第9話 イージスの産声と、腐敗した権力者たち
西暦2011年、春。
APEX社から一億ドルの初期契約金をもぎ取り、橘玲奈という最高の『盾』を手に入れた私は、東京・六本木ヒルズの高層フロアに、多国籍テクノロジー企業『イージス・イノベーションズ』を正式に設立した。
表向きのCEOは私だが、メディア対応や財務、法務の全権はCFOである玲奈に委任している。彼女の手腕は、私の想像を遥かに超えていた。
APEX社との契約を皮切りに、彼女は世界中のメガテック企業を相手に苛烈なライセンス交渉を展開。「イージス社の技術を使わなければ市場で敗北する」という恐怖を煽り、凄まじい勢いで世界の富を吸い上げ始めたのだ。
設立からわずか半年で、イージス社の口座には数千億円のキャッシュが雪崩れ込んでいた。
「ボス。本日付で、ドイツの自動車部品メーカーとの『全固体電池』に関する一次ライセンス契約が完了しました。これで、欧州市場の足がかりも完璧です」
全面ガラス張りの広大な社長室で、玲奈がタブレットを片手に報告する。
スマートフォンのタッチパネル制御に続き、私が放った次なる特許が『全固体電池』の根幹技術だった。現在の主流であるリチウムイオン電池の限界を突破し、安全性、容量、充電速度のすべてを過去のものにする次世代エネルギーのマスターピース。
近い将来に爆発的に普及するEV(電気自動車)市場の覇権を握るこの技術に、世界中の企業が目の色を変えて群がっていた。
「ご苦労、玲奈。君の仕事ぶりは芸術的だ」
「お褒めに与り光栄ですが……どうやら、国内の『旧態依然とした方々』は、我々の躍進が面白くないようですよ」
玲奈が冷たい笑みを浮かべ、一枚の和紙の封筒を私のデスクに置いた。
「経済産業省の重鎮であり、与党の大物議員である大河原氏。そして、経団連を牛耳る『大日本自動車』の御手洗会長。……この両名から、今夜、赤坂の料亭への呼び出しです」
「ふむ。ついに重い腰を上げたか」
「はい。世界の自動車産業の勢力図が塗り替わろうとしているのに、日本のトップ企業が蚊帳の外に置かれている。彼らの焦りは頂点に達しているはずです」
私は封筒を手に取り、つまらなそうに鼻を鳴らした。
「彼らの要求は目に見えているな」
「ええ。国の威信や国益という大義名分を振りかざし、ボスの特許をタダ同然で寄越せと脅してくるでしょう。断れば、法改正で我々を日本市場から締め出すと」
玲奈の言う通りだ。日本の古き良き、そして腐敗しきった既得権益のやり口。
出る杭は打ち、自分たちの利権の枠に収まらない新しい技術は、法律と権力を使って強引に奪い取る。彼らにとって、二十代の若者が率いる新興企業など、国に尽くすべき『都合の良い下請け』程度にしか思っていないのだ。
かつての私なら、この巨大な権力の壁の前に絶望し、研究を奪われていただろう。
だが、今の私は違う。
「面白い。ご機嫌伺いに行ってやろうじゃないか。玲奈、君も同行しろ」
「承知いたしました。……どのようなスタンスで臨みますか?」
「徹底的に媚びへつらい、相手を気持ちよくさせてやれ」
「……は?」
「相手が一番高い木に登ったところで、その木を根元から切り倒す。それが一番確実で、残酷な方法だからな」
私の冷徹な声に、玲奈は一瞬だけ背筋を伸ばし、すぐに悪女のような艶やかな笑みを浮かべた。
「……了解いたしました、ボス。最高の演技をご用意します」
* * *
その夜。赤坂の老舗料亭の奥座敷。
床の間に掛け軸が飾られた格式高い部屋で、恰幅の良い二人の初老の男が、傲慢に胡座をかいていた。
大河原議員と、御手洗会長だ。
「いやいや、神盾君。君のような若い才能が日本から生まれたことは、我が国の誇りだよ」
大河原議員が、酒で赤く染まった顔で白々しく笑う。
「ですがね、特許を外国企業にばかり売るのは感心しない。君の『全固体電池』の技術は、日本の基幹産業である自動車メーカーが独占してこそ、真に国益にかなうというものだ。そうは思わんかね?」
隣で、御手洗会長が尊大な態度で頷く。
「その通りだ。我々、大日本自動車を中心とした国内企業連合に、君の特許を『無償』で提供しなさい。そうすれば、経団連も君の会社を全面的にバックアップしてやろう」
無償提供。盗人猛々しいにも程がある。
私は心の中で冷笑しながらも、表向きは困惑した若者の顔を演じた。
「し、しかし……すでに海外企業とは莫大な額で契約が進んでおりまして……無償というのは、株主も納得しないかと……」
「株主などどうでもいい! これは国家の問題だ!」
大河原が突然、扇子で畳を強く叩いた。
「いいかね、神盾君。私が本気を出せば、『新技術の海外流出を防ぐ国家安全保障法案』とやらをでっち上げ、君の会社の特許を国庫で強制的に管理することもできるんだ。君も、日本でビジネスができなくなるのは困るだろう?」
明確な脅迫だった。
隣に座る玲奈が、悔しそうに拳を握りしめる演技をしている。それを見た老害二人は、完全に主導権を握ったと確信し、下品な笑い声を上げた。
「まあ、そういうことだ。一週間やろう。賢明な判断を期待しているよ」
御手洗が投げ捨てるように言い放ち、会談は終わった。
料亭を出て、待たせていたハイヤーの車内に乗り込んだ瞬間。
私と玲奈の顔から、怯えたような表情が同時に消え去り、極低温の冷酷な顔へと切り替わった。
「……反吐が出そうな連中でしたね」
玲奈が、おしぼりで手を拭きながら吐き捨てるように言った。
「あの老害ども、自分が世界の中心だと本気で信じている。このまま黙って特許を渡すわけにはいきませんよ、ボス」
「渡すわけがないだろう。我々は慈善事業をやっているわけではない。これから『神』を造るための資金を稼ぐのだ。邪魔をするなら、たとえ相手が国家権力だろうと容赦はしない」
私は手元のタブレットを操作し、暗号化された一つのファイルを玲奈の端末へと送信した。
「玲奈。狩りの時間だ。日本のインフラを、合法的に乗っ取るぞ」
「……はい?」
玲奈がタブレットを開いた瞬間。
彼女の冷徹な瞳が、限界まで見開かれた。
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