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異世界転生した底辺盗賊の俺、悪名を喰らって悪の帝王へ成り上がる  作者: タクト
第二章 金剛砕き

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第5話 目的を忘れるな



 銀翼の襲撃が終わったあとも、館の中はしばらく騒がしかった。


 壊れた門。


 砕けた外壁。


 血のついた石畳。


 引きずられていく銀翼の死体。


 傷を負った黒牙(こくが)の構成員たちが、舌打ちしながら包帯を巻き、割れた窓や扉を片づけている。


 勝った。


 少なくとも、襲撃は退けた。


 だが、誰も喜んではいなかった。


「勝ちじゃねぇのか」


 ハルトが言うと、エイベルは壊れた外門を見ながら首を横に振った。


「勝ちではありません」


「ガレスってやつ、倒しただろ。銀翼の幹部なんだろ?」


「倒しました。ですが、襲われた時点で、こちらは舐められています」


「……舐められたら終わり、か」


「ええ」


 エイベルは、地面に落ちていた銀翼の布を拾った。


 銀色の羽根の印。


 さっきまでガレスの部下たちが腕に巻いていたものだ。


「第六席が空いたことで、この区画は薄いと思われている。今回の襲撃は、それを確かめるための一手でもあります」


「確かめるために、館に突っ込んでくるのかよ」


「銀翼は、そういう組織です」


 エイベルは淡々と言った。


「武闘派。力で奪い、力で広げる。黒牙よりも分かりやすく、荒い」


「脳筋ってことか」


「半分は正解です」


「半分?」


「銀翼が大きくなった理由は、力だけではありません」


 エイベルは館の中へ歩き出した。


 ハルトも後を追う。


 右腕はまだ痛い。


 窮鼠猫噛(キュウソネコカミ)で無理やり人間を投げ飛ばしたせいで、筋の奥が焼けるように熱を持っている。


 クロードに見せたら、たぶんまたあの優しい顔でため息をつかれる。


 またあなたですか。


 そんな声が聞こえた気がした。


 エイベルは、館の一室に入った。


 机の上には、この区画の地図らしきものが広げられている。


 通り。


 倉庫。


 水路。


 酒場。


 カジノ。


 知らない印がいくつも書き込まれていた。


「銀翼の団長は、金剛と呼ばれています」


 エイベルは地図の上に指を置いた。


「小規模、中規模の盗賊団なら、ほぼ一人で潰してきた男です」


「一人で?」


「ええ。刃も魔法も通らない。なのに、金剛の抜き手は鎧も盾も肉も骨も貫く」


「……化け物じゃねぇか」


「化け物です」


 エイベルは否定しなかった。


「ガレスも倒せた。幹部を一人やれたなら、団長くらい……」


「不可能です」


 即答だった。


 あまりにも早かった。


「言い切るなよ」


「言い切れます。ガレスは強い。ですが、せいぜいAからA+相当です」


「せいぜいって。十分強かったぞ」


「十分に強い。ですが、A+とSの間には、大きな線があります」


「線?」


「人と怪物を分ける線です」


 ハルトは黙った。


 エイベルの声は、いつも通り静かだった。


 だが、そこに冗談はなかった。


「S級に届く者は、もはや普通の強者ではありません。戦い方、魔力量、肉体、経験。そのどれか一つ、あるいは全てが、人の枠から外れています」


「……じゃあ、SSは?」


「人類の到達点に近い」


 エイベルは言った。


「銀翼団長、金剛はSS級です。正面から勝つのは不可能です。こちらの団長や副団長ならともかく、十席でも勝てる者は限られるでしょう」


「そんなにかよ」


「そんなにです」


 エイベルは地図の上で、銀翼の印がついた場所を指でなぞった。


「ですが、銀翼が拡大した理由は金剛だけではありません」


「どういうことだよ」


「金剛は潰す力です。敵対する盗賊団を潰す。拠点を潰す。守りを砕く。ですが、潰したあとに取り込む力ではありません」


「取り込む?」


「残党をまとめる。金を流す。縄張りを管理する。次の標的へ向かわせる。潰した場所を、銀翼のものに変える」


 エイベルは、別の印を指した。


「それをやったのが、副団長です」


「副団長……」


「戦闘力は低い。ですが、銀翼を数年で五百人規模へ押し上げた頭脳です」


 ハルトは地図を見下ろした。


 銀翼の印は広い。


 思ったよりも、ずっと広い。


 金剛が拳で潰した場所を、副団長が銀翼の形にしていった。


 暴力だけじゃない。


 金。


 人。


 縄張り。


 命令。


 そういうものを動かす奴がいる。


「だから、金剛は狙いません」


 エイベルが言った。


「じゃあ、どうする」


「頭を落とします」


「副団長か」


「はい」


 エイベルの指が、地図の端にある印で止まった。


「金剛を正面から砕く必要はありません。銀翼を広げている頭脳を止めればいい」


「でも、そいつを殺してどうすんだよ。黒牙の上のやつに任せればいいだろ」


「意味がありません」


「意味がない?」


「黒牙の幹部が倒せば、それは幹部の功績です。私の功績にはならない。君の功績にもならない」


 ハルトは少しだけ眉を寄せた。


「功績」


「私が第六席へ上がる足がかりにするなら、私たちで落とさなければなりません」


「自分のためかよ」


「当然です」


 エイベルは表情を変えずに言った。


「ですが、君にも利益があります」


「俺に?」


「黒牙での地位が上がれば、粛清に近づける。悪名も増える。君がニオへ届くための足場になります」


 ニオ。


 その名前が胸の奥を引っかいた。


 知らない。


 そんなの渡してない。


 粛清場で聞いた声が、まだ耳の奥に残っている。


 ハルトは拳を握った。


「……利用しろってことか」


「お互いに」


 エイベルは静かに頷いた。


「悪くない関係でしょう」


「信用はしない」


「結構です」


「でも、役には立つ」


「それで十分です」


 嫌な納得だった。


 だが、分かりやすかった。


 エイベルは第六席への足がかりが欲しい。


 ハルトはニオへ届くための地位と悪名が欲しい。


 互いに利用できる。


 この世界では、たぶんそれだけで十分なのだ。


「副団長を殺すのは、俺か」


「その予定です」


「予定って軽く言うな」


「重く言っても、内容は変わりません」


 エイベルは地図から目を上げた。


「君のサイレントムーブと致命の一撃(モータルピアス)は、暗殺に向いています。ですが、今のままでは無理です」


「だろうな」


「体の出力を制御できない。窮鼠猫噛(キュウソネコカミ)は危険。殺し合いの経験も浅い。隙を作る技術も、逃げる技術も足りない」


「全部足りねぇじゃねぇか」


「はい」


「そこで肯定すんなよ」


「事実です」


 エイベルは、机の横に置いてあった木製の短杖を取った。


「ですから、訓練します」


「また訓練かよ」


「嫌ならやめますか」


「やめねぇよ」


「よろしい」


 そのまま、ハルトは中庭へ連れて行かれた。


 昨日の襲撃の痕はまだ残っている。


 石畳に刻まれた薄青い戦槍の跡。


 焦げたように削れた壁。


 銀翼の血が洗い流された場所。


 その横で、木製の模擬人形が立っていた。


「今日から、風魔法を教えます」


「いきなりか」


「いきなりではありません。必要になったので教えます」


「火の玉とか、真空波とか、そういうやつか?」


「違います」


 即答だった。


「真空波は?」


「習得が難しい」


「そんなにか?」


「魔力で空気を押すことと、魔力で真空を作ることは別物です。真空波は風魔法の中でも扱いが難しい」


「でも、あれ強いだろ」


「強いです。ですが、今の君に必要なのは強い魔法ではありません」


「じゃあ何だよ」


「合う魔法です」


 エイベルは模擬人形を指した。


「君の強みは、隙を突いた時の一撃です。なら、相手の体勢を崩し、隙を作る魔法を覚えるべきです」


「崩す魔法か」


「はい。空圧弾(エアショット)です」


 エイベルは短杖の先を、模擬人形へ向けた。


「空気の圧を撃ち出し、相手を怯ませる。体勢を崩す。呼吸を乱す。その一瞬に、致命の一撃(モータルピアス)を入れる」


「殺す魔法じゃなくて、殺すための隙を作る魔法ってことか」


「その理解で構いません」


 エイベルは淡々と言った。


「今の君の戦闘スタイルに合っているのは、真空波ではなくこちらです」


「派手じゃねぇな」


「派手な魔法ほど、よく目立ちます」


「盗賊には向いてないってことか」


「ええ」


 エイベルは指を三本立てた。


「まず覚えるのは三つ。空圧弾(エアショット)空緩衝(エアクッション)空纏衝(エアバースト)


「昨日使ってたやつか」


「そうです」


「エアショットは分かった。吹き飛ばすやつだろ」


「敵を倒すというより、崩すための魔法です」


「エアバーストは?」


「体の周囲で風を弾けさせる。瞬間加速、跳躍、回避に使えます」


「俺の今の体に合ってるな」


「だから教えます」


 エイベルは頷いた。


「最後にエアクッション」


「落ちた時に使うやつか?」


「それだけではありません。打撃にも使えます」


「打撃?」


「受ける瞬間に薄い空気の層を挟めば、衝撃を逃がせる」


「防御魔法か」


「いいえ。防御ではなく軽減です。刃は止まりませんし、強すぎる打撃も殺しきれません」


「それでも?」


「それでも、死ぬはずの一撃が、倒れるだけで済むことはあります」


 地味だ。


 ハルトはそう思った。


 エアショット。


 エアクッション。


 エアバースト。


 名前だけ聞くと、もっと派手な魔法がある気がする。


 けれど、エイベルの説明を聞くと、どれも生き残るための魔法だった。


 崩す。


 逃げる。


 届く。


 死なない。


「君に必要なのは、派手な魔法ではありません」


 エイベルは言った。


「生き残る魔法です」


「……あんた、教えるの慣れてるな」


 ハルトが言うと、エイベルの手が少しだけ止まった。


「そう見えますか」


「説明が分かりやすい。むかつくけど」


「褒めているのか、貶しているのか」


「両方」


「では、受け取っておきます」


 エイベルは短杖を置いた。


「昔、大学で魔法学を教えていました」


「大学?」


 ハルトは思わず聞き返した。


「先生だったのかよ」


「ええ」


「大学の先生が、なんで黒牙(こくが)なんかにいるんだよ」


 エイベルはすぐには答えなかった。


 中庭に、風が流れる。


 壊れた外壁の隙間から、冷たい空気が入り込んできた。


「全てを失ったからです」


 エイベルは静かに言った。


「地位も、名誉も、妻も、娘も」


 ハルトは言葉を失った。


 エイベルは怒っているようには見えなかった。


 悲しんでいるようにも見えなかった。


 ただ、古い記録を読み上げるような声だった。


「ライバルだった教授がいました。彼は、闇組織を使って私を陥れた。私は大学を追われ、名誉を失い、妻を殺された」


「娘は」


「誘拐されました」


 エイベルは、そこで少しだけ目を伏せた。


「生きているかも分かりません」


「……探すために、黒牙に入ったのか」


「はい」


 風が止まったような気がした。


「表の世界では探せなかった。だから、裏へ潜った。黒牙なら、普通の人間では触れられない情報に触れられる」


「それで、見つかったのか」


「まだです」


 エイベルの声は変わらなかった。


 だが、その短い言葉の中に、長い時間が沈んでいる気がした。


「泥の中を泳いでいると、自分が何のために潜ったのか分からなくなります」


「……」


「君はそうならないように。目的を忘れないでください。それが、どんなものでも」


 ハルトは、ニオの顔を思い出した。


 笑っていた顔。


 震えていた顔。


 そして、粛清場で自分を否定した顔。


「俺は、ニオを殺す」


 言葉は、思ったより静かに出た。


 エイベルは止めなかった。


 咎めもしなかった。


「なら、届く場所まで上がりなさい」


「止めないのかよ」


「止めてほしいのですか」


「いや」


「なら、止めません」


 エイベルは模擬人形の方へ視線を戻した。


「ただし、目的を忘れないことです。憎しみは燃料になりますが、燃料だけでは進めません」


「じゃあ、何がいるんだよ」


「技術と、地位と、機会です」


「現実的だな」


「現実が一番、人を殺します」


 ハルトは少しだけ笑った。


 笑うような話ではない。


 でも、エイベルらしいと思った。


「では、始めましょう」


「急に授業に戻るなよ」


「話しただけで強くなるなら、誰も訓練しません」


「それはそう」


 エイベルは、ハルトの手の位置を直した。


「魔力を前に押し出す感覚です。斬るのではなく、押す。潰すのでもなく、弾く」


「感覚で言われても分かんねぇよ」


「最初は分からなくて構いません。分からないものを、何度も同じ形に近づけるのが訓練です」


「先生っぽいこと言いやがって」


「元ですので」


 ハルトは模擬人形へ向き直った。


 右手を前に出す。


 空気を押す。


 見えない壁を、掌で突くように。


 腹の奥から魔力を引き上げる。


 うまくいかない。


 ただ手を突き出しただけになった。


「失敗です」


「分かってるよ」


「もう一度」


 二度目。


 掌の前で、空気が少しだけ震えた。


 だが、模擬人形までは届かない。


「惜しいです」


「ほんとか?」


「一度目よりは」


「褒め方が渋いな」


「嘘をつくより有益です」


 三度目。


 ハルトは息を止めた。


 手の奥に、さっきより少し強く魔力が集まる。


 それを前へ押し出す。


 空気が、ぼん、と鳴った。


 模擬人形の胸に風が当たる。


 木製の体が、わずかに後ろへ揺れた。


「……動いた」


「動きましたね」


「できたのか?」


「エアショットと呼ぶには、まだ弱いです」


「そこはできたって言えよ」


「できかけました」


「微妙に嬉しくねぇ」


 エイベルは模擬人形へ近づいた。


 ハルトは息を吐き、額の汗を拭う。


 ただ風を出しただけなのに、体の奥が妙に重い。


 魔法は楽ではない。


 そう思った。


 エイベルは、模擬人形の胸元を見ていた。


 風に削られた木の表面。


 そこに、白いものが薄く張っている。


 霜。


 ほんのわずかだった。


 ハルトは気づいていない。


 エイベルだけが、それを見ていた。


「……風だけでは、説明しきれませんね」


 その声は小さく、ハルトには届かなかった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


第5話では、銀翼という敵の大きさと、エイベルとハルトの目的を書きました。


ガレスを倒したとはいえ、銀翼団長「金剛」はまったく別格。

正面から勝てる相手ではありません。


だからこそ狙うのは、銀翼を急成長させた頭脳である副団長。


エイベルは第六席へ上がるため。

ハルトはニオへ届くため。

信用ではなく、利害で結ばれた二人の訓練が始まります。


そして最後に、ハルトの魔力に少しだけ妙な気配が出てきました。


まだ本人は気づいていませんが、この小さな違和感が、後々かなり大きな意味を持つことになります。


次回も読んでもらえたら嬉しいです。

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