第28話 超大国への死刑宣告と、氷の女帝の論破
西暦2016年、夏。
東京、霞が関。外務省の中枢に設けられた極秘の国際会議室は、ひどく重苦しく、一触即発の空気に包まれていた。
長方形の巨大なマホガニーテーブルの片側に座っているのは、アメリカ、中国、ロシア、そして欧州連合(EU)という『四大勢力』から特命を受けて急遽来日した、全権大使たちだ。
対する向かい側には、冷や汗を流しながら縮こまる日本の外務大臣と、エネルギー関連省庁のトップたち。
そしてその中央に、ただ一人、凛とした姿勢で座る女性――イージス・イノベーションズCFO、橘玲奈の姿があった。
「――再度申し上げる。日本が開発した深海資源の抽出技術は、世界のエネルギーバランスを根本から破壊する危険な代物だ。これはもはや一企業、一国家の枠を超えた『人類の共有財産』として、我々国際社会による共同管理下に置くべきである」
アメリカの特命大使が、テーブルを指先で叩きながら傲慢な声で言い放った。
それに追従するように、中国とロシアの大使も威圧的に言葉を継ぐ。
「その通りだ。資源の独占は国際経済に著しい混乱を招いている。我が国は、イージス社が当該技術の特許をただちに無償公開し、我々の技術者を受け入れることを要求する。さもなくば、日本に対して重大な経済制裁、およびレアメタルの全面禁輸措置を発動せざるを得ない」
国家の威信を笠に着た、あからさまな恫喝である。
日本の外務大臣は完全に萎縮し、震える手でハンカチを握りしめていた。彼らは外交のプロだが、相手はこれまで世界を裏で分割・支配してきた超大国のトップエリートたちだ。まともに口答えできるはずもない。
私は、六本木の本社にある社長室で、その会議の模様を隠しカメラの映像越しに眺めながら、冷めたエスプレッソを口に運んだ。
「さて、玲奈。君のお手並み拝見といこうか」
モニターの中の玲奈は、超大国の恫喝を真っ向から浴びながらも、眉一つ動かしていなかった。
彼女はゆっくりと手元の資料を閉じ、氷のような、絶対零度の視線を四人の大使たちへと向けた。
「……終わりましたか?」
玲奈の、静かだが鋭い刃のような声が会議室に響いた。
大使たちが一瞬、怪訝な顔をする。
「人類の共有財産。国際社会の共同管理。……随分と聞こえの良い言葉を並べ立てておいでですが、要するに『自分たちがエネルギー覇権を奪われて悔しいから、その技術をタダで寄越せ。さもなくばイジメるぞ』と。そういうことですね?」
「なっ……無礼な! 一介の民間企業の小娘が、大国の代表に向かってなんという口の利き方だ!」
ロシアの大使が顔を真っ赤にして立ち上がりかけた。
「事実を申し上げたまでです」
玲奈は冷酷に一刀両断した。
「そもそも、あなた方欧州連合は、これまで散々『環境保護』や『脱炭素』を謳い、途上国にペナルティを課してきましたね。我が社のメタンハイドレート抽出プラントは、既存の石炭や原油に比べて圧倒的にクリーンなエネルギーです。それを歓迎するどころか、圧力をかけて止めようとする。結局のところ、環境保護などというのは建前で、既存のエネルギー利権を守りたいだけだということを、自ら証明しているではありませんか」
「くっ……それは……!」
欧州の大使が言葉を詰まらせる。
玲奈は息をつく間も与えず、今度はロシアと中国の大使へと視線を突き刺した。
「ロシア大使。我が社の技術を開示しろと仰いますが、あなた方の国に深海三千メートルでプラズマを安定制御し、超電導素材を加工するインフラがありますか? 仮に図面を渡したところで、あなた方の技術力では数十年かけてもただの鉄屑しか作れませんよ。採掘コストで我々に勝てないからと、泥棒のように技術を寄越せと喚くのは、大国としてあまりにも見苦しい」
「き、貴様ァッ!!」
「それから、中国大使。レアメタルとレアアースの全面禁輸措置、大いに結構です。どうぞご勝手に」
玲奈は、激昂するロシア大使を完全に無視し、中国大使を冷笑した。
「我が国はすでに、海底から無尽蔵にレアアースを吸い上げています。あなた方からの供給が断たれても、痛くも痒くもありません。……逆に、我が社が現在、世界中のメガテック企業に提供している『次世代マルチタッチパネル』や『全固体電池』の特許ライセンスを、中国企業に対してのみ『即時停止』した場合はどうなるか。……計算できますか?」
「なっ……!?」
中国大使の顔面から、一瞬にして血の気が引いた。
「中国のハイテク産業は、完全に息の根を止められます。スマートフォンも、次世代EV(電気自動車)の製造ラインも、明日からすべて停止する。数千万人の雇用が失われ、経済成長は完全にストップするでしょうね。……我が国に経済制裁をチラつかせるということは、そういう結果を招く覚悟があるのだと、本国に伝えてください」
「あ、あぁ……」
中国大使は額から滝のような冷や汗を流し、力なく椅子に崩れ落ちた。
その光景をモニター越しに見ていた私は、思わず喉の奥で笑い声を漏らした。
完璧だ。彼女は相手の弱点を正確に見抜き、逃げ道を完全に塞いだ上で、急所をえぐるように言葉の刃を突き立てている。投資銀行で何千億円ものマネーゲームを冷酷に勝ち抜いてきた、彼女の真骨頂である。
「……ミスター・カミタテの代理人よ。言葉が過ぎるのではないか」
最後に、アメリカの大使が低い声で威嚇するように言った。
「我々アメリカ合衆国は、世界の安全保障を担っている。イージス社が宇宙に展開している独自の通信衛星網、および今回の深海プラント。これらは軍事転用されれば、世界のパワーバランスを破壊する重大な脅威となる。ペンタゴン(国防総省)は、これを決して座視しない」
「安全保障、ですか」
玲奈は、アメリカ大使の目を見据え、ふっと艶やかな、悪魔のような笑みを浮かべた。
「では、そのペンタゴンに確認していただきたいですね。……現在、米軍の中東における一部の無人機運用や、作戦部隊の通信インフラが、すでに『誰の』提供する超高速通信衛星網に依存しているかを」
「――ッ!?」
アメリカ大使の目が限界まで見開かれた。
「既存の軍事衛星よりも遥かに高速で遅延のない我が社の通信網を、あなた方の軍は『便利だから』という理由で、すでに現場レベルで非公式に利用しているはずです。もし我が社が、ある日突然その帯域をシャットダウンすれば……中東で飛んでいる無人機は、すべてコントロールを失って墜落することになりますよ」
「き、貴様ら……我が国の軍事行動まで掌握しているとでも言うのか!?」
「これはビジネスです、大使」
玲奈は、マホガニーのテーブルに両手を突き、四人の大国の大使たちを完全に睥睨した。
「あなた方がルールを作り、我々に押し付けてきた『資本主義』と『自由競争』というゲームにおいて、我々が絶対的な技術力で完全に勝利した。それだけの話です」
会議室は、水を打ったような、いや、墓場のような静寂に包み込まれた。
彼らは理解したのだ。
目の前に座る美しい女性と、その背後にいる『神盾宗一』という二十代の若者が、すでに一つの国家を遥かに超越した、理不尽なまでの怪物であることを。
経済制裁も、技術的優位も、軍事的な恫喝も、すべてが彼らの前では無意味なのだと。
「……イージス・イノベーションズは、技術の無償公開にも、共同管理にも、一切応じるつもりはありません。一セントの譲歩もしない。これが、我々の最終回答です」
玲奈は資料をアタッシュケースにしまい、ゆっくりと立ち上がった。
「もしこれ以上、不当な圧力をかけようとするならば、我々は全特許の引き上げと、日本からのエネルギー輸出の全面停止をもって対抗します。文句があるならかかってきなさい。……ただし、あなた方の国が、明日から中世の時代に逆戻りする覚悟があるのならば、ですが」
玲奈がヒールを鳴らして会議室を後にする間、大国の大使たちは誰一人として、反論の声を上げることすらできなかった。
怒りと、屈辱と、そして得体の知れない恐怖に顔を歪めながら、ただ震えていることしかできなかったのだ。
* * *
「――お見事だ、玲奈」
私は社長室のモニターの電源を切り、深く満足の息を吐き出した。
彼女の容赦のない論破により、四大勢力は『表の外交ルール(政治と経済)』において、イージス社を止める手段を完全に失った。
彼らがこのまま大人しく引き下がるはずがない。
誇り高き超大国が、極東の一企業にこれほどの屈辱を味わわされたのだ。エネルギー覇権を奪われ、経済的な死を突きつけられた彼らに残された手段は、もはや一つしかない。
「国家の関与を隠した、裏社会の暴力……スパイやマフィアによる、物理的な強奪と暗殺だ」
私は窓ガラスに映る自分の顔を見つめ、極低温の笑みを浮かべた。
これで、狩り場への誘導は完了した。
前世で彼らが結託し、私の家族を焼き尽くすために用いた「国家の暴力」。
それを、彼らが自ら焦って極東の島国へ差し向けてくる。
私はそれを、ヴィクトルの『シャドウ』とクリスの『未来兵器』で、一匹残らず地獄の底へとすり潰してやるだけだ。
「さあ、来い。四大勢力の化石ども。……私の愛する家族に牙を剥いた時が、お前たちの命日だ」
世界史のパワーバランスが崩壊し、狂乱の宴が幕を開けた。
極東の島国を舞台にした、血塗られた暗闘の季節が、今まさに始まろうとしていた。




