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神の雷(トール・ハンマー)〜家族を奪われた天才物理学者の逆行転生。未来の知識で四大勢力に復讐する〜  作者: 天音天成
番外編(後日談)

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番外編④ 神盾誠の『義父の背中と、星へ架ける橋』

 西暦2060年、春。

 かつて義父――神盾宗一が、世界を恐怖で縛り付け、絶対的な平和の礎を築いてから二十年近い歳月が流れていた。


「……やはり、この数式の展開は異常だ。どう計算しても、現代の熱力学の限界点を三つは飛び越えている」


 アース・トラスト(地球資源管理財団)の宇宙開発部門・中央研究所。

 私は、主任エンジニアとして、義父が残した『プラズマ推進エンジン』の基礎理論のファイルと睨み合っていた。

 義父が引退し、完全に表舞台から姿を消して以来、私は彼の遺した技術を引き継ぎ、人類を火星やそれ以遠へと導く巨大な宇宙開拓プロジェクトのリーダーを任されている。


 だが、開発の壁にぶつかるたび、私は義父の残した設計図の『完璧すぎる異常さ』に圧倒され続けていた。

 彼が書き残した数式は、まるで「すでに答え(未来)を知っている者」が、現代の素材でもギリギリ作れるように、あえてレベルを下げて(ダウングレードして)書いたかのようにしか見えないのだ。


「主任、お疲れ様です。また神盾前CEOの『魔導書』と格闘ですか?」

 部下の若いエンジニアが、コーヒーを置きながら苦笑いする。


「ああ。……義父さんの頭の中は、本当にどうなっていたんだろうな。俺たちが何百人も集まってスパコンを回しても、彼が一人で手書きしたノートの一ページにすら追いつけない」

 私はため息をつき、コーヒーを口に運んだ。


 神盾宗一。極東の悪魔と呼ばれた男。

 世間では独裁者ともテロリストとも呼ばれた彼だが、私にとっては、妻であるサチコの優しい父親であり、愛息・ユウキを溺愛する不器用な「お義父さん」だった。


 彼が世界を相手にどれほど手を血に染め、裏で冷酷な采配を振るっていたかは、彼が引退した後、橘代表から少しずつ事実を聞かされて知った。

 だが、私にとって最も衝撃的だったのは、世界の命運よりも、『私自身の人生』に関する真実だった。


 ――ある日、私は古い財団のデータベースを整理していた際、偶然にも一つの暗号化ファイルを見つけてしまった。

 そこに記録されていたのは、私がまだ小学生だった頃からの、詳細すぎる身辺調査と行動記録。そして、私が奨学金を受けたダミー財団からの資金の流れと、私が進学するべき大学、イージス社へのスカウト、さらにはサチコと同じプロジェクトに配属されるまでの『完璧なシナリオ』だった。


 孤児であった私は、義父によって意図的に引き上げられ、保護され、そしてサチコと出会うように『運命をデザイン(コントロール)』されていたのだ。

 すべては、遺伝学的に完璧な『ユウキ』という孫をこの世に誕生させ、彼を絶対に安全な聖域に置くための、マッドサイエンティストとしての狂気的な執念によるものだった。


「……普通なら、自分の人生が誰かの手のひらの上で操られていたと知れば、怒りや恐怖を感じるのだろうな」

 私は、デスクの横に飾られた家族の写真を見つめ、静かに独り言ちた。

 写真の中では、二十四歳になり、立派な宇宙飛行士クルーの候補生となったユウキが、私とサチコの間で眩しいほどの笑顔を浮かべている。


 私は、義父のその狂気的な『運命の操作』を知っても、彼を憎むことはできなかった。

 むしろ、深く、静かな感謝の念すら抱いていた。


 義父の行動原理は、最初から最後までただ一つ、「家族を愛し、守り抜くこと」だったからだ。

 身寄りのない私に、学ぶ機会を与え、生きる道を与え、そしてサチコという世界で一番愛する女性と出会わせてくれた。

 それがたとえ、彼の計画の一部であったとしても、サチコと過ごした時間、ユウキが生まれてきた瞬間の喜び、そして私たちが築き上げたこの温かい家庭の『感情』は、誰かに作られた偽物などではなく、間違いなく本物だったからだ。


「……お義父さん。あなたが俺を選んでくれたこと、絶対に後悔はさせませんよ」


 私は、写真に向けて静かに呟き、再びモニターの数式へと向き直った。


 義父が世界を恐怖で縛り付けるために創り上げた技術。

 大気圏外からプラズマの業火を撃ち下ろすためのエンジンと、人類を監視するための通信ネットワーク。

 それらの『悪魔の技術』は、今や私が率いる宇宙開発部門の手によって、人類を平和な星間開拓へと導く『希望の翼』へと姿を変えつつある。


 彼が血に塗れて背負った世界の重みは、これからは俺たちエンジニアが、正しい科学の力で引き継ぎ、昇華させていく。

 それが、義父によって人生を救われ、家族を与えられた私にできる、唯一の恩返しなのだから。


「――主任! 次世代深宇宙探査船『アストライア』のメインエンジン、ついにプラズマの磁場安定臨界クリティカルを突破しました! 神盾前CEOの理論値と完全に一致しました!!」

 若手エンジニアの歓喜の叫びが、ラボに響き渡った。


「やったか……!」

 私は弾かれたように立ち上がり、モニターに表示された完璧なグリーンシグナルを見つめた。

 数十年の時を経て、義父が残した『兵器の心臓』が、ついに『平和の心臓』として完全に脈動を始めた瞬間だった。


「よし! これなら、来年打ち上げ予定の宇宙ステーションへの長期テスト飛行に間に合うぞ! ユウキの初フライトに、最高のエンジンをプレゼントしてやれる!」


 私は、興奮で沸き立つラボのメンバーたちと共に歓声を上げ、深く、誇らしい息を吐き出した。


 義父・神盾宗一が、愛する家族を守るために創り上げた、血と狂気の歴史。

 その背中を追いかけ、彼が遺したオーパーツと格闘し続ける日々は、決して楽なものではない。

 だが、私が見上げる夜空の向こうには、彼が守り抜いてくれた『絶対的な平和』という確かな道標がある。


 私は、義父が空へ向けた破壊の槍を、星々へと架ける『希望の橋』に作り変えるため、今日も誇りを持って、未解明の数式という名の魔導書に立ち向かっていくのだった。

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