2-4話 カイアの鍛錬
「むう………………」
「おや、カイアじゃないか」
俺が、散歩、兼、最近強化された外壁にほころびがないかの見回りを兼ねて町の周りを歩いていると、郊外の岩場で精神統一をしている美少女ゴーレム、カイアの姿を見かけた。
藍晶石の髪束がはためき、透き通る白磁の肌はうっすらと魔力の燐光を帯びている。
「ほほう……」
見れば、なかなか魔力が上手く練り上げられていた。
声にして呪文を唱える前に頭の中で用意しておく準備式も、このぶんだと相当丁寧にやっているのだろう。
「ふっ…………、対価は我が魔力、我が願い、いと深き水の精霊よ、我の呼びかけに応え、その御顔を映す水鏡を造りたまえ。……《アクアウォール》」
ゴポポポポポッ!!
彼女が詠唱を終えると同時に、巨大な水の壁が彼女の眼前に現れた。
海沿いとはいえ、直接水辺に触れていない砂漠に、だ。彼女の鍛錬がうかがえる。
「おお、すごいじゃないかカイア」
「ま、ますたぁ……!?」
俺が思わず声をかけると、彼女は集中が途切れたのか、きょろきょろと辺りを見回した。
するとたちまち水の壁は形を保てなくなり、重力に従って大滝のごとく落下を始める。
「ひゃっ!」
「あぶなっ、《アースドーム》!!」
俺は咄嗟にカイアに駆け寄ると彼女を抱きとめ、俺とカイアを覆う土のドームを作り出した。
ドバババババババッ!!
直後、大量の水が土壁に打ち付ける音、そして次第に地面に流れ落ちていく音が聞こえてくる。
「び……、びっくりした…………。ありがとう、ますたぁ」
「ははは、こちらこそいきなり声をかけて済まなかったな」
カイアは、いつもクールな彼女にしては珍しく、その幼い少女の顔相応の表情を見せた。
俺はそんな彼女を微笑ましく思いながら、土魔法を解除して立ち上がる。
「しばらく見ないうちに俺よりも上達してるじゃないか。偉いな」
「そ、そうかな……。えへへ」
俺が頭を撫でると、カイアは嬉しそうな笑みを浮かべる。
そして、そのまま二人で町のほうに歩き出した。
俺の手によって生み出されながら、独自の意思で自由に学び、鍛錬し、術者たる俺を超えるチカラを身につけるのが魂あるゴーレムだ。
「弟子を持つというのがこんなに面白いとはな」
俺は満足げに独りごちると、隣のカイアに話しかける。
「それで、先程練習していた魔術について教えてもらえるか? あの詠唱の工夫だが――」
「うん、それはね――――」
◆◆◆
「あの賞金獣、凶暴化クリムゾンジャッカルが討たれただと!?」
「はい、本当です」
ギルド長からの報告を受け、デルポト領主『デーレン・イル・テルヴェルク』は不快げな声を漏らした。
その声は賑わいのなかに紛れ、周りの客たちには聞こえない。
ここは南大陸で栄えし港湾都市、デルポトで最大のパーティ会場。
都市内外の有力者同士で親交を深める食事会の場である。
勢力の拡大を望む若手商人、成り上がりを目指す冒険者などは、これに招待されることを目標としていた。
「ならなぜすぐに判明しなかった?」
「それが……、討伐したのは我がギルドの者ではないのです」
気まずそうに、デルポトのギルド長は答えた。
「つまり……、ペンテイアとかいう成り上がりの町の者か」
「おそらくは」
「チイッ!」
周りの喧騒に任せて、デルポト領主デーレンは舌を打つ。
魔素を過剰に浴び、凶暴化したクリムゾンジャッカルによって、デルポトから出発する冒険者に多数の被害が出ていた。
これをデルポトの者が討てなかったことは面子に関わることである。
いや、余所者が討つのはまだいい。討伐報告をしに来たその余所者へ報奨金を渡し、小さくも英雄として祭ることで、有力な冒険者への伝手ができるし、その者を呼び寄せたとしてギルドの影響力をアピールできる。
しかし、討伐してこれを届けにすら来なかったのは大問題だ。
モンスターの情報を集めて適切に周知し、報奨金を設定して有力な冒険者を呼び寄せ、目的を達成する。これらの一連のサイクルをギルドが正常に行えてないと見られてしまうからだ。
「まだこの近辺で名は知られていませんが……、よほどの人物がペンテイアの領主の子飼いになっているのでしょう」
「うむ……」
ギルド長とデルポト領主は、領主であるシゴル自身が一流の魔術士であることを知らない。彼の者に秘密主義の強力な冒険者、あるいは修行中の賢者が身を寄せていると考え、その実在しない存在へ危機感を抱いていた。
討伐後、デルポトのギルドへと持ってくるだけで多額の賞金が入る獣の首を、持ってこない。
シゴルは単に賞金がかかっていることを知らなかっただけなのだが、これをデーレンは「そうまでして手勢を隠そうとするのか」と誤解していた。
「流れの冒険者をフリをした私の手勢を通じて探らせていますが……、領主の元にいるだろう強者は未だに姿を見せません。相当な秘密主義の様子です」
「くそっ、シゴルとやらめ。いきなり現れた流れ者と思いきや……、ずいぶん用心深い野郎だ」
素性の知れぬ流れ者でありながら、突如としてシーサーペントの入江を開拓し、魔物の多いかの地で徐々に町を拡大させている謎の小領主、それがシゴルへの評価であった。
デルポト領主デーレンは、ため息をひとつ吐くと葉巻を口に咥えた。すかさず横のメイドが火をつける。
「まあいい……。いざとなったら直接の『交渉』でカタをつける。この街を脅かすやつは昔からそうしてきた」
デーレンは、忌々しげな目線を近くの窓へと向けた。
その方角は、奇しくも新興の町ペンテイアの方向と合致していた。




