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異世界転生した底辺盗賊の俺、悪名を喰らって悪の帝王へ成り上がる  作者: タクト
第二章 金剛砕き

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第4話 風読みの罠


 心臓が、獣みたいに跳ねた。


 次の瞬間、ハルトの体に力が戻った。


 いや、戻ったのではない。


 無理やり、引きずり出された。


「っ、あああ!」


 掴まれていた右腕が、ありえないほどの力で軋む。


 血まみれの銀翼の男が、まだハルトの手首を握っていた。


 横から、二人目の刃が来る。


 喉を狙っている。


 避けられない。


 そう思った瞬間、ハルトは掴んでいる男ごと腕を振った。


「は?」


 血を吐いていた男の体が、宙に浮いた。


 自分でやったはずなのに、ハルト自身が一瞬理解できなかった。


 重いはずの人間の体が、無理やり持ち上がる。


 骨が軋む。


 筋が焼ける。


 それでも、止まらない。


 ハルトは男の体を、そのまま横から来る二人目へ叩きつけた。


 肉と鉄がぶつかる鈍い音がした。


 二人の銀翼が、まとめて地面へ転がる。


「がっ……!」


 そのまま動きが止まった。


 ハルトは荒く息を吐いた。


 右腕が痛い。


 痛いどころじゃない。


 体の奥から、熱い針を何本も刺されたような痛みが走っている。


 だが、動いた。


 死ぬと思った瞬間、体が壊れることを無視して動いた。


「これが……」


 ハルトは右目の奥に残る黒い文字を思い出した。


 窮鼠猫噛(キュウソネコカミ)


 追い詰められるほど、身体能力が上昇する。


 ただ強くなるんじゃない。


 壊れそうな体を、無理やり動かす。


 そういう力だ。


「ハルト!」


 エイベルの声が飛んだ。


 ハルトは顔を上げる。


 館の裏庭。


 外壁沿いの広い石畳の上で、エイベルとガレスが向かい合っていた。


 薄青い戦槍が、空中に浮かんでいる。


 一本。


 二本。


 三本。


 そのすべてが、エイベルへ向いていた。


「余所見とは余裕だな、風読み(かざよみ)


 ガレスが腕を振った。


 薄青い戦槍が飛ぶ。


 空気を裂き、一直線にエイベルの胸を狙う。


 エイベルは指先を軽く払った。


 風が曲がる。


 戦槍の軌道がわずかに逸れ、外壁に突き刺さった。


 石片が散る。


 続けて、二本目。


 地面を削るように低く飛んだ戦槍を、エイベルは半歩退いて避ける。


 三本目。


 それはハルトへ向かっていた。


「っ!」


 ハルトは動こうとした。


 だが、体がまだ戻っていない。


 右腕が焼けるように痛む。


 足も重い。


 そこへ、風が割り込んだ。


 エイベルが手を横へ払う。


 戦槍はハルトの頬をかすめ、背後の柱へ突き刺さった。


 薄青い光が、耳元を焼くように通り過ぎた。


「邪魔だ、ガキ」


 ガレスはエイベルを見たまま言った。


 こいつ。


 エイベルと戦いながら、こっちにも槍を飛ばしている。


 ハルトは息を呑んだ。


 近づけない。


 迂闊に踏み込めば、串刺しになる。


「ハルト。正面から入ってはいけません」


「言われなくても分かる」


「なら、見ることです」


「見る?」


「戦いを読む。君にはまだ、それが足りません」


 エイベルはそう言いながら、また飛んできた戦槍を風で逸らした。


 ハルトは舌打ちして、外壁の影へ身を沈める。


 息を殺す。


 足音を消す。


 サイレントムーブ。


 体の気配が、薄くなる。


 ガレスの視線はエイベルに向いている。


 だが、槍はハルトにも飛んでくる。


 完全に見えていないわけじゃない。


 気配を消しても、戦場の中にいる限り、油断すれば貫かれる。


 ハルトは、壁の影に入りながらガレスを見る。


 大柄な男。


 薄青い魔力の戦槍を飛ばす。


 手に持つこともできる。


 中距離を支配する戦い方。


 近づく前に刺す。


 近づいたら、手持ちの槍で貫く。


 分かりやすい。


 分かりやすいのに、強い。


「どうした、風読み」


 ガレスが笑った。


「第六席がいない黒牙(こくが)なんざ、こんなもんか?」


「ずいぶん喋りますね」


 エイベルは静かに返した。


「声を出さないと、不安になりますか」


「減らず口を」


 ガレスの背後に、さらに薄青い戦槍が浮かぶ。


 エイベルが指を振る。


 空気が薄く鳴った。


 見えない刃が、ガレスへ走る。


 真空波。


 だが、ガレスは薄青い戦槍を横に払った。


 空気が割れる。


 真空の刃が、槍の腹に砕かれた。


「それも見えてるぜ」


「でしょうね」


 エイベルは表情を変えない。


 風を読む男。


 そう呼ばれるだけはある。


 だが、ガレスもただの力押しではない。


 エイベルの風をいなし、真空波を止め、さらにハルトまで牽制している。


 強い。


 ハルトは歯を食いしばった。


 さっきまで下っ端相手に死にかけた自分が、正面から入れる相手じゃない。


「中距離で風相手は面倒だな」


 ガレスがぼそりと言った。


 その手の中で、薄青い魔力が伸びる。


 飛ばすための槍ではない。


 握るための戦槍。


「なら、近くで潰す」


 ガレスが地面を蹴った。


 大柄な体に似合わない速度で距離が詰まる。


 薄青い戦槍が、一直線にエイベルの胸を狙った。


 エイベルは半歩だけ身を引く。


 槍先が服を裂いた。


 次の瞬間、エイベルの足元で風が弾ける。


 エアバースト。


 風がエイベルの体を横へ押し出した。


 ガレスの突きが空を切る。


 同時に、エイベルの掌がガレスの脇腹へ向いた。


 空気が爆ぜた。


 空圧弾。


「ぐっ……!」


 ガレスの巨体がわずかに揺れる。


「近づけば終わると思いましたか」


 エイベルは乱れた袖を軽く払った。


「風は、近くでも吹きますので」


「面白ぇ」


 ガレスは口の端を吊り上げた。


 もう一度、踏み込む。


 戦槍が連続で突き出される。


 胸。


 喉。


 腹。


 足。


 エイベルは紙一重で避ける。


 ただ避けているだけじゃない。


 風で自分の体を押し、相手の槍先をわずかにずらし、避けた瞬間に空圧弾を返す。


 ガレスが中距離の王なら、エイベルは距離そのものを読んでいる。


 ハルトは壁際からその動きを見ていた。


 速い。


 でも、速さだけじゃない。


 鋭い。


 でも、力任せでもない。


 エイベルの戦いは、全部が少しずつ先に置かれている。


 相手が突く場所。


 避ける角度。


 風を置く位置。


 反撃する瞬間。


 まるで、戦いが始まる前から線を引いているみたいだった。


 これが、風読み(かざよみ)


 ハルトは短剣を握り直した。


 どこだ。


 どこに入ればいい。


 ガレスは強い。


 エイベルも強い。


 でも、エイベルは言った。


 見ることです。


 戦いを読む。


 ハルトは息を殺す。


 サイレントムーブを深くする。


 自分の気配を、壁の影に溶かす。


 ガレスの視界から消える。


 いや、消えきれなくてもいい。


 意識から外れればいい。


「ちょこまかと……!」


 ガレスの背後に、薄青い戦槍が次々と浮かんだ。


「なら、避けきれねぇ数を出すだけだ!」


 六本。


 いや、八本。


 薄青い槍が、裏庭を埋める。


 エイベルは目を細めた。


「雑になりましたね」


「潰れろ!」


 戦槍が一斉に放たれた。


 薄青い光が、石畳の上を走る。


 エイベルは風を踏むように動いた。


 一つを逸らし。


 一つを沈め。


 一つを紙一重で避ける。


 真空波で一本を砕き、空圧弾で一本を地面へ叩き落とす。


 だが、最後の一本が、エイベルのコートの端を貫いた。


 薄青い戦槍が、コートを地面へ縫い止める。


 エイベルの動きが、わずかに止まった。


 ガレスが笑った。


「捕まえたぞ、風読み」


 手持ちの戦槍が、エイベルの胸へ向く。


「終わりだ」


 ガレスが踏み込む。


 薄青い戦槍が、エイベルの心臓へ伸びる。


 その瞬間だった。


 ガレスの懐に、ハルトがいた。


 音はなかった。


 足音も。


 息も。


 ただ、短剣だけがそこにあった。


 ガレスの目が、わずかに見開かれる。


「てめ……」


 ハルトの右目の奥で、黒い文字が浮かぶ。


 致命の一撃(モータルピアス)


 短剣が、ガレスの胸へ沈んだ。


 心臓を貫く。


 手応えがあった。


 骨の隙間。


 肉の奥。


 命の中心。


 そこへ、刃が届いた。


「が、はっ……」


 ガレスの口から血が溢れた。


 薄青い戦槍が、形を失ってほどけていく。


 エイベルの胸を狙っていた槍も、空気に溶けた。


 ガレスはハルトを睨んだ。


「ガキ……」


「そっちがその気だったんだろ」


 ハルトは低く言った。


 ガレスの巨体が、膝から崩れる。


 地面に倒れた瞬間、薄青い魔力の光は完全に消えた。


 裏庭に、短い静寂が落ちた。


 ハルトは荒く息を吐いた。


 心臓がまだ速い。


 窮鼠猫噛(キュウソネコカミ)の熱が、体の奥に残っている。


 右腕は痛い。


 さっき無理やり人間を投げ飛ばしたせいで、筋が焼けている。


 それでも、倒した。


 銀翼(ぎんよく)の幹部を。


 エイベルがコートの端を引き裂き、地面に縫い止められた部分から抜ける。


「見事です」


「見事です、じゃねぇよ」


 ハルトは肩で息をしながら言った。


「あんた、わざと捕まっただろ」


 エイベルは少しだけ首を傾げた。


「完全にわざとではありません。少し危険でした」


「それをわざとって言うんだよ」


「結果的には、君が入る隙ができました」


「俺がやらなかったらどうしてたんだよ」


「やってくれると分かっていました」


「なんでだよ」


「そのために、君の能力を見ましたから」


 ハルトは言葉を失った。


 どこまで計算済みなんだ、この男。


 さっきの訓練。


 走らせたこと。


 止まれないこと。


 反応が速すぎること。


 サイレントムーブ。


 致命の一撃(モータルピアス)


 全部、見ていた。


 そして、今この瞬間に使った。


「……信用ならねぇ」


「結構です」


 エイベルはいつもの調子で言った。


「信用はしなくとも、役に立ってください」


「またそれかよ」


「はい」


 その時、東側から足音が近づいてきた。


 セリカだった。


 手には二本の短剣。


 その柄から伸びる銀色の糸が、彼女の指先へ繋がっている。


 背後の通路には、銀色の糸が張り巡らされていた。


 地面には、足を絡め取られた銀翼の男たちが転がっている。


 ある者は腕を裂かれ、ある者は足首を縛られ、ある者は武器を奪われていた。


 セリカは短剣を糸で引き戻しながら、静かに言った。


「東側は処理しました」


「早いな」


「通路でしたので」


「通路だと強いのか?」


「開けた場所よりは」


 セリカは表情を変えずに答えた。


「蜘蛛は、巣を張れる場所で戦うものです」


 その言い方が妙に似合っていた。


 館の奥から、銀翼の連中が退いていく声が聞こえた。


「ガレスがやられた!」


「引け! 引け!」


「このままじゃ挟まれる!」


 怒号が遠ざかっていく。


 黒牙の構成員たちが追おうとしたが、エイベルが片手を上げた。


「深追いは不要です」


「いいのかよ」


 ハルトが聞くと、エイベルは地面に落ちていた銀翼の布を拾い上げた。


「今回は、向こうから来ました」


 布には、銀色の羽根の印があった。


「第六席が空いたから、この区画は薄い。そう思われた」


「事実では?」


 セリカが言った。


「ええ」


 エイベルは静かに頷いた。


「だからこそ、訂正しなければなりません」


「訂正?」


「舐められたら終わりです」


 エイベルは銀翼の布を握り潰した。


「次は、私たちが攻める番ですね」


 その声は、襲撃を受けた直後とは思えないほど静かだった。


 だが、その静けさの奥で、何かが組み上がっていくのをハルトは感じた。


 風読み(かざよみ)のエイベルは、もう次の戦場を見ていた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


第4話では、窮鼠猫噛(キュウソネコカミ)の初起動と、風読み(かざよみ)のエイベルの戦いを書きました。


ハルトは強くなり始めていますが、まだ自分の体も、殺し合いも、戦場の読み方も分かっていません。


一方でエイベルは、ハルトの危うさも、使える部分も見たうえで、すぐに戦術へ組み込んでいます。


銀翼の襲撃は退けましたが、これは終わりではなく始まりです。


第六席が空いたことで、黒牙のこの区画は狙われている。

舐められたままでは終われない。


次回から、黒牙側の反撃が始まります。

続きを読んでもらえたら嬉しいです。

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