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神の雷(トール・ハンマー)〜家族を奪われた天才物理学者の逆行転生。未来の知識で四大勢力に復讐する〜  作者: 天音天成
第1章:逆行と起業と無双

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第3話 錬金術の起動と天才の匙加減

 結衣が仕事へ向かい、再び静寂が戻った阿佐ヶ谷のアパート。

 私はちゃぶ台の上に置かれた、分厚く重いノートパソコンの前に座っていた。


 ハードディスクがカリカリと情けない音を立て、画面には見慣れた(正確には、前世で半世紀以上前に見た)Windowsのデスクトップが表示されている。

 通信回線はADSL。2065年の超高速量子ネットワークからすれば、まるで亀が這うような遅さだ。


「これでも当時は、最先端だと本気で信じていたんだから笑えないな」


 ブラウザの立ち上がりに数秒待たされることにイラつきながらも、私はキーボードを叩いた。

『神のトール・ハンマー』をアメリカより先に造り上げ、四大勢力と渡り合うための独自の組織を運営する。そのためには、一国の国家予算すら凌駕する圧倒的な資金力が必要だ。


「まずは、将来化ける『巨大な軍資金』の種を蒔いておくか」


 私は海外のギーク(ITオタク)向け暗号学フォーラムにアクセスし、『Bitcoinビットコイン』のマイニング(採掘)クライアントソフトをダウンロードした。

 サトシ・ナカモトと名乗る謎の人物によって論文が公開され、ネットワークが稼働し始めたばかりの暗号資産。2010年4月現在、このコインの価値は事実上「ゼロ」だ。翌月にフロリダのプログラマーが1万ビットコインでピザ2枚を買うのが、最初の経済的価値の証明となるほどの黎明期である。


 だが、十年後には一枚数百万、数千万円にまで跳ね上がり、一つの国家予算すら飲み込む巨大市場になる。これを市販のノートパソコンで、しかもタダ同然で掘れるのは今のうちだけだ。

 私はマイニングソフトをバックグラウンドで走らせ、未来の兆単位の資産を自動で生み出す設定を完了させた。


「よし。だが、これだけでは『当面の活動資金』にはならない。特許を実証するためのプロトタイプを作るにも、会社を設立するにも、今すぐ使える現金(即金)が必要だ」


 私は手元にあった自分の通帳と、財布の中身を確認した。

 結衣との生活費の残りを合わせても、自由に動かせる金はたったの『五万円』しかなかった。底辺の非正規研究員の、これがリアルな現実だ。

 だが、未来を知る私にとって、この五万円は無限の富を生み出す魔法のチケットに等しい。


 私はパソコンの画面を切り替え、海外の外国為替証拠金取引(FX)の口座を開設した。

 国内の低倍率な口座など使い物にならない。狙うのは、数百倍のハイレバレッジを掛けられる海外口座だ。


「2010年の春から夏にかけて……為替相場は歴史的な乱高下を繰り返す」


 来月に迫るギリシャ・ショックをはじめ、この年の世界経済の暴落や急騰のチャートは、秒単位の正確さで私の脳裏に焼き付いている。

 未来を知る私からすれば、為替相場の動きなど「答えが完全に書かれたテスト」と同じだ。いつ、どのタイミングでユーロが暴落し、円が買われるか。その頂点と底値が分かっていれば、失敗など起こり得ない。


 私は手持ちの五万円を入金し、全額を最高倍率のショート(売り)に突っ込んだ。


 ――そこからの数時間は、まさに「作業」だった。

 チャートが動く数秒前に、私はクリック一つでポジションを決済し、すぐさま反転させて次のポジションを取る。

 五万円は十分後には五十万円になり、一時間後には五百万円になり、夕方を迎える頃には、私の口座残高は『八千万円』を突破していた。


「……ふむ。海外口座の出金制限や凍結リスクを考えると、個人名義でこれ以上目立つ動きをするのは得策ではないな」


 私はマウスから手を離し、凝り固まった首をパキパキと鳴らした。

 頭脳の回転は絶好調だ。老いた体ではすぐに息切れしていた長時間の集中も、二十五歳の若々しい肉体なら微塵も苦にならない。


 八千万円の現金。

 これを元手に、次は私自身の『天才の頭脳』を金に換えるフェーズだ。ただのトレーダーや成金として終わるつもりはない。表向きは世界有数のテクノロジー・リーダーとして君臨する必要があるのだから。


 モニターの青白い光に照らされた自分の顔が、ガラスに反射して映っていた。

 そこには、結衣に見せる優しい夫の顔はない。

 盤上から世界を冷徹に見下ろす、傲慢な支配者の顔があった。


「四大勢力よ。見ていろ」


 私は、まだ見ぬアメリカや中国の首脳たちに向けて、静かに毒を吐いた。


「お前たちを焼き尽くす悪魔の兵器の資金は、お前たち自身の懐から、合法的に、最後の一滴まで絞り出してやる」


 天才物理学者による孤独な戦争の準備が、阿佐ヶ谷の片隅で、誰にも知られることなく産声を上げた。

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