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神の雷(トール・ハンマー)〜家族を奪われた天才物理学者の逆行転生。未来の知識で四大勢力に復讐する〜  作者: 天音天成
第2章:暗闘と影の軍団

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第29話 極東の黄金時代と、国家の英雄

 西暦2016年、秋。

 日本政府がG8で放った歴史的な声明から数ヶ月。極東の島国は、文字通り『黄金時代』の狂騒のど真ん中にいた。


 伊豆諸島沖で本格稼働を開始したイージス・イノベーションズの『次世代型メタンハイドレート抽出プラント』は、深海三千メートルから無尽蔵のエネルギーとレアアースを吐き出し続けている。

 抽出された超高純度のメタンガスは、海底パイプラインを通じて国内の火力発電所へ直結され、日本の電力供給を根本から塗り替えた。

 海外からの高価な化石燃料の輸入に依存していた頃とは異なり、採掘コストが中東の十分の一以下となったことで、日本の電気料金は一気に半値以下へと引き下げられたのだ。


 莫大なコストダウンの恩恵を最も受けたのは、日本の製造業だった。

 安価で無尽蔵の電力を背景に、全国の工場が二十四時間体制でフル稼働を開始。特に、我が社の『全固体電池』のライセンスを受けた大日本自動車をはじめとする自動車メーカーは、次世代EV(電気自動車)の大量生産へとシフトし、世界市場を瞬く間に席巻し始めていた。


 東京の夜景は、以前にも増して眩いほどの光を放っている。

 街を行き交う人々は、空前の好景気と賃金の上昇に沸き返り、かつての経済停滞が嘘のように、誰もが未来への希望に満ちた明るい表情を浮かべていた。


『――資源大国の誕生! 日本を救った若き天才起業家、神盾宗一の正体とは!?』

『ノーベル賞確実か! 世界のエネルギーとテクノロジーの覇権を握るイージス・イノベーションズの野望!』

『緊急特番・神盾宗一という男。彼はいかにして深海の扉を開いたのか!』


 連日連夜、テレビのニュース番組や経済誌の表紙には、私の名前と顔が踊り狂っていた。

 メディアは私を「国家の救世主」「時代の寵児」、あるいは「現代に舞い降りた魔法使い」と手放しで称賛し、政府の要人たちも私の機嫌を取ろうと、日参するように六本木のイージス本社へ胡蝶蘭や贈答品を送りつけてくる。

 世界的な学術機関からは、物理学や経済学の名誉博士号や、ノーベル賞の推薦打診すら舞い込んでいた。


 だが、私にとって、そんな表舞台の狂騒など、道端の石ころ以下の価値しかなかった。


「……またノーベル委員会の関係者から面会の打診ですか。しつこいですね」

 広大な社長室で、橘玲奈が届いたばかりの招待状をゴミ箱へ放り投げながら、呆れたように肩をすくめた。

「すべて断れと言っているだろう。私は権威ごっこやメダルには微塵の興味もない。それに、私が造っているのは人類を平和にする技術ではなく、四大勢力を焼き尽くすための『神のトール・ハンマー』だ。平和賞の委員会が知ったら卒倒するぞ」


 私が冷たく言い捨てると、玲奈はクスリと笑った。

「ええ、ボスが世界で最も残酷な悪魔であることを知っているのは、私と裏の人間たちだけです。……表の国民は、あなたが毎週末、愛娘のサチコお嬢様のために、エプロン姿でキャラ弁を作っている親バカだということすら知らないのですから」


「……余計な一言だぞ、玲奈」


 私は咳払いをして、手元のタブレットから視線を逸らした。


 表の世界で私がどれほど英雄として祭り上げられようと、私の本質はただ一つ。家族を守り抜くためならば、世界を地獄の底へ突き落とすことも辞さない、冷酷な復讐者だ。

 日本を黄金で覆い尽くしたのも、経済を回して国民を豊かにするためではない。すべては私の宇宙開発への足場固めであり、四大勢力を誘い込むための極上の『撒き餌』に過ぎないのだ。


     * * *


 その日の夜。

 私は仕事を早々に切り上げ、都内の超高級タワーマンションの最上階へと帰宅した。

 分厚い防弾ドアを開けた瞬間、私の耳に、世界で最も愛おしい声が飛び込んでくる。


「あ! パパ、おかえりなさい!」


 四歳になったサチコが、小さなスリッパを脱ぎ捨てて玄関まで走ってきた。

 私はすぐさましゃがみ込み、勢いよく飛びついてきた彼女の小さな体をしっかりと抱き止める。


「ただいま、サチ。今日もいい子にしてたか?」

「うん! きょうね、テレビでパパのおかお、いっぱいみたよ! パパ、えーゆーなんだよね!」

「英雄か。サチにとっては、パパはどんな英雄に見える?」

「んーっとね、わるいかいじゅうをやっつける、ウルトラマンみたいなパパ!」


 サチコの無邪気な言葉に、私は思わず声を出して笑った。

 悪い怪獣をやっつける、か。確かに、これから私が相手にするのは、国家という巨大な権力を持った凶悪な怪獣どもだ。私はウルトラマンのような正義の味方ではなく、怪獣を容赦なくすり潰すさらに凶悪な悪魔だが、娘の前でだけはヒーローでいてやりたい。


「宗一くん、おかえりなさい。今日もテレビ、すごかったわね」

 リビングから、結衣がエプロン姿で出迎えてくれた。

 彼女の表情には、夫が世間で大絶賛されている喜びと同時に、少しの不安が入り混じっていた。


「あまりにも宗一くんが有名になりすぎちゃって……少し、怖いくらい。外に出ると、変な人に声をかけられたりしないかって」

「心配しなくていいよ、結衣。君とサチの周囲には、最高のセキュリティチームを配置している。絶対に危険な真似はさせない」


 私は結衣の肩を優しく抱き、安心させるように微笑みかけた。

 表向きは「一流の民間警備会社」としているが、実際に彼女たちを警護しているのは、ヴィクトル・イワノフが統括する暗殺部隊『シャドウ』の精鋭たちだ。彼らは姿を完全に消したまま、二人の半径五十メートル以内の不審者を常時スキャンし、必要とあらば一瞬で排除する許可を与えてある。


「それに、来月はサチの幼稚園で初めての運動会があるだろう? パパはビデオカメラを持って、一番良い席でサチの活躍を撮るつもりだ。仕事なんてどうでもいい」

「やったあ! パパ、ぜったいきてね! サチ、かけっこでいっとうしょうとるから!」

「ああ、約束するよ」


 サチコの頭を撫でながら、私は心からの温もりに包まれていた。

 この平和な日常。この笑顔。

 これこそが、私が五十五年という時を超え、逆行転生してまで手に入れたかった真の宝物だ。

 前世で、私は傲慢にも自分が開発した『神の雷』が抑止力になると信じ、その結果、大国に利用されてこの笑顔を永遠に失ってしまった。


 だからこそ、今世では私がすべてをコントロールする。

 表の世界の「英雄」という仮面も、日本の「黄金時代」も、すべてはこのささやかな家庭を守り抜くための強固な防壁イージスに過ぎない。


 夕食後、サチコが遊び疲れてベッドで寝息を立て始めたのを見計らい、私は一人、防音設備が施された書斎へと足を運んだ。

 部屋の照明を落とし、デスクの上のタブレット端末の暗号化通信を起動する。


『――通信状況、クリアです。ボス』


 モニターに映し出されたのは、夜の闇に溶け込むような黒の戦闘服に身を包んだ、ヴィクトル・イワノフの姿だった。彼の顔の左半分に残る火傷の痕が、モニターの青白い光に不気味に浮かび上がっている。


「ご苦労、ヴィクトル。表の世界は祭りのように浮かれているが……裏の海はどうか?」

『ええ、嵐の兆候がはっきりと表れ始めました』


 ヴィクトルの声は、氷のように冷たく、そして鋭い殺気を帯びていた。


『外務省での橘CFOの完璧な論破と、日本の完全な資源大国化のニュース。これにより、エネルギー覇権を奪われることを恐れた中国とロシアの首脳陣は、ついに理性を失ったようです。彼らの本国から、裏社会の非正規ルートを通じた不審な通信が爆発的に増加しています』


「やはりな」


 私は暗闇の中で、冷酷に口角を上げた。

 玲奈の言葉の刃によって、表の外交ルートで完全に敗北した四大勢力。特に資源輸出を国家の柱とするロシアのオリガルヒ(新興財閥)や、レアアースを武器にしていた中国の共産党幹部にとって、イージス社の存在はもはや「放置できない国家的脅威」となっている。

 彼らが選ぶ道は、ただ一つ。


『現在、極東の島国へ向けて、ブラトヴァ(ロシアンマフィア)のヒットマンや、三合会(中国黒社会)の工作員たちが、大量に密入国を図っています。彼らはダミー会社や観光客に偽装していますが、我がシャドウの監視網はすべてを把握しています』


「狙いは?」

『イージス本社の警備が軍事要塞レベルだと察知した彼らは、すでにターゲットを切り替えつつあります。……ボス。彼らは、サチコお嬢様と結衣奥様を拉致し、あなたから技術の全てを奪い取る計画です』


 ヴィクトルの報告を聞いた瞬間。

 私の心臓の奥底で、巨大な断層がズレたような、深く重い殺意の音が鳴り響いた。


 三年前にアメリカのCIAが私の家族に手を出そうとした時、私は彼らを極小のドローン群で跡形もなく『蒸発』させた。

 だが、ロシアと中国は、アメリカの失敗から「手数の不足」を原因だと勘違いし、今度は何十倍という暴力(マフィアと工作員の物量)で、再び私の逆鱗に触れようとしている。


「……愚かな。歴史から何も学ばない化石どもめ」


 私は、モニター越しのヴィクトルに向けて、絶対零度の命令を下した。


「ヴィクトル。ネズミどもを泳がせろ。国内に網を張り巡らせ、彼らが結託して私の家族に牙を剥こうとする、その瞬間まで待て」

『よろしいのですか? 脅威は水際で排除すべきかと存じますが』

「小悪党を何人消したところで、本国からの刺客は際限なく送り込まれてくる。……連中を一つの場所に集め、一網打尽にする。彼らに、私の家族に手を出せばどのような地獄が待っているのかを、視覚的かつ物理的に理解させてやるのだ」


『……了解いたしました、ボス。彼らに、この世の終わりのような絶望をくれてやりましょう』


 通信を切り、私は書斎の窓から、黄金の光に包まれた東京の夜景を見下ろした。


 来月は、サチコの幼稚園の運動会だ。

 その平和な笑顔を守り抜くためならば、私は喜んでこの街の裏側を血の海に沈めてみせる。


 日本が謳歌する黄金時代の裏側で、国家を巻き込んだ凄惨な『狩り』の幕が、静かに、そして冷酷に切って落とされたのだった。

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