2-6話 イヤミな使者クファール
いきなりこちらの執務室を小馬鹿にしてきたデルポトの使者は、こちらの反応を伺うように薄ら笑いを浮かべている。
イヤなやつだ。しかし、ここで不快感を露わにするのは得策ではない。クファールの挑発に乗って、無駄に荒立てるのは愚かだ。
クファールはニヤニヤと笑いながらもこちらから目を離さない。明らかに俺の反応を試している。
(不快だが、奴に言質を与えるわけにはいかない)
政治の経験が乏しい俺でも、相手が挑発を繰り出しているのは察せられる。
俺は頭の慣れない部分をフル回転させてどう返すか考える。
「……質素に見えるかもしれないが、これがペンテイアの在り方だ。俺自身、無駄な飾りに興味がないというだけだ」
「なるほど! 堅実な性格でいらっしゃる」
クファールはわざとらしく目を閉じ、コクコクと頷いて見せる。
「さぁて! デーレン様からお預かりした用件がありますので、領主様ともそう悠長に世間話ばかりもしていられませんな」
クファールは鼻で笑うような仕草をしながら、デルポト市の紋章の入った胸のブローチを誇示するかのように手で撫でつつ言った。
「そうか。俺もあまり暇ではなくてな、要件を伺おうか」
俺がそう問いかけると、クファールは高そうなローブの裾を少し持ち上げ、軽く一礼す。このような演出じみた動作さえも、こちらを揺さぶる仕込みなのだろうか。
「さぁて、我が主の治める港湾都市デルポトは、南大陸一番の大都市として冒険者ギルドや商業ギルドを通じた強大な基盤を持っております。これはご存知ですね?」
「ああ」
俺自身、王国を追放されてお尋ね者になる前は、南大陸に渡航する際にしばしばデルポト市を経由したことがある。税や物価は高いが、だいたいのものは揃って便利な都市だ。——競合がいないのだろう。
「これは話が早い。その強力な基盤を持つデルポト市は、駆け出しの小さな港町ペンテイアに対し『支援』を提案したいのです」
「支援?」
「ええ! 具体的には、冒険者ギルドや商業ギルド、職人ギルドの支部を設置し、安全を保証するという形で。少々手数料はいただきますが、ね。これによって貴殿とペンテイアは、デルポトのネットワークやノウハウを利用できるのです、ペンテイアの繁栄は約束されるも同然でしょう」
「ふむ……、ギルドね」
支援という名の従属要求。やはり、来るべきものが来たな。
このペンテイアは既存の体制に馴染めない者からの移民によって発展を続ける町。ギルドの、それも大都市デルポトの支部を受け入れるということは、彼らの支持を失うに等しい。
また、俺自身がお尋ね者であるゆえにあまり頻繁な顔出しはしたくない。
当然ながら受け入れるわけにはいかない。
だがここで即座に否定すれば、何かしらの口実を与えかねないのもたしかだ。
「ああ、特に必要なのは冒険者ギルドですなぁ。荒くれ者たちを統率し、モンスターの素材の価格を安定させ、そして町の周囲の安全を確保する正式な冒険者ギルドがなければ、町はしばしば危険に晒されるでしょう?」
クファールは続けて言った。
「ただの酒場の寄り合いではいけませんぞ。ギルドの統制がない冒険者なぞ、武器を持った無法者に過ぎませぬ」
「ふむ。冒険者ギルドには確かにそのような利点があるな。だが、ペンテイアはこれまでギルドに頼らず、独自の方法で安全を保ってきた。その点をどうお考えかな」
俺の反論に対してクファールはわざと肩をすくめ、嘲るような笑みを浮かべる。
「それは大変ご立派です。しかし、冒険者ギルドの庇護なくして長期的な安定を得るのは難しいのではありませんかな。モンスターの脅威や規模の拡大による揉め事。いずれそれらが本格化すれば、今の規模では持ちこたえられないと私は見ておりますが。ああ、若者の築いた夢が無惨に破滅するのを見るのは実に忍びありませんなぁ」
こいつの言葉の端々には、さりげなく圧力が混ざっている。まったく無策なわけではないが、俺も政治の修羅場を多く見てきたわけではない。ここでどう返すか、頭の中を巡らせる。
「……そう思うなら、当面は様子を見ていただきたい。ペンテイアが本当に力を失うようなら、あなた方が『支援』という形で手を差し伸べる必要もあるかもしれない。だが、現時点で我々は困っていない」
クファールは小さく目を見開いたあと、再び余裕の笑みに戻る。
「なるほど! 実に慎重でいらっしゃる。まあ、ギルドの庇護はなるべく早めに受けられたほうがよいのでは……などと、これ以上は余計な口出しをいたしますまい! ペンテイアに対してデーレン様が興味を持たれていること、それだけ今はお伝えしておきましょう」
一見愚かな小物にしか見えないが、こいつは歴戦の交渉人だ。どの返答をしても、こちらの手の内を探ろうと狙っている。挑発に乗らず、かつ「無碍に扱われた」と思わせないギリギリの対応を続けなければならない。
「ご忠告、痛み入るよ」
俺は短く返事をして、相手の視線を受け流す。クファールの細い目には、いまだ薄い嘲りが浮かんだままだ。
俺は内心で悪態をつく。やつの感情がどれだけ本心からなのか、それとも単なる駆け引きの一環なのか、こちらには推し量りづらい。
「では! 本日はこれにて。ゆっくり考えていただき、よい返事を期待しておりますよ……ペンテイア領主殿」
そう言い残して、小太りの男クファールは部屋を出て行った。
◆◆◆
「はぁ〜〜〜〜」
扉が閉まるのを見届けると、俺は大きく息を吐き出し、執務机に身体を投げ出した。
ああ、くそっ。魔術を使ってモンスターを倒す戦いなら、あるいはボードゲームやカードゲームの駆け引きなら、頭の回る自信がある。
だが、政治の戦場で俺はまだまだ経験不足だ。改めて痛感させられた。
俺の秘書兼護衛として、後ろ横で直立不動で佇んでいたルビナがこちらを覗き込んでいた。
「お疲れ様です、マスター」
「ああ、本当に疲れたよルビナ」
俺が応えると、普段はクールなルビナが、珍しく不快感をあらわにした。
「あのクファールという男……マスターにあんな態度を取るなんて、許せません」
彼女がそんな顔をすること自体が可笑しくて、思わず苦笑いを浮かべる。ゴーレムのルビナが感情をここまで表に出すとは。
「マスター?」
「いや、なんでもない。ルビナ、町の主だった皆を集めて来てくれ」
苦笑した俺を不思議そうに見るルビナに向けて、俺は重要人物招集の命令を出す。
よし、この町を、そして彼女たちを守るために、もう一働きしなければ。




