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神の雷(トール・ハンマー)〜家族を奪われた天才物理学者の逆行転生。未来の知識で四大勢力に復讐する〜  作者: 天音天成
第2章:暗闘と影の軍団

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第31話 不可視の監視網と、愚者たちの標的

 西暦2016年、秋。

 日本の『近海資源の商業採掘成功』という歴史的発表により、世界のエネルギー覇権の崩壊に直面したロシアと中国の首脳陣は、理性を失い、ついに裏社会の武力行使という禁じ手を切った。


 成田および羽田国際空港の到着ロビー。

 多くの外国人観光客やビジネスマンに紛れ、鋭い眼光を隠した男たちが次々と日本の地を踏んでいた。


 ロシアからは、東欧のダミー企業の視察団を装った『ブラトヴァ(ロシアンマフィア)』のヒットマンたち。彼らのパスポートはFSB(連邦保安庁)の裏ルートで作成された完璧な偽造品であり、国際指名手配のデータベースにも一切引っかからない。

 中国からは、東南アジアの華僑を装った『三合会(黒社会)』の暗殺者と、国家安全部(MSS)の工作員たち。彼らもまた、高度に訓練されたプロフェッショナルであり、日本の入国審査を何の疑いも持たれることなくパスした。


 彼らは入国ゲートを抜け、東京の空気を吸い込みながら、傲慢な笑みを浮かべていた。

「極東の島国など、我々が本気を出せばいつでも庭のように歩き回れる。あの忌々しいIT成金の首を掻き切り、プラントの制御コードを奪うなど造作もないことだ」

 そんな風に、自分たちが完璧な隠密行動を遂行していると信じて疑わなかった。


 だが、彼らは知る由もなかった。


「――入国ゲートB、ターゲット三名通過。中国の三合会、広東省系のヒットマンです」

「到着ロビー南口、ロシアのブラトヴァ構成員四名。FSBの支援を受けている偽造パスポートの生体データと一致。歩容認証アルゴリズムにより、彼らが衣服の下に非金属製のコンバットナイフを隠匿している確率、98パーセント」


 六本木ヒルズ、イージス・イノベーションズ本社の地下深く。

 防音と電磁シールドが完璧に施された極秘の戦術司令室では、壁一面の巨大なモニター群に、空港の監視カメラが捉えた彼らの顔が、一つ残らず赤いターゲットマークで囲まれて表示されていた。

 オペレーターたちが、冷徹な声で次々と報告を上げる。


 その中央で腕を組んで立つヴィクトル・イワノフは、火傷の痕が残る顔に氷のような嘲笑を浮かべていた。


 イージス社の防諜網を支えているのは、国家機関の旧時代的なデータベースなどではない。神盾宗一が五十五年先の未来から持ち込んだ、完全自律型の『超高度AI解析システム』だ。

 空港や街中に設置された何万台もの監視カメラの映像をリアルタイムで解析し、骨格の動き、視線の配り方、微細な筋肉の緊張から「プロの工作員特有の歩行パターン(歩容)」を完璧に割り出す。さらに、衛星通信を経由して彼らの本国での通信記録や暗号電文のメタデータと照合し、彼らが飛行機から降りるよりも前に、その正体と目的を完全に丸裸にしていたのだ。


「愚かなヒグマと野犬どもめ。日本の警察や公安の目は誤魔化せても、我々『シャドウ』とボスの目を欺けるなどと思うな」

 ヴィクトルは、赤いマーカーで埋め尽くされつつある東京の地図を見据えた。

「泳がせろ。彼らがどこにアジトを構え、誰と接触し、どのような武器を調達するか。一挙手一投足すべてを記録し、我々の『狩り場』へと誘導しろ」


『はっ!』


     * * *


 数日後。

 都内の雑居ビルに潜伏したロシアと中国の工作員チームは、それぞれ別ルートでイージス本社の偵察を開始した。

 だが、彼らはすぐに絶望を味わうことになった。


「クソッ……どうなっている!? あのビル、物理的に潜入不可能だぞ!」

 ロシアの工作員が、隠し撮りした映像を見ながらテーブルを叩く。

「エントランスのセキュリティゲートは、静脈認証と網膜スキャンの二重ロック。清掃員や出入り業者の身元も三代前まで完全に洗われている。さらに、夜間のビル周囲を飛んでいるあの黒い鳥のようなもの……あれは自律型の警備ドローンだ! 接近すれば即座に蜂の巣にされる!」


 中国の工作員たちも同様だった。

「サイバー攻撃もまるで歯が立ちません。メインサーバーのファイアウォールは、我々が持っているどんなハッキングツールでも解析不能のアルゴリズムで構築されています。一秒でもアクセスを試みれば、逆にこちらの位置を逆探知される危険があります!」


 イージス本社は、民間企業を装った難攻不落の『未来要塞』だった。

 正面突破も、裏からの潜入も不可能。

 任務の期限が迫る中、彼らは焦燥に駆られ、ついに本国からの命令通りに「最も警備が薄いと思われる」標的へと狙いを定めた。


「……神盾宗一の家族だ」

 工作員のリーダーが、遠距離から隠し撮りされた一枚の写真をテーブルに投げ出した。

 そこには、四歳の少女・サチコと、妻の結衣の姿があった。


「来週末、この娘が通う超高級幼稚園で、秋の運動会が開催される。神盾宗一も当然、父親として参加するはずだ。彼らがどれほど周囲の警備を固めようと、大勢の保護者や関係者が集まる開かれたイベントで、完璧な防衛網を敷くことなど絶対に不可能だ」


「運動会の混乱に乗じて、神盾の妻か娘を拉致する。それが無理なら、最悪、神盾宗一の目の前で家族の脚を撃ち抜き、技術データを差し出さなければ娘の命はないと公衆の面前で脅迫する。……これしかない」


 彼らは、自分たちが見事な罠を張った気でいた。

 自分たちが、あらかじめ神盾宗一によって『運動会という名の極上の狩り場』へ意図的に誘導されているとも知らずに。


     * * *


 一方その頃。

 都内の超高級タワーマンションの最上階。防弾ガラスに囲まれた広大なリビングでは、平和で微笑ましい歓声が響いていた。


「パパー! いくよー! よーい、どん!」

「よし来い、サチ! パパの腕の中まで、全力で走ってくるんだ!」


 私は絨毯の上に片膝をつき、両腕を大きく広げてゴールテープの代わりを果たしていた。

 四歳になったサチコが、小さな足を一生懸命に動かし、満面の笑みで私に向かって突進してくる。

 トタトタトタッ、という愛らしい足音。私は彼女の小さな体をふわりと抱き止め、そのまま「高い高い」をしてやった。


「きゃあーっ! あはははは!」

「すごいぞサチ! 今の走りのフォーム、空気抵抗を極限まで減らした完璧な前傾姿勢だった! これは来週の運動会のかけっこで、ぶっちぎりの一等賞間違いなしだ!」

「ほんと!? サチ、いっとうしょうなれる!?」

「ああ、パパが保証する。サチは世界で一番速くて、世界で一番可愛いからな!」


 私が頬擦りをしながら褒めちぎると、サチコは私の首にギュッとしがみついて嬉しそうに笑った。

 アイランドキッチンから、エプロン姿の結衣が呆れたような、しかし温かい眼差しで私たちを見守っている。


「もう、宗一くん。リビングを走らせたら危ないでしょ。それに、まだ四歳なんだから空気抵抗なんてわからないわよ」

「何を言うんだ、結衣。サチの運動神経は私の計算でもずば抜けている。当日は私が最新鋭の8Kカメラで、サチの勇姿をコンマ一秒のコマ落ちもなく完全に記録しなければならないな。三脚と予備のバッテリーをあと五個は買っておこう」

「そんなにカメラの機材を持っていったら、周りの保護者さんに引かれちゃうわよ……。本当に、外では『冷酷な天才CEO』なんて呼ばれてるのに、家ではただの親バカなんだから」


 結衣がクスリと笑う。

 私はサチコを抱きしめたまま、その幸せな空間の空気を深く吸い込んだ。


 世界を支配する技術も、国家の予算を凌駕する莫大な資産も、すべてはこの瞬間のためにある。

 この温もりを、この笑顔を、永遠に守り抜く。

 前世で私のエゴと大国の傲慢さによって焼き尽くされてしまったこの命を、今世では私が絶対の『イージス』となって包み込むのだ。


     * * *


 その夜。

 サチコが遊び疲れて深い眠りにつき、結衣も寝室へ下がった後。

 私は防音の書斎に入り、重厚なドアの鍵を閉めた。

 部屋の照明を落とし、デスクの上のタブレットの暗号化通信を起動する。


『――通信状況、クリアです。ボス』

 モニターに、夜の闇に溶け込むような黒の戦闘服に身を包んだヴィクトル・イワノフの姿が映し出される。


「状況は?」

 私が問うと、ヴィクトルは冷たい、残酷な笑みを浮かべた。

『ボスのご推察通りです。イージス本社の警備に絶望したロシアと中国のネズミどもは、完全にターゲットを「ご家族」へと切り替えました。彼らは互いに暗黙の結託を図り、来週末の『サチコお嬢様の幼稚園の運動会』を襲撃の舞台に設定した模様です』


 その報告を聞いた瞬間、私の心臓の奥底で、巨大な活断層がズレたような、深く重い殺意の音が鳴り響いた。


『彼らは、保護者や関係者が多数集まる運動会であれば、我々の警備網にも必ず隙が生じると踏んでいます。混乱に乗じてお嬢様か奥様を拉致するか、最悪の場合は公衆の面前で銃火器を使い、ボスを物理的に脅迫する腹積もりです』

「……そうか」


 私は、デスクの上の写真立てに飾られた、サチコと結衣の笑顔を見つめた。

 娘の、初めての運動会。

 一生に一度しかない、その晴れ舞台。親として、心から楽しみにして準備をしている、その神聖な時間を。


 よりにもよって、あのハイエナどもは、自分たちの薄汚い欲望のために利用し、血で汚そうというのか。

 前世で、私の娘と孫を一瞬の閃光で消し飛ばしたあの傲慢な大国どもは、今世でも再び、私の逆鱗を土足で踏み躙ろうとしている。


『――ピィーッ……』

 脳裏に、あの日見た青白い光のフラッシュバックがよぎる。

 ホログラム越しに、声を発する間もなく炭の塊となって崩れ落ちた、愛する家族の姿。


 私の中で、ギリギリで保たれていた理性の糸が、音を立てて千切れた。


「ヴィクトル」

 私の声は、絶対零度の冷気を通り越し、すべてを焼き尽くすプラズマのような静かな狂気を帯びていた。


『はっ』

「連中は、運動会という舞台で私を追い詰められると錯覚している。ならば、その錯覚を最大限に利用してやる」

 私はタブレットに、都内の湾岸エリアにある広大な廃倉庫街のマップを表示させた。


「当日、運動会の会場には私のダミー(影武者)を配置し、本物の私と家族は別の安全な場所から遠隔で観覧する。そして、本国からの指示を受けて動いている工作員どもを、会場に近づく前に、あえてこちらから用意した『偽の送迎車デコイ』を使って引きつけろ」

『彼らを、この無人の廃倉庫街へ誘導するのですね』


「そうだ。一匹残らず、一つの場所に集めろ。逃げ道は一切与えるな」


 私は窓ガラスに映る、悪鬼のような自身の顔を見据えながら、死刑宣告を下した。


「私の娘の晴れ舞台を、一秒でも脅かそうとした罪は万死に値する。……クリスの開発したプラズマ兵器を全機投入しろ。ロシアのマフィアも、中国の工作員も、誰一人として生かして祖国へは帰さない。骨の髄まで焼き尽くし、跡形もなくこの世から蒸発させてやれ」


『……御意のままに。極東の狩り場で、最高の処刑劇をご用意いたします』


 ヴィクトルの獰猛な狼の笑みがモニターから消え、書斎に再び静寂が戻る。


 四大勢力が放った影の軍団と、私の率いる『ヴァルハラ』の暗殺部隊。

 表の世界の平和な運動会の裏側で、人類の常識を覆す凄惨な『大虐殺』の幕が、今、静かに上がろうとしていた。

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