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神の雷(トール・ハンマー)〜家族を奪われた天才物理学者の逆行転生。未来の知識で四大勢力に復讐する〜  作者: 天音天成
第2章:暗闘と影の軍団

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第33話 極東のキルゾーンと、立ちはだかる死神

 東京湾の端に位置する、広大な第七廃倉庫街。

 かつては高度経済成長期の物流拠点として栄えたこの場所も、今では再開発から取り残され、週末ともなれば人っ子一人いなくなる完全な死角となっていた。

 潮の香りが混じった生温かい海風が、錆びついたトタン屋根をガタガタと鳴らしている。

 そのうらぶれた風景の中へ、エンジンの咆哮を轟かせながら数台の車両が猛スピードで雪崩れ込んできた。


 先頭を逃げるように走るのは、漆黒の塗装が施された最高級の送迎車、マイバッハ。

 その後方から、クラクションを鳴らしながら五台の商用バンが執拗に追跡している。


「逃がすな! あの袋小路へ追い込め!!」


 先頭のバンの中、ロシアの裏社会を牛耳る暗殺組織『ブラトヴァ』のリーダー、イゴールが血走った目で怒号を飛ばした。

 彼の指示通り、バンの一台が強引にマイバッハの側面に車体をぶつけ、進路を塞ぐ。キィィィィッというけたたましいタイヤの摩擦音が周囲に響き渡り、ゴムの焼ける悪臭が立ち込めた。

 逃げ場を完全に失ったマイバッハは、巨大な第三倉庫のシャッターの前で急ブレーキをかけ、ついに沈黙して動かなくなった。


 その周囲を、五台のバンが半円形に包囲するように停止する。

 バタン、バタンと勢いよくドアが開く音が連続し、車内から三十名を超える屈強な男たちが一斉に飛び出してきた。


 彼らはロシアのマフィアと、中国の国家安全部から放たれた『三合会』の工作員たちだ。

 彼らの手には、AK-74アサルトライフル、サブマシンガン、さらには対装甲用のロケットランチャー(RPG)までが握られていた。およそ日本の治安維持力では対応不可能な、紛争地帯さながらの重武装である。


「ハッハッハ! チェックメイトだ! さあ、大人しくお姫様たちを降ろしてもらおうか!」


 イゴールは、手にしたアサルトライフルの銃口をマイバッハに向けながら、勝利を確信した下品な笑い声を上げた。

 ここ数週間、彼らは屈辱の連続だった。ターゲットであるイージス・イノベーションズのCEO、神盾宗一に近づくため、あらゆる手段を講じた。だが、六本木の本社ビルはサイバー空間も物理的にも完全な要塞であり、彼らプロの工作員でさえ手も足も出なかったのだ。


 祖国からの「技術を奪えなければお前たちの命はない」という強烈な圧力に焦燥しきっていた彼らにとって、この休日の「家族の送迎車」は、暗闇に垂らされた蜘蛛の糸だった。


「防弾仕様の高級車だろうが、この火力の前ではブリキの玩具も同然だぞ!」


 中国側の工作員リーダーであるチャンも、マイバッハに歩み寄りながら冷酷に告げた。

「神盾宗一の妻と娘よ。我々の目的はお前たちの命ではない。お前たちの旦那が隠し持っている、深海プラントの制御データだ。大人しく車から降り、我々のバンへ乗り移れ。さもなくば、この場で車ごと蜂の巣にする!」


 だが、マイバッハからは何の応答もない。

 漆黒のスモークガラスは車内の様子を完全に隠しており、エンジンのアイドリング音だけが不気味に響いている。


「……抵抗するつもりか。舐めやがって!」


 イゴールは苛立ちを露わにし、威嚇のためにアサルトライフルの引き金を引いた。

 ガガガガガガッ!!

 火花が散り、強固な防弾ガラスに無数の蜘蛛の巣状のヒビが入る。

 貫通こそしないものの、その凄まじい衝撃音は、中にいる女子供を恐怖のどん底に叩き落とすには十分すぎるはずだった。


「降りてこい! 三分数える! それまでにドアを開けなければ、ロケットランチャーで車内を黒焦げにしてやる!!」


 三十人の重武装した男たちが、完全に包囲した獲物に向けて銃口を揃える。

 彼らは、自分たちが世界最高の暴力であり、極東の島国の一般人など恐怖で失禁して泣き叫んでいるに違いないと、微塵の疑いも持っていなかった。

 エネルギー覇権を失った祖国の名誉を挽回し、自分たちは多額の報酬を得て凱旋するのだと、彼らの脳内にはすでに勝利のファンファーレが鳴り響いていた。


 ――カチャリ。


 マイバッハの後部座席のドアが、内側からゆっくりと開いた。


「来たぞ。女と子供だ。傷をつけずに引きずり出せ」

 イゴールが部下たちに顎でしゃくり、ニヤリと笑った。


 だが。

 薄暗い車内からゆっくりと姿を現したのは、恐怖に泣き叫ぶ妻や娘ではなかった。

 地に足をついたその靴は、軍用のタクティカルブーツ。

 車高の低いマイバッハから降り立ったのは、身長二メートル近い大柄な男だった。ロシア軍の最新鋭の戦闘服に身を包み、防弾プレートの入ったタクティカルベストを着用している。


「……随分と、派手に出迎えてくれるじゃないか。だが、人の家の休日のドライブを邪魔するとは、マナーがなっていないな」


 そこに立っていたのは、顔の左半分にケロイド状の火傷の痕を持つ男。

 ヴィクトル・イワノフだった。


「なっ……!? 男だと!? 女と子供はどこだ!?」

 イゴールは目を見開き、反射的に銃を構え直した。


 ヴィクトルは彼らの動揺を嘲笑うかのように、マイバッハの開いたドアの奥を親指で指し示した。

「お前たちが必死に追いかけてきた『獲物』か? よく見てみろ。お粗末すぎて涙が出るぞ」


 イゴールたちが目を凝らすと、車内には確かに女性と子供らしきシルエットがあった。だが、それらはピクリとも動かない。

 よく見れば、それは精巧に作られたシリコン製のマネキンであり、その顔にはイージス社の技術で作られた3Dホログラムの映像が投影されているだけだった。


「そんなもの、最初から乗っていない。これはお前たちのような頭の悪い害虫を誘い込むための、ただの『甘いデコイ』だ」


「デコイだと……!? クソッ、罠だ! 罠に嵌められた!!」

 中国側のリーダー、張が血相を変えて叫んだ。「撤退だ! 今すぐバンに乗れ!!」


「罠? 違うな」


 ヴィクトルの声が、潮風に乗って低く、地を這うように響いた。

 その瞬間、イゴールはヴィクトルの左半分の火傷の痕と、その氷のように冷酷な瞳を見て、ハッと息を呑んだ。

 ロシアの裏社会に生きる彼にとって、その顔には見覚えがあったのだ。


「お、お前は……まさか、FSBの『死神』イワノフか!? 馬鹿な、お前は数年前、シベリアの極秘任務で始末されたはずだ!!」


「祖国の犬が、私の顔を覚えていたか。光栄だな」

 ヴィクトルは残忍な笑みを浮かべ、ゆっくりと手を上げた。

「だが、私はもう国家の犬ではない。我がボス、神盾宗一に忠誠を誓い、お前たちのような愚か者をすり潰すための剣となった男だ。……お前たちは、絶対に踏んではならないドラゴンの尾を踏んだのだよ」


 ヴィクトルが、パチンと指を鳴らした。


 ――ガシャンッ!! ガガガガガッ!!


 その音を合図にしたかのように、マイバッハの背後にあった巨大な第三倉庫のシャッターが、一斉に上に巻き上げられた。

 さらに、彼らを囲むように立ち並んでいた周囲の廃倉庫のシャッターも、一斉に轟音を立てて開く。


「な、なんだ!?」

 工作員たちがパニックに陥り、銃口をあちこちへ振り向ける。


 バシィィィンッ!!

 突如として、廃倉庫の内部から数十基の強力なサーチライトが点灯し、三十名の工作員たちを真昼のように煌々と照らし出した。

 突然の強烈な光に、彼らは「目が!」と呻きながら腕で顔を覆った。


 逆光に照らされた光の向こう側。

 廃倉庫の屋根、シャッターの奥、そして退路であるはずの路地の入り口。

 あらゆる死角から、真っ黒な戦闘服に身を包んだ屈強な男たちが、亡霊のように音もなく姿を現した。


 ヴィクトルが統括する、イージス・イノベーションズの私兵暗殺部隊『シャドウ』。

 その数、およそ五十名。

 彼らは一言も発することなく、完全に統制された動きで、工作員たちを三重、四重の円陣で完全に包囲していた。


「ひぃっ……! いつの間に、こんな大部隊が……!?」

 イゴールは、自分たちが完全に「狩られる側」に回ったことを理解し、ガタガタと歯の根を鳴らした。


 だが、彼をさらに絶望させたのは、シャドウの隊員たちが手にしている『武器』だった。

 アサルトライフルでも、サブマシンガンでもない。

 銃身が存在せず、代わりに複雑なガラス管と超電導コイルがむき出しになった、現代の物理法則を無視したSF映画のような異様な形状のライフル。

 Dr.クリス・ウォーカーが開発した、未来のオーバーテクノロジー兵器だ。


「これは罠ではない。ただの『駆除』だ」


 ヴィクトルが、自らも背中に背負っていたその異様なライフルを構え、冷酷に宣告した。


「我が主の家族に牙を剥いた愚か者どもに、本物の地獄を教えてやる」


     * * *


「――ネズミどもが、見事にキルゾーンへ誘導されました」


 同時刻。都内の完全貸し切り状態にある屋内型スタジアム『イージス・ドーム』。

 その最上部に設置された、防弾ガラスで守られたVIPルーム。

 私はそこから、眼下のグラウンドで元気いっぱいに体操をするサチコの姿を、最新鋭の8Kビデオカメラで撮影しながら、イヤホン越しにヴィクトルの報告を聞いていた。


「ご苦労。……で、連中の様子はどうだ?」

 私はカメラの録画を止めずに、傍らに置いたタブレットの画面を一瞥した。


 タブレットには、湾岸の廃倉庫街に設置された監視カメラの映像が映し出されている。

 強烈なサーチライトに照らされ、完全に包囲されて絶望の表情を浮かべるロシアと中国の工作員たちの姿。彼らの傲慢だった態度は跡形もなく消え去り、今や罠に落ちた哀れなネズミとして震えている。


『現在、目標三十名を完全包囲下においています。彼らはまだ、現代の火器で抵抗できると錯覚しているようですが。……ボス。狩りの許可を』


 ヴィクトルの声は、獲物を前にした狼のように低く、冷酷な響きを帯びていた。


「ああ。サチの徒競走が始まるまで、あと十五分ある。それまでに片付けろ」

 私は、グラウンドでスタートラインに並ぼうとしている愛娘の姿から目を離さずに、絶対零度の命令を下した。


「連中は、私の娘の晴れ舞台を、自分たちの薄汚い欲望のために利用しようとした。その罪は万死に値する」

『御意』

「クリスの開発したプラズマ兵器を全機投入しろ。ロシアのマフィアも、中国の工作員も、誰一人として生かして祖国へは帰さない。骨の髄まで焼き尽くし、跡形もなくこの世から蒸発させてやれ」


『……了解いたしました。極東の狩り場で、最高の処刑劇をご用意いたします』


 イヤホン越しの通信が切れ、私は深く息を吐き出した。


「パパー! サチ、がんばるからねー!」

 グラウンドから、サチコがこちらを見上げて大きく手を振っている。


「ああ! パパも一番良いところで見てるぞ! 頑張れサチ!」

 私はカメラを構え直し、最高の笑顔で手を振り返した。


 平和で微笑ましい、愛する家族との幸せな休日。

 その裏側で、人類の常識を覆す未来の兵器による、凄惨な『大虐殺』の幕が、今まさに静かに切って落とされたのだった。

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