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神の雷(トール・ハンマー)〜家族を奪われた天才物理学者の逆行転生。未来の知識で四大勢力に復讐する〜  作者: 天音天成
第4章:歴史の分岐点〜孤島攻防戦〜

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第78話 終わらぬ雨と、封印を解かれた神の槍

 南太平洋に浮かぶ孤島要塞『ニヴルヘイム』の空と海は、すでに二週間にわたって、昼夜の区別すらつかない異様な閃光と爆音に包まれ続けていた。


 シュゴォォォォォッ!!

 カァァァァッ!!


 空を真っ黒に埋め尽くすように飛来する旧式の巡航ミサイルと自律型ドローンの群れ。それらを、島から放射される青白いプラズマの光線アイギス・シールドが次々と空中で蒸発させていく。

 海面では、波のうねりごと島に突っ込もうとする特攻ボートや重魚雷に対し、黒い霧のようなスウォーム・ドローン群と、強化外骨格を纏ったヴィクトルたちの部隊が無慈悲な迎撃を繰り返している。


 だが、G4(臨時四ヶ国協調体制)の波状攻撃には終わりが見えなかった。

 一波を防ぎ切ったかと思えば、数時間後には次の十万発が水平線の彼方から姿を現すのだ。


「――ボス。本日も、G4の追加補給部隊がオーストラリア沖を経由して到着しました。新たに確認された飛翔体の数は、およそ五十万」


 地下のサイバー・コントロールルーム。

 橘玲奈が、充血した目を擦りながら、枯れかけた声で報告を上げた。彼女の完璧だったスーツ姿も今や少しだけ乱れ、長時間の疲労がその美しい顔に影を落としている。


「彼らは完全に正気を失っています。アメリカ、中国、ロシア、欧州。各国はすでに国内の民間インフラを停止させ、民需用の工場まで兵器の製造ラインへと強制的に転用しています。……彼らの経済は事実上崩壊状態です。国民は配給制に喘ぎ、暴動すら起きているというのに、軍のトップたちは『人類を救う聖戦』というプロパガンダで世論を洗脳し、暴走を止める気配がありません」


「国家の死を対価にしてでも、私という存在を殺す……か」

 私は、特注のレザーチェアに深く腰掛けたまま、モニターに映る終わりのない弾幕を見上げた。


 歴史の修正力。それがもたらす狂信的な憎悪は、私の予想を遥かに超えていた。

 通常の戦争であれば、国家予算が尽き、国民が飢えれば、必ず厭戦気分が蔓延し、政府は降伏の道を模索する。だが、彼らは私を『悪魔』と認定することで、自らの破滅的な行為を完全に正当化してしまった。

 彼らは今、すべてのミサイルを撃ち尽くし、国が滅びたとしても、「悪魔と刺し違えた英雄」として歴史に名を残すことだけを望んでいるのだ。


「クリス。アイギス・シールドの状況は?」

 私が暗号化通信を開くと、画面の向こうにいるDr.クリス・ウォーカーの顔が映し出された。


『……ハァ、ハァ……ボス。エネルギーは無尽蔵だが、物理的な「機材」の方が限界に近いぜ……!』

 クリスの声からはいつもの狂気じみた笑いが消え、切実な疲労と焦燥が滲み出ていた。

 彼の顔は煤とオイルで汚れ、背景のコントロールルームでは、技術者たちが消火器を持って走り回っている。


『量子スーパーコンピュータの演算処理は追いついてる! だが、プラズマを放射する地上砲台の「超電導リング」が、連日の最大出力で熱を持ちすぎてるんだ! 深海の冷水で強制冷却してるが、物理的な素材の耐久値が悲鳴を上げてる。すでに全体の十五パーセントの砲台がオーバーヒートで焼き切れてダウンした!』

「砲台のローテーションを組め。予備のパーツへの交換プロセスはどうなっている?」

『自律型ドローンにやらせてるが、敵の弾幕が激しすぎて修理の間もねえ! このままのペースで撃ち込まれ続ければ、シールドの「穴」をカバーしきれなくなるのは時間の問題だぜ!』


 無限のエネルギーがあろうとも、それを撃ち出す砲身ハードウェアには物理的な限界がある。

 大国どもの『飽和特攻』は、その絶対的な真理を突いて、力技で未来の盾を削り落としにきているのだ。


「ヴィクトル、そっちの状況はどうだ」

 私がもう一つの分割画面へ呼びかけると、海岸線の地下トーチカで息を潜めるヴィクトル・イワノフの姿が映し出された。


『……申し訳ありません、ボス。我々シャドウの部隊も、限界が近いです』

 ヴィクトルの顔の火傷の痕には、泥と血がこびりついていた。彼の背後では、強化外骨格を装着した隊員たちが、泥のように眠りこけ、あるいは痛みに呻きながら医療用ナノマシンの注射を自らに打っている。


『クリスの開発した兵器は強力ですが、それを操る我々は生身の人間です。二週間に及ぶ不眠不休の迎撃戦闘。隊員たちの精神と肉体は、度重なる興奮剤の投与で限界を超えています。……昨日、ついに海岸線に敵の特攻ボート一隻の着上陸を許しました。即座に排除しましたが、防衛線の突破は現実のものとなりつつあります』


 歴戦の狼であるヴィクトルから発せられた、事実上の弱音。

 彼らがどれほど強靭な精神を持っていようと、休む間もなく何十万という敵を殺し続けるストレスと疲労は、確実に彼らの心を蝕んでいた。


「わかった。……ヴィクトル、負傷した隊員は地下の医療ブロックへ後退させろ。クリス、ダウンした砲台のカバーは、スウォーム・ドローンの残存機を上空のシールドに回して補え」

『『……御意』』


 通信が切れ、サイバー・コントロールルームに重い沈黙が落ちた。


「ボス……」

 玲奈が、不安げな視線を私に向ける。

「彼らが弾を撃ち尽くすのが先か、我々の盾が砕け散るのが先か。……愛する者の聖域を巡る防衛戦は、完全に泥沼の消耗戦へと陥りましたね」


「ああ」

 私は、モニターに映る果てしない赤い光点(敵ミサイル群)を見上げながら、深く息を吐き出した。


 これこそが、大国という巨大な暴力の真の恐ろしさだ。

 最新鋭の兵器を失っても、彼らにはまだ「数千万の国民の命」と「莫大な鉄と火薬」という原始的で圧倒的なリソースが残っている。彼らがそのすべてを投げ打って特攻を仕掛けてきた時、どれほど高度な未来技術でも、物理的な摩耗によって必ず綻びが生じる。


「だが、私は前世の無力な老人ではない」


 私はレザーチェアから立ち上がり、玲奈の肩を軽く叩いた。

「玲奈。ここで少し休め。君の判断力が鈍れば、イージスのシステム全体に影響が出る。後の指揮は私が執る」

「……はい。申し訳ありません、ボス」

 玲奈は深々と頭を下げ、仮眠室へと向かっていった。


 私は一人、静まり返ったコントロールルームで、巨大なモニターと対峙した。

 私の脳内のナノマシンは、軌道上の『神の雷』と同期し、私の心拍を宇宙へと伝え続けている。このまま防衛線が突破され、私の命が脅かされれば、デッドマンズ・スイッチが起動して世界は終わる。

 だが、そんな受動的な結末を、私が受け入れるはずがない。


 私はコントロールルームを抜け出し、専用エレベーターで地下居住ブロックへと向かった。


     * * *


「――パパー! おかえり!」


 分厚い防爆ドアを開け、居住ブロックのリビングに足を踏み入れると、サチコが笑顔で出迎えてくれた。

 その足元では、ユウキがAIロボットで遊び、キッチンでは結衣と誠が夕食の準備をしている。


 地下数百メートルのこの空間は、完全な防音と防振が施されている。地上で空が燃え、何百万発というミサイルが爆発していることなど、彼らは一切知らない。

 まるで、世界の終末とは無縁の、パラレルワールドのような平和な風景だった。


「お仕事、忙しいの? 最近、パパの顔を見る時間が少なくて、ユウキが寂しがってるわよ」

 サチコが、少しだけ心配そうに私の顔を覗き込む。

「目の下にクマができてる。あまり無理しないでね」


「ああ……すまない。少し厄介なバグ取りに手間取っていてね。だが、もうすぐ終わる。終わったら、またみんなで旅行にでも行こう」

 私は、極力穏やかな、父親としての笑顔を作って彼女の頭を撫でた。


「お義父さん、もしシステムのエラーなら、俺も手伝いますよ。宇宙開発部門の主任として、役に立てることがあるはずです」

 誠が、真剣な顔つきで申し出てくる。彼は身寄りがない孤児だった自分を拾い上げ、育ててくれた私に対して、深い恩義を感じてくれている純粋な青年だ。


「ありがとう、誠くん。だが、これはCEOの私自身が解決しなければならない問題だ。君はサチとユウキの側にいてやってくれ」

「……わかりました。無理だけはなさらないでくださいね」


 私は、ユウキの頭を撫で、結衣と短い言葉を交わした後、再び居住ブロックを後にした。

 防爆ドアが閉まった瞬間、私の背中から温かい空気は完全に遮断され、冷たく重い現実が肩にのしかかってきた。


(……この笑顔を、絶対に守り抜く)


 私は、強く拳を握りしめた。

 大国どもの狂気は、私の防衛線の限界を試しにきている。

 ならば、その狂気を根本から断ち切るための『究極のカード』を切る時だ。


 コントロールルームに戻った私は、メインコンソールの前に立ち、暗号化通信のシステムを全開にした。


「クリス、ヴィクトル。……防衛線を一段階縮小しろ」

 私は、モニター越しの二人に冷酷な命令を下した。

「海岸線を明け渡し、彼らを島の中心へ誘い込め。彼らが『防衛線を突破した』と歓喜し、全軍をニヴルヘイム周辺に集結させたその瞬間を狙う」


『ボス!? 海岸線を放棄すれば、地上施設は連中のミサイルで完全に焦土になっちまうぜ!』

 クリスが驚愕の声を上げる。


「構わん。私の守るべきものは地下にある。……彼らが物量を誇るのなら、彼らが頼みにしている『大艦隊』という暴力の源を、根こそぎ蒸発させてやる」


 私は、モニターに映る宇宙空間の星々の光を見据え、極低温の宣告を下した。


「軌道上の『神のトール・ハンマー』のセーフティを解除しろ。タングステン弾(実弾)の射出プロセスへと移行するのだ」


『……ッ!! つ、ついに本物を撃つんだな、ボス!』

 クリスが息を呑み、そして次の瞬間、疲労を吹き飛ばすような歓喜に顔を歪めた。


 EMPによる電子機器の破壊は、あくまで威嚇と無力化に過ぎなかった。

 だが、タングステン弾は違う。マッハ二五で大気圏を突破し、プラズマの爆圧と共に放たれる物理的な神の槍。それは、空母だろうがイージス艦だろうが、問答無用で海の底へと叩き割る『純粋な破壊』だ。


「彼らに、宇宙からの『物理的な重み』というものを骨の髄まで教えてやる。……準備を進めろ。大国の傲慢に対する、最初の物理的な裁きだ」


『了解だぜ!! G4の馬鹿どもに、俺たちの最高の芸術品をプレゼントしてやる!!』


 極東の悪魔の瞳には、一切の躊躇も慈悲もなかった。

 愛する家族が笑う地下の聖域の上で。

 人類最大の軍事力と、宇宙からの絶対的な質量兵器が激突する『真の審判の日』が、ついにその幕を開けようとしていた。

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