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神の雷(トール・ハンマー)〜家族を奪われた天才物理学者の逆行転生。未来の知識で四大勢力に復讐する〜  作者: 天音天成
第2章:暗闘と影の軍団

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第26話 歴史的声明と、世界史が反転する日

 西暦2016年、初夏。

 日本の三重県、伊勢志摩。世界の首脳が集う主要国首脳会議(G8)の開催地として選ばれたこの場所には、全世界から数千人を超えるジャーナリストと各国のメディアが集結していた。


 国際テロや世界経済の低迷、そして環境問題。議題は多岐にわたると予想されていたが、日本政府が急遽セッティングした「議長国による重大な特別記者会見」のアナウンスにより、プレスセンターの空気は異様なほどの熱気に包まれていた。


「日本の総理が、単独で特別会見を開くだと? 一体何を発表する気だ?」

「事前に流れたリークによれば、エネルギー関連の重大発表らしいが……まさか、また新たな原発の再稼働計画でもぶち上げるつもりか?」

「極東の島国が何を言おうと、世界の市場は動かんよ。どうせ退屈な環境宣言だろう」


 欧米の記者たちが軽口を叩き合う中、定刻となり、日本の総理大臣がフラッシュの嵐を浴びながら演壇へと登った。

 普段は野党やメディアからの追及に疲れた顔を見せる初老の総理だが、今日の彼の顔には、奇妙なほどの『高揚感』と『確信』が満ちていた。


 総理はマイクの前に立ち、水を一口飲むと、静まり返った会場に向けて、力強く、そしてはっきりとした口調で原稿を読み上げ始めた。


『――本日、我が国は、日本海溝および南海トラフにおける次世代型メタンハイドレート抽出プラント、ならびに海底レアアース無人採掘機の実用化、および、その完全な商業採掘に成功したことを、全世界へ向けてご報告いたします』


 その瞬間、巨大なプレスセンターを、一瞬の不自然な静寂が包み込んだ。

 翻訳機を通じてその言葉を聞いた世界中の記者たちの脳が、情報の実態を処理しきれずにフリーズしたのだ。


 日本の近海に莫大なメタンハイドレートやレアアースが眠っていることは、長年の地質調査で世界中が知っていた。だが、水深数千メートルの超高水圧下での採掘は、莫大なコストと危険を伴う。

「絶対に商業ベースには乗らない」「机上の空論だ」。

 それが、世界のエネルギー業界と海洋工学における『絶対的な常識』だった。


「そ、総理! 質問よろしいでしょうか!」

 最前列にいたアメリカの有力紙の記者が、ルールを無視して立ち上がり、マイクを握りしめて叫んだ。

「商業採掘の成功と仰いましたが、それは単なる実験レベルの話ではありませんか? 深海からの採掘コストが利益を上回るという問題を、どうやって解決したというのですか!」


 総理は、その質問が来るのを待っていたかのように、自信に満ちた笑みを浮かべた。


『我が国を代表するテクノロジー企業、イージス・イノベーションズからの全面的な技術提供により、深海における物理的ドリルの使用を完全に廃止しました。詳細は後日公開しますが、革新的なプラズマ剥離技術と完全自律型AIドローンの導入により、採掘コストは――中東の原油プラントの『十分の一』以下にまで削減されています』


「じゅ、十分の一だと……!?」


 記者が絶句し、そのまま椅子に崩れ落ちた。

 会場に、どよめきという生易しいものではない、悲鳴に近い怒号が巻き起こった。


『すでに、伊豆諸島沖での試験稼働の段階で、国内のエネルギー需要の実に三十パーセントを単独で賄う、超高純度の資源の抽出に成功しております。数年以内に、我が国は完全なエネルギーの自給自足を実現し、余剰分を世界のエネルギー市場へ向けて輸出する体制を整える所存です』


「総理!! それは本当ですか!! データの開示を!!」

「レアアースの採掘量についても詳細を!! 中国の輸出制限に対する対抗措置ですか!?」


 フラッシュの光がストロボのように瞬き、記者たちが我先にと質問を浴びせかける。

 それは、世界史のパワーバランスが根底からひっくり返った瞬間だった。

 極東の小さな島国が、長年のエネルギー輸入の呪縛から完全に解き放たれ、中東を凌駕する『世界最大の資源大国』へと変貌を遂げたのだ。


 控室でこの中継を見ていたであろう各国の首脳陣――特に、資源の輸出を国家の柱としているロシアの大統領や中東の王族たち、そしてレアアースの市場独占を戦略カードとしていた中国の国家主席の顔面が、どれほど蒼白になっていたか。

 想像するに難くない。


     * * *


「――大騒ぎですね。あの総理、ボスが書いた原稿を読んでいるだけなのに、すっかり世界を救った英雄のような顔をしていますよ」


 東京、六本木ヒルズ。

 イージス・イノベーションズ本社の広大な社長室で、橘玲奈が壁一面のモニターを見上げながら、皮肉げな笑みを浮かべていた。

 モニターには、先ほどの歴史的な記者会見の模様と、それに連動して狂乱の渦に陥っている世界中のニュース番組が同時進行で映し出されている。


「表舞台の英雄ごっこは、彼らにやらせておけばいい。我々は実利を取るだけだ」

 私は最高級のレザーチェアに深く腰掛け、手元のタブレットで刻一刻と変化する数字の羅列を眺めていた。


 会見からわずか数十分。

 世界の金融市場とエネルギー市場は、未曾有のパニックへと突入していた。


「ボス。原油と天然ガスの先物価格が、ナイアガラの滝のように暴落しています」

 玲奈が別のモニターに切り替え、血のような赤色で示された下落チャートを指差した。


「中東の政府系ファンドや、ロシアのエネルギー企業の大株主たちが、パニックを起こして一斉に売りに出ています。逆に、採掘権の九割と基幹技術の特許を独占しているイージス社、および実証プラントの部品を製造した大日本自動車をはじめとする関連株は、すべてストップ高です。買い注文が殺到しすぎて、取引所のシステムが悲鳴を上げています」


「我々が事前に仕込んでいた、エネルギー関連銘柄の空売り(ショート)の状況は?」

「完璧です。この暴落の波に乗り、わずか一時間で数兆円規模の利益が確定しつつあります。……ボス、もはや我が社の流動資産は、欧州の小国の国家予算すら軽く凌駕していますよ」


 玲奈の声には、恐れと歓喜が入り混じっていた。

 一介の民間企業が、国家の枠組みを超え、世界の経済を意のままにコントロールしている。彼女のような投資銀行出身のエリートにとって、これ以上のカタルシスはないだろう。


「まだまだ序の口だ、玲奈。これはただの『発表』に対する市場の過剰反応に過ぎない。数年後、日本が本当に資源を世界へ本格輸出し始めた時、真の地殻変動が起こる」


 私は冷めたエスプレッソを飲み干し、窓の外に広がる東京の街並みを見下ろした。

 表の世界では、日本中が空前の好景気に沸き返り、人々は「資源大国・日本」の到来を無邪気に祝って酒を飲んでいることだろう。


 前世の2065年。

 この『資源の自給自足』が達成された時、私もまた、彼らと同じように純粋に喜んでいた。

 祖国が豊かになり、エネルギーを巡る戦争が世界から無くなるのだと、愚かにも本気で信じていた。

 だが、現実は違った。


 エネルギーの覇権を奪われ、国家の存亡に直面した大国たちは、決して自らの衰退を大人しく受け入れはしなかった。

 彼らは理性を投げ捨て、自らの既得権益を守るために結託し、あろうことか私がアメリカで創り上げた『神のトール・ハンマー』を使って、日本を武力で無政府状態に陥れた。

 そして「治安維持」という見え透いた大義名分を掲げ、ハイエナのように日本に群がり、莫大な資源を啜り尽くしたのだ。


 私の愛する家族、ユウキとサチコは、その欲望の業火の中で塵となった。


『――ピィーッ……』


 脳裏に、あの青白い閃光のフラッシュバックがよぎる。

 私はゆっくりと目を閉じ、そして、絶対零度の冷酷な眼差しで再び目を開いた。


「資金面での懸念は完全に払拭された。中国やロシアがレアアースの輸出制限をかけてこようが、我々は自前の海からいくらでも調達できる。……これで、南太平洋のニヴルヘイムでのロケット開発と、衛星軌道上への『本命の荷物(神の雷)』の打ち上げ計画を、最大速度で進めることができるな」

「はい、ボス。直ちに工場へ増産の指示を出します」


 玲奈がタブレットを打ち込みながら、ふと真顔になって私を見た。


「しかしボス。日本がこれほどの資源を手に入れた以上、四大勢力は黙っていません。彼らは必ず、この極東の島国へ牙を剥きます。表立っての軍事行動ができなくとも、裏からあらゆる手段を使って、我々のプラントの技術を奪いに来るはずです」


「……その通りだ」


 私は、窓ガラスに映る自分の冷たい顔を見つめながら、薄く笑った。


「彼らが焦燥に駆られ、理性を失い、この極東へと群がってくること。……それこそが、私の狙いだ」

「罠、ですか」

「コソコソと裏で結託され、気づかぬうちに首を絞められる前に……私が意図的に撒いた極上の『餌』で、彼らの欲望を強制的に引きずり出す」


 前世で私の家族を奪った悲劇の引き金を、今世では私自身の手で引く。

 そして、極東の狩り場に足を踏み入れた愚か者どもを、ヴィクトルの『シャドウ』と、クリスの『未来兵器』で一匹残らず地獄へ叩き落としてやるのだ。


「世界中が、この黄金の海に狂うだろう。……さあ、狂乱の宴の幕開けだ」


 私は六本木のタワーから、はるか海の向こうの超大国たちへ向けて、静かな死刑宣告を口にした。

 歴史の分岐点は、すでに越えた。

 極東の島国を包み込む『嵐』は、もう誰にも止めることはできない。

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