第10話 未来の処方箋と、崩れ落ちる巨塔
「こ、これは……!?」
ハイヤーの車内で、玲奈はタブレットの画面に食い入るように見入っていた。
そこに表示されているのは、大河原議員が大手ゼネコンから受け取っている裏金の隠し口座の完全なデータと、軽井沢の別荘に隠された違法な現金・帳簿の『ありか』。
さらに、経団連トップである大日本自動車が、過去五年にわたって主力エンジンの排ガスデータを『意図的に改ざん』していたという、決定的な内部資料だった。
「ボス……これ、一体どこから手に入れたんですか!? こんな超特級の国家スキャンダル、いくら凄腕のハッカーを雇っても絶対に表には出てこないはず……!」
「私の情報網を甘く見るな」
私は窓の外の夜景を見つめながら、平然と答えた。
当然だ。今の時代のハッカーがいくら調べようと、データはまだ存在しないか、厳重な物理金庫の中にある。
だが、未来を知る私にとっては違う。
大河原の裏金問題も、大日本自動車の排ガス偽装も、数年後に週刊誌と内部告発によってすっぱ抜かれ、日本中を震撼させる歴史的スキャンダルだ。その報道の細部、証拠の隠し場所まで、私の脳内には秒単位で記憶されている。
「玲奈、君が以前雇い入れた興信所の裏部隊を使え。指定した別荘の金庫と、大日本自動車の開発部第三サーバーを洗わせろ。物理的な証拠がゴロゴロと出てくるはずだ」
「……ボス。あなたは本当に、どこまで未来を見通しているのですか。まるで、神の目でも持っているような……」
玲奈は畏怖の念を抱いたように私を見つめた後、すぐに悪女の笑みを取り戻した。
「分かりました。ただちに証拠を押さえ、大河原と御手洗の首元にナイフを突きつけます」
「任せた。あの化石どもに、自分が誰の尾を踏んだのか、骨の髄まで理解させてやれ」
* * *
それからわずか三日後。
再び赤坂の料亭。同じ奥座敷。
だが、部屋の空気は三日前とは完全に逆転していた。
上座に足を組んで座っているのは私であり、下座には、滝のような冷や汗を流し、顔面を蒼白にさせた大河原と御手洗が這いつくばるようにして座っていた。
「な、なぜ……なぜ君が、この別荘の帳簿のコピーを持っているんだ……!?」
「排ガスデータもだ……! これは、役員数名しか知らない完全な極秘事項のはず……!」
二人は、玲奈が突きつけた分厚いファイルを見て、ガタガタと震えていた。
国家権力と大企業のトップという彼らの鎧は、完全に粉砕されていた。このデータがメディアや検察に渡れば、彼らは社会的に抹殺されるだけでなく、確実に刑務所行きとなる。
「どうしました? 三日前の威勢の良さはどこへ行ったのですか?」
玲奈が、氷のような冷たい声で見下ろす。
「法案をでっち上げて、我々の特許を奪うのでしたよね? どうぞ、やってみてください。その法案が国会を通るより先に、あなた方は手錠をかけられることになりますが」
「ひぃっ……! ま、待ってくれ! 神盾君、橘君! 話せばわかる!」
大河原が、畳に手をついて懇願した。
「私が悪かった! 特許の件は白紙に戻そう! だから、その証拠だけは……!」
「白紙? 勘違いするな、大河原」
私が低く、絶対的な威圧感を込めた声を出すと、二人はビクッと肩を震わせた。
「お前たちが私に喧嘩を売ったのだ。タダで引き下がれると思うな。……大河原、お前は明日、『体調不良』を理由に政界から完全に引退しろ。二度と私の視界に入るな」
「い、引退だと!? ば、馬鹿な! 私は次期総理候補にも名前が……!」
「引退か、刑務所か。三秒で選べ。三、二――」
「い、引退するッ!! 引退します!!」
大物議員は、みっともなく泣き叫びながらその場に崩れ落ちた。
「次は、お前だ。御手洗会長」
「ひっ……!」
「日本の自動車産業を、本気で守りたいのだろう? なら、イージス社が提供する『全固体電池』のライセンスを、海外企業の『三倍』の価格で買え」
「さ、三倍!? そ、そんなことをすれば、我が社は完全に赤字に……! それに、そんな法外な契約を結べば、大日本自動車は実質的に君の会社の傘下に入るも同然だぞ!」
「そうだ。傘下に入れと言っている」
私は冷酷な笑みを浮かべ、御手洗を見据えた。
「経営陣の化石どもは不要だが、お前たちが持つ全国の工場ラインと、何万人という熟練工の技術は、私の計画に必要だからな。……嫌なら、今すぐこの排ガスデータを世界中に公表し、大日本自動車を完全に倒産させるが?」
「あ、ああ……あぁぁぁ……ッ」
経団連のトップとして君臨してきた男は、完全に心が折れ、両手で顔を覆って号泣し始めた。
* * *
翌日。
ニュース番組は、与党の重鎮・大河原議員の「突然の政界引退」の報せで持ちきりとなった。
さらにその日の午後、大日本自動車がイージス・イノベーションズと歴史的な包括提携(実質的な隷属契約)を結んだことが大々的に発表された。
表のニュースでは「日本の若き天才起業家が、自動車業界の巨人を動かし、日本の技術力を世界に示す美談」として報じられている。
だが、裏側の権力者たちは、イージス・イノベーションズという企業の底知れぬ恐ろしさと、神盾宗一という男の異常性に震え上がっていた。
「これで、日本の製造インフラの大部分は私の手中に落ちた」
六本木の夜景を見下ろしながら、私はワイングラスを傾けた。
ガラスに映る私の瞳は、どんな悪党よりも冷たく、暗い光を宿している。
私がこれから創り出す『神の雷』、そして宇宙へ打ち上げる数千基の衛星。それらを形にするための巨大な工場と技術者たちは、こうして合法的に私の手駒となった。
ユウキ。サチコ。
お前たちを無残に焼き尽くした理不尽な世界は、この私が全て支配し、そして創り変える。
復讐のための強固な基盤は、着実に、そして絶対的な力を持って完成しつつあった。
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