第20話 星空への野望と、黄金の海(第1章完)
それから数日後。東京、六本木ヒルズ。
イージス・イノベーションズの広大な社長室で、私は玲奈が淹れてくれた最高級のエスプレッソを味わっていた。
「ボス。アメリカのネズミたちは、完全に巣穴に引っ込んだようです。CIA極東支部の動きがピタリと止まり、監視要員も大幅に削減されました」
「そうか。少しは学習能力があったようだな」
私はタブレットで世界の株式市場の動向をチェックしながら、つまらなそうに返事をした。
「それにしても……ボスが裏でヴィクトルたちに何を命じたのかは聞きませんが、あの強気な超大国をたった一度の『警告』でここまで萎縮させるとは。ボスの底知れなさは、味方である私でさえ時折背筋が凍りますよ」
「心配するな、玲奈。君は私にとって最高の盾の要だ。君に刃を向けるような真似は絶対にしないさ」
私が微かに笑いかけると、玲奈は「それは光栄ですね」と肩をすくめた。
彼女には、私が裏で『ヴァルハラ』という私兵組織を持ち、暗殺部隊やマッドサイエンティストを囲っていることはある程度察せられている。だが、彼女はその核心(『神の雷』の建造と四大勢力への復讐)にはあえて触れず、私に絶対の忠誠を誓い、莫大な資金を生み出すことに専念してくれている。
それでいい。彼女の仕事は、表の世界を金と知略で制圧することなのだから。
「さて、玲奈。小手調べはこれくらいにしておこう。いよいよ、我々の計画を次の『次元』へと引き上げる」
「次元、ですか? これ以上、地球上のどの市場を荒らすおつもりで?」
「市場ではない。――空だ」
私は立ち上がり、壁一面のガラス窓から見える青空、その遥か上空を指差した。
「宇宙へ行くぞ、玲奈」
「……はい?」
「イージス・イノベーションズの新規事業として、民間宇宙開発部門を本格的に立ち上げる。独自開発のロケットを製造し、低軌道上に数千基の次世代通信衛星を打ち上げ、全世界をカバーする独自の超高速通信網を構築するのだ」
玲奈の目が、驚愕に見開かれた。
「民間企業が、自前のロケットで宇宙開発を……!? 確かにアメリカのIT長者たちが少しずつ手を出している分野ですが、あまりにも莫大な資金とリスクが伴います。今の我々の利益をすべて吐き出すことになりかねませんよ!」
「吐き出せばいい。いずれ何十倍にもなって返ってくる。表向きは『全人類への無料の超高速通信の提供』という甘い言葉で、世界中のインフラを我が社に依存させる。……だが、真の目的は別だ」
私はガラスに映る自分の顔を見つめながら、心の中で冷たく微笑んだ。
そうだ。通信衛星など、ただのダミーに過ぎない。
私が本当に打ち上げたいのは、前世で四大勢力が結託し、我が祖国と愛する家族を焼き尽くしたあの悪魔の兵器――『神の雷』の基幹パーツ群だ。
アメリカ軍が十数年かけて密かに軌道上へ配備したあの巨大なプラズマ投下兵器を、私は『通信衛星の部品』に偽装して、誰にも怪しまれることなく一つずつ打ち上げていく。
「すでに南太平洋の要塞では、Dr.クリスがロケットの新型エンジンの設計に取り掛かっている。私の理論を使えば、既存のNASAやJAXAの十分の一のコストで、三倍の積載量を宇宙へ運べるはずだ」
玲奈は驚愕しつつも、すぐさまCFOとしての冷徹な分析を口にした。
「……ボス。いくらクリスの新型エンジンと我々の資金力があるとはいえ、宇宙開発を本格的に推し進めるには、今のままでは限界があります」
「ほう。何が足りない?」
「『エネルギー』です。何千基もの衛星を軌道に運ぶための燃料、それを製造し続ける莫大な電力、そして機体のボディや電子基板に不可欠な大量の『レアメタル』と『レアアース』。現在、それらの資源供給の大部分は中国や中東、ロシアといった四大勢力に依存しています。彼らが我々の宇宙開発を警戒し、資源の輸出制限をかけてくれば、計画は完全に頓挫します」
玲奈の指摘は、極めて正確だった。
宇宙へ手を伸ばすためには、絶対的な『土台』が必要だ。他国の機嫌を窺いながら資源を買っているようでは、完全な独立機関として『神の雷』を建造することなど不可能である。
「その通りだ、玲奈。だからこそ、宇宙へ行く前に……まずは我々の足元にある『海』をこじ開ける」
「海、ですか?」
「我が国、日本の近海だ」
私は手元のタブレットを操作し、日本列島の周辺海域のマップを大モニターに映し出した。
「日本海溝および南海トラフ。この海底深くには、莫大な量のメタンハイドレートと海底レアアースが眠っている。……知っているな?」
「はい。ですが、深海数千メートルからの採掘コストが高すぎて、商業ベースには絶対に乗らないというのが世界の常識です。政府も事実上、匙を投げています」
「それは『現在の技術』での話だ」
私は冷たい笑みを浮かべた。
「私がすでに特許庁に極秘で出願している技術を使えば、中東の原油プラントの十分の一のコストで、海底から無尽蔵に資源を引き上げることができる。……日本を、中東を凌駕する『世界最大の資源大国』へと作り変えるのだ」
玲奈は絶句した。
一企業の枠を超え、国家の在り方、いや、世界地図のパワーバランスそのものを塗り替えようとする私の計画に、彼女の優秀な頭脳でさえ一瞬フリーズしたのだ。
「日本が資源を完全に自給自足し、さらに世界へ輸出するようになれば、我々の宇宙開発に必要なエネルギーと素材は無限に、かつ安全に手に入る。政府のプロジェクトという形にすれば、国家の金で我々のインフラを整備できるわけだ」
さらに、と私は言葉を継いだ。
「四大勢力……特に資源輸出を武器にしているロシアや、レアアースを独占している中国は、極東の島国が世界のエネルギー覇権を握ることを絶対に許さない。必ず、焦って牙を剥いてくる」
「……彼らを、意図的にこの極東へと誘い込むのですね。ただの資源開発ではなく、彼らをすり潰すための『巨大な罠(狩り場)』として」
「ご名答だ」
コソコソと裏で結託され、前世のように一方的に兵器を落とされる前に。
私は自らの手で祖国に黄金を与え、四大勢力の喉から手が出るほどの『欲望』を強制的に引きずり出す。
そして、群がってきたハイエナどもを、ヴィクトルの『シャドウ』とクリスの『未来兵器』で一匹残らず地獄へ叩き落としてやるのだ。
「分かりました。……表向きの宇宙開発の準備と並行して、日本政府のエネルギー関連省庁への強烈なロビー活動を開始します。ボスの技術データを突きつければ、彼らはヨダレを垂らして飛びついてくるでしょう」
「頼む。これは、私が『神』を創るための、最も重要な絶対条件だ」
私は窓に手を触れ、青空の向こう側に広がる暗黒の宇宙空間を思い描いた。
サチコ、ユウキ。
お前たちを奪った絶望の光は、空から降ってきた。
だからこそ、私は誰よりも高く、誰よりも絶対的な場所から、お前たちを奪った理不尽な世界を支配する。
天才物理学者による壮大な復讐劇は、星空という最終到達点を見据えつつ、まずはその絶対的な土台となる『黄金の海』をこじ開けるべく、次なる一歩を踏み出そうとしていた。
【第1章:逆行と起業と無双 完】
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