい……」


 ルーカスは小さく頷いた。


 ラインハルトの視線が、今度は俺へ向く。


「そして、本題はお前だ。悪童」


「やっとかよ」


「牙宴の時から見えていた」


「何が」


「貴様の魔力だ」


 ラインハルトは木刀を置き、静かに言った。


「荒い。深い。冷たい。外へ漏れすぎている」


「……」


「だが、ただ大きいだけではない。内側に流せば、かなり化ける」


「牙宴の時から分かってたのか?」


「ああ」


「じゃあ、俺がここに来ると思ってたのか」


「来ると思っていた」


 ラインハルトは、当然のように言った。


「勝手に増える力に、いずれ身体が追いつかなくなる。そうなれば、外へ漏れた力で周囲を壊す」


 俺は何も言えなかった。


 実際、印を砕いたばかりだ。


 しかも、さっきのルーカスを見たあとだ。


 制御できない力がどれだけ危ないか、目の前の壁が証明している。


「だから、教える」


「気功術か」


「そうだ」


 ラインハルトは道場の中央へ歩いた。


「魔力を外へ出して形にするのが魔法なら、気功術は内へ巡らせる技だ」


 雪の音が、遠くで聞こえた。


「骨、筋肉、血、呼吸、重心。そのすべてに流れを作る」


「流れ……」


「外に漏れる力を、内側で通せ」


 ラインハルトは静かに構える。


 手ぬぐいでも、木刀でもない。


 ただ立っている。


 それだけで、道場の空気が沈んだ。


「まずは立て、悪童。ルーカス、お前もだ」


「立つ?」


 俺が聞き返す。


「そうだ」


「それだけか?」


「それもできぬ者が、力を扱えると思うな」


 俺は息を吐いた。


 勝手に強くなる身体。

 自分でも分かっていない、大きすぎる力。


 俺も、ルーカスも。


 たぶん、今のままでは危ない。


 ラインハルトは道場の中央に立つ。


 木刀も、手ぬぐいも持っていない。


 ただ立っている。


 それだけで、道場の空気が沈む。


「ここからは、気功術を教える」


 ようやく、本題が始まった。

あとがき


第4章「白煙と新しい牙」第8話でした。


今回はルーカス回です。


風神雷神の息子ということで、いよいよ実力が見えるかと思いきや、武器は「握っただけ」でした。


ただ、身体能力そのものは完全に規格外。


殺気もなく、型もなく、本人に悪気もなく、木刀だけが弾丸みたいに飛んでいくという、かなり危ないタイプです。


ラインハルトいわく、まっさらな怪物。


そして今回、ルーカスだけでなくハルトにも共通する課題が出ました。


力はある。


けれど、扱えなければ周囲を壊す。


悪名補正で勝手に強くなるハルトと、無自覚に大きな力を持っているルーカス。


二人に必要なのは、力を増やすことではなく、力を制御すること。


次回からは、いよいよ気功術の修行です。


よろしくお願いします。

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