16話 第二の美少女ゴーレム、カイア誕生
古びたランプが照す、薄暗い部屋の中。
カビ臭い本の詰まった本や、魔法陣が描かれた羊皮紙が床や棚のそこかしこに散らばっている。
しかし、作業机の上だけは整理整頓されており、貴重な魔石や土壌サンプルをなくさないようになっている。
ここはペンテイアの屋敷の地下、俺の魔術工房である。
今、シャラルダイト晶の不純物を取り除き、魔力波を精錬する作業が終わろうとしていた。
触媒の準備も細心の注意を払って完了済みだ。
先程、テラッサ女史から受け取った宝石、シャラルダイト晶は秘石の一種である。
ルビナの『コア』となっている最高級秘石、アルドライト晶ほどではないが、これもまた貴重な一品だ。
大地の奥深くに流れる霊脈によって、気の遠くなるような長い時間の果てに、魔力を浴びてその土地に応じた属性を獲得した輝石がシャラルダイトとなるのだ。
俺の相棒であるルビナが獲得した属性は炎。
速度と攻撃力に優れ、対単体において抜群の破壊力を持つ属性だが、範囲攻撃と遠距離戦にいささかの難がある属性だ。
あのジャイアントラトルスネークは俺の見立てによれば上級冒険者のパーティ複数か、宮廷魔術師の中隊規模で討伐するべきモンスター。時間稼ぎとはいえ、そんな上級モンスターでさえルビナが対応できると証明された今、今後必要なのは大勢の雑魚モンスターや一般兵と対峙できる属性が求められるだろう。
ちなみに、俺の属性である土属性は堅牢な守備に優れるが、言うまでもなく移動速度は最低ランクだ。
幸いなことに今はまだ遭遇していないが、ここ南大陸には悪名高い『暴走』や『厄災』と呼ばれるモンスターの大量発生災害が報告されている。
なるべく早急に、大群に有効打を与えることができるゴーレムが必要だろう。
そこで、俺は風と氷の属性石、シャラルダイトを求めたのだ。
◆◆◆
「さて、始めるか」
「はい、マスター」
俺は呼吸を整えつつ椅子に腰掛けると、ルビナが差し出してきた魔石(これがゴーレムの思考の核となる。調整済み)を眼の前の土塊に載せる。
その上に先程手に入れたばかりのシャラルダイト晶を載せ、小声で術式を始動させる呪文を唱えた。
そして、俺は短刀で腕を軽く切りつけた。
流れ落ちた鮮血によって、シャラルダイト晶が赤く染まる。
「いざ、――――対価は我が血」
俺は、ルビナを生んだときと同じ呪文を唱える。
するとシャラルダイトの色が緑から青へと変わり、周囲にオーロラのような光を発し始める。
土塊が意思を持ったかのように流動し、魔石とシャラルダイトを包み込む。俺が呪文を呟き続けると、渦を巻いて土塊が変質し、変形してゆく。
「――起きよ!」
土が光りながら伸び上がり、髪から首筋、胸元へと……、体の各部位が生成されてゆく。
文句なしに美しい少女、ルビナの妹となるのだ。造形にもけして気を抜けない。
呪文を扱うイメージで……、怜悧な印象を受ける切れ長の目尻、凛とした表情を形作る鼻梁、意志の強さを感じさせる、一文字の薄いくちびる。
イメージを固めながら呪文を唱えると、そこにはルビナに勝るとも劣らない美少女ゴーレムが佇んでいた。
肌は陶器のように白く、ヒビひとつなく滑らかで曲線を描き、つやめく髪は藍晶石の深い青色、背は俺より少し低く、小柄で華奢な体格をしている。
「これが……、私の妹となるのですね」
後ろで怖ず怖ずと見守っていたルビナが口を開く。その声色は不安半分、期待半分といったところだ。
「ああ。気に入ったか?」
「はい……! マスター。とても嬉しいです」
それはよかった。それではいよいよ本番だ。
二度目となる禁術、魂の創造……!!
「さあ、俺の娘、ルビナの妹よ! 今ここに! ――――『産まれ』よ!」
「――ぐっ……、がぁっ……!!」
発動した瞬間、俺の全身を荒れ狂うような『痛覚』が襲った。まるで頭の中を、腹の中を、あちこちをハンマーで殴りつけられているかのような激烈な痛み。
「……ます、たー……」
ルビナは心配そうに声をかけてくるが、それに反応することもできない。
全身から脂汗が流れ出し、意識が遠のいていく。
生命なき土塊へ生命を灯すために、俺の魂を分かち、複製し、注ぎ込むための魂を引き裂かれる痛み。
覚悟はしていたが、耐え難い苦痛であることに変わりはない。
「…………マスター、私も力をお貸しします…………!!」
「ルビナ…………!?」
ルビナの声が聞こえたかと思うと、次の瞬間には俺の背中にルビナの腕が回されていた。
柔らかな感触と共に温もりが伝わってくる。
ルビナの身体を構成する魔力が、俺の体内に入り込んでくるのを感じる……。
その瞬間だった。
「――――くぅっ……!!」
いつも冷静沈着なルビナの表情が、初めて苦悶に歪む。綺麗な顔の全体がこわばり、もしゴーレムでなければ目元からは大粒の涙が溢れていただろう。
だがしかし、彼女はそれでも俺にしがみつくようにして離れようとしない。
「……ルビナ」
「マスター、私は大丈夫です。……このまま続けてください。マスターの苦しみを、僅かであっても分かち合いたいのです……!」
俺は、ルビナの言葉に黙ってうなずくと、禁術へ更に強く魔力を注ぎ込む。
極めて激しい痛みの中で、少しだけ安らげるような思いがした。
ルビナを生んだときと同じく、視界がゆっくりと暗転してゆく――――。
◆◆◆
「ますたぁ……、ルビナ姉ちゃん……。起きて、起きて――――」
「ん……、うぅ……」
俺とルビナは、小さな手に揺り起こされて目を覚ました。
「ルビナ、起きたか」
「えぇ、どうやら無事に成功したようですね」
俺が起き上がると、ルビナも同時に起き上がった。
目の前には幼い少女が立っている。まだ幼く舌足らずな話し方で、くりっと大きな瞳が愛らしい。
「おはよう、『俺の娘』」
「おはようございます、『私の妹』」
俺とルビナが微笑みかけると、彼女もまた笑顔を返してくれる。
深い星空のような藍色の髪に白磁の肌、紺碧の瞳はシャラルダイトに由来するものだろう。
「藍色の髪、藍色…………、そうだな。お前の名前は『カイア』としよう」
俺は、ルビナへ名付けたときと同じように、彼女の名前を決めた。
「かいあ、…………カイアが私の名前?」
「ああ。藍晶石という石の名だ。魔術への深淵に至る探究心を授けてくれる」
「カイア……、カイア……。うん、気に入った。ますたぁ、ありがとう!」
そう言ってカイアは満面の笑みを浮かべると、勢いよく抱きついてきた。
「はっは、カイアよ。これからよろしく頼むぞ」
「はい、ますたぁ!」
こうして、二人目の魂あるゴーレム、カイア・アンティオークが生まれたのであった。
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