2-5話 デルポトの夜会
ひさびさの投稿です
パーティの喧騒から少し離れた窓辺。パーティの主催者であり都市の最有力者、領主デーレン・イル・テルヴェルクは、夜景に目を向けていた。ガラス越しに見える港湾都市デルポトは、灯火の海を広げ、月明かりに照らされた船影がゆらゆらと揺れている。
デーレンは咥えた葉巻を離し、紫煙を吐き出す。
(南大陸の金、富、繁栄はすべて私のものだ)
彼の脳裏には、かつての父の姿が蘇る。テルヴェルク家初代当主。大商人として名を馳せ、この港湾都市を繁栄の礎を育てた男だった。
デーレンは小さく呟いた。
「独占と支配、どちらにもチカラが必要、……か」
冒険者ギルドとの癒着による利益。
対立都市に送り込んだ妨害工作。
そして、反抗する者を徹底的に排除する冷徹な手腕。
すべて亡き父より教わったものである。
デーレンは葉巻を一息吸い込みながら、冷ややかな笑みを浮かべた。
「成り上がり風情め。私に挑もうというのならば、相応の報いを受けるがよい」
◆◆◆
デーレンが夜会の喧騒に戻ると、忠実な配下である『クファール』が素早く近づき、一礼をした。
「デーレン様、北大陸の『マルフィアス』伯爵閣下がいらっしゃいました。どうぞ、ご挨拶を」
デーレンの眉がわずかに上がる。
「ほう、あの伯爵が? 久しぶりだな」
クファールが軽く会釈し、会場の一角を指し示す。そこには豪奢なコートに身を包み、穏やかな笑みを浮かべた男が立っていた。デーレンが近づくと、男――マルフィアス伯爵は気品ある仕草でグラスを持ち上げた。
「久しいな、デーレン」
マルフィアス伯爵は柔らかい声で言った。金髪に青い瞳、北大陸貴族らしい洗練された雰囲気を漂わせている。北大陸、フロウス王国の沿岸部に領地を持つマルフィアス領は、ここデルポト港との関係が深い。
デーレンは軽く笑い、グラスを合わせる。
「これはこれはマルフィアス閣下。南大陸でお会いするのは久方ぶりですな。ここまでの旅路はいかがでしたかな?」
そうしてデーレンとマルフィアスはいくつかの貴族的な社交辞令を交わすと、マルフィアスの目がゆっくりと細められた。
「本題だ。新興都市ペンテイア……シーサーペントの入江を拠点とした町の噂を耳にしたのだが」
デーレンの顔にわずかな険が浮かぶ。
「閣下もその噂に踊らされているのですか。あそこは新参者の流れ者が集まっているだけのただの入り江、危険地帯ですぞ」
伯爵は微笑を浮かべたまま、グラスを傾けた。
「流れ者、ね。ずいぶんとウチから小麦を買い付ける流れ者が居たものだ」
デーレンの目つきが鋭くなった。
「南大陸の対立都市を軒並み蹴落とし、支配してきた君のことだ。あそこまで規模が大きくなる前に策は打ったはず……。しかし、その策はまだ功を奏していないようだな」
「いやはや……、閣下は既にお見通しでございますか」
デーレンが左手を軽く挙げて側付きのメイドに合図を送ると、マルフィアス伯爵へ葉巻が差し出された。デルポトで、すなわち現在の未開拓な南大陸で手に入る最高級品であることに疑いの余地はない。
マルフィアスは当然のようにそれを受け取り、指先に炎魔術を灯して紫煙を燻らせた。
「…………ふぅ、やはり良い葉だな。小麦しか取り柄のない我が領では手に入らない良品だよ」
「ありがとうございます」
デーレンは親しみの籠もらない笑みを浮かべる。
「ペンテイアと言ったか、あの町が直接買い付けられる範囲で大規模に小麦を輸出しているのは我が領だけだ。デーレン君、きみが望むならその輸出を停止させ、ペンテイアの流れ者たちを飢えさせてあげてもいい。無論、我が領にとっての新しいお得意様をひとつ失うわけだから、そのぶんの対価は頂くがね」
マルフィアス伯爵は、伏せていたカードを堂々と開示した。それは食糧供給という、開示してもなんら不利にならない、強力なカードである。
マルフィアス領への異国から届いた嗜好品の融通か、伯爵の認可した商会への関税の引き下げか……、貿易に特化したデルポト市が出せる様々な恩恵を対価に、ペンテイアへの小麦の禁輸を表明して、干し殺そうというのだ。
「……いえ、少なくとも今はまだ不要でございます。あのようなゴロツキどもは、その無法ゆえに一時は密漁や密貿易で羽振りがよく見えてたとてもモンスターの襲撃によって滅びることが多いのです」
「ふむ、そうか。必要ならいつでも書簡を出すがよいぞ」
「ありがとうございまする」
デーレンは、丁重に断りながらもメイドに合図を送り、更なる高級ワインを伯爵に出すよう指示を送るのだった
「いずれにせよ、ペンテイアの動向は私が見極めましょう」
デーレンの顔が、債務者を絞め殺す冷徹な商人のものへと変わる。
デーレンの腹心であるクファールがペンテイアの町に使者として訪れたのは、この夜会から程なくしてのことであった。
◆◆◆
「どうぞ、お入りください」
俺の秘書、ルビナが扉を開き、使者を導き入れる。
ペンテイアの質素な執務室に案内された男は、その場に馴染まない豪華なローブをまとい、ぎらぎらと光る金のブローチを胸に掲げながら姿を現した。金のブローチにはデルポト市の、すなわちデーレンの紋章が刻まれているのが見えた。
小太りの体型を隠せないそのローブは布質から見るにいかにも上等。しかし、その体型が原因で全体が窮屈そうに見える。
匂いのきつい香油で固められた黒髪がぴったりと頭に張り付き、所々薄くなった頭頂部が光を反射しているのが目につく。ひと目で分かる、イヤな奴だ。
「これはこれは、はじめまして、ペンテイア領主殿。クファール・エズミランと申します。どうぞお見知り置きを」
クファールと名乗ったデルポトの使者は、扉が閉まると同時に腰を軽く折っただけの礼を見せ、挨拶を述べた。
「ペンテイアの領主を務めているシゴルだ。このたびはご足労だったな」
俺も、社交辞令と共に挨拶を返す。
彼の小さく細い目は半開きのまま、執務室の隅々まで動き、値踏みするような視線を投げかけた。厚ぼったい頬がそのたるみを揺らし、口元にはどこか皮肉めいた薄い笑みが浮かんでいる。
俺がさてどうやってこいつの相手を早く終わらせるか考えていると、使者はその小さな目をさらに細め、部屋全体を見回しながらこう言った。
「なるほど、これがペンテイアの執務室ですか。ずいぶんと……質素でいらっしゃる。」
彼の言葉にはどこか嘲笑が混じっているのは明らかだ。
「俺の趣味だ」
「おや失敬。デルポトのそれと比べてはまるで貧相でしたので。てっきり領主の執務室ではなく間違えて役人の仕事部屋に来てしまったのかと」
使者はニヤニヤと笑い、謝罪ともしゃっくりとも付かないような会釈を見せた。
相手の意図は明らかである。挑発――!
しかし、このペンテイアという町の安全を考えれば、デルポトの使者を無碍に扱い、無用な怒りを買うのは得策ではない。少なくとも「無碍に扱われた!」という喧伝材料を与えるのは不利益につながる。
クファールと名乗った小太りのやつも、それを承知の上でこちらの対応を試しているのだろう。
これは、いかに魔術が優れていても関係ない、駆け出しの領主として、俺が挑まなければいけない戦いである。
俺は、執務室の机の下で密かに拳を握りしめ、呼吸を落ち着かせて交渉に挑むのであった。
誤字報告、コメント、評価などいただけると嬉しいです!




